第4話 カメの生き方

 20分ほどの休憩を挟んだ後、アキラとトモはカメの講義を再開した。

「さてと、それじゃあ次は日本のカメを中心に、カメの生態についてやろうか」

「おー!」

 トモが頷いたのを確認して、アキラは話し始めた。


   * * *


「さっき(第3話)も言ったけど、日本に棲息しているカメは、在来種が9種類前後、外来種も含めると15種類前後だ。そのうち6種類はウミガメで、中にはほとんど見かけない種類もいるけど。残りは主に淡水に棲息している水棲ガメな。今回は水棲ガメを中心にやろう」

「水棲ガメって、アカミミガメとかクサガメとか、イシガメとかのことよね?」

「そうそう。軽く復習しておこうか。さっきは外来種は省いたから、そっちも追加しておこう」


 そう言ってアキラは改めて日本のカメの一覧をホワイトボードに書いていった。


 淡水ガメ……

  ニホンイシガメ(在来)、スッポン(在来)、リュウキュウヤマガメ(在来)、

  ヤエヤマイシガメ(在来)、ヤエヤマセマルハコガメ(在来)、

  クサガメ(外来?)、ミシシッピアカミミガメ(外来)、

  ミナミイシガメ(外来)、カミツキガメ(外来)、ワニガメ(外来)


 ウミガメ……

  アオウミガメ、アカウミガメ、タイマイ、オサガメ(産卵記録少)、

  ヒメウミガメ(稀、日本では産卵×)、クロウミガメ(稀、日本では産卵×?)


 リクガメ……

  棲息しない


「このうち、本州、四国、九州に棲息しているカメが、ニホンイシガメとスッポン、クサガメ、それからアカミミガメ、ミナミイシガメ、カミツキガメ、ワニガメだな。クサガメとアカミミガメは北海道の一部にもいるらしい。ミナミイシガメは京都や大阪など、近畿地方の一部にだけ棲息しているよ」

「あれ、近畿の方にしかいないの? そのミナミイシガメって」

「うん、ミナミイシガメはそもそも外来種で、まだあまり広がってないんだ。カミツキガメやワニガメもそうだけど、アカミミガメに比べたら日本での分布は狭い方だよ」


 日本のカメの代表的な存在になりつつあるミシシッピアカミミガメに対し、カミツキガメやワニガメは今はまだ局所的な分布だ。その危険性から話題になることは多いものの、見かける頻度はそこまで高くない。


「残りのリュウキュウヤマガメとヤエヤマイシガメ、それとヤエヤマセマルハコガメは、名前の通り沖縄や先島諸島などの南西諸島の方に分布しているな。アカミミやクサガメは沖縄にも棲息しているみたいだけど」

「アカミミガメって全国にいるのね……」

「そうだな。暖かい沖縄どころか、寒いはずの北海道でも、南部の地域に入り込んできているらしい」

「たくましいというか、なんというか……」


 真冬の北海道の様子を想像したのか、ぶるぶると震え、体を抑えるトモ。もっとも、そのころカメは水底や泥の中で冬眠中なのだが。


「で、そんな淡水ガメたちの生態だけど、どの種類も大きな違いはない。つまり、冬眠から明けた春から夏にかけて交尾、産卵して、冬場は冬眠するか、暖かい地方に棲息するカメも活動が鈍る。交尾は春と秋の2回やる種類もいるな。違いが出てくるのは、棲息環境とか食性とかだな」

「冬は冬眠するのは、どのカメも同じなのね。棲息環境の違いって言うのは?」

「大きく分けると、陸棲傾向が強いか、水棲傾向が強いか、だな。陸棲傾向が強いっていうのは、陸場にいることが多く、水の中に入ることが少ないこと。水棲傾向が強いっていうのは、その逆で水の中にいることが多いってこと。日本だと、リュウキュウヤマガメとヤエヤマセマルハコガメが陸棲傾向が強い種だな。ほかのカメは水棲傾向が強いよ」

「確かにアカミミガメとかクサガメは水の中にいることが多いもんね。そのリュウキュウヤマガメとかは陸にいることが多いんだ?」

「そうだな。たまに水の中に入ることはあるけど、水に浸かる程度。セマルハコガメも潜ることはほとんど無いらしい」

「なんだかリクガメみたい」


 確かに、言われてみれば似ている。アキラは一つ頷いた。しかしそうは言ってもそこは淡水ガメ。リクガメほど乾燥に耐性はなく、ある程度の湿度は必要とする。


「それから食性の違いだけど。淡水ガメは基本的に雑食性なんだけど、種類や成長段階によって、動物食を好んだり、植物食を好んだりする傾向があるみたいなんだ。例えば、ミシシッピアカミミガメは子供のうちは動物食を好む傾向があり、成熟すると植物もよく食べるようになる。ニホンイシガメも似たような感じかな。畑で野菜を食べるって聞いたこともあるし」

「野菜? 畑に生ってるやつを?」

「そう。テレビでも放送してた」

「いいの? それ」

「まあカメだしなぁ。テレビで放送されてた畑の持ち主も、仕方ないなぁといった感じで許していたし」

「追い払われたりはしなかったのね」

「なんやかんやカメって愛されてるからなぁ。それに、タヌキとかよりは被害は与えなさそうだし」

「なるほどねぇ」


 カメの愛され具合に思わずほおが緩むトモ。なんとも心温まる話題だった。


「ええと、あとはクサガメか。クサガメは成熟しても動物食の傾向があるかな。特に体の大きな老齢のメスはタニシやザリガニなどの甲殻類をよく食べるようになり、頭も少し大きくなるらしい」

「頭が大きく?」

「らしいな。俺はまだ見たことないが」

「へぇ……。それにしても、カメって色々食べるのね。魚とかミミズとかばっかり食べてるもんだと思ってたのに」

「魚やミミズもよく食べるよ。大体のカメは好物じゃないかな。ただ、それ以外にも色々食べるってだけで」


 雑食性なこともあり、カメが食べるものは魚から昆虫、甲殻類、植物と多岐に渡る。加えて好き嫌いもあるようで、思いの外カメはグルメなのかもしれない。

 ここまで話し終えて、アキラはお茶で喉を潤しながら次は何を話そうかと思案する。


「棲息環境に食性ときて後は……。あ、繁殖か」

「ん、カメの繁殖?」

「ああ。繁殖様式も軽くやっておこう。まず、カメの求愛行動だけど、アカミミガメは、オスがメスの前で両方の前足を伸ばして左右に細かく振るわせるような行動をする。メスが移動するとオスも追いかける。やがてメスが動きを止めると、交尾をする。ニホンイシガメは、こちらも同じようにオスがメスの前にやってきて、頭と左右の前足をゆっくりと動かすような行動をする。クサガメは手はあまり使わず、オスがメスに頭をぶつけるような行動をするらしい。その後のオスとメスの追いかけっこはアカミミガメと同じような感じだな」

「手を動かしたり頭突きをしたり。色々なパターンがあるのね」


 甲羅という硬くて重い物を持っているため行動に制約が課せられるカメだが、求愛行動の種類は思いの外バリエーションがみられる。あの手この手でメスを惹こうとする、オスの努力の結晶である。


「で、交尾をしたメスは、土の中に産卵するってのは良いよな? 産み落とされた卵は種類によって異なるけれど、概ね2ヶ月から3ヶ月くらいで孵化する。大体6月くらいから8月あたりにかけて産卵するから、早いと9月くらいには子ガメが生まれてくるな」

「ふんふん」

「カメの産卵は1年に1回から数回行われる。これは、種類によって違うし、個体によっても異なる。それから1回の産卵で産み落とす卵の数も種類と個体により差が出る。例えば、アカミミガメは1回に2個から22個前後産み、それを年2、3回行う」

「結構産むのね……。そりゃ増えるわけだ」


 仮に1回に15個の卵を産むのを3回行えば、1頭のメスが1年で45個の卵を産むことになる。もちろん、全ての卵が孵化するとは限らないし、無事に孵化しても成長し産卵できるようになるのはその中の一部の個体だけである。しかし、それでもアカミミガメの増殖スピードは、在来のニホンイシガメに比べれば十分に早い。


「一方、ニホンイシガメは、アカミミガメより少し少なくてね。1回の産卵で1個から10個前後、それを1回から3回ほど行うだけなんだ。仮に1回に5個産んで、2回しか産卵しなかったら、1年で10個しか卵を産んでない」

「アカミミガメより少ない……」

「そう。ニホンイシガメがアカミミガメの勢いに押されてるっていうのは、こういうところにも原因があるだろうな」


 それ以外に、遊泳能力の高さや餌へのどん欲さ、凶暴さなどが組み合わさって、アカミミガメが在来のカメを押しのけ、日本で優位になりつつあるのである。


「さてここで1つ、カメの繁殖に関して面白い話をしよう」

「面白い話?」


 突然の話題に、きょとんとするトモ。


「それは生まれてきた子ガメの性別について、だ」

「はあ……。何か面白いの?」

「全部のカメがそうというわけじゃないんだが、子ガメの性別は、温度依存性決定と言ってね、卵の時に体感した温度によって性別が決まるんだよ」

「……どういうこと?」


 トモが頭を捻る。顔の周りにたくさんのクエスチョンマークが浮かんでいるようだ。


「簡単に説明すると、卵が温かい土の中にあったか、涼しい土の中にあったかによって、生まれてくる子ガメの性別が決まるんだ。例えば、温かい土の中にあればメスが、涼しい土の中にあればオスが多く生まれてくる、っていう感じに。アカミミガメがそうだね」

「温かいとメスになり、涼しいとオスになるの……?」

「そう。そういうこと。そのほかに、ある温度付近ではオスに、その温度よりも温かかったり涼しかったりするとメスになるというパターンがあったり、カメにはいないんだけど、温かいとオスに、涼しいとメスになるパターンもある。ほかの爬虫類でね。だから全部で3パターンだね」

「温度……。つまり、遺伝では性別は決まらないってこと? 性染色体は無いの?」

「温度依存性決定の種には性染色体は無いらしいね。でも、例外もいるみたい。温度依存なのに性染色体を持ってる種が」

「全部の種類のカメが、その、温度依存、性決定? というわけじゃないんだっけ?」

「うん。温度依存じゃないカメもいるね」

「なんで、温度依存の種類とそうじゃない種類がいるの?」

「それについては、まだ良くわかっていないね。ちなみに、カメ以外の爬虫類にも温度依存の種類はいるよ。やっぱり全部がそうってわけじゃないけど」

「温度で性別が決まるなんて、なかなか不思議な方法ねぇ……。なんでわざわざそうなったのかしら」

「それはわからない。進化の歴史を紐解いていけば、ヒントが見つかるかも知れないけど」


 不可思議な現象を前に、考えを巡らせる2人。なぜ温度依存で性別が決まるようになったのか、そのメカニズムはどうなっているのか、またどのタイミングで性別が決まるのか……疑問は尽きることなく湧いてきた。この疑問こそが、学問に於ける最先端だ。この疑問が1つ解決されれば、それはその分だけ学問が進んだことになる。大きく言えば、人類の知識が増えたのだ。しかし、当然のことながら、そのような疑問は一朝一夕で解決できるものでは、無い。


「うーん、不思議ねぇ。でも面白いわね。温度で性別が決まっちゃうなんて」

「そうだよな。初めて聞いたときはびっくりしたよ。そんなのがあるんだって」

「へー、アキラが珍しい」

「高校の頃の話だけどな。それに、カメの飼育に関する本とかは結構出回ってるのに、肝心のカメの生態とかいについては分かってないことが多いんだよな。求愛行動とかさ。飼育技術のほうは紫外線ライトだったり人工飼料だったりと、それなりに充実してはいるのに」

「そんなもんじゃない? シダだってわからないこと多いし、新種だってバンバン出てくるし。それに、疑問は尽きない方が面白いよ」

「まあな。その方がこっちもやりがいがあるしな。研究者の端くれの端くれとして……。さて、カメの生態はこのあたりにしておこうかな」


 アキラは大きく伸びをした。ここまで休憩を挟んで1時間半以上。アキラにも少し疲労の色が見え始めていた。


「お疲れ様。まだ続けるの?」

「んー、次で終わりにしようかなと思ってる」

「お。次は何を?」

「カメと人との関係を。主にペットや外来種とかの話だな」

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