長門有希のカクヨム

 驚天動地だ。あのオレオを書いたのが長門だって? 言葉を失った俺を、瞬きを2,3度する程度の時間見つめると、長門は画面に向き直って、

「涼宮ハルヒは、ランキング上位に入るような作品を書けといった。アルゴリズム上、長編より短編が有利。よってできるだけ文章は短く、かつ最も効率的な文章を統計的に判断して書き上げた」

 なるほどそれでこうなったのか。実際にはネットユーザーのおもちゃになっていただけのようにも見えるが……

「読者受けを狙ったSFを書くという目的は果たした」

 と言う長門の声はどこか誇らしげにも聞こえた。長門、無感情に見えて意外と読者受けという言葉を気にしてたのだろうか。


「なるほど、長門さん。やりますね。これは長門さんの作品だったのですか」

「そう」

「でも、涼宮さんはこの作品のことを快く思っていませんよ」

長門は軽く頷くと「把握している。当初の目的は完了した。涼宮ハルヒが不機嫌になるのならば、この小説は消すべき」

 たった三文字の作品を小説と言い切るのか。長門、中々の感性を持っている。だがその次の言葉はさらに場を混乱させるものだった。


「でも、消せない」

 長門は作品の編集画面から、削除ボタンをクリックしてみせた。画面遷移が行われるが、表示されるのはまた同じ画面だ。RPGの強制選択肢の様に堂々巡り。消去することが出来ない。

「どういうことだ長門?」

「もしかして……」朝比奈さんが恐る恐る口を開く「去年もあった……」

長門はこくりと頷くと

「そう。局地的非侵食性融合異時空間が複数発生している」

 思い出した。あのカマドウマだ。去年ハルヒが書いたSOS団のシンボルマークをきっかけに情報統合思念体の親戚だか知り合いだかがネットワークを通じて増殖を開始し、コンピ研の部長が不幸にもそれに巻き込まれて、その対応に追われた事件があった。それがまた起こっているっていうのか。

「小説を書いた時、私の中の要素の幾つかを、彼らがコピーしていった。それに気が付かなかったのは、失態」

 まあ、ついこの間までわけの分からない連中と戦っていた後遺症もあったのだろう。いくら長門でもあれほどの負荷がかかれば、ミスの1つや2つあっても不思議ではない。

「それで……対策は?」

「協力して欲しい」長門はそう、古泉を見つめていった。

「前回とほとんど同じ。今回私は対処出来ない。なぜなら私の複製が一部含まれているから。貴方の力は前回と同じように使えるはず」

 古泉は心得たとばかりに頷くと

「任せておいてください」と片目をつぶってみせた。


 その言葉が終わらないうちに、長門はあのテープの早回しみたいな音で何かを囁き、目の前の光景はたちまちのうちに変化を遂げた。


 オレオが世界を占領していた。

足元には大量のオレオ、空には幾千ものオレオが群れをなして飛んでいる。円環状に接続されたオレオの一団が、西部劇の枯れ草の様にオレオ平原を転がっていく。

 あそこに見えるのはオレオ山脈だろうか。流れ落ちているのはオレオ滝なのだろう。目に映るもの全てがオレオと化した世界がそこには合った。

 圧倒的なオレオの圧力に呆然と佇んでいると、

「きた」と長門が言い、直後その言葉通りにオレオの大地を割って巨大なオレオが姿を表した。

「あれが、今回のターゲットというわけですか」古泉はすでに赤い光球を出現させている。以前見たものよりかなり大きくなっている様子だ。


 今度の敵は中々しぶとく古泉の光球を何発も当てなければ沈黙しなかった。

 その間、俺達をめがけて大量のオレオが津波のように押し寄せ、長門がまた早口で何かを唱えてそれをガードし、朝比奈さんは小動物の様に震えながら俺にしがみついていた。ていうか、長門。なんで俺たちを連れてきたんだ? 古泉だけでいいじゃないか。長門のミステリアスな表情から、その意図は読み取れなかった。

 長引いたといえばそうなのだが、所詮はオレオ。古泉の光球が当たるたびに、黒いクッキーの表面は細かく砕けて消えていく。段々と小さく削られていくオレオの、最後に残った部分にバレーのスパイクのような一撃が当たるとオレオは完全に塵と化し、同時に世界そのものも微細な粒子となって、消え失せていった。

 気がついた時にはいつもの部室に俺たちはいた。

「感謝する」と長門は告げると、その白い指先で削除ボタンを押した。



 オレオの妙に多い評価数は、あのカマドウマが以前やったように多くの人間にリンクを貼らせ、それで増殖を行うという手法から生み出されたものだったらしい。一般人から見れば今回の件はただ単純にランキングから除外されたように見えることだろう。その裏に宇宙人製の有機アンドロイドが暗躍していたという事実は、SOS団以外の人間が知る必要はない。


 俺達の懸念をよそにハルヒの機嫌はひょんなところで回復した。鶴屋さんの冒険小説が投稿からしばらくして評価されてきたのだ。まああれは本当に天才のしわざと言っても良い出来だったから、評価も当然のことだとは思うが。その作品がランキングの一位を取った所で、どうやらハルヒの熱は冷めたらしい。古泉の機関がまたハルヒの退屈を紛らわす為の仕込みを投入し、一月も立たないうちに、俺達はウェブ投稿サイトのことなんてすっかり忘れていた。


 しかし……俺は窓際に座り、以前と同じように本のページを捲る長門を見て思う。こいつにも微妙だけれども感情が存在していることを、俺は一年に渡る経験で知っていた。だから今回の件も、ひょっとすると……長門は誰かに褒めて欲しかったんじゃないだろうか。この人形の様に無表情な顔からは図り取れない部分に、一般受けする小説という奴を書いて見たいという欲望があったんじゃないのか。その気持ちに、あのカマドウマモドキが乗っかって、今回の件を引き起こしたのではないだろうか。

 その証拠にオレオは完全に消えていない。消去ボタンを押したのは俺も見たのだが、どうもランキングから外されただけのようで、今でも検索するとこの無口な宇宙人製アンドロイドが打ち込んだ文字列が画面にちゃんと表示される。

 自分の作った「作品」を消したくなかったのか? 長門さんよ。

 それを確かめることはできないが、あの件があった後も長門はちょくちょくPCを開いてエディタに何やら打ち込むという作業を突発的に行っていた。

「なあ、長門」勇気を出して聞いてみる。


「お前、また何か小説を書いて投稿していたりするのか?」

長門は本から目を上げてじっとこちらを見ると、薄い唇を僅かに開いて


「ひみつ」とだけ言って元の姿勢に戻った。

風に揺れるカーテンの影の悪戯か、それとも本当にそうだったのか、俺には長門の口元がほんの少しだけ微笑んでいたように見えた。

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涼宮ハルヒのオレオ 太刀川るい @R_tachigawa

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