第十話

 東雲龍平は顔をしかめた。


「ラインバッハ。お前にその名で呼ばれると気分が悪いから、シノンでいい。というより、それ以外の名で俺を呼ぶな」

(分かったよ、シノン。しかしお前が日本人だったとはなあ。俺は驚いたぜ。道理で前回の戦闘で上手いこと逃げ回ることが出来たわけだ。鼠の元の住処とはね)

「住処じゃない。田舎だ」

(どこも似たようなものだろう? 今や日本全体が放射性物質に汚染された大きな掃き溜めだからな)

 ラインバッハが嘲るように笑う。

 その耳障りな笑う声とともに『鷹』のセンサが上空から降りてくる部隊を捕捉し、画面上にその全容を表示した。

『鷹』の同型機であるシルフが五十機と、その一世代前の機種であるフーリガンが五十機。

 フーリガンは、操作方法がシルフのような脊髄直接接続式ではなく、全身を電極で覆った筋電位感知式なので、機動性がシルフより劣る。

 その代わり、長年使われてきた機体なので細部までバージョンアップが行き届き、頑丈で、故障が少なく、メンテナンスが容易で、中古市場に豊富に出回っているからパーツも充実している。

 そのため、予算は少ないものの見た目だけは揃えたい貧乏な国の軍隊や、テロ組織が好んで使っていた。

 そして――龍平はその時、自分の目を疑った。

『ネオ・シルフ』が一機。

 開発中との噂を聞いたことはあったが、実機は見たことがない。名前からはシルフの後継機のように聞こえるけれど、中身は完全な別物である。

 特に、シルフが基本的に脊髄直接接続による単純遠隔操作を前提とした機体で、上空から着陸する際などの定型化された動きのみ自動制御で行っているのに対して、ネオ・シルフは自動運動補正機能がシステムに搭載されるという話だった。

 つまり、攻撃者プレーヤーが「こうしたい」と考えるだけで、機体がこれまでの戦闘記録から最適な行動を選択して実行する。そのため、脊髄に運動信号が到達する方式よりも更に動きが速くなるのだ。

 また、人間の脳から発せられる信号をキーとするがゆえに、シルフは人間の肉体の動きにどうしても限定される。それに比べて、ネオ・シルフでは人間の限界を超えた動きであっても、機体がそれを補正するから実現可能だと言われていた。

 ただ、戦闘記録の蓄積が充分ではないために自動運動補正の優位性が未だ発揮できていないと聞いている。

 それに人間の思考速度による制限を受けるから、理論上考えられるほどの圧倒的な運動性能が実現できず、現時点で脊髄直接接続と大差はないと聞いている。

 だから、実用化にはまだ時間がかかると考えられていた。

 それが実際に目の前にやってこようとしている。

(おい、もうこっちの機体が見えているんじゃないのか? もっと激しく驚けよ)

 ラインバッハの楽しそうな声が聞こえた。

「……ネオ・シルフはまだ実用段階まで至っていなかったのでは。戦闘経験はどうした? 思考速度はどうした?」

 龍平がそう呟くと、ラインバッハの自慢げな笑い声が沸き起こった。

(うははは、その通りだよ。戦闘記録のほうは俺の機体から全部移植してやった。代わりに膨大な報酬を頂いたがな)

「なるほど、お前の姑息な動きを学習済みとは恐れ入った話だ」

(姑息でも勝てればいいんだよ)

 龍平の挑発にラインバッハの余裕は小揺るぎもしない。彼は楽しそうに話を続けた。

(それに思考速度のほうも問題ない。今までは凡人がテスト・パイロットだったからな。人間の思考に囚われすぎたのだよ。いちいち命令を頭の中で読み上げていたのでは、話にもならない。もっと直感的に操作すればよかったのだ)

「直感的な操作だと? 三次元マウス以上に何があるというんだ?」

(あるんだよ。俺は古い世代のゲーマーだから、それに思いついて成功したというわけだ。上下右左に赤青黄緑、という具合さ」

 それで龍平にも分かった。

「ジョイスティックにコントロールパッドか」

(その通り。お前がそいつを知っているとは驚きだね。年寄りのゲーマーしか知らないはずだけどな。お前、実は相当な年寄りなのか?)

「うちの会社の個人データを持っているんだろう? そいつをよく読めよ」


 敵の機体が『鷹』の解像度補正機能尾の範囲内に入る。

 百一機の巨人が上空から迫っていた。中でも一回り大きいのがネオ・シルフだろう。元の機体はシルフとそう変わらないと聞いているから、あれはフルアーマー・モードに違いない。

 異次元の機動性に桁違いの火力と防御力――化け物だ。

(見えているか? 見えているのなら恐怖におののけ。その場にひれ伏して命乞いをしろ。百一対一だぞ)

 龍平は前方に次々と着陸してゆく機体を黙って見つめていた。理性的に考えればラインバッハの言う通りである。

 土地勘のない場所、籠城する場所すら見つからない砂漠地帯、百倍の戦力差――どう考えても勝てるわけがない。

 龍平は口を開く。

「しかし、ここまで部隊をセッティングして『泣けば許してやる』というのは、どう考えてもおかしいじゃないか」

(ああ、ばれたか。お前の言う通りだ、シノン。流石にそんなことはない。素直に泣いて謝ったら面白いだろうなと思っただけだ)

 ラインバッハのその言葉と同時に、ネオ・シルフが目の前に降り立つ。

 両手に中距離用のマシンガン・モジュール。背中からは長距離用のライフル・モジュールが二本覗いている。全身を重装甲ユニットで覆った上、さらに肩から腕までプレート・モジュールで固めていた。

 そこまでの重装備になると普通は身動きすら出来ないはずなのに、砂漠の不確かな足場ですらネオ・シルフは自然な動きで立ち上がった。

「よう、最新鋭機に乗っている気分はどうだい」

(最高だよ。高級車に乗っているような気分だ)

「まあ、そうだろうな。俺がお前でもそう思う」

 部隊の中からフーリガンが五機、前に進み出てきた。妙に整った動き。とても傭兵とは思えない。

(このままお前を押しつぶしても構わないんだが、それでは面白くないのでね。いくつか趣向を凝らしてみた。とはいえ、お前が最後までもつとは思わないが)

 フーリガンが『鷹』を円形に取り囲む。

 龍平はここでラインバッハに、疑問に思っていたことを告げた。

「戦闘を始める前にちょっと教えてくれ。これはRMMOBだから、ここで俺が降伏してシェルから降りてしまえば、お前の計画は完全に無駄になるんじゃないのか?」

(ああ、確かにそうだな。それが可能ならば)

 ラインバッハが勝ち誇ったように言う。

 龍平は試しに基本コマンドリストを表示した。降伏ボタン――非表示。

 次にシェルの強制解除モードを呼び出してみる――応答しない。

「なるほど。自力では出られないな」

(そういうことだ。降伏は出来ない。機体を捨てて逃げることも出来ない。会社と通信出来ない。見事だと思わないか。それに――流石に気がついただろう? お前は頭がいいから、いちいち説明しなくてもちゃんと状況を理解しているはずだ)

「ああ、随分前から気がついている。会社もグルだな」

(その通りだ。いや、実に面白い。それに話が早くて実に楽だ。じゃあ、自分がどんな状況に置かれているのか、俺が何のためにこんなことをしているのか、そこまで理解は出来ているのかな)

 ラインバッハが楽しそうに尋ねてくる。龍平は答えた。

「そいつはさっぱりだ。どうして俺のためにここまでやってくれるのか、全く意味が分からない。それこそ、サプライズ・プレゼントか?」

(まあ、似たようなものだ。驚きの解答を教えてやるのは構わないが、最初から全部明らかにしてしまうのはつまらない。お前が俺の趣向をクリアできたら、少しずつ真相を教えてやる。まず、最初の話だが――)

 周囲を囲んだフーリガンが、少しずつ輪を縮め始めた。

(――お前は架空の緊急出撃に参加した。それ自体、お前の会社が仕組んだことだ。不自然にならないように実際の手順に従って、お前を出撃させた)

「そんなことは既に知って――」

(いいから人の話を聞けよ。お前の機体だけ目的地を別にした上、記録上はお前が管制の指示を無視して単独でここにやって来たことになっている。テロリストの依頼に従ってだ。そして、お前はここで遊牧民の村を襲い、彼らを虐殺する」

「そこがおかしい」

(どこだよ)

「俺が交戦禁止区域で遊牧民を虐殺したら、会社だってただではすまないじゃないか」

(ああ、そうだよ。その通りだよ)

「だったらどうして――」

 龍平はそこで口をつぐんだ。先程考えていたことを思い出す。

(流石はシノン、理解したようだな。そうだよ、お前の会社は騙されたのだよ。RMMOBがエンターテインメントとして華々しく一般公開される時、お前の存在は邪魔になる。だから、お前に命令無視の汚名を着せて、業界から追放する。お前の会社が承知しているのはここまでだよ。後のシナリオは俺が書いた。今頃、状況が分からずに相当慌てているだろうな。なにしろお前が失踪したのだから。居場所さえ分かれば、会社は調査のために機体を出してくれたかもね。しかし、これだけ嫌われているお前さんじゃあ、それも望み薄かな)

 ラインバッハの言葉に、龍平は笑って答えた。

「なんだよ、大した解答じゃないな。それにも何となく気がついていたよ。ああ、どうせ俺は仲間に見捨てられた嫌われ者だよ。お陰で、心置きなく戦えるけどな」

 龍平は左腰の長剣を抜いた。


 五機のフーリガンの動きは見事に揃っていた。

 この時代遅れの機種を使って、相当な訓練を長時間積んできた連中に違いない。勝利を確実なものにするため、高価でも常に最新鋭の装備で戦うことを優先する傭兵にはありえないことである。

 それに傭兵会社に所属していれば、全損した時のペナルティはあるものの、機体費用の大部分は会社負担であるから中古に頼る必要はない。

 それに、これはテロリストの動きでもない。彼らは基本的に個人主義者であり、集団行動はむしろ危険だと認識している。

 ということは、残る可能性はただ一つ――正規の軍人さんだ。

 龍平は、自分が業界の嫌われ者であるという自覚はあったものの、まさか国家レベルで敵がいるとは思っていなかった。しかし、彼らは現にここにいて龍平を狙っている。

 龍平が目的でなければ他に何が目的になるのか。そこで、自分の背後にある遊牧民の村を思い出し、龍平の背筋は寒くなった。

 ――まさか、遊牧民の虐殺も目的の一つなのか?

 先程、ラインバッハは確かにこう言った。

(龍平が村を襲って住民を虐殺する)

 要するにそういうシナリオで彼らは動いているのだ。


 包囲の輪がさらに狭まる。そしてフーリガンは銃ではなく、剣を持っていた。

 そのことが龍平には不思議でならない。周りを取り囲んで、お互いに銃の射線上に乗らないように注意しながら一斉掃射する。

 それが一対多の最も確実な攻撃方法であり、いつものラインバッハならば確実にそうしているはずである。そして、天王子動物園の時はそうだった。

 ところが今は剣である。龍平の得意分野にわざわざ乗り込んでくるようなものだ。

 ――絶対に何か意図がある。

 龍平は剣を左下段に構えた。

 画面表示を三百六十度モードに切り替える。FMDでサポートされるのは実際に目で認識できる範囲までであるから、それを補足するために『鷹』のカメラによる画像を脊髄経由で脳に送り込むモードだ。

 背中に目があるような気分になり、一瞬だけ眩暈がしたもののすぐに収まる。慣れていないと方向感覚を失うこともある負荷の大きいモードだが、今はやむをえない。

 龍平は便宜上、自分の正面にいる敵機を「一」として、時計回りに「二」から「五」まで番号を割り振った。

 相手が訓練された兵士となれば、逆にやりやすい点が一つある。兵士は無駄な動きを好まない。烏合の衆ならお互いの間合いを無視して突撃してくるから同士討ちもありえるが、訓練された兵士は決してそんなことはしない。

 訓練で互いの動きを熟知し、攻撃が重ならないように時間差で突入してくるはずである。そして、今回は五機であるから、その動きは最も効率的な五芒星を描くものになるはずである。

 龍平はその起点がどこになるのかを考えていた。普通に考えて、可能性が高いのは、後方の三か四だろう。


 そして、想定通り四が最初に動く。


 長剣を左の脇構えに置くと、四は砂の上を走り込んできた。

 足場の悪さをものとしない動きは実に見事だが、しかし動作性能の差は単機勝負では如何ともしがたい。

『鷹』は水平に流れてきた剣を左から右に弾き飛ばす。

 そして、四を無視すると後方から上段で切り下してきた一の胴体を、そのままの流れで切り捨てた。

 四が右に流れて五の行く手を塞ぎ、一が流れて二の視界を塞ぐ。

 その間に、龍平は三の救い上げるような剣を躱して、正面から胴体を貫く。

 そのまま剣を力任せに左方向へ振り、剣を機体から抜き取ると同時に、三を二の遮蔽物として使った。

『鷹』の剣はさらに回され、五の突きを左に動いてかわすと同時に、五の頭部を切り落とす。

 さらに姿勢を低くして、視界を塞いだ三を躱すために左に動いた二の左足を切り落とす。

 最後に、崩れた体勢を整えて立ち上がりかけていた四に向かって、上から剣を叩きつけた。

 一瞬の出来事――最初の動きから最後の動きまで五秒とかかっていない。

 それだけの時間で、フーリガン五機が戦闘不能に陥っていた。


(実に素晴らしい。まさに暴力芸術マーシャル・アーツだよ)

 ラインバッハの心から感心した声が聞こえてくる。

 龍平はラインバッハの高い評価に何も答えなかった。

 速やかに『鷹』を左方向へ移動させると、そこにあった岩の影に隠れる。これで少なくとも敵の視界から『鷹』を隠すことが出来たが、集中砲火を浴びたら岩があっても全く意味がなかった。

 そのことはラインバッハも承知しており、

(シノンならきっとそうするだろうと思っていたが、しかし、実際そうなってみると全く意味がないのでつまらないな)

 と、今度はひどく冷静にコメントする。

「ああ、これでは悪足掻わるあがきですらないな」

 と、龍平も苦笑した。

(まあいい。さっきの剣捌けんさばきは実に見事だったかならな。約束通り次の情報を差し上げようじゃないか。今回の我々の目的は、三つだ)

 敵の中から五機のシルフが前に出てくる。

(一つ目は、すぐそこにある村の遊牧民を根絶やしにすること。これはビジネスだ。とある団体が資金調達の手段として、依頼に基づき邪魔な相手を排除するビジネスを思いついた。今回の作戦はそのデモンストレーションでもある)

 シルフは中距離用のマシンガン・ユニットを装備していた。

(二つ目は最初に言った通り、お前とお前の会社をこの業界から消し去ることだ。特にお前にはテロリストという汚名を背負ってもらい、このまま世界から消え去ってもらう)

「それはおかしくないか。これはRMMOBなんだから、お前が俺に直接攻撃を加えることが出来るわけじゃないだろう?」

(そう思うか)

 ラインバッハが、それまでとは異なる感情の籠もっていない声で言った。それで龍平は、シェルの白人整備員を思い出す。

「――何か仕込んであるということだな」

(そうだ。シェルを無理に開けようとすると、お前の脊髄と直結している回線に高圧電流が逆流するようになっている、という話だ)

「ふむ。ならば俺が失踪した時点で、会社の連中がシェルの強制解除を試みていてもおかしくはないはずだ。何故俺はまだ生きているんだ?」

(それは確かに不思議な話だが、我々の関知するところではない。今こうしている瞬間にも、事態は進行しているかもしれないしな。俺達はお前が消えたところで村を襲えば良いのだから、結果は同じだ)

「俺が今死んだら、俺が遊牧民の村を襲ったという点をどうやって捏造するんだ?」

(一応、それなりの画像を準備してある。しかし、お前が村を襲ったというニュースが流れたとして、誰がそれに対して異議を唱えるんだ?)

 ラインバッハの言葉に、龍平は少しだけ考え込む。しかし、答えは明らかだった。

「おかしいな、と思う者はごく少数で、圧倒的多数はそうなんだ、と報道された内容を鵜呑みにするな」

(そうだろう?)

「実に不愉快な話だが、確かにお前の言う通りだよ。それで、三つ目はなんだよ」

 五機のシルフは横一列に並んでいる。それならば射線が交わることもなければ、同士討ちにもなるまい。

(知りたいか? そうだろうな。三つ目はこのネオ・シルフの実戦でのテストだ。傭兵の中でも最強の奴と実戦で戦うことで、その性能を証明する)

「最強と評価されて礼を言うべきなのか? 俺には迷惑な話だが」

(そう言うなよ。俺がお前しかいないと強く推薦したんだからな)

「全然嬉しくないよ。それに、次の攻撃で俺が倒されたら、その目的は達成できないぞ。意味が分からないんだが」

(お前がその程度のことで倒されるぐらいならば、こんな大規模なテストはしないよ。いいから黙って最善を尽くせ)

「その言い方、実に腹が立つ。後で叩き潰してやるから覚悟しておけ」


 龍平は『鷹』を岩陰から出す。

 それを見た五機のシルフは、正面から突入してきた。

 それに対して『鷹』は背中を向けると、背中のスラスタを最大出力でふかす。

 砂塵が盛大に舞い上がり、五機の視界を遮った。

 龍平は『鷹』を再び敵に相対させて、スラスタが穿った砂の中に伏せる。

 前方から機銃のマズル・フラッシュが五つ。

 銃弾が『鷹』の頭上を抜けてゆく。

 敵は砂塵の前で留まり、弾幕で押し切ることにしたらしい。

 龍平はスラスタをこまめに使い、『鷹』をまず右前方に跳躍させると、続いて左前方に切り替えた。

 砂塵を抜ける。

 目の前にいたシルフの頭を切り落とし、その隣にいた奴の胴体を薙ぐ。

 その場で再び背中を向けた状態になり、スラスタを最大出力にする。

 敵のシルフごと砂塵に巻き込まれたところで、画面モードを有視界から密度差へ。

 そして、低い姿勢から斬撃を繰り出して、敵の足を三本切り落とす。

 砂が晴れた時、そこには足を切り落とされて転がる五機のシルフしか残っていなかった。

『鷹』の姿はどこにも見えない。


(まったく面白い男だな、シノン。このまま潰すのが惜しいくらいだが、こっちの側に来ないか)

 ラインバッハが苦笑する。

 龍平はそれに答えた。

「条件次第では――と言いたいところだが、お前の下は駄目だ」

(どうしてだ? 少なくとも命は助かるぞ。それにお前の実力を一番良く理解しているのは俺じゃないか)

 ラインバッハは「面白い冗談を聞いた」という風情で言った。龍平は淡々とした口調でそれに応じる。

「今は助かるかもしれないが、いつか必ず裏切られるに決まっている。それでは意味がない」

(なるほど。確かにその通りだな。では、無駄な勧誘は止めておこう)

 ネオ・シルフが動き出した。

(これ以上戦力を消耗することに意味はない。それに、クライアントに怒られそうだ)

「隊長自ら一騎打ちか? お前らしくもないやり方だな。全員で一斉攻撃するのかと思っていたんだが」

(この機体でなかったらやらないよ)

 超重量級の装備で身を固めているにも関わらず、ネオ・シルフの足の運びは砂地の上でも滑らかである。

 シルフにも路面の状況に応じて自動的に足周りの設定を変更する機能は搭載されているが、ここまでスムースに調整できるわけではない。

 龍平はその動きを目で追いながら、ラインバッハに訊ねた。

「そろそろ、この計画の裏側に隠れている人間のことを教えてほしいんだが」

(ああ、そう言えばそうだったな。どうせここでお前の命運は尽きるのだから、冥途の土産に教えてやりたいところだが――それは駄目だ)

「なんでだよ、ここにきてケチ臭い真似はするなよ」

(俺もそう思うんだが、契約の一部だからな。スポンサー様には勝てないよ。まあ、その代わりにヒントだけでも教えてやろう)

 ネオ・シルフの足が止まる。そして、ラインバッハは意外なことを言った。

(シノン、お前は日本人だったな)

「……そうだよ。最初に自分でそう言ったじゃないか。どうして改めて聞くんだ?」

 龍平は答える。その一方で、彼は何故か自分の身体が震えるのを感じた。それはラインバッハの口調の中に、あからさまな悪意を感じたからだった。

(いや、念のためだ。今回のスポンサーは、日本人を現在の境遇に陥れた張本人だよ)

 ラインバッハが平然と口にした言葉に、龍平の血は沸騰した。しかし、それと同時に頭の芯は急速冷却される。

 そのことを知らないラインバッハは、さらに悪意を込めてこう言った。

(それから、俺は先程『我々の目的は、三つだ』と言った。我々、とな)

「……」

 龍平の無言を楽しむかのように、ラインバッハは続ける。

(しかし、お前が日本人と分かった時、今回の作戦にもう一つ目的が加わった。それは、俺個人の目的だ)

 ネオ・シルフは両腕のマシンガン・モジュールを『鷹』に向かって構える。龍平のヘッドフォンからはラインバッハの笑い声が聞こえていた。

(うはははは、また日本人を狩れるかと思うと実に楽しみだよ。あの時は実に楽しかった。無防備な日本人を針で串刺しにするのは、実に楽しかったよ)

 龍平の身体に震えが走る。

 それを殻が拾い、『鷹』へと伝える。 

 ラインバッハは、前方の砂が僅かに上下したのを見て、満足そうな笑みを浮かべた。

(楽しすぎて、メッセージが表示されてもやめられなかったほどだ。おい、日本人。知っているか? インド人によって『デス・クロ』のプロテクトが破られて、全ユーザー向けに緊急メッセージが発信されてからも、虐殺行為は三分間続いたって話だ。知っているよな、『スリー・ミニッツ・ジェノサイド』と呼ばれていることぐらい。俺はその時間が楽しくて仕方がなかったよ。いくら殺しても、後で『知りませんでした』と言えば無罪放免だからな。最後には運営会社が逃げる前に強制的にサーバを消してしまったから、それ以上は続けられなかったけれど、俺は満足だった。なぜなら――)

 ラインバッハは、そこで少しだけ話を区切ると、続いて実に楽しそうな声でこう言い切る。

(――俺の『雀蜂ホーネット』から発射された針が日本人の少女の背中を貫いたシーンが、それから何度も世界中のニュースで放送されたからな。いやあ、俺は実に誇らしかったよ)

 そこでラインバッハは、先程動いた前方の砂の中から『鷹』が立ち上がるのを見た。

(おいおい、どうして有利な立場を自ら放棄するのだ?)

 ラインバッハはそう言いながら、自分の声が僅かに震えるのを感じる。

 目の前にいるシルフは、先程までのシルフではなかった。見た目ではない。その内側から何かおかしな気配が漏れ出している。

(まさか、いまさら降参するわけでは――)


「有り難う、ラインバッハ」


 龍平のその声に、ラインバッハは恐怖した。

 それは到底、生きている人間の声とは思えなかった。

 どこか闇の奥底のほうから湧き上がってくる、亡者の声のように聞こえた。

「今、俺は一番聞きたいと思っていたことを教えてもらえた。実に嬉しい。最高に感謝している。だから――」

 龍平の声がさらに低くなる。


「――お前はいつか必ず俺が殺す。それまで俺は、決して死なない。話は分かったな、ラインバッハ」

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