FACTOR-4 貪食(B)

       4




「はっ、はぁ……っ、はぁ……っ」

 胸に詰まるモヤモヤとした感覚を今すぐ吐き出したい。

 走り続けたせいで息が上がる。上がった息もすぐには元に戻ってくれない。


 遥は胸をその上がった息を抑えるように。

 建物の壁に手を付いてもたれかかり、息を元に戻そうとする。例え息を戻したとしてもこの胸の内に溜まるモヤモヤは消えそうにないが……。


 ふと、遥は後ろを見てみる。

 誰もいない。又、遥自身、何から逃げているのかすら分かっていない。それがきっと、胸に溜まるモヤモヤの正体なのだ。


――――お前ら人間の血を、貰うんだ


「……ッ!?」

 そう、囁きかけられ、


――――死んだ奴のじゃねえぞ……。お前みたいに、生きた奴のだ……


 その時の翔の声があまりにも不気味過ぎて気持ちがざわついてしまった。

 思わず突き飛ばし、走り逃げたのだ。


(そっか、これは……)

 震える自分の手を見やる。

 何故分からなかった。何故気づかなかった。この数時間、それを嫌と言う程味わった。もう一生分味わえるかと思わんばかりのそれを――――



――――生きたいって思うのは、誰だって同じだな


「……ッ」

 そう言って、自分の体がボロボロになるかもしれないという事すらも顧みず、戦った彼を思い出す。


 強かった。

 一撃一撃を加える拳も蹴撃も凄まじかった。

 あれですらもう限界だったというのなら本当の本気を出せば、恭平などほぼ瞬殺してしまうに違いない。


 これ以上、犠牲が増えるのだって、止められる……。

 ならば、翔は強引にでも遥を捕まえて血を飲めば良かったのだ。グレイドルが悪ならば、倒せばいい。倒すための力を得られればいい。


「うっ……ぐっ……」

 目元が熱い。

 悔しい。こんな自分が恥ずかしい。

 思い出す。

 思い返される。

 思いだし、思い返され、考えてしまう。

 あの時の彼の行動、言葉。


「ぐ、ぅあっ……ッ」

 ぽた、ぽた、と……、涙が落ちる。嗚咽が漏れだす。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、と、何度も同じ文字が頭の中に刻み込まれていく。


「最低だ、わたし……ッ!」

 天城翔と言う青年は、あの時自分の身よりも遥の身を考えた。自分が助かるためには遥の命を奪わなければならない。そうならないために、彼は敢えて遥に恐怖を植え付け、遥を自分から遠ざけたのだ。

 これから倒せる悪の数よりも、今救える命を取った。


(生きたいって、思うってッ――)

 これが、犠牲によって救われたものが抱く罪悪感。

 胸を締め付ける。息も呑めず唾も飲めない。


(君も――ッ!)

 もはや立つことすら出来ない。地面に膝を付き、むせび泣く。これからこの、「天城翔」と言う棺と、十字架を背負って生きていかなければならない。


 そう思うと今までにない程心が挫けて、いっそ死んでしまいたいとさえ思ってしまう。


「ごめんなさい、ごめんなさいッ……。天城君……ッ」

 死にたいなら、戻ればいい。

 戻って、翔に自分の血も肉も何もかもを与えてしまえばいい。


 翔は力を取り戻す。きっと翔は「悪」を倒すとしてグレイドルから人間を守り続けてくれる。写真を撮ることしか能のない遥とはやることの規模が違う。

 手に届く者すら救えない遥とは違って――。


「戻らないと……」

 もはや、遥の中に心など在らず。


 ただ、彼を生き長らせさせなければならない。それが例え自分の命を捨てることであるとしても……。

 立ち上がり、来た道を戻ろうと――。


「どこに戻る?」


「――ッ!?」

 振り向いた先に立ちふさがる影。人間ではない気配を感じ取る束の間――


「恭へ――……」

 その名前を口に出すことは無かった。

 体を走ったのは一瞬の痛み。

 それが、自分に突き刺さる針によるものだと知るのは、遥の意識が完全に沈み切る直前であった。




      5




「人間の……血……?」

「ああ……」


 わざわざ弱点を晒すような真似をする様な事だ。D-ファクターにとって、この状態を晒すのはあまり良くない事だ。事情を知らないなら知らないままで、今後心配されるだけの方がいくらかマシだ。


「場合によるが、人一人分いる、かもしれない」

「それってつまり……」

「その場合は、俺の手で誰かを殺せってことだよ」

「そんな、事って……」


 グレイドルのくせに人間が死ぬ事に対して悲観的になる。やはり、この青年は変わり者だ。


「でも、かもしれないって言うなら、そうじゃないかもしれないって事だろ!? だったら――」

「そんな「お前の血をくれ」なんていきなり言われてどうぞって差し出すやつがいるかよ。ましてや死ぬかもしれないってのによ」

「でも、彼女が――」

「あいつか?」


 そのとき翔の頭に浮かんだ一人の少女。おそらく、この青年が思い浮かべた「彼女」

と言うものと、同一人物だ。


「お前みたいな事言ってたぜ、あいつも」

「じゃあ――」

「でも血をくれ。死ぬかもしれないっていったらどっか行っちまったよ」



 血をくれだけにとどめておけば良かったのだ。わざわざ死ぬかもしれないみたいなことをいうものだから。


――いま世界中を旅して回っていて、いろんなポートレートや情景を撮ってるの

――で、いつかは私が撮った写真だけで個展を開こうって


 そんな、生きることに目的や夢がある者ならなおさらだ。命が惜しいに決まっている。


「だからって強引にやろうなんて事も思わない」

「え?」

「お前等と同じような事なんか、出来るわけねえだろ」


 強引に人を食らう。それではまるでグレイドルだ。グレイドルとDーファクターの決して踏み越えてはならない境界線。


(こんな奴のところにいつまでもいれるか……)

 と、翔は立ち上がろうと力を入れる。

 膝、腰、足首、背中――

 立ち上がるときに使うあらゆる部位が潰れるように痛い。


「――――ッ!!」


 そのとき、自分の中の内蔵、血液が熱くなり、ググッと言う音が耳から聞こえた。


「……? どうしたんだ?」

「あ……?」

 どうしたも何も答える必要があるのか。


「くっ……!」

 痛みを堪え立ち上がる。


「お、おいっ」

「グレイドルだ……」

「え……?」

「お前よりもタチが悪そうなやつか」


 この感じ取ったグレイドル。オリジンである物とは違う。だが、そのオリジンと同等。最悪、Dーファクター並かもしれない。


「お前、助けたいんだってな」

「え……」

「つき合え、俺と」

「つき合うって――」

「俺はグレイドルを倒す。だからつき合え」

「あ、あぁ……分かった」


 最期の瞬間を迎えるその前に、せめてグレイドルがやりそうにないことをる。それが、翔の魔法の意味を与える。Dーファクターとグレイドルの絶対的な違いを自分の中に見いだそうと、翔は戦いの中へと身を投じていった




       6




 いつぐらい昔なのか。もはや、覚えてすらいない。大昔なのか、つい最近なのかさえ、定かではない。

 悲鳴と爆発。肉を潰す音と、骨を砕く音。熱い炎、息絶え冷たくなる友人。


「くっ、はぁっ……」

 その友人を絶対に離すまいと手をのばす。もう少しで手が届く。この手に、一人でも掴んでおきたいと、目一杯に伸ばす。

 が、


「がっ、ハッ――ッ」

 サクッという軽い音が二回聞こえ、次には伸ばした手に暖かい液体がピチャピチャと付いた。


「あっ……あっ、ぁあっ!」

 胸の内からどす黒い感情がこみ上げてくる。その感情に呑まれそうになり、声が震えてしまう。


 手を伸ばす先にいた人物を殺したのは――全身が灰色の何か。シルエットすらぼんやりとしていてどんな姿をしているのかさえ分からなかった。


 瞬きを一つをいれた。

 そのとき見えたのは、大きな翼。全身が羽毛に包まれ、鳥を模したような姿をした者であった。


「――ッ!」

 悲鳴を必死に押し殺す。

 背を向けてくれている。気づかれてはいけない。恐怖を必死に押し殺しながら。呼吸も音も、何もかもを殺さなければならない。

 死んだふり。

 そうして意識も何もかもを奥深くに沈め、


渡上遥の意識は殺され――


「ふん……」

 そんな夢を見ていた。

 極稀に見ることがある夢。うなされてすぐに目を覚ます。

 この前見たときはどこまで見たのだろう。そんなことを思いながら身じろぎしようとする――


「ん、くっ――!」

 足が地面に付いていない。白い粘着質のようなもので壁に磔にされている。。


 手足を動かすことも出来ない。両足は一つに束ねられ、両手は大きく広げられていた。


「ふん……ふー」

 口で息をするよりも鼻で息をする方が楽だ。それは口に大量の物体を積められていたあげくその上から手足を磔にしている物と同じ粘着質な物体で吐き出せないようにされているからだった。声も言葉も発せられない。


「んっ、くっぅ」

 何とか口に詰められている物と一緒に口に貼り付いている物もはがしてしまおうとするも、舌の力だけでは押し出せないほど詰められているのか。それとも口に貼り付いている物の粘着性があまりにも高すぎるせいか、吐き出すこともできずただくぐもったうめき声が漏れるのみであった。


「うぐ、くふっ……」

 どこかの廃倉庫なのだろうか。すこし埃っぽい。

 手足の拘束を外そうとするも遥の力では自力で脱する事も出来ない。

 口での呼吸が塞がれている分、呼吸がしづらい。先ほどのように力を込めたとき呼吸が荒くなる時は特にだ。


「ふー……ふー……」

 鼻息が荒くなり、音も明確に聞こえてくる。

「やめておけ」


 それでも、どうにか引きはがそうともがいている時に呼びかけられた。


「人間の力じゃ外せない」

「――ッ、……ッ!」

 案の定か。遥をこのような形で拘束した者。


「んぅ……くっ……!!」

「無理にやると、骨が逝くぞ」

 恭平であった。


「くっ、ぅっ……」

「そんな目で見るな。叫ばれるとこっちが困る。この辺りに隠れる場所が少なすぎるんだ。そうして体と声を止めておかないと、誰かが気づく」

「っ……」

「お前だって、人が死ぬところは見たくないだろ」

「んっ!?」


 恭平が手に巨大な爪を露わにし、ゆっくりと動かして見せた。

 あの爪なら人間の体など、人間の肉など骨などこんにゃくを潰すように破壊することが出来るだろう。


「くっ、んんっ!」

「何かいいたいのか」

「んっ、ふっん……!」


 遥はこのとき、口枷を外してもらえるのかと期待してしまった。ここで大声を出してしまえばーー


「いや、だめだ」

「んっ!?」

 無論、そんな期待など無意味だ。


「人間ならいい。だが……」

「ん……」

「あいつだけはダメだ」

 と、恭平は首を横に振り、


「あのDーファクターが来るのだけは」

「……」


 Dーファクター。それは、あの少年を指す言葉。

 そのとき、遥の脳裏によみがえる。

 この恭平を一方的に叩きのめした。拳撃、蹴撃。その全てが恭平の身体をむしばむ。最後に放った一撃はすさまじく恭平の変身を解除させるほどのものであった。

 次に浮かんだのは遥の耳元にささやかれた言葉。


――俺を助けるって事は、お前がその命を捨てるって事でいいんだよな


「んぐっ……!」

 あの悪魔のようなささやきを思い出してしまう。

 それが例え、遥を自分から遠ざけようとした言葉であっても。あの時に見た悪魔のような囁きだけは耳から離れられない。


 翔で良かった。本当に良かった、と。そして、ごめんなさい、と。そんな文字が遥の脳裏に浮かび上がる。


「あいつだけは近づかせられない」

「んぐ……っ」

「お前に良いこと教えてやる、遥」

「ん……?」

「お前を眠らせたとき、俺はあることをした」

「……」

「お前の中には今、ウイルスが回っている」

「…………ッ!」


 ウイルスといわれても、何のウイルスがさっぱり分からない。だが、何かされた。それは遥にとっては絶対に良くないことだ。


「あと数時間すればお前は……」

「……ッ」

「俺達と同種になれる」

「んっふッ……!?」


 いま、恭平は「同種」と言った。そのとき、真っ先に浮かんだのは颯太の死に際であった。


――おえ……こあ……


「んんんんんッ!!! ふっ、ふーっ!! んんんんん!!!!」

 もはや、何も考えられない。くぐもった声で叫び続ける。あんな死に方だけはしたくない。人が人の形を保てなくなる。ドロドロに何もかも溶けて、汚物となる。そんな死に方だけはしたくない。


「んんんんぁああああああ!!!!」

 口がふさがれ声もでない。泣き声さえも殺される。

「心配するな。遥」

「んん、ふぅー、ふー」


 恭平は泣きじゃくる遥の顔元まで自分の顔を近づけ真っすぐに遥の目を見つめてくる。


「じっくりだ。じっくり、お前の身体が慣れる。きっと慣れる。そして、お前は死を乗り越える。永遠の時を、俺と生きるんだ遥は」

「んんっ、ふーぅっ、ふぅっ!!」


 それはつまり、化け物。グレイドルとして一生を過ごすという事。こんな恭平や晃、自分のバイクを壊した女性の用に人間を襲って殺していく。そんな化け物に変わって生きていく。

 自分の手が、人間の真っ赤な血に染まる。


「んんっ、んぐ……ッ!」

 恭平の顔を見ながらも首を小さく横に振る。絶対になりたくない。グレイドルにだけはなりたくない。人間のままでいたい。自分の手を血で染めるのではなく、世界を写すために使っていきたい。その願いすらも時間が蝕み、壊していく。


「遥。俺はお前が好きだ。最初っから好きだ。何があっても守ってやる守って、お前は守られて俺に感謝する。俺に好かれて良かったと。俺はなにがあってもお前の姿がどれだけ醜くなっても、俺はおまえが好きだ」


 その恭平の告白すら、ただの化け物の言葉の囁きにすら聞こえない。恭平の身体から火花が散り、その身をグレイドルへと変貌させる。

 そうして恭平はその大きな爪の伸びる手で遥の頬に触れる。


「んんっふっ!!」

「お前だって好きなんだろ。俺にいつも笑顔を向けてくれたじゃないか。いつもいつも。遥の笑顔がずっと頭の中を離れないずっと、瞼を閉じたらすぐ浮かぶんだよ」

 その笑顔は違う。あれらは全て愛想笑いのはずだった。


「んんっ!! んんぅ!!」

 この爪にはどれだけの血が付いているのだろう。どれほどの血を浴びたのだろう。遥には、この爪が血染めの真っ赤な色に見えた。そんな手で、爪で、遥の頬を触れる。頬には幾多の者の血がこびり付く。そんな幻視が目に映る。


「んぐっ、くっ!!」

 その幻すらも見たくない。遥は強く目を瞑りこれは夢だと何度も頭の中で繰り返す。


 そのとき思い返す。夢だと願ったこの出来事。こんな出来事。夢であった事がない。全て現実。非情にも、無情にも、そして絶望的にも。全てが現実。


 もうすぐ、遥は化け物になる。誰かをこの手に掛ける異形となる。きっとこれからは狙われる。あの拳に、あの蹴撃に、あの赤い目に赤い光に蝕まれ、殺されるーー。


(天城君……)

 そんな死しか許されない。遥の頬を最後の涙が伝う。

 その時、


「ん?」

 恭平が遥から顔を離し、倉庫の入り口側をみる。

「ん、ふ……」


 恭平の身体が離れ、目をあける遥。何かを感じたのか。否、遥の耳にも聞こえる。バイクのエンジン音。このバイクのエンジン音は――。

 バイクのヘッドライトがちょうど恭平と遥を照らす。


「ちっ……」

「ん……っ」


 思わず、目を背ける。

 キッというブレーキがかけられタイヤが地面がこすれる音が倉庫内に響く。


「お前……」

「ああ。やっぱお前か」


 少年の声が響く。ずっと考えていた。

 自分を殺すであろう魔法使いを。

 何度も命を救ってくれた、魔法使いを。


(天城君……!)

 ずっと忘れない、その少年の姿を。天城翔を、ずっと忘れる事がなかった。




      7




 意識もバイクを繰っている間にさめてきたようだ。今は何ともない。最低限は戦える。

 翔はヘルメットをとり、遥とケツァルコアトルグレイドルを見る。


「これは……ッ!?」

 翔の後ろに乗せていたもう一人の青年は一人と一体を見ると少し驚いたように声を上げる。


「行くぞ」

「……ッ、うん」

 そうして翔は手首を振り、

 そうして青年は全身から火花を散らしてそのみをユニコーングレイドルへと変貌させた。


「ふん。俺の気配を察知したのか。お前だけには来てほしくなかったが、まあいい。今度の俺は違うぞ!」


 ケツァルコアトルグレイドルはその身から火花を散らせる。すると、全身のフォルムが大きく変わり始めた。


 全身が刺々しいほどにまで変化し、もはやなにがモデルとなったグレイドルなのか分からない。唯一その印象が残っているのは顔ぐらいだろうか。だが、その顔すらも禍々しいほどの形相となっている。


「変わった……?」

「お前……」

 翔の潜むような声がその警戒の強さを表す。


「やっぱり喰ってたのか。グレイドルを」

「んんっ!?」

 「喰う」という単語に敏感な反応を示す遥。なにも間違った言い方はしていない。


「ああ。お前にやられた後、何人かをな」

 ケツァルコアトルグレイドルは自分の身体を見回す。

「おいしくはなかったが、強くなれる実感が良かった」

「こいつ……ッ」

 ユニコーングレイドルの怒りを露わにした声。


「オリジンとDーファクター。お前等二人を喰えば、俺はこれ以上にもっと強くなれる。遥を守れる」

「んっふくっ……!」


 遥はそのケツァルコアトルグレイドルの言葉に恐怖を覚えたかのように身震いを起こし、くぐもった声を上げる。


「本人は望んでないみたいだぜ」

「いつか良かったって思うさ」

「そうかよ……」


 これはなにを言っても通じそうにない。本気で遥に惚れ込んでいるようだ。もはや病気レベルである。

 翔は呆れたようにため息を吐いて、


「ッ、ハアッ!!」

 そのままケツァルコアトルグレイドルの方へと走っていった。

「グルゥアアッ!!」

 それが火蓋であった。

「ふん……」


 ケツァルコアトルグレイドルは鼻笑いを一つ漏らし、手から伸びる大きな爪を構え、一人と一体を迎える。


「ハアッ!」

 最初の一撃を放ったのは翔であった。

 毒を伴うその拳が撃ち放たれる。


「――ッ!」

 その勢いを乗せた翔の拳を爪で受け流したケツァルコアトルグレイドルは次に襲い来るユニコーングレイドルの殺気へと向く。


「ウルルゥァアアッ!!」

 鋼鉄すらも砕くやもしれないパワーが込められた拳がケツァルコアトルグレイドルの顔面へと撃ち放たれ、


「フンッ……」

 それは寸での所で受け止められる。

「ングッ!?」

「届かない……。弱すぎる!」

「グアッ!」


 掴んだその拳を決して離すまいと力を込め、もう一方の手で腕を掴むと、ユニコーングレイドルを軽々と翔の方へと放り投げた。


「なッ!?」

 その投擲に不意を付かれたのか、翔も一瞬反応に遅れる。

 だがユニコーングレイドルの片手で受け止めつつ流すことで事なきを得、


「チッ」

 そのユニコーングレイドルを陰にし、翔もまた不意を付くようにケツァルコアトルグレイドルの方へと駆ける。


「セァアッ!!」

 撃ち放たれる毒拳。

 だが、今度は受け流すなどしてこなかった。


「――ッ!!」

 その翔の拳を体で受け止めてきた。

「ッ!?」

「フン……」

 自分の体を穿つ翔の拳を掴み、ゆっくりと手首を捻るように自分の体から離す。


「全然入ってないぞ、Dーファクター!」

 瞬間、ザクリッと言う斬裂音が響く。

「……ッ!?」

「ッ……!?」

 ユニコーングレイドルも遥もその光景に目を剥いた。


「あ……」

「そうか。お前……枯渇したままなのか」

 痛みなど感じない。だが、自分の体内を貫く異物に違和感を感じ、その異物を伝い命がこぼれ落ちる。


「クッ……」

 そうして思い至る。

「やっべ……」

「フンッ……」

「グッ、ァア……ッ!!」


 ケツァルコアトルグレイドルは爪に翔の体を乗っけるように持ち上げる。

 中身をかき乱され、潰され、翔の腹部に開いた大穴から赤い血が伝い、敵の爪を血に染め、腕を血に染め、体を血に染め――


「フンッ!」

 そんな翔の体を軽々とまた放り投げる。

「んぐっ!?」

 それがちょうど遥の足下にまで転がった。


「くっ、そ……」

「んんんぐうぐん!!」


 遥が呼んでいる。

 口が塞がれてなにを言っているのか聞き取れない。だが、自分を呼んでいるのは分かった。


 腹部の大穴からドクドクと血が溢れ出て、まるで体がなま暖かい池に沈んでいくようなそんな感じがしてきた。

 意識なんてもの、あるかないかすらも翔には分からない。


「んん、ぐぅうんんんんん!! んんぐぅうううううっ!!!」

 ついに遥は強引に自分の拘束を外そうともがきはじめた。

 そう、翔が力を取り戻す方法。それは今壁面に十字に戒められているこの少女の血を吸うこと。


 それが一体どれだけの量になるのかは分からない。

 翔自身、一度も人間の血を吸ったことがないからだ。

 この少女の血を吸えば戦える。


 だが、もう体を起きあがらせることも出来ない。翔の口は遥の肌には届かない。

 遥を戒める拘束も、どう考えても人間の力で自力に脱することが出来そうにない。


 塵になる。


 意識も、体も、心も、火花となって散っていく。

 翔の命は、風前の灯火と化した。


「んんんぅっ!! んん――グッ!?」

 その時、意識の彼方に聞こえた遥の声が不自然な形で消えた。

「――ッ!?」


 その一瞬である。

 今、グレイドルが生まれ出ようとする感覚が、翔を襲う。

 おぞましいほどの悪意にもにた感覚。

 今ここにいるグレイドルはニ体。もう一体、生まれる。


「グッ……!!」

 塵となってゆく自分の意識を一点に集める。

 たった一つの強い意志を成す為に……。

            to be continued...

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