第4話

ローズブドゥは自分の剣を抜き、再び正眼の構えをとった。その剣に異変が生じた。一本の剣の周囲に二本、三本と剣が浮かび、合計で五本の剣になった。

「幻想剣」

「ふーん」

ルプスレギナは気の抜けた返事をする。これはローズブドゥの予想通りだった。ただの幻術。何も驚異的なことではない。そう思ってくれなくては困る。

「はっ!」

再び疾風走破を発動させ、右から剣を振るう。耳を覆いたくなる音が森に響く。

「いやー、五本になっても来る方向は同じっすから。それ、突きじゃないと意味なくないっすか?」

ルプスレギナは不思議そうに言った。

武技・能力超向上。

ローズブドゥは猫のように飛び上がった。それは剣士どころか盗賊でも称賛する動きである。ルプスレギナの後ろへ回って剣を振る。ローズブドゥが猫ならこちらは豹のように避ける。しかし、異変が起きた。

「え?」

ルプスレギナの腕に痛みがあった。距離を取って、自分の腕を確認する。僅かに斬れている。

「幻想剣だと言っただろう?」

「あははははは」

ルプスレギナは理解した。五本の剣のいずれかが本物。それは間違っていなかった。しかし、長さは全て偽物だったのだ。本物を不可視化させ、少しばかり短い幻術の剣を作り出してリーチを短く見せる。避けたと思ったつもりが斬られたのは見えない切先があるためだ。

「突かなかったのはリーチがばれるからっすね」

「そうだ。体を不可視化させるのは禁止した。武器とは言ってないだろ?」

「そうっすね」

瞬間、ルプスレギナが消え、突風がローズブドゥを襲った。足を踏ん張るも凄まじい風力に体が押される。次の瞬間、ローズブドゥの後頭部にゴンと硬いものが当たった。

「ほい、一点」

ローズブドゥは痛みを無視し、振り向き様に斬りかかる。剣は空を斬った。誰もいない。

「もう一点」

またも後頭部にゴン。振り返る。誰もいない。

「ほらほら、こっち」

ローズブドゥが何度も振り返るが、誰もいない。不可視化ではない。振り向くと同時に体を移動させ、自分の背後に回られていると理解し、背中を氷柱が貫いた。戦う者にとって背後をとられることが死と同義であるなら、常にとられ続ける状況は何なのか。武技を用いて跳び上がり、木の上に立つ。それでも背後から声はした。ローズブドゥは木から木へ移り、大地を走り、1分ほど姿の見えない鬼ごっこが続いた。

汗にまみれたローズブドゥは地に倒れ、仰向けになった。背後を大地にしたためか、ルプスレギナが目の前に現れ、彼を見下ろしている。

「終わりっすか?」

終わりだ。負けたのだ。完全敗北。圧倒的強者に出会いたいと思ったが、いざ会ってみるとここまで辛いものだとは。ローズブドゥの視界が揺れる。心が折れそうになる。唇を噛んだ。

「もしもーし?」

ルプスレギナが声をかける。

ローズブドゥの中で何かが死んだ。しかし、若さは全てを可能にさせる。彼の中に新しい何かが生まれつつあった。(山の頂。ここまで遠かったのか。だが、そこにあることはわかった。明確な目標が出来てよかったじゃないか。この女に出会わなければ自分は強いと勘違いして生きていたはずだ)持ち前の性格と若さがローズブドゥに宗教的悟りに近いものを与えた。このままいけば彼は剣士としても人間としても数段高いところへ登れただろう。このままいけば。

「なあ、俺が一点取ったのは夢だったのか?」

ローズブドゥは目を拭って聞いた。

「ん?あれは確かに当たったっすよ。二度目は絶対にないけど」

ルプスレギナは腕を見せ、ローズブドゥは満足した。戦闘の意志はもうない。ここでローズブドゥに奇妙な悪戯心が芽生えた。先ほどの悟りが若さのもたらした奇跡ならこちらは若気のいたりだろう。馬鹿げているし、何の意味もない。ただ、もう一矢報いたいという願望とこの女ならきっと許してくれるだろうという根拠のない期待が彼をある行動へ駆り立てた。

「一点だけは取ったから、な」

「ん?」

ローズブドゥはルプスレギナの服に触れ、不可視化の魔法を使う。体をめがけて使えば意思の力で抵抗されるが、物体だけの不可視化なら関係ない。

「おわっ!」

人類未踏の光景を見たというわけではない。ローズブドゥも女は知っているのだから。ただ、どんなに徳の高い神官でも信仰を捨てて飛び込むであろう肢体に一つだけおかしな点があった。

「尻尾……?」

「あ、やべっ!見られた!」

ローズブドゥの顔にルプスレギナの武器が振り下ろされた。


「もう大丈夫かい?」

村人は心配そうに言った。蹄鉄を直した村人は森の入り口で倒れており、怪我はなかったがかなり衰弱していた。おかげで一晩の休息をとって次の日に出発する事になった。

「もう大丈夫……だと思う。ありがとよ」

十分な礼を渡したローズブドゥは馬に乗ると村を出た。蹄鉄を直してもらうところから森で救出されるまで全く記憶がない。それは彼にとって生涯の謎になった。ただ、時折、夢の中に世にも美しい赤髪の女性が出てきた。顔は見えない。それなのに世界一の美女であることだけはわかるのだ。ある者は前世の記憶だと言った。ある者は未来の伴侶だと言った。彼にはなんとも言えなかった。


「申し訳ありません!」

「今度からは気をつけろ。殺すのはいつでもできるが、蘇生できるかは相手によるのだからな」

平謝りするルプスレギナにアインズは言った。別に蘇生させなくてもいいかと思ったが、もしも相手に仲間がいたり、身分が高ければ、捜索隊がやってくる可能性があったからだ。アインズはゲートを開き、帰って行った。

「あの人間~~。今度会ったら手足とアレを引き抜いて回復させての十回コースっすよ~~」

ルプスレギナは歯をぎりぎりさせて恨み節を呟いた。

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魔法剣士が見た赤髪メイドの夢 M.M.M @MHK

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