第17話 人生の決断

 悩み続けて半月が過ぎたころ、東京の叔母からある提案があった。

東京にお出で、ここの方が先進医療を受けられる可能性がある。司法試験向けの良い予備校もある。ある程度の援助はする。返済は弁護士になってからしてくれたらいい。


 夢のような話だった。しかし、慎重派の私には、いくつか疑問点があった。

1 本当に必要な援助をするだけの財力があるだろうか。

 叔母の旦那様は会社役員であり、平均以上の年収はある。しかし住宅ローンを抱え、息子は私大の薬学部に通っており、多額の授業料が必要な筈だ。日ごろの節約ぶりを見たとき、ありがたい申し出だが無理ではないかと考えた。


2 東京でマンションが借りられるだろうか。

 現在住んでいるマンションは、義母名義の4LDKであり、ストレスによる免疫力低下を避けるため、閉所が嫌いな妻には一定の広さが必要だ。少なくとも2LDKは必要と思われた。しかもペットもいる。東京の月の家賃相場を調べたが10万円近い。現在の給料は手取りで月20万円ほど、公務員の時の半分以下だ。しかも妻の治療費は月に7万円程度必要、今と同じだけの給料をくれる会社が見つかっても、家賃と治療費、水道光熱費で給料が無くなってしまう。申し訳ないが、叔母の援助はあまり当てに出来ない。叔母は、勉強が大事だから務めはアルバイト程度にしたらと言っていたが、その発言で私は先行きがますます不安になった。

 さらに、今の会社を辞めて、無職の状態でマンションなんて借りられるものだろうか。叔母は、住んでいる日暮里の近くで探してあげると言ったが、又貸ししてくれるわけではない。自分で契約する場合、職が無いのは最大のネックだった。しかも、住まないことには職探しどころではない。


 相談のために東京に行って、私の不安は確信へと変わった。とても安心して行ける状況ではない。仮に東京に住むにしても、根性を据えてかかる必要があった。

 東京に行った際、甥っ子に呼び出された。

留年したことで、父親との関係が危機的状況になったらしい。

学校を強制的に辞めさせられ、家業を継ぐように言われたらしい。

嫌がったら監禁されたので、島から逃げて来たらしい。

開口一番、失踪するからと言われた。

少し待て!気持ちはわかるが連絡はとれるようにしておこうと言った。

心配するから妻には内緒だ。

いろんなことが同時に起きすぎている。

運命は東京行きを進めているように思えた。


 悩んだ末、私は東京行きを決めた。治療と民間療法を併用しながら、環境を変えて免疫力を上げ、新しい治療の情報を探す。これしか手は無いように思われた。

 君の治療のために行くと言っても、妻は絶対に承諾しないだろうと思ったので、借金して予備校の手続きをし、勉強のために行くことにした。

 次いで住むところを確保しなければならない。

まず会社には在籍のまま転居を先行させて、転居してから辞めることにした。せっかく契約が更新され、正社員への道も開けるのに、東京に行くなら派遣になるしかないと言われたが、はなから辞める気の私はそれでも良いと言った。

 マンションは妻と叔母の気に入ったものを見つけた。3LDKで月の家賃は12万円。荒川区にありスカイツリーと東京タワー、富士山が同時に見える。しかもバス停が目の前にあり、転院する癌の拠点病院である駒込病院にはドアトゥドアで行けた。


 心配をよそに、叔母は早速援助してくれた。ありがたいことに、9月までの分を前渡しでくれ、妻には個人的に貯めていた30万円を贈与してくれた。これで引っ越し費用が出来た。本当にありがたかった。



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