終章 決着

 天馬翔子と坂出充を押し包んだ爆炎がやがて鎮まり始めた。警視庁公安部の森石章太郎は銃を下げ、

「さすがの天馬もこの炎では助からないだろう」

 するとロイドが血を滴らせた右腕にフロックコートの中から取り出した白い布切れを巻きつけながら、

「いや。坂出は犬死だ」

 その言葉に道明寺かすみはギョッとしてロイドを見てからほとんど消えてしまった炎を見た。

「そんな……」

 手塚治子と片橋留美子が庇い合うように互いを抱きしめた。

「まさか……」

 森石は慌ててかすみの楯になり、銃を構えた。

「バカめ。私を誰だと思っているのだ? 天馬翔子だ。この世で最強の能力者だよ!」

 そこには軽い火傷やけどすら負っていない翔子が高笑いをして立っていた。そして、彼女の足元には、坂出と思われる焼け焦げて原型をほとんど留めていない黒い塊があった。

「身体にガソリンを仕込んでの自爆攻撃とは驚いたが、それくらいで私が倒せると思うとは、最後まで浅はかだったよ、この男は」 

 翔子は軽蔑の眼差しを坂出の遺体に向け、足蹴にした。

「貴様!」

 森石がカッとなって銃を撃った。しかし翔子は余裕の笑みだ。

「当たらないよ、ヘボ刑事」

 彼女は発火能力パイロキネシスを発動させ、爆炎で銃弾を溶かしてしまった。

「くそ!」

 森石は歯軋りした。翔子は悔しがる彼をせせら笑っていたが、

「許さない……」

 かすみの身体から発せられる力を感じて真顔になった。

(また来るか? あの時は不意を突かれたが、今度はそうはいかない)

 翔子はかすみを睨みつける。

「貴女は人の命を何だと思っているの!?」

 かすみの身体が輝き、髪が逆立った。彼女はゆっくりと森石を押し退けて翔子に向かって歩き出した。

「おい、道明寺、危ない……」

 森石が止める間もなく、かすみは彼から離れた。

「道明寺、あの時はしてやられたが、次はうまくいかないよ」

 翔子はニヤリとして、勝ち誇った顔になった。かすみはその時、手を後ろに回し、治子に合図を送っていた。

(道明寺さん、そういう事ね)

 治子は翔子に気取られないように千里眼クレヤボヤンスの力を集束していく。

(道明寺と治子の連携攻撃か。力を瞬間的に消失させる複合能力……。だが、それもまた計算済み)

 翔子は視界の端で動くロイドも捉えている。

(力を失った私をロイドが攻撃する。怯んだところに森石が止めの銃撃……。読めているんだよ、お前らの浅知恵なんてさ)

 翔子は右の口角を吊り上げた。

「貴女だけは許さない!」

 かすみの力が発動した。その力が以前より強くなっているのを感じ取った翔子は一瞬目を見開いたが、

「それでも想定内だ!」

 不敵な笑みは絶やさない。かすみの力に治子の千里眼の力が加わり、翔子に向かった。

(右腕は冥土の土産にくれてやるよ、ロイド)

 翔子はロイドが自分の右腕に集中しているのも理解していた。

「くう!」

 かすみと治子の複合能力が翔子を捉え、彼女の力を瞬間的に消失させた。

「魔力を失った魔女は舞台から降りろ」

 ロイドは念動力サイコキネシスを発動し、翔子の右腕を捻り潰した。しかし翔子は笑みを浮かべたままだ。ロイドが眉をひそめた。

(何だ、あの余裕は?)

 右腕を幾重にも捻られて大量の血を流し、それでも笑っている翔子にロイドは疑問を抱いた。

「幕を下ろすぞ、天馬翔子!」

 森石が銃を連射した。すると翔子は飛び退いてそれを脚に受けた。彼女は右膝を地面に着いた。

「さて、おしまいか、お前ら? そろそろ私の力が戻るぞ? いいのか?」 

 翔子の挑発に留美子が前に出ようとするが、治子が止めた。

「もう、間に合わない……」

 治子が首を横に振る。かすみは唖然として翔子を見ていたが、

「ダメェッ!」

 彼女の絶叫が天翔学園の敷地中に轟いた。

「全員死ね!」

 翔子は力が戻って来るのを感じ、サイコキネシスを発動させようとした。まさにその時だった。

「何だと!?」 

 彼女の目の前に直径二メートルほどの業火が出現したのだ。

「何だ?」

 森石とロイドが同時に呟いた。かすみや治子、留美子は呆然としてその業火を見ていた。

「ぐああ!」

 力が戻る寸前の翔子がその業火に押し包まれた。

「おのれえ!」

 翔子は戻った力で業火を撥ね退けようとするが、

「カーテンコールはない。ショーは終わりだ」

 ロイドが翔子の上に理事長室の机を出現させた。それに気づいた翔子は目を見開いたが、何もできなかった。距離が近過ぎたのだ。机が彼女を押し潰し、業火が更に大きくなった。

「天馬理事長が、笑ってる……」

 留美子が身震いをした。確かに微かに翔子の笑い声が業火の中から聞こえて来ていた。

「断末魔だ」

 ロイドがコートの襟を直して言った。こうして、天馬翔子との戦いは終わった。


 東の空が明るくなり始めた頃、森石が手配した機動隊と鑑識課が到着し、野次馬達を追い払って「KEEP OUT」のテープを張り巡らせた。

「遺体が消えちまったのが気になるが、今度こそ助からなかっただろう」 

 森石は翔子が燃えた痕に骨すら残っていなかったので警戒心を解いていない。

「それにしても、あの火は何だったのかしら?」

 治子が呟く。留美子が、

「坂出先生のパイロキネシスでしょうか?」

「あり得ないわ。坂出先生は亡くなっていたから。いくら能力者でも、死して尚力を発現させる事は不可能よ」

 治子は悲しそうな目で担架で運ばれていく坂出だった黒い塊を見た。ロイドは救急隊員に腕の怪我を心配されたが、

「かすり傷だ」

とはねつけ、翔子の最期を思い出す。

(あれはカスミの力か? 時間差能力……。過去から坂出の力を呼び出したのか? あの業火は紛れもなく奴のものだった)

 ロイドはかすみの秘められた能力に興味があるのか、彼女をジッと見つめた。

「何か用、ロイド?」

 かすみはロイドの視線を感じて彼に近づいた。ロイドはかすみから視線を逸らし、

「用などない」

 するとかすみは悪戯っぽく笑い、

「一つ訊いていい、ロイド?」

「何だ?」

 ロイドは眼を背けたままで応じる。かすみは彼の顔を覗き込み、

「貴方のお母さんて、私に似ているの?」

 ロイドは一瞬だけ狼狽えた。だがすぐに無表情になり、

「母の方が美人だった」

「まあ!」

 かすみは頬を膨らませてみせる。ロイドはそのまま瞬間移動してしまった。

(やっぱり可愛いよなあ、道明寺は。それにあの胸……)

 現場検証中にも関わらず、ロクでもない事を考えている森石である。


 やがて機動隊と鑑識課が引き払う事になり、森石がかすみ達のところに戻って来た。

「天馬理事長と平松教頭は病死で処理される。坂出先生は事故死だ。それでこの件は全て終了」

 森石の説明にかすみはムッとして、

「随分冷たいんですね、森石さんて」

「バカヤロウ、何言ってるんだ。この件を表沙汰にしないためには、それが一番いいんだよ。お前らだって、何日も取調べを受けたくはないだろ?」

 森石はかすみに詰め寄って反論した。かすみは治子や留美子と顔を見合わせてから、

「それはまあ……」

 治子と留美子は小さく頷いた。

「俺もその方が助かるしな」

 森石が小声で言ったのを治子は聞き逃さなかった。

「それ、どういう意味ですか、刑事さん?」

 トレードマークの楕円形の黒縁眼鏡をクイッと上げて尋ねる。森石はギクッとして、

「さあね」

 惚けたまま肩を竦めて歩き出す。

「もう、憎らしい! あの人、私の力でも心の中が覗けないから強気だわ」

 治子がムッとして腕組みした。かすみはクスッと笑ってから、

「ありがとう、森石さん! 中里先生が待ってますから、ご自宅に寄ってあげてくださいね」

「な、何でだよ?」

 森石は中里満智子の風体を思い出し、顔を引きつらせた。

「確かに彼女は美人だけど、俺のタイプじゃないって」

 森石は駆け出し、鑑識の車に無理矢理同乗するとその場を去ってしまった。

「全く、好みがうるさいんだから」

 かすみも腕組みをしてムッとした。するとそれと入れ違いに中里が現れた。その後ろから怯えながらついて来るのは、生徒会副会長の安倍秀歩だ。

「終わったようだな」

 中里は微笑んでかすみ達を見た。

「あれ、ジャージ先生は? もう大丈夫だといって、看護師の制止を振り切って学園に向かったって訊いたんだけど?」

 中里の問いにかすみ達の顔が暗くなった。言いあぐねているかすみを見かねて、

「実は……」

 治子が事情を説明した。中里は顔を強張らせ、安倍は気絶しそうなくらい蒼くなった。

「そうか。ジャージ先生、じゃなかった、坂出先生、気の毒だったな」

 中里は治子から聞いた坂出の遺体があった場所まで進み、手を合わせた。そして、

「そう言えば、あの刑事はどうした?」

 如何にもついでに訊いたという顔つきで尋ねるが、治子とかすみには丸わかりで、留美子にも何となくわかった。完全に蚊帳の外なのは安倍である。

「森石さんは、中里先生と顔を合わせるのが恥ずかしくて、帰りましたよ」

 かすみがクスクス笑いながら応じると、中里は嬉しそうな顔になりかけてハッとし、

「そ、そうか。一言礼を言いたかったんだが、仕方がない」

 顔を赤らめて背を向けた。かすみは治子や留美子と顔を見合わせて微笑んだ。


 その後、かすみ達は一旦学園を出た。治子と留美子と安倍は家に帰り、中里はそのまま保健室に行った。かすみは制服の替えを取りに戻り、クラスメート達が登校する頃に合わせて学園にもう一度向かった。

「かっすみちゃあん!」

 歩いているかすみを見つけた横山照光がクネクネしながら駆け寄って来る。

「かすみちゃん!」

 その後ろから風間勇太も走って来た。更にその後ろから、ムッとした顔の桜小路あやねと五十嵐美由子が走って来る。かすみは全員が無事なのを知り、ホッとして微笑んだ。

「昨日さ、高等部で火事があったんだってさ。知ってた?」

 横山が嬉しそうに話すので、かすみは苦笑いして、

「うん、知ってるよ」

 その応答に勇太とあやねはギクッとして顔を見合わせた。美由子はキョトンとしている。

「あれ? どしたの?」

 能天気な横山はヘラヘラ笑って皆を見た。

(元通り、なのかな?)

 かすみは横山の変顔にあやねや美由子と爆笑しながら、高等部へと歩き出した。


 森石は公安部の部長である暁嘉隆と机を挟んで向かい合っていた。

「どういう事だ、森石?」

 暁は机の上に置かれた「辞表」と書かれた封筒を見ながら尋ねた。森石は真顔で、

「そういう事です」

 暁は眉を吊り上げたが、

「まあ、いい。お前が何者なのかは何となくわかってはいるが、不問にしとこう」

「ありがとうございます、部長」

 森石は頭を下げた。

「これからどうするつもりだ?」

 暁が封筒を机の引き出しにしまって言った。森石は顔を上げて暁を見ると、

古巣CIAに戻ろうかと思います」

「古巣、か」

 暁は苦笑いして応じた。


 日本近海に停泊中の豪華客船。国際テロリストのアルカナ・メディアナ所有の船舶である。

「お前、一体どうやって……?」

 能力者が決して力を使えないはずの部屋でメディアナはロイドの突然の訪問を受けていた。ロイドはすでにボディガード全員を殺していた。

「この部屋は力が使えない部屋だが、絶対ではない。それをカスミ・ドウミョウジが教えてくれた」

 ロイドはガラス玉のような目でメディアナを見る。メディアナは後退あとずさりしながら、

「な、何をするつもりだ?」

 顔が強張り、膝が震えている。ロイドはそれを見て、

「幾千人もの命を奪って来た血も涙もない男が震えているのか?」

 メディアナは作り笑いをして、

「いくら欲しい? 好きなだけ渡すぞ。今日から私の右腕になれ。そうすれば、好き勝手に生きられるぞ」

 しかし、そのような誘いにロイドが乗るとはメディアナも思ってはいない。彼は緊急脱出用の装置のそばに行くための時間稼ぎをしていた。

「いくら出しても答えはノーだ、外道。地獄でショウコ・テンマが待っているぞ」

 ロイドの目が見開かれた。

「うがああ!」

 メディアナは脱出装置のスイッチに手を添えたまま、その身を砕かれた。部屋中に血と肉片が飛び散ったが、ロイドはサイコキネシスで床を引き剥がし、それを防いだ。

「む?」

 立ち去ろうとして、彼はある事に気づいた。

(こいつは影武者か……)

 ロイドは完全に息絶え、人間としての姿を留めていないメディアナの遺体を見下ろした。

「狸め……」

 ロイドはフロックコートの襟を立て直し、瞬間移動した。


 かすみが勇太達と教室へ歩いていると、

「道明寺さん!」

 新堂みずほが涙目で駆けて来た。

「みずほちゃあん、会いたかったよお!」

 おバカ発言をして美由子に殴られる横山を苦笑いして見てから、かすみはみずほに目を向けた。

「章太郎さんが送ってくれたの」

 みずほは嬉しそうに言ってしまってから、

「ああ、その、ええと、別にそういう関係ではなくてね……」

 突然、狼狽え始めた。かすみは、

(森石さん、後で酷い目に遭いなさいよ、全く)

 節操がない森石の性格に呆れた。

(新堂先生、中里先生に恨まれそうで可哀想だな)

 かすみはオロオロしながらまだ言い訳しているみずほを見た。みずほは涙目の横山と興味津々の勇太に問い詰められている。あやねと美由子は呆れ顔でそれを見ていた。

(わかってるわ、ロイド。まだ敵が残っているのは)

 かすみはロイドが送って来た情報を受け取り、窓の外の空を見た。


 かすみ達の戦いはまだ終わってはいないのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サイキックJKかすみ 神村律子 @rittannbakkonn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ