王太子殿下の言い分

 俺によく似たその男は、意地の悪い笑みを浮かべてこう言った。


「まずは、の言い分を聞かせてもらおうか」


 どういうつもりだ?

 俺の言い分など、あんたにはどうでもいいことだろうに。

 この国のいただきの座り心地の悪い椅子に座るあんたにとって、俺の言い分に価値などないはずだ。


 まぁ、いい。

 聞かせろというなら、聞かせてやろうではないか。

 俺の心は変わらない。


「父上、俺は王にはなりません」


 腹立たしいことに、あんたの笑みがますます意地の悪いものになった。


「なりません、か。勝手に決めてもらっては困る上に、認めるわけにもいかないな」


 まずいな。

 あんたの身にしみついた威圧感に負けそうになる。

 が、負けるわけにはいかない。

 ここで負けてしまったら、俺の将来はこれ以上ないくらい決定づけられる。


「俺は絵描きになりたいのです。俺の生き方は俺自身が決めたいのです」


 贅沢極まりない話だと、さんざん言われている。

 わかっている。

 だが、俺はどうしても絵描きになりたいのだ。


「そう言うだろうと、わかっていたよ」


 あいつは意地の悪い笑みに、何故か嬉しさを上乗せした。

 やめてくれ、逃げ出したくなる。


「こっちへ来なさい」


 あいつは偉そうに手招きしてくる。

 偉そうにというのは、おかしいな。あいつは王なのだから。

 そのくらいは、従ってもいいだろう。

 俺の将来は譲れないがな。


「なにが見える?」


 あいつは俺に窓の外を見るように促した。


 平和な町並み、と素直に答えそうになった。


 駄目だ。

 裏があるに違いない。

 考えろ俺。

 意地悪く笑うあいつが求める答えは、他にあるはずだ。


「平和な町並みが見えるだろう?」


「は?」


 駄目だ。

 間抜けな声が、つい口に出てしまったではないか。


 いやいや、裏があるはずだ。

 絶対に、何かあるはずだ。

 騙されるな俺。

 負けるな俺。


 俺の将来は譲れないのだ。


 しかし、あんたの笑顔から意地の悪さがいくぶん消えた。


「絵を描くなとは言わんよ。むしろ、描けばいい。貴様には、この平和そのものの町並みに、戦火を描き足すことも、貧困を描き足すこともできるようになる。これほど、面白いカンバスも他にあるまい」


「は?」


 なにを言ってるんだ?

 あの町並みがカンバスだって?

 冗談もすぎるだろう。


「願わくば、より栄えた町並みを描いてほしいものだがな」


 つまり、俺に王になれと言うことか。


 正直に言おう。

 俺の決意にヒビがはいっている。

 面白くない。

 非常に面白くないが、俺は今、王になってもいいと思っている。


 非常に面白くない。


 目の前の俺によく似た男に口車に乗せられているとわかっている。


 なのに、俺はもう絵描きになれないでいる。


「描いてみせますよ。父上以上の町並みを」


 こうして、俺の将来は決まったのだ。

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