おわり

 目まぐるしい日曜日は、怒涛のごとく終わった。

 あたしたちがようやく落ち着いたのは一週間後のことで、それまでは夢のように過ぎていった。

 学級新聞は、あたりさわりのない記事になってしまった。

 それに対して一番くやしがっていたのはナツキ君だった。なにしろ重大事件だったから。それに加えて、みんなが色々と聞いてくるのにも関わらず、緘口令が敷かれていたのもそれに拍車をかけていた。


 そして一週間後の今日――あたしたちはまた、アキト君の家に集まっていた。


「お前、知ってたのか?」


 ジュースを飲み終えたナツキ君が、じとりとアキト君を睨む。

 家の中は一週間前に訪れた時とほとんど同じだった。だけど、出されたコップに入ったジュースは、ここが現実だということを思いださせてくれる。


「まさか!」


 当のアキト君はソファの背に身を預けて、大げさに驚いてみせる。


「ただ、いろいろな偶然に気付いただけだよ。空き巣被害が増大したのも半年前。そして、この幽霊屋敷に本当に幽霊の噂が立ったのも半年前。推理としてはただの偶然でも片付けられるけどね」

「でも、実際に盗まれた物が出てきてしまった……って、こと?」

「そう。あの地下室に入ったときはびっくりしたよ」


 ……本当かなあ?

 スマホを繋いでたことといい、ずいぶん落ち着いていたことといい、すべてわかっていたような物言いだった気がするけど。

 じとーっと見てみたけれど、しれっと無視された。


「それで、結局どういうことだったんですか?」


 シュンスケ君が身を乗り出す。


「ええと、朱雀君はいろいろと知ってるんだよね」


 フユも興味津々と言った様子だ。


「ああ。母さんが口を滑らせてくれたからね。口外は禁止だけど」

「あ、やっぱり……」


 わかってはいたけど。

 でも、お母さんの口を滑らせるアキト君もどうなの?


「まずこの家のもとの持ち主は、戦後に日本で翻訳されたアルセーヌ・ルパンを読んで、かなりのめりこんでしまったようだね」

「こんな家を作るくらいだからなあ」

「それがウメばあのお兄さん。屋根裏部屋で発見されたもろもろは、自分でも色々とルパン的なものを作ろうと苦心した結果。まあ、ここまではもうわかってるよな」


 あたしたちはうなずく。


「じゃあこれからが本題だな。ウメばあの甥っ子の人、いただろう?」

「犯人のことですね!」


 アキト君はちょっとジュースを飲んでから、言葉を続ける。


「あの人はもともと、ウメばあが持っていたこの家というか、土地を自分のものにしようとしていたみたいなんだ。どうやら結構な借金があったみたいだね」

「ふうん。泥棒してたのはいつからなんですか?」

「それは今、調べてる途中みたいだけど――、ちょくちょく空き巣に入っては借金を返したり遊んだりしてたみたいだ。幽霊屋敷に侵入できるのに気付いたあとも、なんとか〈合法的に〉家の権利書を手に入れようとしてはいたみたいだ」


 その言葉に、シュンスケ君はあきれたような声をあげた。


「家に侵入した犯人は、大時計を売ろうとして――動かして――あの地下室を発見した。そこで、家具を売るよりも盗んだものの保管庫にすることを思いついた。ウメばあも中々手放そうとしないわりに、貸す事もしない。どうせ少しの間だからとたかをくくっていた」

「でも、朱雀君たちが引っ越してきてしまった……?」

「そういうこと。この家を父さんはひとめで気に入って、ウメばあをその場で口説き落としたんだ。それは正当な権利者と父さんの間で行われたから、犯人は家に転居者がいたことを知らなかった。ウメばあもあえて言う必要はないと思っただろうしね。それであの日――あの土曜日にも、いつも通りにやってきた」

「それをあたしたちが聞いたわけね」

「そのとおり」


 アキト君は深くうなずく。


「彼にとっての”侵入者”がいたことで、これ幸いとウメばあの所に赴いた。危ないから自分が管理してやるとかいってね。ところが家は既に貸しだされていた。不安になった男が家に赴いてみると……」

「俺たちが地下室を発見してたってわけか」


 俺たち、を強調してナツキ君は言った。

 まあ、間違ってはいないけど。


「犯人はこれからどうなるんだ?」

「そりゃまあ、あとは司法の手にゆだねられるだろうよ」


 そしてようやくこの屋敷も落ち着いたというわけだ。

 あたしたちの冒険は、紛れもなく現実だった。

 幽霊の謎も、屋敷の謎も――そして街に現れていた泥棒の謎も解けて、あとはもう静かなものだった。


「そういえば、アキト君のお母さん、刑事さんだったんだね」


 あたしが聞くと、アキト君はうなずいた。


「家を気に入ったのは父さんだけどね。もともと、もうこっちの方に転属していて――例の空き巣を追ってたんだ」


 なるほど。


「刑事さんの家がアルセーヌ・ルパンの邸宅っていうのもおかしなものですけどね」


 シュンスケ君が笑いながら言った。

 〈フランス館〉は幽霊屋敷ではなくなってしまったけど、今度は別の意味で有名になりそう。


「それにしたって、ルパンの家に本物のドロボウがいたとはなあ」

「アルセーヌ・ルパンのような怪盗からすれば、どうかな。スマートではなかったかもね」


 アキト君は面白がるように笑った。

 幽霊屋敷の冒険は本当にこれで終わってしまった。

 なんだかとても濃厚な時間だった。危険があった。けれど楽しかった。冒険者っていうのは、こういう気持ちになるのかな。そんなのは男の子だけだと思っていたけれど、フユもなんだかにこにこしているし、なんだかこれから色々なことも起こりそうな気さえする。


 ……そういえば、アキト君のお父さんがアルセーヌ・ルパンの居城を――イメージした家だけれど――気に入った理由ってなんだろう?

 いまだに姿を見せないアキト君のお父さんっていったい……?


「そういえば、アキト君のお母さんが刑事さんなのはわかったけど。お父さんはどんな人なの?」

「気付かなかった? アルセーヌ・ルパンだよ」


 あまりに自然だったせいで、その場にいた誰もが息を呑んだ。


「嘘でしょ?」

「嘘だよ。どう見たって日本人だろう、オレは」


 なんで信じたんだろう、いま。


「オレの父さんは――」

「ああ、待て! 今度は俺が推理してやる!」

「まったくヒントがないじゃないですか……」

「じゃあ朱雀君からヒントはないの?」


 三人の声が木霊する。

 ナツキ君も、シュンスケ君も、フユも、みんな冒険に魅せられたことには違いない。

 あたしは三人を見ながらにやりと笑った。


「よし、あたしも推理してみせる!」


 最後にそう付け加えると――アキト君は挑戦を受けるように笑った。




 了



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幽霊屋敷の秘密 冬野ゆな @unknown_winter

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