第3話 世界にはどんなカメがいるの?

「じゃあ次は、カメの分類についてやろうか」


 ホワイトボードを背にし、アキラは講義を続ける。時刻は午後2時を回っていた。昼食の時間が遅かったため、2人はまだ睡魔には襲われていない。


「そもそもカメってどのくらいの種類がいるの?」


 トモが小さく手を挙げて訊いてきた。


「だいたい330種程度といわれているな」

「330か……。思ったよりも、多い、かな?」

「たとえば、同じ爬虫類のワニ目は20種程度、ムカシトカゲ目というグループがあるんだが、それはたったの2種類。だから、カメ目はそれらよりは多い。だけどトカゲの仲間とヘビを合わせた有鱗目は7000種近くいるから、そっちに比べるとかなり少ないな」

「7000も……。偏りが凄いわね」


 文字通り桁違いの差に思わず苦笑が漏れるトモ。


「さて、世界に330種くらいいるカメだが、日本にはどのくらいの種がいる思う?」

「日本に……どのくらいだろう。ミドリガメ、クサガメ……あ、ミドリガメは外来種だっけ。じゃあ、クサガメ、あとイシガメ……、それからスッポン? あれ、そんなもん? あとはウミガメ?」


 指折り数えていたトモだったが、すぐに止まってしまった。まだ片手すら使い切っていない。

 思わず、これで合ってる?という視線をアキラに送ってしまう。


「ま、だいたいそんなもんだ。実際は、在来の淡水ガメが全部で5種、それからウミガメが3種あるいは4種だな」


 そう言ってアキラはホワイトボードに書き込んでいく。



 淡水ガメ……ニホンイシガメ、スッポン、リュウキュウヤマガメ、

       ヤエヤマイシガメ、ヤエヤマセマルハコガメ


 ウミガメ……アオウミガメ、アカウミガメ、タイマイ、(オサガメ)


 リクガメ……いない



「これが日本に昔からいたとされるカメだ。ウミガメは、日本で産卵する種な」

「オサガメが括弧かっこでくくられてるのはなんで?」

「オサガメは過去に1回だけしか日本で産卵してないんだ。奄美大島あまみおおしまなんだけどな。毎年のように来ているわけじゃないから、ここでは括弧でくくった」

「ふぅん……。たまたま迷い込んで来ちゃったのかな?」

「だろうね。日本近海も泳いではいるようだし」

「あと1つ気になったんだけどさ……」


 トモがホワイトボードを指さして言ってきた。


「クサガメが入ってないんだけど? クサガメって在来種じゃないの? そんな風に聞いたけど」

「あぁ、クサガメか……。あれ、実はな」

「実は?」



「……クサガメは外来種だったことがわかってきたんだ。最近の研究でな」



「えっ……、そうなの!?!?」


 驚愕きょうがくの事実にトモの目と口が大きく開けられた。


「クサガメは中国大陸の方にもいてな。ペットとして以前から輸入されてたんだ。で、日本には大陸のクサガメと日本のクサガメが混在して棲息していると考えられてきた。ところが、日本と大陸のクサガメのDNAを調べたところ、それらの間に違いはほとんど見られなかった。つまり、日本のクサガメが中国大陸の方からやってきた外来種だった、というわけだ。DNA以外にもいくつか間接的な証拠もあるしな」

「そう……そうだったの……」


 トモはまだ茫然自失ぼうぜんじしつとしていた。無理もないかもしれない。アキラでさえ、クサガメは在来種だと思っていたし、先の研究の話を聞いたときは耳を疑った。それほどまでに、クサガメは日本のカメとして認識していた。


「……クサガメも、やっぱりカミツキガメみたいに駆除くじょされちゃうの?」

「将来的にはそうなるかもしれない。今はまだされていないけど。とはいえ、保護対象からは外されてきているんだよな」


 以前は様々な保護団体において、クサガメは保護の対象となっていたが、DNAの研究が発表されクサガメの外来性が確定的になってからは、対象から外すところがでてきた。日本の外来種をまとめた、国立環境研究所こくりつかんきょうけんきゅうしょ侵入生物しんにゅうせいぶつデータベースでもクサガメは国外外来種こくがいがいらいしゅとして記載きさいされるようになった。


「ま、外来種の話はまた後でする予定だから、一先ず置いておこう。先にほかの種について説明させて」


 閑話休題。外来種についてはデリケートな部分もあり、手短に話すには厳しいものがあった。


「それはいいけど。んー、ニホンイシガメとかスッポンはなんとなくわかるけど、ほかのリュウキュウとかヤエヤマなんとかは、よくわからないかな……」

「ふむ。ニホンイシガメとスッポンは本州に分布しているけど、リュウキュウヤマガメとヤエヤマセマルハコガメ、ヤエヤマイシガメは、名前の通り沖縄のほうに分布しているからな。こっちだとあまり馴染みはないね」

「ふぅん……。ねえ、ヤエヤマイシガメとニホンイシガメって同じイシガメだけど、近縁だったりするの?」

「ああ。どちらも同じイシガメ属で近縁きんえんだよ。……そうだ。今更だけど生物の分類についておさらいしておくか」

「本当に今更ね」


 トモが呆れたように笑った。アキラは肩をすくめて続ける。


「授業の復習だと思ってさ。生物の分類は階層構造をしているってのはいいよな。上から順に『かいもんこうもくぞくしゅ』だ。最近は界の上にドメインと呼ばれる階級が使われるようになったな」

「ヒトだったら、『真核生物しんかくせいぶつドメイン 動物界 脊索動物門せきさくどうぶつもん 哺乳綱ほにゅうこう 霊長れいちょう(サル)目 ヒト科 ヒト属 ヒト』という感じね」

「ああ。カメだったら、『真核生物ドメイン 動物界 脊索動物門 爬虫綱はちゅうこう カメ目』といった具合になるな。ドメインから種までの8層が基本的な分類階級で、このほかに必要に応じて『』や『じょう』や『』といったサブ的な階級が設けられることもあるな」

脊椎動物亜門せきついどうぶつあもんとかね。亜種あしゅについては説明できる?」


 トモがやや上目に訊いてくる。しかしそこに、アキラを試そうという様子は見られない。


「亜種は種の下に設けられる階級だな。別種にするほどの違いは見られないが、姿形や色などに違いが見られる場合だな。それから地理的に離れていることも重要だ。亜種同士は交雑こうざつできてしまうからな」

「そうね、植物の方も大体同じような感じね。どちらにしても地理的に離れていることが、ポイントね」

「だな。海や山、大きな川や湖なんかで隔てられていたり、単純に距離的に離れていたりすると、それらを越えて交流する……つまりお互いが出会って子孫を残すっていうのは難しい」


 アキラはホワイトボードに簡単な絵を描いていく。2匹のカメの間を大きな山が遮っているような絵だった。


「それは……もしかしなくてもカメ?」


 トモは笑いを堪えようと下を向いた。アキラの絵はお世辞にも上手いとは言えなかった。ただ、何となくそれとわかる程度ではあったが。


「おう。なんか文句あるか?」


 アキラも自分の絵が下手なのは重々承知していて、もはや開き直っていた。


「いや、文句はないけどね。まあでも、前よりは上手になったと思うよ。これはお世辞とか抜きで言うけど」

「……そりゃ、どうも」


 コホン、と咳払い一つ。トモに誉められて悪い気はしなかった。


「さて、カメの分類に戻るか。カメの分類はこんな感じになっている」


 そう言うと、アキラはホワイトボードに描き込んでいく。


        ┌―――――――カミツキガメ科

        |

        |      ┌ウミガメ科

        ├ウミガメ上科┤

        |      └オサガメ科

        |

        |      ┌スッポン科

   ┌潜頸亜目せんけいあもく┼スッポン上科┤

   |    |      └スッポンモドキ科

   |    |

   |    |      ┌ドロガメ科

   |    ├ドロガメ上科┤

   |    |      └メキシコカワガメ科

カメ目┤    |

   |    |      ┌ヌマガメ科

   |    └リクガメ上科┼イシガメ科

   |           ├リクガメ科

   |           └オオアタマガメ科

   |

   |    ┌―――――――アフリカヨコクビガメ科

   └曲頸亜目きょくけいあもく┼―――――――ナンベイヨコクビガメ科

        └―――――――ヘビクビガメ科


「これがカメ目の全科だ」

「へぇ~……。ウミガメとかスッポンとかはわかるけど、オオアタマガメとかヨコクビガメって? そもそも潜頸亜目せんけいあもく曲頸亜目きょくけいあもくってなに?」

「ああ、すまん、これから説明する。潜頸亜目っていうのは、いわゆる甲羅の中に頭を引っ込めるカメのことだ。一方の曲頸亜目っていうのは、頭を甲羅の中に引っ込めるんじゃなく、首を横に曲げて甲羅の縁に沿わすようにするカメのことだ。こっちは日本にいないから想像しにくいかな。悪いが後でちょっとググってくれ。ちなみに、日本にいるカメは全て潜頸亜目に属している」

「首を横に曲げて甲羅に沿わすの……? それだと頭を守れなくない?」

「まあ、潜頸亜目に比べると頭の防御は弱いかもな。甲羅の縁の下に頭を隠す、という感じなんだけど」

「う~ん、わかるような、わからないような……」


 見たこともない生き物の姿を想像することは、当然のことながら難しい。悩むトモに対し、アキラも何とか良い説明ができないかと、頭をひねる。


「そうだな……。たとえば、片方の手の人差し指を伸ばし、ほかの指は握る。ちょうど、何かを指さす形だ。そして親指が上になるように手を横に向ける。もう片方の手の平をもう一方の手の上に乗せる。そうすると人差し指が手の平から出るだろ? この人差し指が頭と首で、手の平が甲羅ってこと。で、人差し指を曲げて手の平の下に潜らせる。これが、基本的な曲頸亜目の頭の引っ込め方に、近い動きなんだけど……」


 アキラに言われるがまま、トモも両手を使って動かしてみた。


「ええと……。あぁー、なんとなく様子は分かるかも。指は横方向に曲がるけど、良いの?」

「ああ。実際、曲頸亜目は首を横方向に曲げるよ」

「ふぅん……。結局、頭は甲羅の下に入ってはいるのね」

「そうそう。少しはみ出したりするかもしれないけれど」


 アキラの話を聞きながら、トモは何度も指を動かしていた。


「……曲頸亜目って日本にはいないのよね? どこら辺にいるの?」

「主にオーストラリアや南米、アフリカ辺りだな。インドネシアとかにもいくつかの種が分布しているらしい」

「南半球のほうなのね。ペットとかで飼われてたりは?」

「ある程度はな。それでもほかのカメに比べるとマイナーなほうだな。両爬りょうはの専門店じゃないと売られてないし。動物園とかでもあまり飼育はされてないな」

「ふぅん、そうなんだ……。でも、ちょっと見てみたいかな。実際に首を折りたたむところとか」

「じゃあ、今度ショップに見に行ってみるか? 扱ってそうなお店いくつか知ってるし」

「おっ。行く行く!」


 アキラの提案に嬉しそうにはしゃぐトモ。そのトモを見て、アキラも満更ではない気分になる。


「ついでに、潜頸亜目についても軽く説明しておくか。カミツキガメ科はアメリカ大陸にいるグループで、カミツキガメとワニガメを含んでいる。カミツキガメとワニガメはわかるよな? テレビでもお馴染みだし。それからウミガメ科とオサガメ科は名前の通り海にいる。ウミガメ類は良いとして、オサガメは甲羅の長さが2mくらいになる世界最大のカメでな。硬い甲羅ではなく、スッポンみたいに皮膚が表面を覆っているんだ。色は全身真っ黒」

「へぇー。2mって相当大きいわね。私やアキラよりも大きいんだよね?」


 トモは自分の頭の上に手をかざした。人の背丈を超えるカメというのも、中々に想像が難しい。


「それからスッポン科も良いだろう。料理でも使われるくらいだしな。スッポンモドキ科は、スッポンの四肢をウミガメのようなヒレ状にしたものと考えてもらえれば良い。オーストラリアのほうに分布していて、産卵の時以外はほとんど陸にあがらない。

 ドロガメ科は、南北のアメリカ大陸に分布していて、種数も豊富だ。ペットとしても良く飼われている。見た目はそうだな……、リクガメほどじゃないけど、盛り上がった甲羅を持つ種が多いかな。それから腹側の甲羅に蝶番ちょうつがいが付いている種が多く、少しだけ甲羅を動かすことができるんだ。代表的な種というと、ミシシッピニオイガメとかカブトニオイガメあたりかな。飼ってる人が多い」

「甲羅を動かせるって、どういうこと?」

「甲羅の一部が蝶番になっているから、扉のように動かせるってことだよ。それで背中側と腹側の甲羅をくっつけることもできる。完全に塞ぐことはできなかったと思うけど」

「へぇー。こう、パタパタと?」


 トモが手を前後に振る。が、それはあまりにも大きく振れすぎていた。


「そこまで大きく動きはしないと思うけどね。メキシコカワガメ科はメキシコにしかいない科で、メキシコカワガメのみの1種から構成されている。かなり水棲すいせい傾向が強く、産卵の時以外はほどんと上陸しない。甲羅の長さが50cmくらいになる大型の種類だ。

 ヌマガメ科は、ミドリガメ、つまりミシシッピアカミミガメが属するグループで、主に南北アメリカ大陸に多く分布している。1種だけヨーロッパのほうにもいるけどね。見た目はアカミミガメと似たような感じだ。模様はそれぞれ大きく違うけどな。

 イシガメ科は主にユーラシア大陸に分布するグループで、日本にもニホンイシガメやクサガメなどが分布する、お馴染みのグループだ。

 リクガメ科も説明はいらないと思うけど、ゾウガメとかが属するグループだ。こちらは名前の通りほとんど水の中に入ることはない。日本にはいないけど、アジアからヨーロッパ、アフリカ、南北アメリカ、そしてオーストラリアに分布する。ガラパゴスゾウガメ、ホルスフィールドリクガメ、ケヅメリクガメとかが比較的有名かな。

 最後にオオアタマガメ科。これは中国やベトナム、タイ、ミャンマーあたりに分布していて、名前の通り頭が大きい。そのせいで甲羅の中に頭を入れることができないんだ。オオアタマガメ科もオオアタマガメ1種しかいない」


 アキラは一気にまくし立てた。喋り終わったあとは流石に喉が渇いたので、近くにあったペットボトルのお茶を口に含んだ。


「……こうやってみると、カメも結構いろんなのがいるんだね。色んな場所にもいるし。日本、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ……。カメがいない地域ってあるの?」

「南極大陸と北極圏ほっきょくけんくらいかな。あまりにも寒い場所には流石に棲息できないからな」

「まあ、爬虫類だもんね。寒い冬は冬眠してるくらいだし」

「でも、中には氷の張った水の中でも動く種類がいるみたいだぞ」

「冬眠しなさいよ」


 トモが真顔で突っ込んでくる。


「まあまあ。寒さに強いカメなんだよ。きっと。あとそれから、カメは木の上とか空中にもいないな。これは地域と言うよりも環境だけど」

「空を飛んでるカメ……ガ○ラ?」

「あれは炎を出したり回転しながら飛んだり……。現実のカメはできないけども。そもそも、爬虫類の『爬』って地をう、という意味があってな。あいつらの性質を良く表してるだろ?」

「へー! 確かにそうね。よく考えられてるわね」

「な? おもしろいもんだろ。それに爬虫類の『虫』は昔は難しい方の『蟲』で、こっちのムシは生き物全般を意味していたらしい。だから爬蟲類で地を這う生き物って意味になる……、とか話してるとキリがないから、一先ずここで区切るか」

「ん、休憩?」


 カメの講義を始めてから1時間が経とうとしていた。休憩するにはちょうど良いタイミングだ。


「んー、そうするか。ちょっとトイレにも行きたいし。トイレ休憩を挟んで、続きをやるかね」

「次はなにやるの?」

「んー、何が良い?」

「そうねえ……外国のカメよりは日本のカメについて、やって欲しいかな」

「なるほど……。それじゃあ次は、日本のカメを中心にカメの生態をやるか」

「さんせー!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る