掌編 帰海<キカイ>

ガジュマル

第1話

 

 祖父と私は南西諸島にある小さな島に住んでいた。

 人口が一万にも満たない小さな島だ。

 現在でも残っている祖父との記憶は、皺に覆われ焼けた浅黒い肌と、その日の出来事だけだ。

 九月だった。

 農作業を終えた祖父は幼稚園児の私を迎えにきてくれた。

 私を軽トラの助手席に乗せるとゆっくりと車を発進させる。

 寡黙な祖父は必要なこと以外会話をしない。

 のろのろとした軽トラを何台もの車が追い越していくが祖父はいっこうに気にとめない様子だった。

 急に右手にある海を見ると、祖父は車をとめた。

「ウーニシじゃ」

 そう言うと近くの海岸へと祖父は車を走らせ始めた。

 アスファルトもなくなり行き止まりになると祖父は車をとめた。そして迷った様子だったが結局私の手を引いて海岸へと歩き出した。

 岩場だらけの海岸で、島の人々もほとんど通わない場所だ。

 岩場を抜けると小さな砂浜に出た。

 神聖な場所だと教えられた砂浜だった。

 夕暮れ時の空は茜色に染まり始め、沈みゆく太陽は溶けた黄金の輝きをなげかけている。

 強い北風が吹いていた。

 ウーニシだ。

 祖父は私の頭を数回なでると、私を残して海へと向かった。

 砂浜から海に入っても迷うことなく進んでいく。

 泳ぐでもなく進んでいく祖父はやがて海中に消えていった。

 夜になっても祖父が海からもどることはなかった。


 それから六十年の月日が過ぎ、老人になった私は再びこの海へ帰ってきた。

 今は何故祖父が海に入っていったのかがよく分かる。

「ここから動かずに見てるんだよ」

 孫の小さな頭が頷いた。幼い手には居場所を送信したばかりの携帯が握られている。

 私は幼い孫の頭を祖父と同じようになでると海へ向かった。

 強いウーニシが体を吹き抜ける。

 波間からたくさんの瞳がこちらを見ているのを感じた。

 祖父の姿も見える。

 私は海へ向かい歩き始めた。



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掌編 帰海<キカイ> ガジュマル @reni

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