3話 学級新聞大会議

 放課後。

 あたしたち六班のメンバーは、そろって教室に残っていた。

 空は相変わらず落ち込んだように暗くて、いくら今日は傘を持ってきたっていっても、さすがに限度がある。


「おい、土原。そろそろはじめるぞ」


 ――帰るまでに、雨、降らないといいけどなあ。


 私はそう思いながら、返事をしてお互いつき合わした机に座る。

 この場に残っているのは五人。


 そのうちの一人目、ナツキ君が胸を張って言った。


「じゃあ、今日のギダイからな!」

「って、ナツキ君、朱雀君にもわかりやすく説明しましょうよ」


 そのナツキ君の進行を慌ててとめたのは、二人目。シュンスケ君こと白木春介だ。

 黒ぶち眼鏡をした太り気味の男の子で、ちょっと――ちょっとどころじゃないかもしれない――お坊ちゃん風な男の子だ。いつも丁寧な言葉で話すのが癖で、学級新聞担当がまわってきたときは、スクープを狙っているのがよくわかった。うきうきしているのが目に見えてわかるタイプだ。


「ええとですね、朱雀君。このクラス、班ごとの当番制で、学級新聞を作る事になってるんです。後ろの掲示板にあるやつです」


 シュンスケ君が後ろを指さす。

 スザキ君も、ぐるりと後ろに視線を向けた。


「ああ、あれ」


 今、後ろの掲示板に飾ってある学級新聞は、6月の読書週間むけの本特集だ。

 前に担当だった班が作ったもので、最近はやりのマンガと一緒に、魔法使いの出て来るファンタジーとか、子供向けに書かれたミステリーがオススメとして書かれている。

 ある意味ブナンな出来ではあるけど、あたしは読んでいて楽しかった。


「それで、俺の案なんだけど――」


 ナツキ君がもったいぶって話し始める。


「7月号だし、夏といえばプールとかでしょうか? 海とか山とか定番ですけど」

「わ、わたしは夏は山かな……」


 と声をあげたのは、三人目、青野布由。

 そして四人目があたし――土原シキ。

 そして最後の五人目が、スザキ君だ。あたしたちの班は元々一人少なかったから、これで他の班と一緒になる。


「フユ、山派なんだ。ちょっと意外」

「お父さんが泳げないから……でも、山登りじゃなくて、牧場とかペンションとか、そういうところばっかりだけど」


 フユが恥ずかしそうに言う。


「僕は出かけるより図書館とかいいですねえ。クーラーもついてますし」

「シュンスケ君の方がデブショウなんじゃないの?」

「僕は太ってませんよ!」

「出不精ってそういう意味じゃないよ!」

「聞・け・よ! お前ら!」


 ナツキ君が今にも机をたたきそうな勢いで叫んだ。

 といってもその片手は、机ではなくスザキ君を指さした。人を指さすのは良くない。


「お前、幽霊屋敷に引っ越してきたんだってな」


 単刀直入な言葉に、誰もが黙った。

 しん、と静まり返る。なんというか、聞いてはいけないような気がしていたからだ。でも、スザキ君は平然とした顔をしていた。一拍おいてからうなずく。


「今日聞いたよ。幽霊屋敷だって」


 あたしたちは、二人のやりとりをじっと見守っていた。


「それはオレの方が教えてもらいたいくらいなんだけど。幽霊の噂でもあるのか?」


 あまりに冷静に言ったせいか、ナツキ君はちょっと面白くなさそうな顔をした。

 あたしは何とか空気を変えようと、慌てて口を開く。


「でもあれって、通称みたいなものでしょ?」

「ふん」


 ナツキ君がばかにしたみたいに鼻で笑う。

 ムッとしたけど、ナツキ君は手をだらんと垂らしながら続けた。


「土原、お前だって知ってるだろ。ここ半年くらいで、あの屋敷で次々ユーレイ騒ぎが起こってるんだよ」

「それは、まあ……」


 ……知ってるけど。


「で、でもそれって、ほら、スザキ君たちだったんじゃないの? ほら、引っ越してきたときの準備とか、色々あるでしょう」

「それはないな」


 他でもないスザキ君がばっさりと否定する。


「幽霊騒ぎは半年前からなんだろう? オレたちが引っ越してきたのはここ数日のことだし、家を見たのもせいぜいここ一か月のことだよ」

「ほらな」


 ナツキ君がふんぞり返るようにして腰に手を当てる。


「それで、どうしようっていうの?」


 げんなりしてあたしが聞くと、ナツキ君はよくぞ聞いてくれたといわんばかりに胸を張る。


「調査だよ。ユーレイ調査! せっかく幽霊屋敷に引っ越してきた奴がいるんだ、ここで幽霊屋敷を題材にしないなんて、ウソだろ!」


 そして、ズビシ、とナツキ君はもう一度スザキ君を指さした。


「ええ……」


 フユが既に泣きそうな声をあげている。

 あたしだって――でも、実際にこうして人は住んでるわけだし。


「ナツキ君、人を指さしちゃいけませんよ」


 シュンスケ君がなだめる。


「うるせえなあ、それで、お前は見たのか? ユーレイ」

「いや。まだ見てないけど」

「なんだよ、見てねーのかよ!」


 ナツキ君は露骨にがっかりしていた。


「……でも、オレが気になる点はいくつかあるんだ」


 スザキ君の考え込むような声に、全員の視線が集まった。

 顔をあげたスザキ君の視線とばっちりあってしまって、あたしはドキッとする。


「幽霊屋敷が通称みたいなものって言ったよな。どういう意味なんだ?」

「え、えっと……あの〈フランス館〉って、見た目が幽霊屋敷みたいでしょ? 庭は荒れちゃってるし、家は古いし……」

「元から幽霊屋敷みたいだって言われてたんですよね」


 シュンスケ君が横から言ってくれる。

 フユもうんうんうなずいていた。


「でも、実際に幽霊の噂が立ったのは最近――、少なくとも半年前からなんだよな?」


 確認をするようにスザキ君はナツキ君を見た。

 自分の家が幽霊屋敷だって言われてるのに、怖くないのかな。


「まあ……そうだな」

「有名な話か何かはあるのか?」

「見回りのおまわりさんが体験したって話だな。確か、マツイっていう人だ。通学路に一つ、交番があって、そこにいる人だよ」

「じゃあ、噂じゃなくて、体験した本人がいるってことか」


 スザキ君の物言いに、全員がお互いの顔を見合わせた。


「どういうこと?」


 あたしが代表するように聞く。


「たとえばその話が、おまわりさんが作った作り話、ってこともありえるわけだろ」


 スザキ君の答えに、ナツキ君が少しムッとした。


「そ、それはそうだけど……でも、そんな作り話をする必要、あるかなあ?」

「〈フランス館〉は少し前まで住人がいなかったんだろ。おまけに幽霊屋敷と呼ばれてる。今回のように、いわゆる肝試し的に家に入ろうとする子供がいたっておかしくない。それなら幽霊が出るって話をして、子供たちが近寄らないようにしよう、っていうね」

「そうかあ?」

「もちろん可能性の一つだよ。今は実際オレっていう住人がいるんだから。もし作り話だとしたら、もうその話をする必要はないってことだし」

「お前、理屈っぽいなあ」


 ナツキ君があきれたように言った。


「よく言われるよ」スザキ君は肩を竦めてから続ける。「そこは実際、そのおまわりさんに話を聞いてみるのもいいかもしれないね。それに、作り話だったら作り話だったで、もう一つくらい作ってもらえばいいんだよ」


 朱雀君はそう言うと、挑戦的に笑った。


「それに、これは学級新聞なんだろ? 取材はちゃんとするべきだよ」

「……それもそうですよね!」


 ノッたのはシュンスケ君だった。


「まだ幽霊がいないなんて決まったわけじゃありません!」

「……なにそれ?」

「幽霊をカメラにおさめることができれば、これはスクープですよ!」


 なんでこんなときだけ、男の子って元気なんだろう?

 あたしがちらっとフユを見ると、不安げにそわそわしていた。

 きっと、あたしの味方はフユだけだ。


「あとは、他に噂はある?」

「おう。夜中に聞こえてくる女の叫び声だな」

「叫び声?」

「夜中にあの屋敷の近くを通りすがった奴が、急に女の甲高い叫び声みたいなのを聞いたんだってさ」


 本領発揮とばかりにナツキ君がまた手を幽霊みたいに垂らしながら言う。


「や、やめてよ」


 フユが控えめに怖がる。


「青野は怖がりだよなあ」

「……それは、規則性とかはある?」


 スザキ君が少し考えてから言った。


「キソクセイ?」

「たとえば、何曜日の夜にとか。こういった人が通りがかった時にとか。この時間に通りすがると必ず、とか」

「そこまではわかんねーな。でも、人影を見た後に声を聞いたって話もあるぜ」

「なるほど。人影に、甲高い女の叫び声……」


 人影だけならまだしも、叫び声となると話は別かもしれない。

 スザキ君はしばらく考え込んだあと、顔をあげた。


「誓って言うけど、あの家に住み始めたのは三日前からだよ。そもそも、幽霊の話なんて知らなかったし。でも、オレの家に何かあるっていうなら気になる」

「もし本当に幽霊だったらどうするの?」

「……そうだな、幽霊が誰なのか、という事も突き止めてみようかな」


 スザキ君の答えに、ナツキ君が噴き出した。


「お前、理屈っぽいけど面白いな」

「面白い事はいつでも歓迎してるよ。良かったら、今度の土日に泊まりに来いよ。父さんも喜ぶから」

「えっ」


 あたしは驚いてしまった。

 ナツキ君も驚いている。


「で、でも、いくらなんでもそれは……」


 私はちらりとみんなを見た。


「……面白いじゃねぇか」


 それでも一番にノッたのは、やっぱりナツキ君だった。


「泊まり込んで、幽霊の正体を暴いてやろーぜ!」


 ――いいのかなあ。


 あたしはちらっとみんなを見回した。


「それじゃあ決まりですね! 学級新聞は、幽霊屋敷探索です!」

「よっしゃあ!」


 ナツキ君の一言――横暴ともいう――によって、学級新聞の内容はあれよあれよという間に決まってしまった。

 幽霊屋敷探索が廃屋だったら止めようもあったのだけど、今はそうじゃない。しかも、実際に住んでる子からオーケーを貰ってしまった。これじゃあ、とめようにもとめられない。あたしとフユは一緒にため息をついた。


 机の上を片付けて配置をもと通りにすると、あたしたちは学校を出た。ナツキ君なんかうきうきしている。いったいどうなることやら。

 途中でみんなとわかれた後、あたしとスザキ君は昨日と同じ道を辿り始めた。

 なんとなく一緒に帰ってしまった。見た目がカッコいいから気になるっていうよりは、完全にもう別の興味の対象だ。幽霊屋敷と同じような気がする。

 あたしが黙っていると、急にスザキ君が声をあげた。


「……そういえば、土原。一つ聞き忘れた事があるんだけど」

「へっ? ど、どうしたの?」


 あまりに突然だったせいで、ちょっと動揺してしまう。


「交番、知ってるか?」

「知ってるけど……どうして?」

「人影だか白い影だかを見たっていうおまわりさんに、話を聞こうと思って」

「え、ああ……そっか。少しなら時間があるから、案内しようか?」

「頼む」


 スザキ君は短く言って、あたしの後に続くようについてきた。

 こういう時に何を話せばいいんだろう、とあたしが思っていると、先に口を開いたのは朱雀君の方だった。


「悲鳴についてはお前は何か知ってるか?」

「えっと……それは誰、って事はないかな。でも、おまわりさんの話ほど体験者は明確にわかってるわけではないけど、実際に聞いたって人は多いみたい」

「たとえば?」

「たとえばって言われると……」


 ちょっと、思いつかない。


「わかってることでいいんだ。時間だとか、それによって考えを変えた人がいるとか」

「考えを変えたって、どういうこと?」

「幽霊話を馬鹿にしてたけど、実際に遭遇して考えを改めたとか」


 スザキ君の言い方は、まるで幽霊を見に行くっていうより、何かの調査をするみたいだ。あたしはちょっと考えてから教える。


「声がするのは夜に限定されてるみたい。夕方とかじゃなくて、夜。やっぱりこの半年か……数か月くらいで時々、聞いたって人がたまにいるみたい」

「それ以前に幽霊話が出てないのは、どうしてなんだろうな」


 スザキ君は、やっぱりそれが気になるみたいだ。

 あたしたちはしばらく無言で歩いた。

 確かに、あたしたちはあの屋敷がお化け屋敷みたいだから、幽霊屋敷って呼んでいた。それが本物の幽霊屋敷になるなんて……?


 ……それにしても、自分の家の事とはいえ、どうしてこんなに冷静にとらえられるんだろう?


「あのさ、スザキ君……」

「アキトでいいよ。それで、なに?」

「えっ? あ、ええと、アキト君は、怖くないの? 幽霊屋敷の調査っていっても、実際そこに住んでるわけでしょう?」

「そりゃあまあ、怖くないと言えばウソだけど」


 スザキ君、もといアキト君は少し考え込むように前を見て言った。


「どちらかいうと面白いかな」

「お、面白い?」


 その発想は、ヘンだ。

 絶対ヘンだ。

 自分が引っ越したところが古びた屋敷で、しかも学校中の注目の的で、そのうえ幽霊までついてきたら、普通は怖い。


「自分の家に何か出るって言われたら普通に気になるよ。そういう意味で面白いな。自分の住む所があんな変わった屋敷だっていうのもそうだけど、そのうえ幽霊まで出るっていうんだぜ」


 家に幽霊が出る事は面白くないと思う。


「ほら、人生に冒険は必要だって言うじゃないか」

「聞いた事ないけど……」


 ――でも。

 これが冒険だっていうのなら、ちょっとは楽しいのかも?

 あたしは古びたお屋敷で、白いドレス姿の女性が甲高い悲鳴をあげているところを想像した。


 ……全然楽しくないし、怖い。

 今になって、泊まりに行くという計画自体が怖くなってきた。


「それに、なんだか奇妙な気がするんだ」

「奇妙って? 幽霊ってこと?」

「わからない。今のところは……予感というか、違和感というか……第六感のようなものと思ってくれ。あのフランス館そのものが奇妙という人もいたけれど――とにかく、うちには何かがあるって事だよ」


 あたしはひとまずうなずいておいた。

 ――でも、第六感って霊感ってこと?

 それでもやっぱり、白いドレス姿の女性が抜けなかった。

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