(5)

「それで? 結局あんたは何がしたかったの?」

「ブー、だよ。したかったじゃなくてしたい、だ」

 飛鳥の後を追い、淡々と廊下を通る。庭を時折横切る。

「すぐわかるから焦らないでよ。面白味がなくなる」

 勝手知ったる家の様に、飛鳥はずんずん廊下を突き進む。当たり前だと分かっているが、霞は何となく苦い顔をした。そんな霞を見て、飛鳥は愉しそうに微笑する。

 暫くすると飛鳥は立ち止まった。

「ここだよ」

 とある和室の前に立ち止まり、飛鳥は顎でしゃくった。

 その和室は、

「……………何で?」

「何が?」

 思わず口をついて出た疑問符。霞の驚いたような表情に、飛鳥はまた笑いながら疑問符で返す。

 その部屋は異様だった。

 奥の離れだからだろうか、辺りの草木は全く手入れされていない。その部屋もそうだ、障子の張替えがなされていないため、黄ばんで穴が空いてしまっている。

 部屋の近くに、先ほど縁側で見たようなものを見つけた。草木に覆われ見え辛くしているが、小さな祠のような、社のような、そんなもの。

「……………」

「入ろ?」

 飛鳥が霞に声をかける。

 その残酷な瞳で。

 ごくん。

 霞は唾を飲んだ。

 覚悟を決めよう。例え愛しい妹が何かの罪を犯していたとしても。

 それを止められるのは、私だけだ。

 飛鳥が障子を開いた。

 目に飛び込んでくる。

 それが事実となって霞の脳内を刺激する。

 巨大な、そう、巨大な白い、縦に長い楕円状の物体。天井、床、柱に、その透明な糸が巻きついて、その繭を支えている。

「はぁん………そういう、ことか」

 飛鳥は途端に詰まらなくなったように、息を吐いた。くだらない、と、心底呆れ果て呟く。

「生き、てるの……?」

「生きてるよ」

 飛鳥は震える霞の声に応じ、なんという事も無いように呟く。

 大仰な足取りで飛鳥は畳を歩き、繭に近づいた。そして手を触れる。

「––––––可哀想に」

 抱きしめるように、飛鳥は己の身長よりも大きな白い異形のものを両腕で触れた。

「誰も助けてくれなかったのかい?」

 呼びかける。慈しむように、愛しむように。

「ぼくが助けてあげればよかったね。ごめんね」

 繭はぴくりとも動かない。そうしてただ覆われているだけだ。

「ねえ、」

 霞はただただそれを見ていた。何もする事ができないまま。

「きみの意思を、せてよ。ぼくなら視れる」

 その時。

「––––––?!」

 霞は咄嗟に足を踏ん張った。

 ぐらり。

 地面が揺れる。

「地震………?!」

 いや、違う。

 この不穏な気配は、この気持ち悪さは。

 飛鳥はそれを感じ、はあっと息をついた。心から面倒くさそうに。そして頭を引っ掻き、「くそ」小さく呟いた。

「ごめんね。ちょっと待ってて。すぐに片付ける」

 霞はただ立ち竦んでいた。

 信じられない。わかっている、わかっているが、それが本当だと思いたくない。

 そんなの、そんなの。

 ぎゅっと目を瞑り、霞は飛鳥に言った。

「香を助けないと––––––」


「おねぇちゃん、だいじょうぶだよ」


 霞の左耳に吐息が


「––––––––––?!!」

 咄嗟に霞は飛びのいた。

 霞の後ろにぴったりとひっついて、香がそこに立っていた。「だいじょうぶだよおねぇちゃん」何度もなんども。「だいじょうぶだよ」そう言って。

「かお、り………」

 喉から絞り出す声が、霞から発せられる。

「だいじょうぶだよ。だって、かみさまだもの」

「かみ、さま?」

 理解できない。理解できない。なにも、なにも。

「そう、かみさま。あのねおねえちゃん、あたしおねえちゃんのこと大好きだったんだよ」

「だいすき………?」

「そう。だっておねえちゃん、凄く強いんだもの。私の一族で一番強い。大きな《力》を持ってる。堂々としてて、迷いがなくて、優しくて偉ぶらなくて、いつだってみんなのことを想ってて、本当に、本当にだいすき!」

「やめて、やめて香………持たないで!」

 狂気。

 狂ってる。

 霞は後ずさりした。

 みたくない、こんなもの。

 みたくない。

 そう、それよりも。

《桜ヶ原》が、負の感情を持ったら。

「変?変?変かな??変なの?知ってるよ?でも止められない、止められない、だって好きだもの!結婚したい、ずっといっしょにいたい、今でも、そう今でも!おねえちゃんが結婚してても!」

 香は取り憑かれたように話しだす。言葉を、呪詛を。

「そう、だいすき。おねえちゃんとずっといっしょにいたい。おねえちゃんとずっといっしょにいたい。おねえちゃんとずっといっしょにいたい。おねえちゃんとずっといっしょにいたいおねえちゃんとずっといっしょにいたいおねえちゃんとずっといっしょにいたい。おねえちゃんとずっといっしょにいたいおねえちゃんとずっといっしょにいたいおねえちゃんとずっといっしょにいたいおねえちゃんと」

 呪詛のように霞にまとわりつく。

「やめて、やめて香!」

「すきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすき、なんでなんでなんでなんでなんでなんでいっしょになれないのなんでいっしょにいれないのなんでなんでなんでなんで?だめ、そんなの理不尽だわ!すきなのに、こんなにだいすきなのに、報われないなんて不公平だわ!おねえちゃんが結婚した人よりも、夫さんよりも、あたしはおねえちゃんをこんなに愛してるのに!」

 どおんどおんどおん。

 地鳴りのような音は大きく大きくなってゆく。

「でも駄目。なんでしょ?」

 ふらふらと、香は体を揺らした。

「だから考えたの。どうしたらいいの?どうしたらいいの?そうしたらとっっっっっってもいい方法を思いついたのよ!」

 香は。

 叫んだ。


!」


 繭が。

 ぴくん、と。

 震えた。

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