第二十七章 対決(前編)

 道明寺かすみを始めとするサイキック達は、超絶的な能力を持つ天馬翔子と戦うために一致団結した。超能力が通じないアンチサイキックである森石章太郎も広い意味で言えばやはりサイキックである。

「手塚さん、いいんですか?」

 居間を出る時、かすみは天翔学園高等部の生徒会長である手塚治子に尋ねた。治子は苦笑いして、

「私をまだ信じられないのよね。仕方ないわ」

 自嘲気味に言ったが、かすみは首を横に振り、

「そうじゃありません。貴女は天馬理事長と心も通じ合っていたのがわかるんです。そういう意味で尋ねたんですよ。本当に理事長と戦う事になって構わないのですか?」

 治子はかすみの優しさを知り、目を潤ませる。

「ええ、構わないわ。私も千里眼クレヤボヤンスを持っているのよ。気を失っている間にも、あの人の心は見えていたわ」

 治子は心配そうに自分を見ている片橋留美子を微笑んで見てから、

「あの人が一番大事にしているのは自分自身。それ以外は全て利用するための駒でしかない。今まで覗く事ができなかったあの人の心が覗けたのは、道明寺さんがあの人のプライドを打ち砕いてくれたからよ」

 もう一度かすみを見た。かすみは微笑み返して、

「じゃあ、大丈夫ですね。私が心配だったのは、会長の気持ちです。会長がそこまで整理できたのであれば、何も問題はないです」

「ありがとう、道明寺さん」

 治子は涙を一粒零して頭を下げた。かすみは苦笑いをして、

「かすみでいいですよ」

「なら、私も治子でいいわ」

 治子は顔を上げながら言った。すると留美子が、

「私もかすみさんて呼んでいいですか?」

 かすみは留美子を見て、

「もちろんです。私も留美子さんて呼びますね」

 留美子はまだ歯の治療が終わったばかりなのでニッコリする事はできないが、笑ったようだった。

「おい、急げよ。天馬翔子は待ってくれないぞ」

 玄関に歩き出していた森石が振り返って言った。その森石をすっかり乙女チックになってしまった中里満智子がジッと見ている。鈍感な森石は中里の視線に全然気づいていない。かすみは小さく溜息を吐いた。そしてある事を思い出した。

「ねえ、森石さん、新堂先生の気配を全然感知できないんだけど、どこにいるの?」

 森石は一瞬「新堂先生」が誰なのか考えてから、

「ああ、みずほさんは本庁の地下に造られた特殊な部屋にいる。お前が感知できないのなら、あの部屋の機能は万全だな」

 妙に嬉しそうにみずほの事を話すので、中里がムッとして自虐的になった。

(やっぱり男は新堂先生みたいなか弱そうな女が好きなんだ)

 かすみはすぐにそれに気づいたが、森石は、

「みずほさんて、可愛いんだけど、天然だよな?」

 などと言い出す始末だ。かすみはまた溜息を吐いてしまった。中里の異変は治子と留美子もわかっていた。

(中里先生、やっぱり怖い)

 治子と留美子は顔を見合わせる。

「そうかな?」

 かすみは中里は不機嫌になっていくのを見かねて、森石の背中を押す。

「それなら、新堂先生は安全ね。とにかく天馬理事長を探しましょう」

「あ、ああ……」

 前に倒れそうになりながら、森石は玄関へと歩を進めた。中里はそれを腕組みをして不満そうに見ていた。


 天馬翔子は高等部の校舎にある秘密の部屋から出て、廊下を移動中だった。

(治子と留美子も合流したのか。厄介だな)

 治子と留美子を自分の側近にしていたのは、彼女達がそれなりに力を持った優秀なサイキックだからだ。翔子は治子の千里眼とかすみの予知能力が混合する事を恐れていた。

(あの二人が協力すると、私も簡単には勝てないな)

 しかし、それだけの事である。翔子は自分の勝利を微塵も疑ってはいない。

(留美子の念動力サイコキネシスも相当なものだが、それでも私には及ばない。そして、一番の厄介者は森石か)

 翔子は森石のアンチサイキックだけは警戒していた。

(奴が拳銃を撃つと、私は防げない。まずは奴をどう封じるかだな)

 天翔学園の理事長の顔を捨てた彼女は、大股で廊下を歩く。目は吊り上がり、口は不敵な笑みを浮かべたままだ。その時、携帯が鳴った。国際テロリストのアルカナ・メディアナからである。

「はい。メディアナさん、少々事情が変わりました。道明寺かすみは欠陥品です。貴方のビジネスに支障を来してしまいますので、今回の取引は白紙に戻してください。次回は必ずご希望の商品をあつらえますので」

 メディアナは何か喋っていたが、翔子は構わずに通話を切り、電源を落としてしまった。

「これから楽しいショーが始まるんだよ、ジイさん。邪魔しないでくれ」

 彼女は携帯を宙に放り投げ、自らの力で粉砕してしまった。

(あのメンバーに更にロイドが加わるのか。ますます面白くなりそうだな)

 翔子は高笑いをしながら廊下を進み、生徒用の玄関の扉を破壊すると外に出た。中庭は外灯で明るくなっていたが、隅々まで見えるほどではない。

「む?」

 翔子は早速力を感知した。

「お前が先鋒か、マザコン?」

 挑発の言葉を吐く。

「黙れ、牝狐めぎつね!」

 ロイドだった。彼はいきなり翔子の数歩前に瞬間移動して来た。翔子はニヤリとして、

「早くママのところに行きな、坊や!」

 サイコキネシスが空間を歪ませ、ロイドに襲いかかる。

「無駄だ」

 ロイドは再び瞬間移動して翔子の背後に出た。

「そう来ると思っていたよ」

 翔子はフッと笑い、彼の頭の上に玄関にあった下駄箱の一部を瞬間物体移動アポーツ能力で出現させた。

「潰れろ、マザコン」

 翔子は振り返らずに言い放った。ズシンと地響きを立てて下駄箱が地面に落ち、崩れていく。

「潰れるのはお前だ、牝狐」

 ロイドの声が響く。

「何!?」

 翔子の頭上にも下駄箱が出現していた。しかも彼女が移動させたものの二倍の大きさだった。

「く!」

 翔子は瞬間移動でそれをやり過ごした。下駄箱は地面に落下し、砕けてしまった。

「瞬間物体移動はお前の専売特許ではないぞ、牝狐」

 ロイドはもう一度翔子の背後に現れて囁いた。

「おのれ!」

 翔子は自身の最高の力である操縦マニピュレーション能力を発現させた。ロイドは翔子の波動が辺り一面に広がるのを感じた。

「お前の本来の力だな、牝狐。他の能力者から奪い取った能力で戦うのをやめたか?」

 ロイドはガラス玉のような目で翔子を見て言った。翔子はフッと笑い、

「何とでも言うがいいさ。最後に立っているのが勝者なのだからな!」

 その声が合図だったかのように中庭にたくさんの人間が集まって来た。総勢二十人以上だ。ロイドは眉を吊り上げた。

(やはり、ショウコ・テンマの力は以前より強くなっている。これが本来の力なのか?)

 翔子に操られた人達はそれぞれ傘やバットやゴルフクラブ、杖、鶴嘴つるはし、テニスラケット、竹刀、大ハンマーなどの「武器」を構えている。

(こいつらにやられる事はないが、ショウコに近づく事ができない)

 翔子はロイドを嘲笑うかのように見ている。

「やれ!」

 翔子の号令で操られた人達が一斉にロイドに襲いかかった。

「ロイド、跳んで!」

 かすみの声が中庭に轟いた。

「来たか、道明寺?」

 翔子は余裕の笑みで声が聞こえた方を見た。ロイドは瞬間移動した。そこへ翔子に操られた人達が殴りかかった。するとその上から五メートル四方のネットが落ちて来て、彼らの動きを封じた。かすみが野球部の練習場から瞬間物体移動させたのだ。

「大人しくしてなさい!」

 留美子が素早くサイコキネシスでネットを絞り上げた。

「私に刃向かうとは上等だ、治子、留美子。死を以て償ってもらうぞ」

 翔子が目を細め、サイコキネシスを発動しようとした。

「させない!」

 治子が千里眼の力を集約し、翔子の脳に放った。

「ぐうう!」

 思わぬ攻撃を受けた翔子は頭の中をかき回されるような激痛に襲われた。

「この私に、お前達を取り立ててやったこの私によくも……」

 翔子は脂汗を流しながら治子と留美子を睨みつけた。留美子はギョッとしたが、治子は睨み返した。

「もう貴女の事は何とも思っていないわ、天馬翔子。私達は貴女を倒す!」

 治子は右手を握りしめて叫んだ。翔子はそれを歯軋りして聞いていたが、

「治子ォッ!」

 絶叫し、治子の能力を弾き飛ばしてしまった。

「そんな……」

 治子は留美子と共に後退あとずさった。翔子の能力の凄まじさに驚愕したのだ。

「この天馬翔子を、舐めるな!」

 翔子から激流のような力が噴き出し、ネットを八つ裂きにし、捕らえられていた人達を再び動かした。

「く!」

 襲いかかられると思った治子と留美子は彼らから離れたが、そうではなかった。彼らは翔子を取り囲み、壁となったのだった。

「くそ、見破られたか」

 少し離れた位置から翔子に銃口を向けていた森石は舌打ちした。

「森石さん、危ない!」

 その後ろに現れたかすみが叫んだ。いつの間にか、森石は翔子が操る人間の集団に囲まれていたのだ。

「何だと!?」

 森石は慌てて彼らの包囲網から脱出した。かすみも瞬間移動で治子達のそばに行った。

「お前達は全員殺す。覚悟しろ」

 かすみは翔子の目が光ったような気がした。高等部の中庭には、更に多くの操られた人達が押し寄せ、かすみ達はすっかり囲まれてしまった。

なぶり殺しにしろ!」

 翔子が血走った目で叫ぶ。無関係な人間達に襲われる。かすみ達は進退窮まりそうになっていた。そこに、

「ぐわああ!」

 陸上部の部室からロイドが瞬間物体移動させた砲丸が落ちて来て、襲撃者をなぎ倒していく。

「きゃあ!」

 頭蓋骨を潰されて息絶える人もおり、治子と留美子は悲鳴を上げた。しかし、ロイドの攻撃は終わらない。まるであられのように降り注ぐ砲丸が襲撃者を駆逐していった。

「つまらん事を!」

 翔子が長い髪を逆立てて力を放つ。すると砲丸が空中で停止して跳ね返され、校舎の窓ガラスを突き破った。

(今のがもしサイコキネシスの応用だとしたら……)

 それを見てかすみは冷や汗を掻いていた。

「留美子さん、その人達を飛ばして! ロイドは手加減を知らないのよ」

 かすみが留美子に告げる。留美子は頷いて、襲撃者達をサイコキネシスで吹き飛ばした。後には血塗れで死んでいる人と大怪我をしている人達が残った。かすみはそれを見て歯軋りした。

(何の関係もない人達を巻き込むなんて!)

 彼女は翔子を見る。

「小細工はやめだ。お前ら全員、私が直接息の根を止めてやる!」

 髪も目も吊り上がった翔子がかすみ達を睨みつけた。

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