EX ダストとゆんゆん 起

──ゆんゆん視点──



「『エクスプロージョン!』……はぅ」



「相変わらずめぐみんの爆裂魔法はすごい威力だよね。……相変わらず撃ったら倒れるけど」


 山全体を震わすような爆裂魔法を撃った親友兼ライバルは、満足した表情をして完全無欠に倒れている。


「一応今は手加減して撃てば倒れないこともないのですよ?」

「だったら手加減して撃ってくれないかなぁ……めぐみんの身体は小さいほうだけどおぶって帰るのけっこう大変なんだからね」


 髪を伸ばし、綺麗な女性と言えなくもないくらいには成長しためぐみん。同年代の女の子の中では小柄な方だけど、軽いと言えるほど小さくはない。

 毎日背負って街中を歩くのはそれなりに大変ではあった。


「嫌ですよ。手加減して撃ったらなんか消化不良でむしゃくしゃするんです。それこそ街中でぶつかった人に片っ端から喧嘩を売ってしまうくらいには」

「……なんで私の親友と悪友はこんなに喧嘩っ早いんだろう」


 リーンさんもあれで結構手が出るの早いからなぁ……主にダストさんとキースさん相手だけど。


「類は友を呼ぶってやつじゃないですか。……って、いつまで見てるんですか。いい加減起こしてくださいよ」


 倒れながら偉そうに文句をいう親友に一つため息を付いて私はその身体を背負う。


「それじゃテレポートで帰るよ、めぐみん」

「ええ。……それではエンシェントドラゴン、また明日お願いします」


 背中にいるめぐみんが私達の目の前にいる爆裂魔法の標的を見上げながら言う。


『……いい加減飽きてくれてもいいのだが。我といえどそなたの爆裂魔法は痛いのだ。……具体的に言うと人化してる時に箪笥の角に小指をぶつけたくらいに』


 確かにそれは地味に痛い。めぐみんの爆裂魔法受けてそれで済むのは凄いとしか言いようがないけど。


「お断りします。というかなんですか、私の爆裂魔法を受けてそれだけとか喧嘩売ってるんですか。いつか命の危機を感じるような爆裂魔法を食らわしてあげますよ」


 めぐみん、これ絶対本気で言ってるなぁ……。普通に考えたら人間には不可能なはずなんだけど、めぐみんの才能と負けず嫌いな性格を考えたらいつか本当に達成しそうで怖い。


『楽しみにしておこう。……ところで発育のいい方の紅魔の娘よ』

「? なんですか、エンシェントドラゴンさん」

「発育が『いい方』ということは『悪い方』がいるということですね。おい、発育が悪い方の紅魔族がどこにいるか聞こうじゃないか。というかなんでゆんゆんも普通に返事してるんですか! いつもは私が勝負を挑まれてますがこっちから喧嘩を売ってもいいんですよ!」


 なんか後ろでライバルが叫んでるけどスルー。どうせ力入らなくて何も出来ないし。


『我への願いを言っていない人間はそなただけだ。いつまでも保留にされてはドラゴンの名折れだ。なんでもいい、我に願うが良い。我の力で叶えられることであれば叶えよう』

「なんですか、ゆんゆんはまだ願いを言ってなかったのですか?」

「うん……特にお願いしたいことってないし」


 以前の私だったら『友達がほしい』ってお願いしてたんだろうけど。そのお願いを叶えてくれる人はもう別にいる。


「なんでもいいと言ってるんですから適当に言えばいいじゃないですか。カズマなんかエンシェントドラゴンの爪を貰ってましたよ。それを売り払って魔王討伐報酬と同じくらいのお金を手にしてました」


 ドラゴンの素材ってすごいお金になるらしいからなぁ。しかもエンシェントドラゴンってなるといくら出しても構わないって人いるんだろう。

 ……というかカズマさんあなた今どれだけお金持ってるんですか。


「えっと…………本当にどんなお願いでもいいんですか?」


 まぁ、爆裂魔法の的になって下さいなんていう頭のおかしいお願いをこうして律儀に叶えてくれてるのを考えれば、本当に可能であればどんな願いでも言っていいんだろうけど。


『構わぬ。不可能であれば不可能と言おう。……と言っても、我に不可能なことなどあまりないが。具体的に言うと20個しかない』


 むしろその不可能な20個が気になる……。


「ゆんゆん、もしも願い事か思い浮かばないのでしたら私の願いを代わりに叶えてもらいませんか? 実はドラゴンの角は最高品質の杖の素材になるらしくてですね……」

「うん、めぐみんが喋ると話がややこしくなるからちょっと黙っててね」


 背中でなにおー! と騒ぐめぐみんはいつものことだからどうでもいいけど、願い事は本当にどうしよう。正直私が今欲しいものとか言われても全く思い浮かばない。

 逆に不満に思ってること解消するお願いをしてもいいのかな?


「それじゃあ──」


 そこまで考えた私は、一つだけ思い付いた願い事が叶えられるかどうかだけ聞いてみた。







「ゆんゆん……本当にあんな願いをエンシェントドラゴンにするつもりなんですか?」


 アクセルの街。カズマさんの屋敷に向かう私に背中にいるめぐみんがそう囁くように聞いてくる。


「んー……どうだろう? なんとなく思い浮かんだお願いがあれだっただけで、本当にお願いするかどうかは分からないよ」


 ダストさんに対するこの気持ちが何か。私はまだ分からない……ううん、自信が持てないから。


(めぐみんなら、私のこの気持ちが『そう』なのか分かるかな?)


 だってめぐみんは、カズマさんのことを『そう』だとはっきりと言っているから。




「ねぇ、めぐみん。私ってダストさんのことが好きなのかな?」

「……はい? いきなり何を言い出してるんですか?」


 勇気を出して聞いたのに親友の反応は冷たかった。


「えっと……だから、私ってダストさんのことが好きなのかなぁって……」

「すみません、質問の意図が読めません。一体全体あなたは何を言いたいのですか?」

「だから、私がダストさんのこと好きなのかなって!」


 何が言いたいも何もそれが聞きたいだけなのに。


「……ゆんゆん、あなたは馬鹿ですか? 街中でそんなこと叫んで」


 気づけば周りの人たちは叫んだ私の事を興味津々といった感じで見ている。そして私が何を叫んだかといえば……。


「あ、あ…あ……わあああああああああ!」


 街の人達の視線に耐えられなくなった私は、カズマさんの屋敷まで一直線に走って逃げだした。





「──しかし、ほんとうにそのままの意味でしたか。何かの謎かけかと思ったんですが」


 カズマさんの屋敷の庭。めぐみんを降ろして息を整える私にめぐみんはそう言う。


「謎かけって…………どうして謎かけなんてしないといけないのよ」

「それくらい突拍子もない質問だったんですよ」

「……やっぱり私がダストさんの事好きかもしれないって意外すぎる?」


 私が里にいる時言ってた好きなタイプとダストさんって真逆だもんね。


「いえ、意外も何も私はゆんゆんはダストみたいなタイプと付き合うと思ってましたし。驚いたのは未だに好きかどうかも分かってなかったことですよ」

「…………、そんなに私ってダストさんが好きそうに見える?」

「見えるというか、恋愛感情無しにあんな態度を取ってるなら私はゆんゆんに『尻軽女』の称号を与えないといけません」

「そこまで酷くないよね!? ねぇ、めぐみん冗談だよね!?」


 ダストさんに対する私の態度はあくまで悪友に対してのものだし。


「ゆんゆんは『尻軽女』の称号を手に入れた」

「手に入れてない! 手に入れてないから!」


 ダストさんといいめぐみんといいなんで私をチョロいとか尻軽にしたがるの!?



「尻軽女ではないというのでしたらやはりダストのことが好きということですか?」

「えっと……まぁ、そうなんじゃないかなぁとは思う」


 ダストさんを救うためにキスまがいのことをしたけど嫌じゃなかった。それを理由に責任をとってもらおうと自然と思った。


 ……確かにこれで好きでも何でもなかったら尻軽言われても仕方ないかもしれない。


「何か引っかかることでもあるのですか?」

「うん。恋愛ってドキドキするものなんでしょ? でも私ダストさんと一緒に寝てても全然ドキドキしないんだよね。すぐ傍にいても落ち着いちゃうの。この前だってダストさんに後ろから抱きしめてもらったけどドキドキとかしないですごく落ち着いちゃって、もっと強く抱きしめて欲しいって…………なに? めぐみん、なんでそんなに不機嫌そうな目をしてるの?」


 めぐみんが何か言いたそうに私をジト目で見ている。


「惚気話がしたいなら壁にでも話しかけてくださいよ」

「壁は相槌うってくれないから嫌だよ! というか別に惚気話してるつもりなんてないから!」

「……相槌うってくれれば壁でもいいんですかこの子は。というかあれですか? 私は相槌をうってくれる壁ですか? そうですか、私の胸は壁みたいですか。いい度胸です。いい加減あなたとの自称ライバル関係にも飽き飽きしてきたところです。決着を付けましょう」

「誰も胸の話はしてないから! めぐみん落ち着いて! 最近何かあったの!?」


 流石にこの流れで胸の話になるのはおかしい。なにかトラウマになるようなことがあったんじゃ……。


「――はっ!…………す、すみません。この間カズマに夜這いを仕掛けた時のことを思い出していました。もう大丈夫です。話を続けましょう」


 ……何があったか気になるけど何があったかなんとなく分かるから聞かないでおこう。多分聞いても誰も幸せにならない。


「というかカズマにちょっと文句を言いたくなってきたので結論から言いましょう。…………あなたのそれは『恋愛感情』ですよ」

「そう…………なの? もしかしてめぐみんもカズマさんに対してドキドキしたりしないの?」


 世間一般で言う恋愛感情ってものは実は嘘だったんだろうか。


「いいえ、ドキドキしますよ。いつもというわけではないですが、少なくとも一緒のベッドで寝たり抱きしめてもらった時は凄くドキドキします」

「え? それじゃ何で私は…………」


 私のこれが恋愛感情だって言うならなんで私はダストさんにドキドキしないんだろう。


「単純な話です。ゆんゆん……手を出してない所を見ると意外にもダストもなんでしょうが……、あなたには下心がないんですよ」

「下心?」

「はっきり言うならエロいことするつもりがないと言っているんです。……想像したことすらないんじゃないですか?」

「だってダストさんって私の事守備範囲外のクソガキだっていつも言ってるし。童貞で彼女いないっていつも嘆いてるのに私には全然手を出してこようとしないし…………想像できるはずないよ」


 始まりがそうだったからか、考えてみればダストさんをそういう対象で見たことがない。それが長く続いたせいか次第に男としても見なくなっていった。

 それが変わったのは本当にここ最近。エンシェントドラゴンさんと戦ってダストさんが死にかけた時からだ。それにしてもダストさんの私への扱いが全然変わらないから、エッチなことをするなんて想像は完全に頭の外だった。


「基本的に思考がエロいゆんゆんが意識しないとは……相当あの男はゆんゆんのことを女としては扱ってなかったのですね」


 可愛いとかエロいとかは言ってセクハラはしてくるけど、同時に子供扱いもしてきて……ちゃんとした女としては全然扱ってくれないんだよね、ダストさんって。


「ところで、めぐみん? 基本的に思考がエロいってどういうことなの?」

「里にいた頃ただバイトしてただけの私が援助交際してると勘違いしたのはどこのどなたでしたかね?」

「うん、ごめん。謝るから先に話を進めよう?」


 ……でもあれはめぐみんの言い方も紛らわしかったと思うんだけどなぁ。


「今日も勝ち……と。で、話って何の話でしたっけ?」

「いつも思うけどめぐみんの勝ち判定はゆるゆるだよね。負け判定は厳しすぎるくらいなのに。……話はドキドキしないのにこれが恋なのかなぁとか、ダストさんが私のこと子供扱いばっかりで女としてはちゃんと扱ってくれないとか、そういう話だよ」

「ああ、そうでしたそうでした」


 うんうんと頷いてめぐみんは続ける。


「私だってカズマとそういうことをするつもりがないならドキドキはしませんよ。爆裂魔法を撃ってカズマに背負ってもらって帰る時、私はドキドキしません。ただ凄く落ち着いて……自分の全てをカズマに預けたくなるんです」

「…………、その気持ち、分かる気がする」



 ダストさんに頭を撫でてもらった時、私は凄く落ち着く。

 ダストさんに抱きしめてもらった時、私はダストさんに全てを委ねたくなる。


 きっとめぐみんが言ってる気持ちはそれと同じだ。



「ゆんゆん、想像してみてください。あの男と子供を作ると決めた上で、あなたがさっき惚気話でした行動をするのを。…………ドキドキするのではないですか?」


 ダストさんと子作りする? その上で一緒のベッド寝たり、強く抱きしめてもらう?



 ……………………………………………………



「ああああああああーっ!!」

「ゆんゆん!? いきなり木に頭をぶつけだしてどうしたんですか!? やめてください! 庭の木が折れるでしょう!」


 そんなこと言われても何かにぶつけないと恥ずかしくて私死んじゃう!

 私馬鹿なんじゃないの!? 同じベッドで寝るとか! 強く抱きしめて欲しいって言うとか!


「というかもういっそ殺して!」

「ああもう、この子は本当にめんどくさいですね! 今更自分がしてきたことの恥ずかしさに気づいたんですか!──カズマ! ダクネス! 来てください! この頭のおかしいぼっち娘を取り押さえますよ!」




 どうしようもない恥ずかしさに悶えながらも理解する。



 私はあのチンピラ冒険者のことが好きなのだ、と。


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