第6話


 唐突に日曜日。

 僕のは朝は早い―――訳が無い。

 折角の日曜である。姉さんも仕事が無く、僕も学校がない。故に早く起きて朝食を作る理由も、姉さんを七時に起こす理由も無い。

 だから、僕も昼くらいまで寝ている。

 と言う訳にもいかない。なぜなら、今日の日曜日は普段と違う日曜日だからである。

 今日は清水さんとの約束がある日。だから、昼間で寝れなくても九時ぐらいには起きなくてはいけなかったのだ。

 目覚ましが鳴る。午前九時を告げる音だ。僕がアラームを止めて体を起こす。

 いつもは制服を着るのだが、今日は私服に着替える。

 柄物のインナーに、チャックのワイシャツ。紺色のジーンズを履き、腕には安物の腕時計を付ける。

 そして、いつもの様に一階脱衣所に向かう。

「あっ、おはよう。こーちゃん」

 そこには鏡の前で髪を直す姉さんの姿があった。

 日曜なのでスーツは着ていない。赤いニットチュニックにベージュのペチスカートを着ている。眼鏡も会社で使うノーフレームではなく、赤いフレームの眼鏡である。

「珍しいね。姉さんが僕より先に起きてるんなんて」

「うん、今日は友達と会う約束してるから。香織ちゃんとショッピングに行くの」

 佳織ちゃんと言うと、ウチの学校の生徒指導の佐藤先生か。

「そうなんだ」

「だから安心してね」

「別に心配して無いし」

「決して男とか彼氏とかと会う訳じゃないんだからね」

「いや、居たとしても別に気にし無いし」

 むしろ居てくれた方が楽になるんだけど。

「まあ、そう言う訳だから今日は帰りが遅くなります。夕食は食べてくるんで私の分は準備しなくていいよ」

 そう言うと財布を取り出して、二千円を僕に渡す。

「なに、これ?」

「偶にはこーちゃんも楽していいのよ。これで美味しいものでも食べてきなさい」

「うん、ありがとう」

「じゃあ、そろそろ行くね。流石に今日遅刻しちゃいけないんで」

 そう言ってセミショルダーバックを持ち、黒のインヒールブーツ履いて家を出て行く姉さん。

 ふむ。清水さんを家に呼ぶ際、姉さんをどうしょうかと思っていたけど、どうやら問題は解決されたな。これで心置きなく料理を教えられる。

 僕は何時もどおりに洗濯機を回し、歯を磨き、寝癖を直して、リビングを軽く掃除して、キッチンも綺麗にして、止まった洗濯機から洗濯物を取り出し、二階のベランダに干した。

 全ての作業が終える頃には時間が十時を過ぎていた。

 僕も家の鍵を閉めて出かける。初めは自転車に乗るかどうか迷ったけど、買い物もするので乗っていく事にした。

 ゆっくりと学校に向けて走る。その途中。

 何やら見覚えのある後姿があった。

 真っ赤で派手な柄のウインドブレイカーを着た、メッシュの入った髪の長身の男子高校生が、僕の目の前を走っている。

「よお、友則」

「おっ、康一」

 まあ、それは紛れもなく同級生の佐藤友則なのだが。一応、友人と言う事で挨拶をしておく。

「何をしてんだ、日曜日に。今日は部活休みだろ」

「ああ。そうだけども、大会も近いし自主練してんだ。っても、走り込みと筋トレ位だけどな」

「ホント、真面目だよな」

「そうでもないって。ぶっちゃけ、体重もヤバイし。少しでも汗を流さないといけないんだよ」

「柔道は面倒だよな。体重制限があるなんて」

「そうでもないって。ボクシングも空手にもあるんだから」

「えっ? 空手にも階級あったけ?」

「さあ? 俺もよく知らない」

「適当だな、」

「まあ結局は日々鍛錬だよ。一日でもサボると体が着いて来ないんだよ」

「ふーん、そんなもんか」

「そんなもんだ」

「大変だな」

「いや、別に大変だなって思ったことも辛いと感じた事はないぞ。俺が好きでやってる事だからな」

「ならいいんだけど」

「けど、周りの期待されるのは辛いな。柔道は個人競技だからな。結果は己の努力次第。他人の所為には出来ないからな」

「毎回言うな、それ」

「お前も期待されてみろ。スターって思ってるより地味だぜ」

「俺はお前をスターだと思ったことは一度もないけどな」

「だろうな。だから、俺はお前とつるむんだよ」

「そうなのか?」

「ああ。気兼ねなく話せる少ない相手だよ」

 そう言って、笑顔を見せる。

「で、俺の話はいいさ。随分とオサレな格好をしてるけど、どっかに行くの?」

「ああ。今日は清水さんと約束があるんだよ」

「何っ! 貴様、何時の間にそんなやりとりを!」

「いや。お前はその場に居合わせていたからな」

「あれ、そうだっけ? たぶん、相当ショックな出来事があって覚えてねえや」

「そう言えば、あの時の昼休みの間は放心状態だったな」

「てか、なんだ約束って! 詳しく教えろゴラッ!」

「料理を教えるだけだよ」

「なんだ、そうなのか」

「僕の家で」

「やっぱり、許さねえっ!」

「落ち着いたり、怒ったりして疲れないか?」

「今はそんな話じゃねえ! 何でお前の家で教えるんだよ!」

「よく分からない内に決まってた」

「嘘だろ。本当はお姉さんに飽き足らず、清水さんまで毒牙を掛け様と言うんだろ!」

「僕はそんなキャラじゃないっ!」

「大人しそうな童顔してるくせに、本性は女なら何でも喰らう童顔だったとは。全く末恐ろしい童顔だぜ」

「いい加減、僕の顔を弄るの止めてくれないか」

「てか、そんな面白そうな事に何故に俺を誘わない!?」

「お前が居たって何もしないだろ」

「味見をしてやるよ。これでも舌は肥えてるぜ」

「体重ヤバイんじゃないの」

「そうだった!」

「お前はバカだな」

「大会さえ近くなけりゃ絶対に邪魔するのに」

「邪魔するのかよ」

「貴様と清水とお姉さんが一緒に居るが我慢できない! どんなプレイだ!」

「誤解を招く様なことを言うな!」

「ちきしょう。俺も混ぜて欲しかった」

「だから、そんなんじゃないって。て言うか、今日は姉さん出掛けて居ないし」

「じゃあ、清水と二人きりだと!? そりゃ本格的に危ないだろう、清水」

「だから、僕は何もしないっての!」

「これは清水に一言忠告しておかないとな」

「どんだけ僕は信用がないんだよ」

「そうと決まれば行くぞ、康一! 俺について来い!」

「お前、待ち合わせ場所を知らないだろ」

 しかし、そんな事はお構いなしに先頭を走っていく友則。

 いや。本当に凄い奴だな。僕は自転車に乗っているのに、あいつは普通に走って行ってしまった。

 結局、友則は僕を置いて走って何処かに行ってしまった。

 あいつ、何をしたかったんだろう。

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