第19話 超・ナイス・アイディア

網代なずなが、そこにいる。


アビス・タンクを装着して、戦っている。


「私はただ、人の補充をしに来ただけですのよ?」


つまらなそうに、魔女が答える。


「つい先ほどですわ。私の街がドラコベネというそれはもう下品な龍に襲われてしまいましたの。これが滅茶苦茶やらかすものですから、労働力として使っていた人族が皆殺されてしまって。ああ何て可哀想な私」


油断なく構えるなずなに対して、魔女は目も合わせていない。

面倒を嫌うように嘆息して続ける言葉は、宴の席の愚痴にも似ていた。


「結構いい暮らしをしてたんですのよ? 二十四時間フルに人族使って、悠々自適に気ままな支配者ライフを楽しんでましたのに、それがものの数時間でぱぁーになってしまいまして、ああもう思い出しただけでムカついてきましたわ……!」

「使って……ですって?」


なずなが、歯噛みする奥から怨嗟を絞り出す。

歌誉はまるでそれが自分に向けられたかのように寒気を覚えたが、当の魔女はそれに気づく様子さえない。


「そうですわ。下品な連中に制裁を加えようかと一計もしたんですけど、それもスマートではありませんわよね? まあぶっちゃけドラコベネを相手取るには手を焼きそうだったというのが本音ではあるんですけど」


苦悩するような仕草で、魔女は立てた人差し指でこめかみをこねていた。

その指先が流れるように口元へと運ばれる頃には、転じて喜色を浮かべている。指先に息を吹きかけるように、秘め事を呟くように言うには、


「そこで、賢い私は思い至ったのですわ。足りなくなったのならば補えば良い――それだけの事だと。この世界の歴史に、パンがなければケーキを食べれば良い、そんな名言があるそうですわね。私、とても共感いたしましたの。郷に入っては郷に従え。どうせなら、利口で使い勝手のいい奴隷の集まるというアシハラまで調達に行ってみようと思い立ちまして、わざわざ遠路はるばるやってきた、というわけですわ。まあ、何て超・ナイス・アイディアなのでございましょう」

「そんな身勝手な理由で、ドームを壊したって言うの!?」

「ドーム?」


おうむ返しに尋ねてから、魔女が怪訝な表情で上を向く。そこには、彼女の侵入経路となった大穴がぽっかりと開いていて、その奥に暗雲が広がっているのが見える。


そういえば、と歌誉は気づく。人工的で、清潔かつ無味乾燥な空気に、埃っぽく、湿った空気が混じっている。


「ああ、これの事ですの? だって空を飛んできたんですもの。ここからが一番手っ取り早いでしょうが。どこぞの婆ァの頭のように固くて随分苦労しましたのよ、三十分以上詠唱しましたもの。まあ結果、無事に壊せて良かったですわ」


あっさりと告げるその声は、やはりその重要性を理解していない。


最強の龍・ドラコベネ・ゼゼブ・ベネ・レゼでさえ攻めあぐねていた牙城に容易く侵入したのだという事実を。

その鼻歌交じりの行動が、人類史をいままさに揺るがしているという事実を、少しも理解していない。


人族の、とりわけなずなの怒りはとうに臨界点を超えている。


「アンタは、自分が何をしたのかまるで分かってない!」


叫びとともに、アビス・タンクのブーストが作動する。


袈裟懸けに肉薄する刃を、魔女は錫杖で受け流す。なずなは流された勢いをそのまま返す刀へと込めて、魔女の後頭部を狙った。だが、あえなく空を切る。


魔女は錫杖にぶら下がるようにして、更に天高く飛び上がっていた。


「あらあら、交戦権もないくせに蛮勇です事。天罰が下りましてよ」

「そんなの、怖がってられるかってのよ!」


着地した屋上から伸ばす手が、魔女を追いかけるように装備を換装する。携行用に改良された重機関銃が、けたたましい音と共に火を噴く。


夥しい数の弾丸は、しかし対象に届かない。魔女は高速での移動を続けながら立て続けに固めた空気を防壁として展開し、これに対抗した。


空中を自在に踊りながら、眼下を一瞥する。陣形の展開を終えつつある生徒達をして、魔女は嘲笑する。


「効率的、といえばそうなのかもしれませんわね。貴女一人が戦う分には、例えオルテラに刑罰を下されたとしても損害としては軽微で済みますもの。ククッ、みじめなものですわね、戦う権利さえ剥奪された弱者というのは」


魔女が呪文を唱えると同時に錫杖を振り、生まれた微風が突風となってなずなを襲う。

スラスタによる緊急回避で、なずなはビルからビルへと飛び移る。

一瞬前まで立っていた屋上のアスファルトが快音と共に砕け、巻き上げられる。


「随分と軽快な鉄クズですのね。成程、多少の自信を獲得するに足る玩具であると認めましょう。でもだからといって、そんなもので本気で私に勝てるとでも思っているんですの? 四愚会に名を連ねるこの私に? 使役されるしか能のない、最下層民たった一人で。だとしたら本当に憐れとしか言い様のないお馬鹿さんですのね。良いですこと? 貴女は勝てない。絶対にですわ。それは歴史が証明しておりますもの。もしかしてたった十年ばかりで、それを忘れる程にお馬鹿さんという事なのでしょうか? ええそうなのでしょうね。やれやれ、本当に全く。なら教えて差し上げましょう。親切に懇切に丁寧に、教えて差し上げましょうとも。もう一度その身に刻んでおきなさいな。敗北の味を。そして癒える事のない傷を舐めながら私に忠義を尽くしなさい。一生を捧げて無心で夢中で奉仕なさい。そこに喜びをさえ見出せるまで、じっくりたっぷり思う存分使い尽くして差し上げますわ! それでも足掻くなら足掻きなさいな。存分に、納得いくまで立ち上がりなさいな。でも、無駄な足掻きほど、見苦しく滑稽なものもございませんけどねえッ!」




『――そうでもねーですよ』




と、静かに挑発に応じたのはなずなではなかった。


その声はアシハラ全体に響いた。緊急連絡用にしか使われない、全体放送だ。

アシハラに設置されたいくつもの外部スピーカーが、その声を街の人々へと届けた。


なずなと魔女は攻撃の手を休めて、スピーカーの声の主を探すように周囲を見渡す。


「何ですの?」


長広舌を遮られ、魔女はつまらなそうに言う。


「随分生意気な口を利きますのね?」

『事実を伝えたまで、とでも返しといてやりますよ』

「ふぅん……。姿も明かさないまま虚勢を張るだなんて、やはり卑屈な種族ですこと」

『何言ってやがりますか。私は、ここにいますよ!』


と、視界の端にあった研究棟の一つが煌々と照らし出された。

棟全体の照明が一斉につけられたのだ。夜陰に包まれた街中で、その光景は否が応にも多くの衆目を集めた。


多くの生徒達の例にもれず、歌誉も目印となった研究棟へと視線を転ずる。


果たしてその屋上に、一人の少女が仁王立ちしていた。


堂々と姿を晒した自分よりも小さな少女に、歌誉の胸中はざわつきを増す。


小さな背丈に、髪留めで額を出した髪型。両手に収まらない重厚感のある一眼レフカメラを首に提げ、左手は腰に、右手にはハンドマイクを握っている。


夜風に髪とスカートをはためかせながら、少女は毅然と立っている。


それこそ、腕章に刻まれた『生徒会長』の名に相応しい、威風堂々とした態度で。


アシハラ学園生徒会長・周防虹子は、臆す事なく言葉を紡いだ。


『とんでもねー事しでかしてくれましたね、四愚会の魔女さん。貴女の軽はずみな行動を引き金にこれから起こる面倒の数々を、ちゃんと理解してますか?』

「さあ? そもそも貴女方の進退になんて、私は露ほどの興味もありませんもの」

『ちげーですよ。進退を心配するのは、貴女の方です』

「……何ですって?」


混乱の渦中でなお落ち着き払った虹子の声に、魔女は訝しげに表情を歪めた。


何か不穏な気配を感じ取ったのは彼女ばかりではない。

歌誉もなずなも、生徒達も皆、虹子の声音に違和感を覚えていた。


皆が固唾を呑んで見守る中、虹子は短く指示を飛ばした。



『第一種対空砲火兵器・天戮、全台発射用意』



被支配種族の長として、有り得ないはずの指示を。



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