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 相原と西野は艦首のソナー室で額を寄せてモニタを確認していた。

「このくぐもった音、通常は聞かないよな」

「気になる音ですね。でも、どこかで聞いた気が・・・」

「もしかして、ロシアの原子力潜水艦じゃないか」

「そういえば・・・以前、潜訓の聴音訓練で聴いたサンプルがこんな音でした」

 電動機室から戻ってきた山本も交えて、3人の意見は一致した。ただちにローファーグラム(目標の音の周波数成分を調べる操作画面)で音紋解析を始めると同時に、相原が報告した。

「発令所、ソナー。S140、ロシア原潜の可能性あり」

 発令所の空気がサッと張りつめる。全周精密捜索中、めったに出遭うことのないロシア原潜らしき存在を偶然キャッチしたのである。

「艦長に報告」森島が命じた。「無音潜航、発射管制関係員、戦闘配置につけ」

 艦内の交話は艦長室に全て聞こえるシステムになっている。沖田が姿を現し、発令所中央の海図台の傍らに立つ。戦闘配置の潜水艦では、幹部は全員が発令所に詰める。機関長、水雷長も発令所に入ってくる。本条は作図指揮官の位置についた。

「操舵員、以降、ゆっくり舵を取れ」

「了解」

「運転室、以降の速力変更時の回転数変更は極めてゆっくり行うこと。間違ってもキャビテーションを出すなよ」

 キャビテーションとはスクリューの回転が急激に変化することによって生じる泡の音である。無音潜航中においては、キャビテーションなどの雑音は大敵であり、雑音の発生を抑えるためにトイレの使用も厳禁である。

 艦内各所からの報告を聞いていた油圧手が「無音潜航よし」と報告する。

 相原がソナー室から発令所に上がって来た。沖田に報告する。

音紋グラムを見ますと、減速装置リダクション・ギアの信号が出てます。給水ポンプらしき信号も出てますので、ロシアの原子力潜水艦に間違いないと思います」

 沖田は静かにうなづいた。

「近接状態にあるので、このまま近づいて、航走音の録音が間違いなくできるよう再確認しておいてくれ」

「了解しました」

 相原はかすかに頬を紅潮させて言った。発令所右舷のソナー席に座る。

「哨戒長、もらうよ」

 沖田は以後、自分が直接、艦の指揮を執ることを明言した。

「船務長、このまま近づいて相手の艦尾に回り込む。近づき過ぎないようにな」

 次いで、沖田は潜航指揮官に対して「深度は50メートル程度なら違っても構わない」「しばらくトリム・ポンプは動かすな」「舵は最小限に動かせ」と指示を出す。さらにソナーに矢継ぎ早に注意を飛ばす。

「ソナー、スクリュー音が聞こえたら、近づきすぎだ。わずかでもその兆候を捕まえたら、すぐに知らせろ」

 無音潜航中の交話は全て無電池電話を装着した電話員を介して行う。非番に限らず、次の当直に就く乗組員たちもじっと息を潜め、ベッドで横になる。

 戦術戦闘指揮装置のディスプレイを凝視していた森島は報告する。戦闘配置では、船務長が相手の情報を管轄する。

「S140、方位さらに右に変わり、28度。かなりこちらに近づきつつあります。概略針路160度」

 副長の山中が進言した。

「このままでは、CPA(最接近距離)が近くなり過ぎる可能性があります。もう少し離してはどうでしょう」

 沖田はうなづいた。

「取舵10度、300度、ようそろ」

 操舵員の志満は慎重に舵を切る。「ひりゅう」はゆっくりと左に回頭を始めた。操舵の様子を確かめながら、沖田は「特別無音潜航」を命じた。

「ひりゅう」の艦内では、通風機が立てるかすかな風音も止まった。発令所の空気はじりっとも動かなくなった。緊迫の度合いがいよいよ高まった。

「S140の航走音記録、始め」沖田は言った。

 ソナー室で録音装置が音もなく動き出した。艦の針路が300度となった頃、ソナー室から報告が入ってきた。

《信号音、わずかに周波数低下。CPA付近に到達したものと思われます》

「面舵、100度、ようそろ」

 沖田が命じた。相手との距離をあまり開けずに追尾する思惑だった。

 本条は自分の心音まで聞こえるような気がした。張りつめた空気と、通風機が止まってむっとした室内で、乗組員たちは額に汗をにじませている。ソナー室から報告が入る。

《S140、90度、方位さらに右に変わる》

 沖田はうなづいた。

「回り込んで相手の艦尾についたところで、時期を見て司令部に報告する。船務士、探知報告を起案してくれ。機関長、的速(相手の速力)が分かったところで、現在の電池残量から追尾可能な時間を出してくれ」

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