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「ええ、はい」

「北国からお越しですか、だというのに、お召し物が相当薄地でいらっしゃいますが。やはり寒い地方の方は寒さにはお強いのですか?」

「ああ、いえ。これは、変装みたいなものでして、いつもはもっと着込んでます、なにしろ極寒の地ですからね」

「変装?ということは本日はお忍びでこちらに?」

「お忍びというか……魔王がその辺ぶらぶら歩きまわるわけにはいかないじゃないですか」

「それは、ごもっともです」

「普段、僕は仮面を被っているんです。他に氷魔の毛皮に、ドラゴンの鱗の鎧、水牛の角、帝王のマント、アイスケルベロスの牙から削り出した大剣を装備していまして。全身ガッチガチに武装しているので、装備外した素の状態だと殆ど誰にも気付かれないのです」


 なるほど、その装備をくっつけると、大道芸人さんがあっというまにファミコン時代の魔王になるというわけですね。


「ですが、魔王であるあなたが何故このような所に」

「辞めたいんです魔王を、どうしても」


 今までに小声で話していた彼が、大声とはいかないものの初めて覇気のある声を出したのがその時でした。


「ま、まあ。時間はたっぷりあります、ご希望に私も添いたいところですが、貴方様のご職業は大変特殊であり、またレアなものです、なりたいと希望しても誰もがなれるものでは御座いませんし。手放された後もう一度なりたいと思ってもなれるものでもないですし、それでお客様が後悔されてしまうのも私は心苦しい。こちらではカウンセリングも行っておりますので、まずはお話だけでも聞かせて頂けませんでしょうか。そうすることで、ああやっぱり転職辞めますっていう方結構いらっしゃいますから」


 契約したあとに、やっぱり戻してという方もまた多いのも現実です。

 一応、記載はしてあるのに、契約書を流し読みするお客様は後を絶たないんですよね。


「そう、ですか……でも変わらない気がしますけど」

「まあそう仰らず。最初のカウンセリングは後の職業紹介の参考にさせて頂きますから」


 気が進まなそうだった彼は、小さく唸って、あんまり笑わないでくださいね傷つきますからと小さく告げると、語り出されました。


「正直に向いてないんですよ僕、魔王なんて重すぎる」


 まあ、この強面に一人称が『僕』の魔王はそうそういないでしょうが。


「ですが。履歴には魔王歴20年と書かれていますし、随分と長くやっていらしているじゃないですか、大概長くて十年そこらですよ?魔王なんて勇者に倒されたら自動的にリストラになっちゃいますしね」


 基本、勇者に倒されずにいれば、本人が辞めない以上ずっと続けていられる。というのが『魔王』というジョブの特徴であり、他にも勇者が不定期で挑んでくる為、不在は絶対回避しなければなりません。ですから好きな時に外出ができないのがネックな職ですが。その点、魔族の王だけあって、王都の王様と似たような扱いにはなりますから、色々と楽はし放題。

 村を焼き払うもよし、金品巻き上げるのもよし。刺客を放ったり、勇者一味の仲間を洗脳するもまたよし。魔王の醍醐味です。

 人間の王様ならば、反乱分子だとか戦争だとか面倒ごとが起きますが、まあ大体の悪事は「魔王だから」で済まされます。

 玉座に座ってるだけで食いっぱぐれないし、ある意味で勇者より自由度の高い職だったりするのです。

 だから最近は、魔王の座欲しさに首を狙う下衆な勇者も続出しているようです。

 魔王は継承か倒されない限り魔王でいられますが、勇者は魔王を倒したら、人々の注目度は下がる一方です。お笑い芸人みたいなものですね。

 安定しているようでエンディング迎えたら路頭に迷いやすくなるのが勇者の最大のデメリットなので。

 それとくらべると魔王は、上手くすれば比較的安定職と言えますでしょう。


「よく知ってますね」

「なにを仰います。ありとあらゆる職を知り尽くすのが、私、職業紹介人ジョブナビゲーターなのですから。と……少々話が逸れてしまいましたが。自身の強さによって保たれる『魔王』のお仕事に、二十年以上も就かれているヴァルヴァロイ様には、不向きではないかと思っております」

「二十年って言ったって、そこまでたいしたことできていないんですよ」

「謙遜してはいけませんよ、パラメーターは魔王の平均以上、装備も言うことなしにチート級。勇者挑戦回数78回。最深部到達チーム数12組。立派なラスボスじゃないですか、素晴らしいことです」

「いや、あの……」

「勇者にトラウマを植え付けてこそ魔王なのですから、なにも向いてないなんてことは」

「いや……それ、違うんですよ」

「……違う……と、いいますと?」


 小さく首を傾げる私に言いづらそうにお客様は眉間に皺を寄せる。


「誤解なんです。人には『極悪非道の魔王』だとか『氷の帝王』だとかって恐れられていますけど。ほんとうにたいしたことしていないんですよ、僕。魔王の宿命として城で勇者を日々待ってはいますが、……魔王城は辺鄙へんぴな土地にあるので、討伐対象にする勇者が、もうお世辞も言えないくらいに少なくて……、訪れても年に何人来るか来ないかなんですよ。来たとしてもだいたい中層のアイスケルベロス(レベル992)にやられちゃうか、凍結トラップでみんな全滅しちゃうんです。それに途中で諦めて退場する人達も多くて。だってなにせ、寒いから、暖房とかストーブとか焚きたくなるぐらいの寒さなんですよ城内は。僕なんてそのせいで冷え性になっちゃって……」

「冷え性ですか」

「対凍結装備と、時間制で切れる凍死対策アイテム揃えるのが面倒だって言って、帰られたことなんてしょっちゅうですから……結構辛いんですよそういうの、待ってる身としては」

「それは、お辛いでしょうね」

「だから、頑張って最上階に来てくれた時は、両手を挙げて出迎えてあげたいくらいの気持ちなんですよ。まあ……そのまま倒されるのは部下に叱られるんで、勇者の人達には退場してもらうんですけど……」


 でも、と。相槌を打とうとした私の声を遮って、彼はそのまま話を進める。


「年々チャレンジャーが減っていってるのは目に見えてわかるんですよ。だから最近じゃ村興むらおこしならぬ魔王城興まおうじょうおこしとして、ビラを配ったり、密かに帝都なんかにお土産のお饅頭を置かせてもらってるんです」


 お饅頭って、まさか。


「魔王城まんじゅうですか!?冷やすと美味しい、ケルベロちゃん印のあれですか!?」


 キャッチコピー、『凍えるウマさ……!!』の、あれ!?

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