第18話 かけがえのない日々

 いろんな言い方をしますね。かけがえのない日々、毎日がスペシャル、1日1日を大切に。この言葉が本当だと言うことは、失ってみなければわからないと思います。

 4月末に東京に転居した私たちの日々は、本当にありきたりの、平穏で平凡そのものでした。それは、幸運に恵まれたおかげもあります。転居したその日に辞表を出した私は、その足で北千住のハローワークに行き、ネットも併用して職探しを始めました。仕事が決まったのはわずか4日後、大手の就職支援企業に、契約社員で入ることが出来ました。ありがたいのはこの会社は、能力さえあれば居たいだけ居てもいいという場所で、給料は鹿児島の1.5倍でした。職場は一ツ橋にあり、最寄りの町屋駅からは電車で15分、歩きまで入れても片道40分、東京としては夢のような通勤時間です。週休二日、平日でも、毎日18時には仕事を終え、19時からは家族で過ごすことが出来ました。私はお茶の水にある予備校に通いだし、週1回、18時から21時までがっつり勉強しました。

 妻は週1回の病院の他は、叔母と買い物に行ったり、近くの尾久の原公園で犬を散歩させたりして東京生活を楽しんでいるようでした。東京は鹿児島と比べるとイベントが多く、催し物好きの私たちは色々なイベントに参加しました。町屋の御神輿、オオムラサキを見る会、無料のペット教室など、妻は病気の進行を感じさせないエネルギッシュさで毎日を過ごしていました。鹿児島ではただのバラエティとして見ていた町ブラ番組も、東京にいるとお出かけガイドに変化しました。

「あの番組で見た店に行ってみよう。」

 土日の楽しみは増えて行きました。

 このまま、何事も無く毎日が過ぎて行けばいいのに。私は、ささやかでありふれた日常を大切に思っていました。しかし、今は思います。あの日々には、私が考えていた数百倍の価値があったのです。

 もっと大切にすればよかった。何かを失った者は、みんな思うのかもしれません。

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