プロローグ 2



「………………」


 やはり女神様だったその女性に自分の死を告げられた私は、瞬きして割と自慢な長い睫毛をパチパチさせ、






 …………………………………えっと、どういうこと?






 全く状況がつかめないでいました。


「あ、あの、え? 死んだって、どういうことですか? 死後の世界…………? え、でも私ぴんぴんしてますし足もしっかりしているみたいなんですけど」 

「幽霊のことを言っているのかもしれませんが、幽霊に足が無いなんていうのは昔の人間が勝手に抱いた妄想ですよ? それに今の貴女は……んー、メンドクサイからわかりやすいようにそれっぽく言うと、『死後の世界に生きている』と言う状態になっています。 まぁもちろん、現世での元の貴方は死んでしまいましたけどね」

「え、えぇ………………」


 体中の血の気がサーっと引いて、悪寒で体がすくみ上がるのを感じました。 

 わ、私、本当に死んじゃったの……? 

 正直信じられません。受け入れがたい現実ですが、よくよく思い返してみると本当にそうなのかもしれないと思えてきました。

 わたしを突き飛ばしたあの男の子。 どういった理由で突き飛ばしたのかはわかりませんが、あの光景を見た直後に私はこの場所にいました。

 ここが本当に死後の世界だとするなら、辻褄が合います。


 …………そっか……私、死んじゃったんだ…………本当に、死んじゃったんだ………………


 実感は湧きません。 ですが、理解と納得はしてしまったからか、急に鼻の奥がツンと痛く、目頭が熱くなり、次第に涙が溢れてきます。


「う……うぅ……うぅううぅぅ…………うぅうあああぁぁ…………!!


 死んでしまった事それ自体は、実感が湧かないので悲しみようがありません。

 ですが、お父さん、お母さん、弟、学校の友達や、親しかった町の人たち。 そういった人達ともう会えない。 そう思うと、口からは嗚咽が漏れ、そしてそれは押し殺した喚きに変わっていきました。

 女神様が目の前にいるのにも関わらず、きっとみっともない顔で泣いていることでしょう。 顔を手で覆い、身を丸くして、私はしばらく泣き続けました。

 最中に、肩にぽんぽんと、手が置かれたのを感じました。 きっと、女神様が慰めてくれているのかもしれません。 顔を上げてみると、やはり女神様は私の方に手を伸ばし、涙で視界が滲んでよく見えませんが、優しく微笑んでいるように見えました。

 やはり、本当にこの人は女神様なのでしょう。

 思わず私は、女神様――アクア様にすがりつき、そのままわんわんと大声で泣いてしまいました。 アクア様はそんな私を振り払うことなく抱き止め、そのまま肩の時と同じようにぽんぽんとあやす様に背中を優しく叩いてくれました。




 そんな彼女の身体に包まれながら、どのくらいそうしていたでしょうか。 落ち着いて涙を拭いた頃、アクア様に「大丈夫ですか?」と聞かれましたが、落ち着いたとは言え正直大丈夫とは言いがたかったので、「いきなりみっともない所をお見せしてすみません……」と、ちょっと気恥ずかしげに言いました。 


「気にしないで良いですよ。 自分の死をいきなり告げられて取り乱す人は少なくないですし。 それに、あんな形で死んでしまったとなると、それはお辛い事でしょうしね……」


 椅子に戻りながら慈しんだ表情でそう返してくださるアクア様。 その優しい言葉が身に染みま……ん? ちょっと待って? あんな形で……?


「あ、あの……そういえば私の死因って何なんですか?」

「え? 知らなかったんですか? トラックに轢かれて死んだんですよ。 轢死ですね」

「トラック…………」


 意外そうな顔をして言ったアクア様の答えに、私は自分が最後に見たあの光景を思い出します。

 そっか……じゃあ、あの時の男の子は、そのトラックから私を守るために私を突き飛ばしたって事なのかな……?

 そうだとすると、そうまでしてもらったのにも拘らず、死んでしまって少し申し訳なく思えてきました。

 ……そういえば、あの男の子はどうなったんだろう?

 私を突き飛ばしたと言う事は、やはり私もろともトラックに轢かれてしまったのでしょうか? もしそうだったなら私はもう正直申し訳なさで押しつぶされそうになります。 それではまるで私が道づれをしたという事に…………あれ? でも逆に生きていたら私だけ死んだ事になるんだよね? その場合って、もしかして実はあの男の子は私に恨みがあって、トラックの方へ突き飛ばしたとか!? え、じゃああの必死そうな顔は私を憎んでた顔って事!? え、うそ…………ええええええええうっそぉおおおおおおおおお!?

 一度考えてしまうと色んな憶測が飛び交って自分で自分を精神的に追い込んでしまいます。

 しかし、私があーなのか? こーなのかと悩んでいた時に、アクア様から新しい情報が入ってきました。


「まぁ付け加えると、ある引きこもりのニート男子が、トラクターとトラックを間違えて良かれと思って貴女を突き飛ばした結果、その延長線上に来たトラックと貴方が衝突! って形なんですけどね」




 ……………………………………。




「今なんと?」

「……? トラックに轢かれたのがそんなに信じられません?」

「そこじゃなくてもう少し前です! トラクターと間違えて……?」

「えぇ。 その人、普段あまり外に出ないから空間認識能力が衰えていたんでしょうね。 あなたの手前で止まったトラクターと反対車線の居眠りトラックの位置関係を間違えて、貴女を救ったつもりでぷっ……突きとばしたら貴女はドーン! 逆に轢かれる手助けをしてしまった訳です」

「今途中で笑いませんでしたか?」

「いいえ?」


 気のせいでしたか……いやそんな事より! え、どういう事……? じゃあ私、引きこもりニートのいらないお節介で死んだって事!?

 ある意味自分が死んだ事実よりも受け入れたくない事実に、ショックで目眩がし、頭を抱えてしまいます。

 思考回路がショート寸前な状況ではありますが、まだ気になる事があるのでもう一度アクア様に質問をします。


「その人は、如何なったんですか……?」

「貴女を突き飛ばした人ですか? んー……と、今病院に搬送されていることろですね。 でも、予定では数分後にショック死する事になってます」

「は? ショ、ショック死!? なんで!?」

「だってその人……実際はトラクターが目の前で止まっただけなのにぷふっ……自分が貴女の代わりにトラックに轢かれたって思い込んでその場で失神して失禁……クスクス……さらにそれは貴女の手も巻きこん「も、もういいです!!」……? 良いんですか?」

「ええもう大丈夫です! ていうかもう完全に笑ってましたよね!?」

「いいえ?」


 気のせいでしたか……いや絶対気のせいじゃなかったけど。

 と言うかなんなんですかその酷すぎる状況は!? 私の手を巻き込んだって事は、その男の子のアレが…………い、いやあああああああああああああああああああああああああ!!!


「さて! もう質問が無いのなら、此方の話を進めたいんですけど、いいかしら?」

「え!? あ、はい……」


 人が心の中で絶叫している最中に空気を読まないで話を進めようとするアクア様。 

 もういいです……過ぎた事ですし、それを聞いてももうどうしようもありません。 それに、考えれば考えるほど落ち込みそうですし。 そんなわけで私は、自分の死因とその状況を忘れてアクア様の話を聞く事にしました。


「日比田つみれさん。 貴女はこれからどうするか、いくつかの選択肢があります」

「選択肢……?」


 どういう事かわかりませんでしたが、アクア様に説明された事を噛み砕いていうなら、こういう事だそうです。

選択肢というのは、娯楽の類が一切無い天国と言う名の永久地獄で肉体と言う概念を失くして永久にただただのほほんと過ごすか、記憶を全て失くして元の日本で赤ちゃんから生まれ変わるか、もしくはある異世界を脅かす魔王という存在を討伐するため、その異世界に今の私の状態を引き継いだまま転生するかという三つだそうです。

 が、私は迷わず、


「異世界に行きたいです!!」

「なんか今まで暗い感じだったのが嘘みたいに食いついてきたんですけど!? ていうか近い近い顔近い! 興奮しすぎよなんでそこまで寄ってきたの!?」


 私の豹変ぶりにアクア様はドン引きしたようなリアクション見せますが、これが落ち着いていられますでしょうかいいや落ち着いていられる訳がありません。 私はゲームが大好きなのです! そんな私がゲームの中のような異世界に行く事が出来るよなんて言われたら、落ち着いていられる訳がありません(二回目)!

 仲間と一緒に冒険し、様々なモンスターと戦い、そして夢あふれるロマンスを実際に体験できるとなったら…………あ、でも


「私、これといって部活動もやってなかったですし、運動も嫌いじゃないけど得意って程じゃなくって……そんな私がモンスターと戦うってなるとちょっと怖いんですけど……大丈夫なんですか?」

「大丈夫! そんなあなたの為に、はいどうぞ!」


 不安げに質問する私に、アクア様は満面の笑顔で答えながらポンと一冊の本……というか書類の束を私に手渡しました。

 ……なにこれ? カタログ?


「それはどんなものにも負けない、強力な能力や装備のリストよ。 あなたにはその中から一つ選んで、異世界に持っていく権利を授けます!」


 な、なるほど……いわゆるチート能力って奴ですか。 特にこれといって格闘どころか喧嘩の経験も無い私でも、この能力や装備さえあればモンスターが相手でも互角以上に戦えると言う事ですね!

 そうと解ればと私はカタログのページをぱらぱらとめくり始めます。 その中に書いてあるのは、どこかで聞いた事あるような伝説の剣や、確かにこの能力さえあればモンスターと戦えそうだと納得できる能力のオンパレード。 中には開発の才能なんてものもありました。 どれもこれも魅力的で一個だけて選べ切れず、つい目移りしてしまいます。 と、そんな中で、


「あれ……?」


 一つ、他とは若干異彩を放っているものがありました。 それは……


「バイリンガル?」


 意味的には2ヶ国語以上話せる人の事を指していた気がしますが……何でしょうこれ?

 とりあえず質問してみる事にします。


「すみません、この能力なんですけど」

「はいはい~? お、なかなかお目が高いわね! これはね、動物の言っている事がわかるようになるうえに、会話も出来るようになる能力よ。 それにはモチロン、魔物も該当するわ!」


 そう、私に説明してくれるアクア様。

 さっきから気になってたんですけど、さっき一頻り笑ったからなのか口調が砕けてきてますねアクア様。

 恐らく、こっちのほうが彼女の素なのでしょう。 なんていうか、母性あふれるアクア様も良いけど、今のアクア様はフレンドリーさがあって、私としてはむしろこっちのほうが好きかもしれません。


「ふむふむ……え、でも会話できるだけですか? 会話できたとしても、襲って来たりされたら会話も何もないんじゃ……」

「その点は大丈夫! オマケとして同時に授けられる魅了チャームによって、魔物はあなたを襲わなくなるの。 むしろその能力を得たあなたに対して魔物はその名の通り魅了され、そのままバイリンガルを上手く使えばあなたに忠誠を誓うようにだってなるわ!」

「何それチートすぎる」


 というかそれはなんだか魔王の能力っぽいような……まぁいいですけど。

 とはいえ、アクア様の説明を聞く限り、とても面白そうな能力に思えました。 だってその能力を得れば、魔物に対してはほぼ無敵。 さらに、上手くいけばファンタジー物の代名詞といっても過言じゃない、ドラゴンとかも私のペットにできるかもしれないと言うわけです!

 よし……決めた!


「バイリンガルの能力をください!」


 ファンタジーの世界に行くならやっぱり剣で敵をバッサバッサと倒すのが良いと最初は思いましたが、チート武器をもらったところで、私は多分もてあましそうな気がしますし、多分性に合わないと思うのでこっちにしました。 だって私、女の子だもん!

 アクア様は私の答えを聞くと、満面の笑みを浮かべ、


「解ったわ! あ、バイリンガルの能力は向こうの世界に行ったと同時に会得しているから、心配しなくて大丈夫よ! それと、これもあげるわね!」


 そういってアクア様が指をパチンッとならすと、何時の間にやら私の持っていたカタログが小さな小袋に変わっていました。 なんだろうと中身を見てみると、そこには何枚かの金貨と銀貨が入っていました。

 え、えっと、お金……?


「いくらチート能力持っていても無一文じゃアレでしょ? 少しだけだけど、持って行きなさいな♪」

「あ、ありがとうございます!」


 これはありがたいです。 お金をもらうっていうのは気が引けますが、確かに無一文ではどうしようもありません。 私は素直に受け取って、アクア様に頭を下げたお礼を言いました。


「じゃ、これから向こうの世界へワープさせてあげるから、そこの魔方陣の上に乗って」


 魔方陣……?

 そうアクア様の言ったことを心の中でオウム返しすると、ヴォン……と何かが灯るような音と共に私の足元に幾何学的な文字とお星様が描かれた巨大な円陣が出現しました。 

 おぉ……すごい! 魔法みたい! 魔法なんだろうけど!

 私が興奮しているうちに魔方陣は光を強め、私の身体をも包んでいきます。 頭上にはワープするための次元の歪みっぽいのも現れました。


「さあ勇者よ! 願わくば数多の勇者候補達の中から、貴女が魔王を打ち倒すことを祈っています! さすれば神々からの贈り物として、どんな願いでも叶えてさしあげましょう!」


 そのアクア様の言葉を最後に、私は自分が死ぬ瞬間とは異なる浮遊感を感じながら目を瞑りました。 


 本当に……本当に、ありがとうございましたアクア様。 私、次の世界で頑張ってみます!


 こうして、私の第二の人生――――私の異世界での冒険が始まったのでした!

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