#5 彼女の居場所

 一枚目は、私の中学へ行く途中にある道の交差点だった。車の往来が土日でも激しく、多少離れて歩くと声が雑音を含んだ風でかき消された。

「青空文庫さん、」と私は怒鳴った。「何か見えますか」彼女は沈黙したまま、タブレットであちこち写真を撮り、指先で弾いて拡大したりしていた。それが彼女の癖らしく、考えに耽りだすと彼女は爪を噛みだした。確かに噛んでいるはずなのに、位置が悪いのか何ども噛み直すのが何だか奇妙だった。「違いますね、」と彼女は結論した。

 見て、と私に向かって画面を差し出し「ここんとこに居る子。これ交通事故で普通に死んじゃった子です。男の子で、幼稚園のスモッグ着てるから、行き帰りの途中だったのかな」と言った。もちろん何も写っていない。

 私は往来を漠然と眺め、何を撮るでもなくケータイのボタンを押し、「#hanako」とタグを付けた。私がアップするとすぐ、青空文庫さんのケータイに通知音がした。そういう設定にしているみたいだった。


「無防備にあちこちに行って写真を撮ること自体、良くないんですよ」

 と、蕎麦屋で彼女は言った。お腹が空いたので昼食にしよう、と彼女が言いだしたものの、国道添いにはおしゃれなカフェなどはなく、彼女が見つけた蕎麦屋に入ることになったのだった。客は私たち二人しかおらず、神棚の隣のテレビがお昼のニュースを流していた。

「他人に姿を見つけてほしいと思っている幽霊なんて、その場所ごとに居ますから」

 変なひとだと思われそうなことを彼女は平然と言い、音を立てて蕎麦を啜った。私は黙って彼女の口元を見ていた。彼女が目を上げた。口元に蕎麦つゆが滴になって付いている。

「蕎麦アレルギーとかって、sugerさんありますか」何かを思い出すようにそう言い、私は「あったら入るときに言うかな……」と苦笑した。彼女は俯いてまた蕎麦を啜った。

「わたし蕎麦好きなんですけど、常識は分かんないです」

 蕎麦と、常識との何のつながりがあるのか。その方が私には不明だった。

「私も分かりません、文庫さんと同じく」

 共感できることを共有して、他人と繋がろうとする人間は山ほどいる。でも、類似点の多くありそうで、かつ私よりかなり放埓に見える彼女は、私に彼女の普段行使している自由について打ち明けたり、共有したりする気はなさそうだった。音を立てて自分を開封してみせて終わる、その取りつく島のなさが私の気に入った。

 怖いって言われるんですか、と私は彼女の霊感について水を向けた。

 何が、と彼女が全くその気がなさそうに言った。

 私が説明すると、大型の家畜が伸びでもするみたいにアア、と言い、あくまでも蕎麦を啜りながら「反応は人によります。オカルト全般信じないってひとには、何を言っても無駄だし。そういうひとが案外詳しかったりもするんだけど。逆に何でも信じちゃってるひとってのもいて、花子さんはもしかしたらそのタイプかも」

 そうだった気がします、と私は彼女に遅れるまいと蕎麦を啜った。殺人事件の報道はさらに続いた。


 二枚目は市民プールだったが、夏に撮影したときと風景が異なった。秋になってなお張られている水は緑色になり、落ち葉が大量に浮かんでいた。最初の交差点からは結構離れた公園に付属しているもので、到着したころは既に夕方で、鴉の鳴き声が水面に響いた。

 彼女は当然のように、ポケットから鍵を出してプールを囲んだフェンスの鍵を開けた。

 それから、彼女は平然と、絨毯の上に寝そべるように水の上に寝転んだ。彼女の着ている黒いTシャツが水で濡れた。しかし彼女は沈まなかった。ふかふかのベッドにでも寝ているみたいに心地よさそうに目を閉じ、そのままぷかりと浮かんでいた。

「文庫さん、私疑ってることがあります」と私は彼女に向かって言った。「あなたは人間じゃないと思う」私はともすれば、凄い侮辱になりそうな言葉を言った。

「たぶん、幽霊でしょう。私、実際に見るの初めてですけど」

 彼女は心地よさそうに目を閉じたまま「何故そう思うの?」と言った。

「お蕎麦食べられないじゃないですか」と私はやや大きめの声で言った。彼女のいる水面に浮いた葉が、その声にぶつかったようにふいに動いた。

「文庫さん、お蕎麦飲みこめてないんですよ、全然。音はずるずるってするけど、器のなかにぜんぶ残ってるんです。出された水も減ってないところを見ると、ホットコーヒー頼んでたのも、コップが透明じゃない物を選んでたのか。飲んでるような振りで、演技してたんですね」

「……それだけ?」と彼女は言った。そう言いながら、水面で起き上がって座った。人間に出来る姿勢ではないと思うのだが、彼女は私に根拠が足りないとでも言いたげな余裕があった。

「ほかに思うことは?」「中村華子本人なんじゃないの、と思います」と私は言った。「最初、花子が化けて出たのかなと思ったけど、全然似ていないし。亡くなったみたいな噂もないし。死体が埋まってるように見えるとか、華子の話を予め知ってたようにしか思えない。もし花子本人じゃなかったら、亡くなったっていう華子の方じゃないですか」

「ドイフミコ」と彼女は言った。私は何のことか訊き返した。

「まだ言ってなかったね、『青空文庫』の残念な本名です、土居文子。わたし、本名の土臭さが嫌で、透明に見えるような綺麗な名前が欲しかったの」

 彼女はそう言って心地よさそうに両手を空へ向けて伸ばした。その反動をつけて彼女は水の上に立ち上がり、水面をすたすた歩いてプールサイドに渡った。私は絶滅した恐竜が歩くのを見るような気分で、ともかくもその後を追った。


 土居さん、と私は言った。

「絶望しちゃうなあ……青空文庫さんが良い」

「青空文庫さん」と私は言い直した。

「夜になると少し冷えてきたけれど、その格好だと『寒い』とかありますか」

 私たちは中学の体育館の前の繁みのなかで、練習をしているバレーボール部の子たちの練習を覗いていた。

「引っ掛け問題だなあ」と彼女は言った。「幽霊だって気温ぐらい感じられますよ、あ、引っかかった」「やっぱり」と私は言った。

「ねえ、本題に入って。私に警告しに来たことって何だったんですか」

「いまのサーブ惜しかったなあ……」彼女は、ネットにボールが引っかかったことを言ったみたいだった。私は彼女のリュックを掴んで揺さぶった。

「冗談ですよ、人間じゃないっていうのは認めます、でも多分あなたの思ってるものとは違う」幽霊は、私に背中の荷物ごと身体を揺さぶられながらそう言った。

 まあ仮に、中村華子だとしましょう、と彼女は言った。

「sugercubeみたいなものですよ。あなたが期待しているアカウントに、わたしがなります」

 ふいに体育館のなかからソーレ、というサーブの合図と、ピッという笛の音が続いた。

「それから質問に答えます。わたしがあなたに何を警告しにきたのか、でいいですか?」

 私は頷いた。

「警告なんて、ウソですよ、わたし、ただあなたが欲しかったの」

 ピッという笛が続いた。ボールがタッチした、赤いテープラインが見えた気がした。


 私たちは、一時間ぐらい沈黙して穴を掘った。その仕草の影が、体育館のなかにいる生徒たちに見つからないか、私は不安だった。彼女たちには、青空文庫が見えているのだろうか?

 なかなか進まないね、と彼女の方が詫びるような声音で私に口を開いた。私の沈黙を、怒っているものと想像している気配がした。

「塵取りで掘るんじゃやっぱり進まないか……」

「それも深く掘らないと駄目でしょう、あなたの言うことが全部本当なら」と私は塵取りを地面に置いて言った。

「最初からここに来ればよかったんじゃ? 何で交差点とか行ったの」

「あのね、あっちが良かったかもなっていうところを巡ってた。わたし、花ちゃんの周りをうろうろしてるうちに、自分なりに愛着のあるところが出てきたんです」

 交差点は、彼女の登下校の姿が見られるから。よくあそこでバスを待ってるから。

 プールは……と言い出したとき、掘っている彼女の額に汗が浮かんだのが見えた。労働したらその分だけ綻びが出るのは、幽霊になっても同じなのかと思うと多少切なかった。水は飲めないくせに、彼女らの身体はどうなっているのか……。

「羊水のなかに、浮かんでいる感じがして」と彼女は照れながら言った。

「出来ればその頃から、親との関係を作っておくんだったなと思うときもあって。あの頃は何にも考えず、ただ漂っていたから」今でも水のなかにいると、存在を赦されてるような錯覚を覚えるの、と彼女は言った。

 今や私の方が、彼女を観察する番だった。私は組んだ手の上に顎を載せて、何かに怯えているような彼女の丸めた背の線を見つめた。

「ほかには?」と尋ねると「薔薇園とか」と彼女は言った。

「駅前の広場にあるでしょう、あそこも好きでよく行ってた」

 私は撮るよーと、花子に応えてそこを撮影したことを思い出した。実際、花の写真というのは女子受けもよかった。

「花が好きだったの?」「うーんと、匂いが」と彼女は言って笑った。

「鼻がね、割と最後まで残ったの、わたし。だからああいうところに埋められてたら、いい匂いに埋もれて今頃成仏してたんじゃないかな、ってたまに思う」

 痛っという悲鳴を上げて、彼女は塵取りを手放した。大丈夫、ととっさに駆け寄った私に、彼女は目の前の穴のなかを指さした。

 私は彼女に従って、穴のなかから一掴みの土を両手で掬い上げた.

 ほろほろと指で土を払うと、なかから黄色いアヒルの嘴みたいなものが出た。「良かった、間に合った」と彼女は引っ手繰るように取り、自分の首から下げているシルバーのチェーンの先にガチャリと嵌めた。その金具を首の後ろで調整しつつ「どう? やっぱり似合う? わたしの顎」と彼女は言った。

 

 私は体育館のある光景を思い出した。そもそも、花子と親しく口をきいたのは、体育の授業でだった。

 バレーボールの授業で、見学者は私と彼女の二人だけだった。私は四十五分の間、ただボールと友達の手足の動きだけを見詰めるのに飽き、それよりも転入生の中村さんと話そうかと思っていた。

 彼女の方がふいに「佐藤さん、ねえナプキン持ってない?」と、唐突に話しかけてきた。

「生理なの?」と私が声を低めて言うと「処女失くした」と彼女は言った。

「昨日電車でね、床に血だまりが出来るぐらいに出ちゃって……。最初そんなに出血しなかったのに、あんなに血い止まらないなくなるなんて、保健体育でそういうこと教えろよ、と思った。替えのナプキンそんなに持ってなくてさ、ねえ佐藤さんあとで貸してくれない」

 一見大人しそうに見える彼女が平気で言う内容とのギャップを、私は多少好意的に眺めた。友達は面白い方が一緒にいて楽しいから。

 後日、バス停で偶然に会ったとき、傘を差して隣り合っている私たちの間に「こないだのこと」が漂っているのが感じられた。私が何か言うより先に「エンコーだよ」と彼女は言い、それから私の表情を傘の下から覗き込んだ。

「あのさ、真に受けてくれてもいいけど佐藤さん、私の言うことって大抵ウソだから。私と友達やるなら覚えておいて。信じたいなら信じてもいいけど」

 そう言って彼女は、ケータイを指定バッグに仕舞おうとした。紫色のミニーマウスのストラップが、ポケットに入り切らずに大仰に揺れた。

 

 見てたかどうか知らないけど、と私は言った。

「あの子体育やる気なかったよ」「知ってる」と彼女は言った。

「ここに居た理由の半分は不可抗力だったけど、半分はわたしがここ好きだったから」

 佐藤さん、ここでみんなが何してるか知ってる、と彼女は言った。私は、幽霊の目に体育館てどう映るんだろう、と思って返事も出来なかった。

「みんな敗者復活ありきの勝負をしてるんだよ」

 部活とか、試合とか。でもねえ、悲壮な顔してるからてっきり彼らも終わるのかと思ってみてたけど、試合が終わっても誰も消えないし殺されたりしない。

「鍛えられた身体は、選ばれて残るためなのかと思ったけどそうでもない。背が高い子や低い子もいるけど、それぞれの特徴を持ったまま勝負をしてる。敗者になった子も、敗者だと名付けられない。一時間後には勝者として生まれ変わる。

 こういう循環が起こるのって世界広しと言えどもここだけじゃないかな。絶えず優秀な方を決めようとするのに、決して他の人間を淘汰する場所じゃないんだよ、女のあそこと違って」

 私は体育館のベランダに掲げられた「one for all all for one」という横断幕を見た。私は、片方のために淘汰させられた彼女が、自分の居たその空間と真逆の場所として、ここを見るまでに感じた酷い苦痛を想像して黙った。

「一撃必殺、」と彼女がその横断幕を見て冗談のように言った。「ウソ、そうじゃないって知ってる。でも『一喜一憂』と最初間違えて、一喜一憂でもしたいなと思った。ここの子たちも、点数が入るごとにすぐ一喜一憂するでしょ、わたし一撃必殺でやられたから、一喜一憂にも憧れあった」

 だから花ちゃんがここに埋めてくれたことには、一応感謝してる、と彼女は言った。

 どういうこと、と私は言った。

「あなた、双子の姉でしょう。赤ん坊だった花子に流石にそんなこと」

 彼女は微笑したまま、首を左右に振った。

「姉じゃなくて娘だよ、花子の」 

 私は、幽霊よりもその現実に驚いた。


 いつの間にか体育館の灯は消えていた。私は華子のぼんやりした顔に目を凝らした。

「まさか妊娠するとは思ってなかったみたいで」

「でも、家族とか流石に気付くでしょう」

「そこは、オオカミ少年だったことが祟った」

 それから、バドミントン教室で来ていた、他校の体育館の裏の繁みに埋めた。わざわざ別の市にまで来たのに、登校拒否になったことで彼女は転校し、不運にもその町の中学に通う羽目になった。

「『あそこには華子を埋めてるから行きたくない』なんて言っても、オオカミ少年にもなれないよ、誰も信じないもん、本当のことでも信じたくないようなことは」

 気付くと頭上には燦々と星が増えていた。私は自分のケータイが何かの通知音を立てるのを忌々しく感じた。

「あなたわたしの母親のことウソつき呼ばわりしてたけど、あなたには割と本当のこと言ってたよ。ナプキン貸してくれたとき、信じてもらえたと思ったのかもね。わたしのことまで言ったし、少なくともあなたとは現実を共有したかったんじゃないかな。あんまり他人に言えるわけじゃない現実の方を」

 なんで、そんな平気で居られるの? と、私はたまりかねて言った。

「恨んでるでしょ? だから化けてきたんじゃないの」

「あのさ、よく知らないからって悪いものだと想像するの止めてくれない、こんなんでもそもそもは人間だよ」最初は腑に落ちないこともあったけれど、人間だから人間に生まれるときの事情ぐらい自分で咀嚼できるし、何が起こったかも理解は出来る。

「それに『また次の機会が巡ってくるからいいやー』って、ここの子たちの敗者復活を見ていて思えたし」と、彼女が指した先には体育館のなかの、それ自体コートのような闇があった。ここには彼女の言うとおり、そこでしか見られない身体の跳躍があり、夜の体育館は生き生きした運動の墓場のようでもあった。

 何で大人なの、と私は今更、彼女の正体を疑ったときに感じた違和感について言った。

「え、sugercubeさんがそれ言う、自分だって大人のフリしたことあるでしょ」

 肉体さえなかったら、相手の期待するような姿になれるんだよ、ネット上にいる人間をやってることと幽霊やってることってあまり変わらない、どちらも自分がイメージした姿に自分を置き換えられるから、と彼女は言った。

「あなたの投稿した写真見て、『顎が残ってる』って気づいてさ。このアカウント(?)で動けるのか心もとなくて、それで人間のあなたが欲しかったんだ。土を掘るのを手伝ってもらいたくて」

 あと花子に伝えてほしいこともあって、と彼女は俯いて言った。私はつい身構えた。

「わたしが恨んでると思って、呪うのを止めてくれないかって」

 呪う、と私は鸚鵡返しに言った。彼女は悲しそうに頷いた。

「今じゃ、わたしにはわたしの夢とかあって、八つ当たりみたいな動機で始めた絵でも、表現したいこととかが見えてきたとこなんだ」彼女はそう言って、言葉の続きを探るみたいに、自分の黄色い顎の骨を手の上でつついた。

「わたしが見えてから、ずっと怖がってる。まだ夢に見て怯えてるようだけど、それもうわたしじゃなく、彼女が期待してる化け物みたいなわたしの姿になってて、それが見ていてつらい」

 あのとき、と彼女が言ったとき、私の目の前には不思議と彼女の言う光景が広がった。花子が彼女を埋めたときだ。

「『空に帰すね』て言ってくれたけど、いま、花子の恐れのせいで空に帰れない」

 わたしにはわたしの人生の続きがあって、あなたをもう受け入れた。だから、あなたを手放したのと同じように、あなたもわたしの手を放してって、あの子に伝えて。

「『あなたを苦しめる存在として呪わないで』って言ったら、傷つくと思う?」

 私は、この親子の思春期の大喧嘩をみたような気分になった。たぶん、と言った後、身体の奥から温かい水が湧くみたいに笑いが込み上げてきたのには、私じしん驚いた。

 あのね、と言って彼女は手のなかの、自分の顎をつよく掴んだ。うん、と私が促すように頷いた。

「本っ当に許せないと思ったときもあったよ――」私はうん、と言った。

「本当に本当に、なんで、なんでってすごい何万回も言ってやりたいと思った――」

 私は何も言えずに、頷いた。何だか懐かしいような感覚が全身を包んだ。

「でもね、でも、わたしが描き殴ってた絵とか、あっちで好きって言ってくれるひとも出て来て」私はその感覚も知っていたから、うん、と同意をした。

「そしたら、親でなくても自分でなくとも、存在していることを肯定してくれる他人が居るんだなと思えて来て――」私は、うん、とまた言った。

「そしたら『自分て居ていいんだな』って実感できたの」オヤにそう伝えて、と言った。

 私は彼女に向かってケータイを掲げた。シャッターボタンが一瞬早く光った。プレビューで見ると、彼女が大きな目を見開き、その頬についている涙が反射して光っていた。

「うわマジそれ止めて、ぶさいくだから」

「ごめん、プライバシーだよね、泣いたの……」と私は動揺しながら、キャンセルのボタンを押した。

「もう一回、撮るよー」と言うと、彼女は嬉し気に自分が手に入れた、自分の顎の骨を顔の横に掲げて見せた。笑ってーというまでもなく彼女は笑っていた。

 撮れた、と私は闇に向かって言った。


(真夜中の体育館裏)#hanako


『心霊写真かも』と私がコメントをつけて上げた写真には、多くのコメントが付いた。

 マジで、見えない。分かる、中年の男が写ってる。右端、子供の手じゃない? なとの反応に、私の方が「そんなものあったっけ」と探す羽目になった。

『金髪で短髪のボーイッシュな女子大生が写ってる』

 という、複雑な正解を言い当てたコメントはなかった。

「他人の目で見てもそうか」と私は落胆したし「人間は見たいものを見るってこういうことなの」と、そのバラバラのコメントを見て思った。

 青空文庫は、存在しないユーザーとしてリンクがなくなっていた。突然アクセスできなくなったサイトの「中の人」のなかには、こんな風に「実際には身体がないひとだった」というケースもあるのかな、と思った。

 この「真夜中の体育館裏」をアップしてからしばらく、コメントの通知が鳴りやまず、私はケータイの電源を切ってテレビを点けた。

 市内の中学の体育館を、古い樹が倒れて直撃したというニュースが流れていた。幸い、明け方だったので怪我人はなかったということだったけれど、電線に引っかかった上に体育館を修復しなくてはならないので、工事のひとたちが右往左往していた。

(私が帰ってすぐ、だったのか)と、私は華子の計らいを感じながらその映像を見た。ショベルカーが土を動かし出しており、昨日私たちが塵取りで土を運んだのが馬鹿みたいなことに思えた。

(掘ったらまた出て来るのかな……顎は拾ったけれど、華子の欠片みたいなものが)

 切ったはずの電源が入って、またケータイが高い通知音を発しつつ震えた。誤作動はたまにあったけれど、ショベルカーが映った瞬間だったので私はどきりとした。

 ニュースを見たらしい他人のコメントが、画面上に溢れていた。

『中学の体育館て、いまこのニュースでやってるやつ?』

『やばい、鳥肌立った』

『本当に写ってる気がしてきたwwww』

 その後に続く、ローマ字のコメントだけが明らかに浮いていた。

 

nakamurahanako:hajimemashite


 初めまして、と私は思った。やることが花子過ぎる。何年も会っていないけれど、明らかに画面の向こうにいるのは花子だ。

 メッセージ通知欄が光っていたので、私は次にそこを押した。

『nakamurahanakoを友達として承認しますか?』

 というメッセージが、ポップアップで画面上に現れた。私は「はい」のボタンを押した。

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#hanako merongree @merongree

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