FACTOR-1 発生(B)

       7




 雄司がファーストレディに次に連れられたのは、彼女曰く「本社」と呼ばれる高層ビルの中にある資料館であった。


「えっとぉ」

 と、雑誌や新聞紙が多数並べられている棚の中を探している。当然、雄司にはその探している物がなんなのかを知る由もない。

「あ、これこれっ」

 と、ファーストレディが取り出したのは新聞記事をいくつも綴じてあるファイル。


 そのファイルのページをめくりながらいすに座って待っている雄司の元へと向かう。


「なんだ」

「あなたに関する事よ。知っておいてもいいじゃないかしらって」

 と、ファーストレディは該当の記事が綴じてあるページを開けた状態にして渡した。

 その記事は決して大きくはなかった。紙面の一片に飾られている程度であった。


「三門……峠……」

 それは、雄司自信が死んだ記事であった。

 警察の調査からなされ、事故当時の現場の状況の検証が行われた旨が記されていた。


 向かいのトラックをかわそうと、ハンドルを切りその誤りでガードレールを突き破って崖下に落下した乗用車。その乗用車に乗っていた四人家族のうち後部座席に座っていた父、神原和馬かんばらかずまと、母、神原亜紀かんばらあきが死亡。運転していた神原雄司と助手席に座っていた妹の神原真名かんばらまなが意識不明の重体であるという、雄司が三門峠でファーストレディに聞かされていたことがそのまま記されている。


「言った事じゃないか、さっき」

「しっかり読みなさい」

 と、雄司は記事をさらに読み進めていく。

「ん?」

 少し読み進めると、トラックの運転手の勤めている運輸会社の名前に目が止まった。

「この会社は確か……」

 小高運輸と言う、その会社を知っている。


小高慎太郎こだかしんたろう。あいつが社長をしている会社だ)

 雄司にはつきあっている女がいた。この、小高慎太郎はその雄司の恋人に言い寄っていた。

 当然、事実を知っていた雄司はこの小高慎太郎を二度と近寄らないようにと釘を指していた。

 そもそも、この小高運輸と言う会社と神原和真とは決定的な確執が存在していた。


 神原和真は大手会社のスキャンダルを追いつめる新聞記者であった。神原和真の打って出た事件の中に、小高運輸もあった。

 政治家への賄賂、上層部の横領、不祥事の証拠隠蔽、先代社長が行ってきた悪事の数々は軒並み、神原和真によって暴かれ、一度社会での信用は地に落ちた。


 先代社長の息子が社長を継ぎ、父が行った悪事によって落ちた信用を何とか取り戻した。

 この事故に於いて、また信用がまた落ちるものであると思われる。

 と、記事に全て書かれていた。


「この会社、因縁深いようね。あなたと」

「ああ……」

「この小高慎太郎っていう若社長、あなたが死んだ後、神原一家の全財産を受け持ったらしいわよ」

「え……」

 そんなことなど、この記事に書かれていない。


「何でもね、残されたあなたの彼女のために使ってやりたいってことらしいわよ。せめての償いで」

「それはおかしいだろ」

「ええ、確かにおかしい。でもそうなの」

 雄司の中に一濁とした黒い感情が生まれ始めた。疑念だ。


「小高慎太郎は……」

「ん?」

「どこにいるんだ」

「そう言うと思ったわ」

 と言い、ファーストレディは――――。




       8




 最悪な気持ちだ。

 颯太が目の前で死んで、ずっと頭からそのイメージが離れない。

 日が落ちて暗くなり、若干雨の気がある空が、

 何が起きたのかすら分からない。

 警察を呼ぼうにも、どう状況を説明すればいいのか分からない。


 そこには何かがある。

 その恐怖でメンバーは散り散りとなって飲み会など当然無くなった。

 そして、遥が行き着いた所が誰もいない閑散とした場所だった。


 横須賀からは大きく外れてしまっただろう。

 遥自信、どこにいるのか見当すらつかない。

 バイクを置いて、どこに行くか決まらぬままフラフラとあたりを歩き回っていた。


――おえ……こあ――


 いつか忘れるはずだと、そう思った矢先、凄惨な光景が頭の中で繰り返される。

 そのたびに恐怖に胸が恐怖に押しつぶされ、泣きそうになってしまう。


「う、うぐっ、、」

 怖い。それだけで泣きそうになるのは一体いつ以来だろうか。子供のようだと、自信で思いつつも泣いてしまう。

「遥!」

 その状態で突然大きな声で呼ばれれば、驚いてしまうのは当然だ。


「恭平……君……?」

「どこに行ってたんだ、探したぞ」

「探したって……?」

「もう皆見つけたんだ、遥だけだったんだぞ」

「私だけ?」

「そうだ。あんまりはぐれるなよ。バラバラになると危ないだろ」

「危ないって」

「颯太みたいに、突然な事があると一人じゃどうしようもない」


 確かにその通りだ。一人ではどうしようもできない。

 だが、今は誰ともいたくない。恐怖で身が壊れそうだが同時、誰かがそばにいてほしいとも思えなかった。外でこうしていることが危ないというのならば、宿に帰って眠ってしまいたい。


「いや、いい……。もう帰るから……」

「お、おいッ――」

 呼び止めようとする恭平も無視しその場から立ち去ろうとする――。


「待てよ!」

「ッ!?」

 立ち去ろうとする遥の腕を掴んだ恭平はグイッと自分の方へと引き寄せる。


「心配してやってるんだ。せめて目に見えるところにいろ!」

 その恭平の口の強さに、遥は圧せられて言い返すことが出来なかった。


「いいか分かったか」

「……分かった」

 言い返すときに言い返すべき言葉を言えなかったため、その恭平の言葉にうなずくことしか出来なかった。

 その時、恭平の背後から見える影が一つ。


「恭平……君……ッ!」

「ん?」

 それは、人ではなかった。

「後ろ……ッ!」

「ん……?」


 そんなわずかな声すらも聞こえた恭平は、背後を振り向いた。

「……ッ!? なんだ――ッ!?」

 後に続く言葉は「コイツッ!」だったのだろう。だが、そんな暇すらも許されずその異形は二人に向かって走りだした。

 人間を超越した身体能力であるということはその速さのみで判断できる。


「ヤバイッ!」

 恭平は強く遥を押しのけその反動で自分も異形の襲撃を交わす。


 異形の速さをそのまま力へと変えられた攻撃は遥と恭平の間を割き、地面を砕く。

 吐物が出そうな、異物のようなうめき声を出し異形は遥の方を見る。明らかに、狙いは遥に向けられていた。


「逃げろ遥!!」

 恭平にそんなことを言われなくとも逃げる。

 恐怖で力が入らない膝でも立ち上がり、異形から離れていくように走り出す。


「くっ……はぁ……ッ! はぁッ――!」

 いくら走れども、

 いくら離れようども、

 異形から発せられる理由のない殺意が自分から外れることは無い。異形もまるで追い詰めるかのように、すぐに殺してしまわないようにゆっくりと近づいてきている。


 その腕一つで命が散るのだ。まるでゲームでもしている感覚であるのだろう。

「うあっ!」

 その足元には何もなかったのに――。

 単純につま先が地面に引っかかってつまづいてこけてしまった。


「いッツ……ッ!」

 起き上がろうとするが少し身を起こそうとすると、すぐ目前に来た異形に遥は腰に力を入れることが出来なくなっていた。

 こうして間近でみる異形の姿は全身が銀色に近い灰色の人型の体をしており、蟹の甲殻思わせる重殻に体全体が覆われた見た目をしていた。


(嫌だ――ッ! 死にたくない。まだ、死にたくないッ!!)

 何とか立ち上がろうと膝に力を入れるが、まるで小鹿の様にすぐにガックリと崩れてしまう。

「イヤ……ッ! 誰か――ッ!」


 助けを叫んでも誰も来ない。

 来たとしても助けにならない。

 胸を押しつぶす恐怖が遂に抑えきれなくなって、涙が出てきた。


 同時、バイクの強いエンジン音がこちらに近づいて――。

「えっ……」

 突然、異形がそのバイクに轢かれた。

 バキッと言う骨が砕けるような音ともに突き飛ばされた異形は数メートルほどのところで地面を滑走し、それでもなお立ち上がって呻き声を上げて殺意を起こす。


 だが、その殺意は遥には向けられることは無く自らを轢したそのライダーに殺意を向けていた。

 そのライダーはヘルメットを外し、ふぅと一息ついてその異形を見据える。


「君は……」

 そのライダーを、遥は知っていた。見たことがある。そのライダーは、あの定食屋で確かにそう呼ばれていた。


(翔……)


 そのライダーの名前が思い浮かべども、遥は呼ぶことが出来なかった。

「下位種のグレイドルか……」

 翔はその異形を見て、グレイドルと呼んだ。


(グレイドル……?)


 当然聞きなれない単語であった。ゲームの敵にでもつけられそうな名前である。

 そのグレイドルと呼ばれた異形は翔に殺意を向けて、

 今度は遥とは違って全速力で襲いかかっていった。


「翔君、逃げて!!」

「…………」

 その遥の声が聞こえているのかいないのか分からないが、翔は逃げるそぶりすら見せず無防備とも呼べるような、両手をダランとして力を抜いた感じで構えていた。


 明らかに撃退しようとしている様にしか見えなかった。武器でも持っているのだろうと思ったが、ならば構える時に出すはずである。


 速度をそのまま力に変えたその拳を振り下ろし、翔を叩き潰そうとする。

 その腕の速度も視認不可能だ。見えても目を瞑って――――


「ハアッ!!」

 その襲撃を視界に捉え、無防備となった懐へと拳を叩きつけた。


 たかだか普通の拳撃が、重殻に纏われたグレイドルに突き刺さった。かの様にグレイドルがもがきながら後退していった。

 翔は拳を打ち放った方の手首を一度振り、今度は翔の方からグレイドルへと歩き近づいて行く。


 ダメージによる苦しみが抜けたのか、グレイドルは吠えながら翔へと駆けてきた。


「ハア!」

 だがグレイドルの攻撃は翔の拳に再び阻まれる。

 骨を破砕する音。

 翔の拳撃、蹴撃から破砕音。

 グレイドルに休憩する暇を与えない翔の連撃が炸裂しつづける。


「オラアッ!!」

 攻撃を続ける翔のほうが若干疲れたのか拳を突き刺した後思いっきりグレイドルを蹴飛ばし――――。


(あ……)

 その時気づいた。

 翔が拳や蹴りを受けたグレイドルの箇所に、赤い光が入り込むように溶けて消えていっているのだ。

 グレイドルが態勢を立て直す前に、と一息ついてまた手首を一度振る。


 だが、翔によって蓄積されてきた攻撃のダメージがあまりにも大きかったためかグレイドルはそのほんの暇の間で態勢を取り戻すことが出来ず、逆に翔のリカバリーが終わってしまった。


 ならばと、翔はグレイドルが態勢を戻す前に追撃を加えるべく駆け寄り、少しかがみ目になっているグレイドルの頭部にスピードの力を加算した膝蹴り喰らわせた。

 態勢を立て直すことが出来ずそのまま完全に地に伏せられたグレイドルのうめき声はもはや悲鳴のなり損ないのように聞こえてきた。


 一方的に蹂躙する翔が手を止めるわけがない。

 倒れたグレイドルにのしかかり、拳を叩きつけ、頭部を掴んで地面に叩きつけ――。


 それはラフファイトを思わせるような戦い方であった。

 だが、そのままやられっぱなしと言う事ではなく、グレイドルはその足で翔の背中を蹴り、

「グア――ッ」

 突然の攻撃に翔はグレイドルの体から引き剥がされた。

「ッのヤロ……」

 翔は舌打ちを打ってすぐさま態勢を立て直して手首を一度振る。


 すぐさまグレイドルが立ち上がりうめき声を出しながら構え、翔が動き出す前に攻撃を仕掛けてきた。

 だが、その攻撃はあまりにも直線的すぎる。

 目で攻撃を捉えることが出きる翔にとって、身を屈めるだけで振り回された腕をかわし――――


「ハアッ――!」

 裏手で拳をグレイドルの背中に叩きつけた。

 グレイドルが攻撃を受け、

 その振り向き際に再び拳を突き刺して、さらにもう一撃加えて突き飛ばす。

 距離をあけられたグレイドルはもう一矢でも報いようと吠えながら、腕を振り上げて翔に襲い来た。


「ハアッ!!」

 だが、グレイドルの攻撃が翔へと届くことはなかった。

 翔がもう一歩踏みだし、グレイドルの懐に横蹴りを打ち込んだ。

 鈍い破砕音が響き、その瞬間グレイドルの動きがピタリと止まった。


 力が抜けたような声をだし、グレイドルは自分の体になにが起こっているのか分からないと言う表情を見せ、瞬きを一つ。

 翔はため息にもにた息を一つ。

 その後で足を下げてグレイドルに背を向けて離れていった。

 同時、グレイドルは体から火花が飛び散り、まるで紙が燃えて消えていくかのように消滅していった。


(倒したの……?)

 今度は、今ある現実に立ち上がることができなかった。

 翔がこちらに近づいてきても立ち上がることができなかった。

 この、胸を締め付けるのはなんなのだろうか、と、その瞬間に解決した。


(恐い)


 恐怖であった。

 今度は自分が殺されてしまうのではと、遥は目を瞑った。

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