第35話「イツカノ未来ヲ!!」

 ~~~小山妙子こやまたえこ~~~




「……いつだったかさ、こいつが言ってたんだ」

「何をだ」

 

 あたしと剣道女がマスコミ対応から戻ってみると、シロとタスクが寝ていた。

 シロが布団の中、タスクがその隣に横たわっていた。

 互いに手を握り合って、楽しそうに口元を緩めて。


 カヤさんから大体のいきさつを聞いたあたしたちは、なんとなくふたり並んで、その光景を眺めていた。


「俺は親父みたいな女たらしにはならねえって。女の子ひとりひとりときちんと向き合い、絶対に適当には扱わねえって」

「なるほど……なるほど……」


 剣道女はしみじみとうなずいた。


「きちんと向き合いすぎた結果、こうなってしまったと」

「そゆこと」


「だがまあ、しかたあるまい。英雄色を好むというしな」

「おいおいおーい、なんだよあんた、ずいぶんいい具合に調教されてるじゃないか」

「ちょ、調教とかいうな!」


 剣道女は顔を赤らめ、ごほんとせきばらいした。


「そもそも、新堂がこういう男だということは知っていたはずだ。見捨てぬ男だと、諦めぬ男だと。相手の素性がどうあれ、こうと決めたら梃子でも動かぬと」


「……ちぇ、ムカつくなあ」

 あたしは頭をがりがりかきむしった。

 剣道女をにらみつけた。

「知った風な口をききやがって。てめえがどれだけタスクのことを知ってるってんだよ。ずっとずっと、イジメてばかりいたくせに」


「それは……っ」

 剣道女は少しだけ言いよどんだ。

 

 だけどすぐに思い直すと、胸に手を当て、あたしを見た。

「でも、新堂は許してくれた」

 まっすぐに、言葉を紡ぎ出した。

「おまえのおかげで強くなれたとさえ言ってくれた。その新堂の選択なら、私は信じる」


 剣道女は煽るように眉をひそめた。

 

「貴様にはないのか? そういう気付き・ ・ ・が。それこそ長い付き合いのくせに」

「あるに決まってんだろ。ふざけんな」

 食い気味に、あたしは答えた。


 ──なあ、これからも俺について来てくれよ。今までみたいにさ。今までと同じにさ。だらしない俺を叱って、蹴飛ばして、見離さないでいてくれよ。


 あの時のタスクの台詞を思い出した。

 あたしを虜にした表情を思い浮かべた。


「だろうが」

 剣道女は腕組みして、ふんと鼻から息を吐いた。

「それにしてもシロか……。私たちの想いが共に宿っているとしたら、これは恐ろしい強敵だ。だがまあ……それでも負ける気はせんがな」


「……どこから来るんだ? てめえのその自信はよう」 

「約束したから」

「ああ? 約束?」

「将来的に、私が駄々をこねれば、新堂は私を貰ってくれる。そう約束したのだ」

「なんだよそれ、ただの口約束だろ? 『大人になったら結婚しようね』なんて、子供カップルの定番のお約束じゃねえか。んでけっきょく、将来別々の相手と一緒になってるやつじゃねえか」

「そうだな、普通に考えれば。だけどあの新堂・ ・ ・ ・が、言ったんだぞ?」

「ち……っ」

 

 わかってるじゃねえか。

 そうだよ、新堂タスクは嘘をつかない。


「もう私は考えているのだ。将来の家族設計。どこに住もうとか、何人子供を産もうとか」

「だったら負けるもんかよ。そんなのあたしのほうが先輩だ。妄想回数なら誰にも負けねえよ。大学ノート5冊の束がもう埋まってるっての。それこそあらゆるパターンを想定してるっての。ベストは一男一女だな。ダメな弟の世話をかいがいしくする姉って構図が理想形だ」

「んー……うちも一男一女だな。片方に御子神を継がせて古式剣術を、片方は新堂家で古流武術を。代理戦争というものが見てみたくてなあ。ふっふっふ……」

「なんだこいつ……気持ち悪っ」

「ひ……人のことを言えた義理か!」


 一瞬耐えたけど、すぐにぷっと噴き出した。

 どちらからともなく笑い合った。

 剣道女とあたし。

 犬猿の仲のはずなのに、タスクのことを話すときは、こんなにも楽しい。


 剣道女が、すっと手を差し出してきた。


「……なんだよ、この手は」

「敵の敵は味方というだろう。だから共同戦線だ。私と貴様、力を合わせて外敵と融和する」

「……駆逐するんじゃないのかよ」


 剣道女は、なぜか得意げに目を細めた。

「そういうのは新堂が嫌う」

「……まあな」

 いつも仲良く元気よく、それがあいつのモットーだ。

「だからみんなで仲良くするのだ。己を知り、相手を知り、コミュニケーション万全のもと、戦いを円滑に進める。勝利する。新堂が喜ぶ。私に惚れ直す。正妻誕生」

「『以上、ふふん』みたいな顔すんのやめろよ。いったい途中で何があったんだよ。その筋立て」

「わからんのか、私がすべての指揮をとることでだなあ……」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるあたしたちの足元で、シロが微かに身じろぎした。


「……起こしたか?」

 硬直する剣道女。


「いや……まだだな……ちっ、こいつら……」


 寝返りをうったシロが、タスクの腹に顔を埋めるようにしている。

 タスクの手は、無意識にシロの頭を撫で回している。


 ほとんど恋人同士みたいなその姿に、腹が立った。


「……これはさすがに許せんな、小山」

 剣道女の殺気が膨れ上がる。


「だな、外様が、そこまでするのはまだ早い・ ・ ・ ・

 あたしたちはうなずき合い、タスクとシロを引き離した。

 

 布団をふたつ並べ、真ん中にタスクを寝せた。

 あたしが左、剣道女が右に寝た。

 シロは足元だ。


「順番は守らなければならない、秩序は保たれねばならない。そういうことだな」

 夜着に着替えた剣道女が、ひとりでうんうんうなずいている。


「ちなみにさ……あんた、どこまで考えてる?」

 パジャマに着替えたあたしは、タスクを起こさないよう小声で聞いた。


「どこまで?」 

「この後……何するか……とかさ」

「な……っ!?」

 剣道女は絶句した。

 ぼふん、顔から湯気が出た。

「ななななな……ナニだと……!?」

「いや待て! そこまでは言ってねえよ! それはあんたの考えすぎだ! あたしたちはまだ14だぞ!?」

「ななななな……何を言ってるんだ小山! 私は決してそんな生々しいことは……!」

「目ぇ泳ぎすぎだろ! とっくに語るに落ちてんだっての! 黙れ! いいから黙れ! シャーラップ!」


 あたしたちの騒ぎで反応したのか、タスクの頬がぴくりと動いた。

 起きて……はいないようだ。


 セーフ、のしぐさをあたしがすると、剣道女はほっと胸を撫で下ろした。


「じゃあまあ……その……なんだ……14歳として……年齢相応の……せ……接吻とか……?」

「接吻て古風だな……。その表現がそもそも年齢相応じゃねえよ……。まあだけど……そのへんが落とし所かな……で、どこに?」 

「どこに?」

「きょとんとすんな! あるだろ! ほっぺとか、額とか……!」

「く……唇に!」

「目ぇキラキラさせんな! 鼻息荒くすんな! 14だって言ってんだろ!」

「じゃ……じゃあほっぺでいい……」

「涙目になるな! わぁかったよ! ほっぺだけど、何回でもしていいから!」 

「な……何回でも……っ?」

「そうだよ! こいつが起きるまで、気の済むまでしたらいい! あたしも……その、そうするから……っ」


 言ってるうちに恥ずかしくなってきて、あたしは唇を噛んだ。


 目の前にはタスクがいる。

 コブがふたつもついてるけど、あたしのタスクが寝てる。


「……っ」

 ごくりと唾を呑みこんだ。


 頬がとっても柔らかそうだ。

 緩んだ口元が、ちょっと可愛い。


 逆側にいる剣道女と、目が合った。


「ふ……」


 なんとなく笑ってしまった。

 ちょっと前まで、こんなことになるなんて考えもしなかった。


 タスクがシロの夫に選ばれて、『嫁Tueee.net』を戦って。

 もう終わりだと思ってた。

 あいつはもう手の届かないところへ行ってしまった。

 そう思ってた。

 

 でも、ここにいる。

 いまあたしの目の前にいる。

 あたしと剣道女とシロ。

 3人でシェアしてる。 

 

 目が覚めたら、こいつはすごいリアクションをとるだろう。

 慌てふためき、顔を赤くするだろう。

 その姿はきっと、たまらなくおかしい。

 その姿はきっと、たまらなく愛しい。


 そしてそれは、これからもずっと続いていく。

 みんなで『嫁Tueee.net』を戦って、勝ち抜いて。

 得た褒賞で様々な世界を渡り歩いて、冒険して。

 いつか旅の果て、タスクのご両親を見つける機会があるかもしれない。

 いつか旅の果て、シロがお役目を降りる日が来るかもしれない。

 そしたら今度は、どこへ行こう。

 もう地球じゃ納まらないよな。

 

 ……ま、いいか。

 その時はその時で考えればいい。

 いま剣道女と打ち合わせたように。

 みんなで行きたいところを話し合おう。

 新堂家・ ・ ・みんなで。


 なんて。

 そんな他愛もない未来を想像して──

 あたしは笑いながら目を閉じて──

 そっと、タスクの頬に口づけた──





                 Fin

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My Wife !! ~俺の嫁はなんでこんなにTueeeんだ!?~ 呑竜 @donryu96

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