第23話 二分間の攻防

 近付く不良たち。間合いは三メートル。

 緩みきった笑み、無駄に格好つけた重心の不安定な姿勢。その歩みはほとんど千鳥足だ。同じ六対一と言っても、倍巳の時とは比べものにならないほど油断しきっている。

 曲がりなりにも倍巳は矢井田先輩を伸したわけで、あの時はそれなりに緊張感があったんだろうな。

 あ、今言った。言ったよね、左端のあいつ「巨乳ロリ」って。

 あたしがリアル十二歳女子なら、それだけで万死に値する言葉責めだよ。

 三対の無遠慮な視線はあたしの顔なんてチラっと見る程度で、ほとんど胸と太腿を舐めるように往復してる。背後からの視線も似たようなものだ。足音を消してさえいないし、気配だけでも大体わかる。

 こいつら高二の矢井田先輩と同格か、もしかしたら格上の立場っぽい。高三ってことも有り得るわね。

 肉体年齢的には最大で六つも下の、それも一か所を除いて貧相な肉付きの女の子に欲情するとか心の底からキモいんだけど。

 うわ、右端の不良。ヨダレなんか垂らしてるんじゃないわよ。一体何を想像してんのかしら不愉快な。


 さて。もうすぐあたしの間合い。

 少しは怯えた演技でもしておいてあげる。あたしからの最後のサービスよ。

 半歩身を引いて見せながら、と。

「な、なにかご用……ですか」

 真ん中の不良が嫌らしく口許を歪めた。こいつがリーダー格ね。

「聞いたかおい、ご用ですか、だってよ」

 おいおいお兄さん。あなたいつの時代のヤンキーなのよ。

「ねえねえ聞いてよお嬢ちゃん。ボクたちみんな、女の子と遊んだことなくってさあ。ちょっと遊び相手になってよお」

「たっぷり可愛がってやるぜ。そうだな、プロレスの寝技を教えてやる。怖いとか痛いとか最初だけだ。すーぐ気持ちよくなるさ」

「そうそう。ハマってヌケられなくなる」

「俺たちはヌキまくるがな」

 ダメ。今ので手加減する気が完全に失せた。このロリコンどもめ。

 後ろの連中との間合いは……もう少し。

「い、いや。こ、来ないで……」

 位置を確認しながら後ずさり。

 行くよ、アルガー。

 背後から伸びてくる腕、うなじにかかる息遣い。

 ——今!

【思考加速、スタート】


 不良の一人が体重ごとのしかかり、捕まえようという魂胆だな。

 背後組の真ん中の奴だ。

 でも残念。

 不良たちから見れば倍速で身を捻ったため、たぶん手がすり抜けたような錯覚に首を捻ることになるだろう。

 なんだこいつ。変なの手に持ってる。

 へえ。猿轡なんて用意してたんだ。計画的なのね。

 最後に安全に逃げるためにも、ここは骨折の一か所くらい覚悟してもらわないと。

 最初に手を出した相手の背後に回り、肩胛骨に手をあてがう。

 欲望と体重を乗せきった軸足を後ろに蹴り上げ、同時に手を思い切り押し出す。

 さすがは身体強化コマンド。

 あたしの力でも不良の身体がつんのめる。

 両脚が地面から離れ、水平に飛んでいくのがわかる。

 この勢いなら多分、正面組のヨダレ野郎に激突だ。

 背後組左右の奴らはなかなかの反応速度を見せ、あたしを挟み撃ちにしようとして迫る。

 いやだ、鞭まで用意してたのね。

 鞭野郎と対峙すると、奴は背後組のもう一方の奴に目で合図を送った。

 スローモーションだからはっきりわかる。

 なるほど、片方の奴がわざと鞭を見せつけて警戒させておき、実は両方とも鞭を持っていた、という筋書きね。背後への警戒がおろそかになったところを狙って鞭で打つ、と。

 甘い。

 背後から何かが飛んで来る。でも、スローモーション。

 げ、先端に重しのついた縄だこれ。スローイングロープ。

 人に投げるためのものじゃないでしょ!

 そりゃ、鞭だって学校の中で日常的に持ち出されたんじゃたまんないけどさ!

 こいつら、あたしを人間だと思ってなかったんじゃないの?

 野生の獣でも狩るようなやり方、さすがにぞっとするんだけど。

 見てなさいよ。

 相手の意表を衝くバックステップで背後の奴に肉迫し、最小限に迂回してそいつの背中に回り込む。

 パンツが見えても構わない。

 容赦ない回し蹴りで背の中心を蹴り飛ばす。

 身体強化の影響だろうな。あたしの目から見ても通常・・の速度で吹っ飛んでいく。

 お兄さん、落とし物だよ。

 相手の手から離れたスローイングロープを空中で拾い上げ、そのまま投げつけてやった。

 背後組同士の激突と、猿轡野郎とヨダレ野郎の激突が同時。

 背後組にはスローイングロープが絡みつき、二人まとめてぐるぐる巻きになる。

 狙ったわけじゃないけど、どちらも互いの頭からぶつかった。


【三十秒経過。残り三十秒です】

 よし。

 猿轡野郎とヨダレ野郎は気絶。背後組の確認は後回しだけど、どちらにせよすぐにはロープから抜けられないだろう。

 残り時間半分。残りの敵は二人。

 何か叫びながら駆け寄ってくるのは言葉責め野郎。こいつとの間合いは五メートル。

 リーダー格はそのすぐ後ろあたりか——あっ。汚い野郎だ、許せない。

 女の子一人を相手に、石礫を投げて沈黙させようっていうの!?

 すでに投擲モーションに入っている。

 姿勢を低くし、言葉責め野郎が盾になるようにして走って行く。

 ——ちょ!

 なんてスピードなの。こっちは倍速なのに。

 言葉責め野郎に当たることなく小石が飛来する。

 バックステップ。

 足元で跳ねる小石の勢いを見るに、当たれば打撲だけでは済まず、裂傷を負いそうだ。

 仕切り直し。なんとか近付いて——うわ。

 言葉責め野郎、懐からエアガンを取り出そうとしてる。

 普通に犯罪だよ。

 ええいもう、時間がないっ。

 あたしは飛び込み前転をして言葉責め野郎の股の下を潜り抜けた。

 膝関節を後ろから踏み抜くようにして蹴り、バランスを崩したところへ追い打ちをかけるように回し蹴りを繰り出して懐のエアガンを遠くに飛ばす。

 残るは一人、リーダー格。


【残り十秒です】

「あっ!」

 なんという執念。

 言葉責め野郎、倒れ込みながらもあたしの太腿をがっちり掴んでいた。

 いくら倍速といってもエアガンを蹴り飛ばした姿勢のまま、あたしの左脚が奴の正面に残っていたのだ。

 さすがにバランスを崩したところへリーダー格が走り込んでくる。

「くっ!」

 とにかく脱出しなければ。

 右足で地面を蹴り、半ば倒立する姿勢をとる。

 爪先を言葉責め野郎の側頭部に叩き込み、奴の腕から左脚を引き抜いた。

 うわ、言葉責め野郎が白目剥いてる。

 反省なんかしないけどね!

 

【残り五秒。移動コマンド——エラー】

 早くリーダー格を仕留めなきゃ。

 身体が動くうちに!

 敵は背後。上体を振り回し、体重に遠心力を上乗せして裏拳を打ち込む。

 倍速の裏拳、当たれば意識を刈り取れるはず。

「————!?」

 あたしの身体はほぼ一回転した。

 手応えなし。外したの!?

「あぐっ」

 背後から首を掴まれた。

【二、一、時間切れです】

 上体を仰け反らせる。

 このまま体重を預けてしまえば、あるいは……。

「やあ……あんっ」

 世界の速度が元に戻り、あたしはその場に尻餅をついた。

「はあ、はあ。よ、ようやく大人しくなりやがって」

「は、離せ——、ああぁっ」

 首からは手を離されたものの、両手で胸を乱暴に掴まれてしまった。

「こうされるのが好きなんだろうっ」

 やめろ、その手を離せロリコン野郎っ!

 もう、指一本動かすのも億劫だ。声もほとんど出せず、ただ吐息が漏れるのみ。

「へへへっ、随分気持ちよさそうじゃねえかよ」

 悔しい。悔しい、悔しい、悔しい!

「仲間みんなやられて腹立ってんだけどよ。俺は優しいからな。お前には、いい気持ちだけ味わってもらうぜ」

 盛大な勘違いしてんじゃねえよロリコン野郎。

「んっ」

 くそ、その汚い手で太腿撫でるんじゃねえっ。

「いいねえ、さすがはエロガキ。その歳ではなかなか出せねえ女の声を出すじゃねえか。すっかり俺のテクの虜だなぁ、ええ?」

 だから気色悪いだけだっての、くそったれ。

 アルガー、なんとかしてよ。

【申し訳ありません。私のサポートが不十分でした。まる一日経たないと回復できません】

 そんな……。

「あっ、や、やめ……っ」

「やめないで、ってか。ぐへへへへ」

 誰か助けて。

 やだ。手がだんだん上に。スカートの中に手を入れるな変態っ。

 助けて——哉太!

 目を閉じた。

「ああっ!?」

 奴の手が止まった。

「いてててて、誰だてめえコラ」

 あたしの身体から奴が引き剥がされたらしい。

 ゆっくりと目を開けた。

「ボディガードだよ、くそロリコン」

 声の主は拳を振り抜いた。重い打擲の音が響き、ロリコン野郎が吹っ飛んでゆく。

 こちらを振り向いた人物に縋り付こうと伸ばした腕が力なく地面に落ちる。

 ああ、哉太っ。

 腕と共に瞼も落ちる中、浮揚感のようなものを味わった気がして——そこで意識が途切れた。

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