18 カオリ

 仕事が終わる合図のタイマーが鳴った。常連のおじいちゃんと、暫く話を続けてゆっくり制服を着た。おじいちゃんはほとんど話しているだけであまり勃たないし、たまに手で射精することがあるくらいだった。


 部屋を出る前には千円オフのチケットにメッセージを添えて渡すのが決まり。何となく私は五七五の俳句のようなものを書いて渡していた。ふざけたエッチな内容だったけれど。おじいちゃんは今日もそれを読んで喜んでくれた。


 次のCコースも常連だった。自動車メーカーに勤めている二十八歳の彼は毎週末に来てくれる常連の一人。どうしてヘルスなんかに来るんだろう、と思うような整った見た目だった。その彼に限らずイケてる客は多い、どうでもいいことだけれど。わざとではないけれど話し込んでいる間に十分前のタイマーが鳴った。慌ててフェラするけれどすぐには抜けそうもない。急かすようにインターフォンが鳴っている。次も本指が入っている。

 

「ごめんなさい。こんどはちゃんと、イかせるね」


 字余り。何このクオリティの低さ。





 次はBのダブル。六十分コースの二倍の百二十分。今日はこれで営終営業終了だ。一度Cのトリプル、九十分かける三の指名に入ったことがある。知り合いのホストが遊びに来て、ほとんど飲み食いして行った。「ここTVがあれば最高だね」とホストは言っていたけれど、ラブホじゃあるまいし……。サボりたかった私は半額バックしたので売り上げ的にはゼロだった。


 今日の最後は隣の県から来てくれるYさん。生理的に受け付けないタイプだけど、一般的に悪くない見た目だと思う。私には仕事での失敗や、マイナス面ばかり見せてくれていた。Yさんは割引券に絵を描いてもらいたがる。私が描いたキティやスヌーピーが吹き出しで「また来てね」とか喋っているチケットを使わずにコレクションしてくれていた。





 電話に出たジュンの周りには静まり返った空気と、そこに響くスケボーのウィールが敷石を渡る音がした。アスファルトじゃない。多分大須のアーケードの下。


「ポスティングしとるんだけど。いいことに気付いてまってさぁ。プッシュで撒いとるんだわ。でれラクだでかん」


「おつかれ。あたしあれからスケートしとらん。今日は久しぶりに雨が止んだね」


 ジュンは未だに荷物を運んでいなかった。休みがなくて時間がなくて仕方ないのかもしれないけれど、ひとりの夜は寂しい。もう寝かけた頃に着信があった。


「ミナ。俺もうダメかもしれん」


 少し前に話したテンションとは明らかに違うジュンの声がした。





 朝の七時。玄関のドアが開く音がして、ジュンが入ってきた。顔色が良くない。ミネラルウォーターだけを手に持って、まだテーブルもないフローリングに座った。


「ジュン……?」


 ウェストバッグからジュンが取り出した物を見て息を飲んだ。小さいビニール袋に入った結晶のようなものと注射器。


「ミナと会う、ずっと前からやっとったんだ。黙っとってごめん」


「それ何」


「シャブ」


 長距離ドライバーの客が、眠気覚ましにやっていると言っていた。


「こんなもんやめてさ、ミナと沖縄行ったりさ、そうゆうことに金が使いたいんだ。やめてぇんだよ。助けてくれる?」


 助けてって、どうやって。


「縛りつけてくれねぇかな」


 ヘロインと違って、シャブ、覚醒剤は身体的な禁断症状は出ないって聞いたことがある。


「ラッシュっつう針の快感が強すぎてやめれんらしいんだ。だで飲んでみようと思う……。そしたら減らしていけると思って……。でも怖えんだ。一緒に飲んでくれんかな」


 私に言わせれば、飲むのが怖いような物を血管に注射する方がどうかしている。洗面所から、水色のヒョウ柄のマグカップを持ってきてジュンに渡した。こんな事をするために買ってきたんじゃないのに。ジュンはビニール袋からシャブをマグカップに移した。持ってきたミネラルウォーターを注ぐ。箸でかき混ぜる。無色透明の液体はただの水に見えた。





 ジュンは店の売り上げを持ったまま飛んだ。ほとんど連絡がつかなかった。たまに「会いたいよ」とメールが入った。本当か嘘か分からなかった。私は「会いたいよ」と鸚鵡返しするくらいしかできなかった。「会いたい」と言っても会えることはなかった。

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