第二話 超人たち

 第三次世界大戦がどのような武器を使って戦われるかはわからないが、第四次大戦ではおそらく棍棒と石を使って戦われるだろう。

               ――――アルベルト・アインシュタイン


    *


 リヒトニア共和国首都ベアレンシャンツェにある大統領執務室――。

 ベアレンシャンツェ――『熊の砦』という意味らしいが、どうしてそういう名称が付いたのかはよくわかっていない。

 まぁ、地名ではよくあることだ。


「大統領、アルテニアはベアレンシャンツェの目前まで迫っているのですよ!」


「このままでは首都が火の海に成りかねません……」


「もう、降伏に応じるしか……」


「大統領……ご決断を!」


 被害の拡大を恐れた休戦派が大統領に対して降伏を訴える。


「決して屈してはならない! 決して、決して、決して!」


 リヒトニアの敗戦色が濃くなってもなお、大統領は徹底抗戦を唱えたが、最終的に彼は休戦派に屈して辞職してしまった。


 一九四〇年六月十六日――リヒトニアはアルテニアに降伏し、傀儡政権が樹立された。そして、それによってルッツを含め、多く人々が外国へと亡命していた。


 リヒトニア軍のヴィルヘルム将軍はダリア共和国にて亡命政権【自由リヒトニア】を樹立、ダリアやアバロニアはこれを支持し、自由リヒトニアの軍には多くの志願者たちが集まっていた。怪我の治ったルッツも当然、これに参加していた。


「伝説の失楽園みたいですね。知恵の木の実を食べちゃった人が多いんですかね(笑)」


 とヴィクトリアは皮肉を言った。

 かつてすべての人間の祖先たる一組の男女は禁じられていた知恵の木の実を食べてしまったために神の怒りを買い、地上の楽園エデンの園を追放されたという伝説――。

 ヴィクトリアはあらゆる言語を速やかに習得でき、書物を読むのも異常に速く、いつの間にか様々な知識を得ているのだ。


「なるほど! リヒトニアの科学力が進んでいたのは知恵の木の実をさらに食べたおかげだったのか!」


    *


 ルッツはケーニッヒ大佐に呼び出されてヴィクトリアとともに彼の執務室にやってきた。


「ルッツ・クレム少尉、参りました」


 ヴィクトリアの正体はごく一部の者以外には伏せられ、表向きはルッツ付き下士官として扱うこととなっている。もっとも、正体不明と言ったほうが正確だが――。


 ということでヴィクトリアも軍服を着ている。

 ルッツはヴィクトリアの『愛玩用』という自称はすっかり無視して兵器か兵士として認識していた。

 ちなみに自由リヒトニア軍はダリア軍の軍服を供与されている。


「やぁ、クレム少尉。私はディートハルト・ケーニッヒ大佐だ」


 ケーニッヒ大佐はルッツを出迎えた。表情はにこやかだがどこか底に秘めた鋭さを感じさせる男だ。

 彼はワインボトルとグラスを手に取ると、


「ダリアの葡萄酒ヴァインだ――飲むかね?」


「いただきます。ヴィクトリア、おまえは?」


「私は火酒ウォッカで」


 火酒――アルテニアでよく飲まれている穀物から作られる蒸留酒だ。蒸留しているのでアルコール濃度が高い。


「こいつにも同じ葡萄酒ください」


「えー⁉」


 もちろん、敵国民の好物をあえて頼むというヴィクトリアなりの冗談だ。

 イッツ・ア・アンドロイド・ジョーク! HAHAHA!


「うむ」


 ケーニッヒ大佐は三つのグラスにワインを注ぎながら、


「さて、本題だが――君は新しく設立される特殊部隊へ志願しているのだったな?」


「はい」


 特殊部隊――つまりは少数精鋭で破壊工作や情報収集などの任務行う作戦のための部隊である。

 これは西方同盟(ダリアやリヒトニアとその同盟国)が数で有利な東方同盟(アルテニアとその同盟国)に対する戦略だ。

 何を隠そう、この特殊部隊を考案したのがこのケーニッヒ大佐なのである。

 これ対してヴィクトリアは、


「え、そうなんですか? 危なそうですからやめましょうよー」


 基本的にこの機械人形は主人が危険に合うことを嫌うようにできているらしい。


 だが、彼女は主人の意図を無理に変えることはできないし、彼女の主人はルッツ・クレムという生粋の軍人なのだ。


「それなのだが、君にはではなくに配属しようと思う」


「何言ってんだこいぐへらっ」


 暴言が言い終わらないうちにルッツの拳が飛ぶ。


 しかし、ヴィクトリアはケロッとしている。逆に殴ったルッツの方が痛い。


「ど、どういう意味でしょうか?」


 ヴィクトリアの暴言はともかく、ルッツの混乱はもっともだ。


「九月五日付で新たに極めて小規模な部隊を設立する。自由リヒトニア軍への志願者の中からおもしろい人材を四人ほど見つけたのでね。まとめて君に面倒を見てもらう」


「おもしろい人材……?」


 ルッツはちらりとヴィクトリアを見た。


「アンドロイドを他にも見つけたのですか?」


「いや、こちらではっきりと把握しているのは『ヴィクトリア・リースフェルト』と名付けられた彼女のみだ」


「……」


 はっきりと把握しているのは――気になる表現だ。


 確かに、あの『魔女』の正体は機械人形だったとしてもおかしくはない。


「いやあ、驚いたよ。今回見つけたのは人造人間ではないが、いずれも極めて優れた能力の持ち主たちだ。これを見なさい」


 ケーニッヒ大佐はルッツにファイルを手渡す。


「えーっとまずは、『ラルフ・ブロイアー――幼少期より明端あけば皇国に長期滞在、現地の古流剣術【東雲しののめ流】を習得しており、鋼鉄すらも両断できるほどの達人』……達人っていうレベルじゃないですね。本当に可能なのですか?」


「またまた~。人間にそんなことできるわけないじゃないですか~」


「私も見たが本当だった。手品でできるようなものじゃない。近接戦闘CQCの訓練では誰も相手にならんかった。ある一人を除いて――」


「ところで、ヴィクトリア。『人間に』ということはおまえはできるのか?」


「無理ですね。愛玩用に何を期待しているのですか? 戦闘用なら可能かもしれませんが」


「戦闘用? 何それ欲しい」


「えーっ」


 ヴィクトリアが抗議の声を上げるが、ルッツはそれを無視して、


「『ハンス・ヴァイスマン――民俗学者。研究のために大華たいか共和国に十年もの長期滞在をしていたがそこで奇妙な拳法【仙空道せんくうどう】の修行を行う。超常的な力、【チー】の扱うことができるとのこと』……何ですか、これ」


「すごいだろ?」


「そんなオカルトあるわけありませんよー」


「おまえの方がオカルトだぞ」


 ヴィクトリアのツッコミに対して、ルッツは無慈悲なツッコミで返す。


「十分に発達した科学は魔法と区別がつかないって、どっかのエロい人が言ってました」


 ヴィクトリアが本当かどうかもよくわからない知識を自慢げに披露する。


「彼は触れもせずに人を吹っ飛ばした。さらに水の入ったコップを持つだけで中身を沸騰させたりに凍らせたりすることもできる。君も体験するといい、世界は広い」


「東洋の神秘というやつですか……」


「うむ」


「そんなんで片付けちゃっていいんですかー?」


「今はそれで片付けないと、先に進めないんだよ!」


「クレム少尉はわかってるね」


「恐れ入ります。しかし、大華たいか共和国ですか……あそこも明端皇国と戦争していたり、軍閥とかいろいろ面倒なところですね……」


「まぁ、世界中で争いの種は尽きん」


「えーっと、次は……『マリー・クルーゲ――猟師として生計を立てていたがアルテニア軍の侵攻で自分の村が焼き払われ、復讐のために軍に志願。家族同然としている犬と共に戦うことを希望している。狙撃手として異常なほど高い適性を見せる』……まぁ、『異常』という表現が使われていますが、今までよりは普通ですね。狩猟犬――残された最後の家族ということですか。軍隊はそんなに融通が利かないですからね。そもそも、家族は同時全滅を防ぐために別配属が基本ですが……」


「彼女は奇妙な証言をしている。炎を操る『魔女』を見たと……」


「『魔女』……」


「ああ、君と同じだな」


「……次は……『ヴィクトル勝利者――牧羊犬シェパード。マリー・クルーゲが飼っている狩猟犬。雄。マリーは家族同然に大事にしている。嗅覚や運動能力は極めて高いが、飼い主であるマリー以外の言うことは聞かず、他者に対して極めて凶暴である。猛犬注意アハトゥング・フント!』……なにこれ?」


「書いてあるとおりだよ」


「……その次、『ヴィクトリア・リースフェルト――『超古代の愛玩用人造人間アンドロイド』。陸軍のルッツ・クレム少尉によって偶然発見される。人間でないことは確かだが謎が多い。超人的なパワーを持つ』」


 ルッツは隣のヴィクトリアをちらっと見る。


「何かもっと他に書くことなかったんですかー? 可愛いとか可憐とか美しいとか」


「俺たち軍人だからな、力こそ正義だ」


「えーっ!」


「準備期間に三ヶ月を予定している。部隊の名は【亡霊部隊】だ。亡国にはぴったりな名前だろ?」


「亡霊部隊……」


 ルッツは噛みしめるように新しい自分の部隊の名前を呟いた。


「少数精鋭の神出鬼没な部隊。そしてこれがその部隊章だ、君が配りなさい」


 ルッツが受け取った部隊章にはデフォルメ化された白い幽霊ヴァイス・ゲシュペンストが描かれていた。


「了解しました」


 ルッツは六個の部隊章を受け取る。そのうちひとつは犬用の首輪だ。


「あと、君は今日から大尉だ」


「え、大尉ですか⁉」


 突然の二階級の昇進である。


「独立性の高い部隊だからそれなりの権限が必要だろう」


「わかりました」


「以上である。他に何か質問は?」


「なぜこの部隊を私に?」


 ケーニッヒ大佐はヴィクトリアを横目に見ながら、


「一人はすでにだからな、調度いい」


 ルッツも隣のヴィクトリアをちらっと見る。


「しかし、私には超能力はありませんが……」


「代わりに士官教育を受けている。この四人と一匹の中に士官学校を出た者はいない」


「……わかりました」


「他には?」


「ありません」


「では、下がりなさい」


「失礼します」


 ルッツとヴィクトリアは敬礼をして部屋を出た。


    *


 ルッツとヴィクトリアは基地近くの森を訪れた。


 ケーニッヒ大佐によるとラルフ・ブロイアーはよくこの辺りにいるらしい。


「あっちに人間らしき反応があります」


「おまえ便利だな」


「そんな……都合のいい女だなんて……」


「この人形はいちいちボケないと気が済まないのか……?」


 ルッツはわざとらしくヤレヤレという仕草をする。


「私なりの愛嬌ですよ」


「そうかい」


 しばらく歩くと、長身で力強さを感じさせる男を見つけた。

 かつて明端皇国で使われていたという片刃で反りがある刀剣――サムライソードを持っている。

 間違いない、ラルフ・ブロイアーである。


 ラルフは刀を抜くと、


「でやっ!」


 と一閃――直径三十センチメートルはある樹を切り倒してしまった。


「見事なものだな……」


 超人的な技術に思わず賞賛の声が漏れる。


「お主は……」


「俺はルッツ・クレム少尉。あんたの隊長になった。こいつは隊員のヴィクトリア・リースフェルト」


「拙者、ラルフ・ブロイアーでござる」


「その剣術は明端皇国で習得したのか?」


 明端皇国――東洋アジアのそのまた遙か東――極東の島国だ。


「左様でござる。拙者、父が商社に努めている関係で明端皇国に長期間住んでおり、幼くして【東雲しののめ流】という剣術の流派に出会ったのでござる」


「なるほど……。それでそのサムライソードは明端から持ち込んだものなのか?」


「その通りでござる。鉄を斬る剣――【斬鉄剣】と呼ばれているでござる」


か……すごい名前だな」


「正確に言えば、明端皇国の刀は鉄パイプくらいは切れるものでござる」


「そうなのか⁉」


「ただし、この【斬鉄剣】は鉄塊でも斬ることが可能であり、その上で完全な整備不要メンテナンスフリーでござる」


整備不要メンテナンスフリーというのは?」


「錆びないでござる。刃こぼれしないでござる。血糊で切れ味が鈍らないでござる」


「どうなっているんだ……⁉」


「この刀はいろいろと謎が多いでござる」


「そんな得体の知れない物をよく使う気になるな……」


「ははは、実際に握ってみれば、信ずるに値するかはわかるものでござる」


「そうなのか……」


「真の達人ならば、ただの紙切れであっても鋼鉄を切断することが可能らしいのでござるが、拙者は未熟ゆえ、この様な優れた刀に頼らなくてはならないのでござる」


「そ、そういうものなのか……。ところで、その名刀じゃなくてもさっきの樹ぐらいは斬れるのか?」


「可能でござる」


 ラルフは平然と言う。


「ヴィクトリア、それを」


「はいはーい」


 呼ばれたヴィクトリアは持っていた二本のサーベルの内、一本をラルフに渡した。


「普通の軍用サーベルだ。片手持ちだが大丈夫か?」


「問題ないでござる」


「ではまずおまえからだ、ヴィクトリア」


「――いきますよー」


 ヴィクトリアは樹に向かって斬りかかるとサーベルは根本から折れてしまった。


「あれー貧弱な武器ですねー」


「ふむ……パワー速さスピードは見事なものでござるな。しかし剣術とはそういうものではござらぬ」


「なんか機械人形らしいぞ」


「なるほど、先程から違和感を覚えていたが、絡繰からくり人形なのでござるか。これが最先端科学テクノロジーの力でござるな!」


「いや、超古代の遺物らしい」


「なるほど、わかり申した」


「随分簡単に納得するなぁ……」


「ある意味、正体不明の遺物には慣れているんじゃないですかー?」


 もはや、正体がどうとか言ってる場合ではない。


「次はラルフの番だな」


 ラルフはサーベルを構えると、


「それでは拙者が……せやっ!」


 樹は安々と倒れ、切断面は滑らかだった。


「なるほど。これが東洋の神秘というやつか、頼もしいじゃないか!」


「恐れ入るでござる」


「ところで、あんたはどうして志願を?」


「祖国の危機でござるからな。それに……」


「それに……?」


「試してみたいのでござる」


「試す?」


「重火器全盛の現在でも剣術が通用するのか。それも大勢の敵に」


「剣術はともかく、あんたとその【斬鉄剣】は通用するかもな。ようこそ、亡霊部隊へ。そしてこれが部隊章だ」


 ルッツはラルフに部隊章を手渡した。


    *


 川縁で読書をしている男を見つけた。


「ハンス・ヴァイスマンだな」


 男は立ち上がって振り返る。


「はい、その通りですが……あなたは?」


 全体的に知性を感じさせる面持ちと落ち着いた声、丸縁眼鏡はさらにその印象を強める。


「俺はルッツ・クレム少尉。あんたは俺の隊に入ることになったらしい。こっちは隊員のヴィクトリア・リースフェルト軍曹」


「これはこれは、よろしくお願いします、隊長さん。ところで、そのリースフェルトさんは何者なのですか?」


「どういうことだ?」


 虚を突かれたルッツが驚く。

 ヴィクトリアは見かけは普通の人間と変わらないはずだからだ。


「人はもちろん、あらゆる生き物には【チー】という不可視のエネルギーを持っており、それを私は感じ取ることができます。しかし、その人からはそれが全く感じられない。完全な【チー】のコントロールができるのですか?」


「ふむ、このヴィクトリアは機械人形らしいんだ」


「見た目には人間にしかみえませんが。どの国がそれほどのレベルのものを?」


「いや、全くわからん」


「そんな得体のしれないものをよく入隊させましたね」


「得体が知れないと言えば、【チー】とやらも同じだが」


 この部隊は『得体の知れないもの』だらけだ。

 だがそれでいい。普通にはありえないはずの部隊だから敵に有効なのだ。


「まぁ、知らない人にとってはそうかもしれませんね」


「まったくですー」


 とヴィクトリアも同意する。


「ただ、『チー』という言葉を使わなかったり、意識していないだけで使っている人は身近にもいますよ。あのサムライソードの方とかね。明端皇国の言葉では『キ』と呼ぶらしいですね」


「サムライソード――ラルフか。それで、ハンスはそれを【仙空道】という格闘術の修行で扱えるようになったのか?」


「はい。ただし【仙空道】は格闘術ではありません」


「どういうことだ?」


「【仙空道】は不老不死を目指す『道』です。今までに本当に実現した人がいるのかはわかりませんが……。ただ、その過程で得たものを戦闘にも応用できるというだけのことです。死なないためには他者に殺されないことは重要ですからね」


「なるほど、せっかくだからちょっと体験したいのだが。ちょっと俺に向けて使ってみてくれないか? もちろん、ほどほどでな」


「……わかりました。地面もそこまで硬くはなさそうですし調度良いでしょう。ではいきますよ」


「おう!」


「はっ!」


 ハンスは掛け声とともに平手をルッツの方向へ突き出すと、ルッツは触れられてもいないのに吹っ飛んだのである。

 ヴィクトリアがとてつもない素早さで動き、ルッツを受け止める。


「これが【チー】か、驚いたな……」


「いや、私もリースフェルトさんの動きには驚きました」


「では、ハンスにもこれを渡しておこう。ようこそ、亡霊部隊へ」


    *


 ――森の中に銃声が響く。

 ダークブランのショートヘアーに琥珀色の瞳の女――マリー・クルーゲ――に狙われた、その時点でこの兎の運命は決まったも同然だった。

 周囲の環境に溶け込むマリーを察知して逃げることはできないし、彼女の射撃は必中だ。

 仕留めた兎を彼女が飼っているシェパード――ヴィクトルと名付けられた――が回収してマリーの元へ届ける。


 マリーはヴィクトルを連れてそのまま川沿いへ向かった。

 適当な場所を見つけて、採取したキノコ類と狩った兎、あとは持ち込んだ食材でスープを作っていた。


 そこへルッツとヴィクトリアが現れた。

 急な人の気配にマリーは銃口を向けたが、ダリアの軍服を確認するとすぐに下ろした。


「マリー・クルーゲだな。俺はルッツ・クレム少尉。こっちはヴィクトリア・リースフェルト軍曹」


「言葉がわかる……」


 ここはダリア共和国である。【自由リヒトニア軍】の施設以外でリヒトニア語を話す者は少数だ。

 ただ、事情が知られているから、簡単な単語と身振り手振りジェスチャーでも意外と生活できたりした。


「君は私が預かることになった」


「あ……あー」


 せっかく言葉が通じても、そもそも会話が苦手なようだ。


「ほう、狩った兎で野外料理か!」


 食欲をそそる香りにルッツの視線が寄せられる。


「軍からちゃんと食事が出ますが」


 というヴィクトリアの指摘は正しい。ルッツはこれに対して、


「いや、時々は自分で狩らないと気がすまないのだろう。そして狙撃兵としての訓練も兼ねている」


 マリーが積極的に否定しないところを見るとおそらく正しいのだろう。


「なるほど」


 マリーはスープをよそうと軍用パンコミスブロートとともに二人に差し出した。

 このパンは硬いのでスープに浸して食べることが多い。


「食べる……」


「ご馳走してくれるのか?」


 ルッツの質問に対してマリーは首を縦に振ることで答えた。ルッツとヴィクトリアはスープで満たされた器とパンを受け取った。ヴィクトルには生肉を与えた。


「おーこれは旨いなぁ」


「まったりと良いお味ですね」


「おまえ……味わかるのか?」


「人間っぽさのために一応!」


「つまり、おまえが本当に美味いと感じているがフリをしているのかわからないということだな」


「『行動的ゾンビ』ってやつですね、わかります」


「なんじゃそりゃ」


「人間と全く同じように振る舞うけど、意識クオリアがない存在ですね。まぁ、私はあるつもりなんですが、証明はできないですよね」


「そ、そうなのか……」


 何かよからぬ本でも読んだのだろうか?


「ところでおまえはどうして軍に志願したんだ?」


 もちろんルッツは書類を読んで知っている。これは会話のきっかけだ。


「……仇を取るため」


「仇?」


「村の……みんなの……」


「復讐か、至ってまっとうな理由だな」


「えー、そこは『復讐は何も生まない』とか言うところじゃないのですかー?」


「ん? 死体が生み出されるぞ?」


「屁理屈ですねー」


「まぁ、真面目に答えるとだな……何に満足するかは本人が決めることだ。ただし、俺の部隊で死に急ぐことは許さん。戦争中はきっちり生き延びて元気に戦い抜け! 隊長命令としてこれは強制する。いいな?」


 ルッツはマリーの眼を見て強く言う。


「……わかった」


 マリーはただ短くそう答えた。


 ちなみに多くの戦友を亡くしたルッツであるが、本人はあまり敵を恨んではいない。

 戦意向上のために敵の悪口を言うこともあるが、彼の本来の感覚では戦争は自然災害に近いものなのだ。


「……ところでかわいいワンちゃんですねー」


 ヴィクトリアはマリーの側にいる犬――ヴィクトルに興味を持ったらしい。


「だめ、他人には懐かない……」


〈ガルルル――〉


 ヴィクトルはヴィクトリアに噛み付く。


「やめて、ヴィクトル!」


 興奮したヴィクトルは彼女の静止にも止まらない。


「あー、こりゃ、亡霊部隊こっちに回されるだけのことはあるなぁー」


 彼女は全く怯むことはなく、三十キログラムはあろうヴィクトルを軽々と抱き上げた。


「怪我させるなよー」


 ルッツは落ち着いている。


「わかってますって! ヴィクトル勝利者ちゃんって言うんですねー。とてもいいお名前ですねー。私もヴィクトリア勝利者って言うんですよー。仲良くしましょうねー」


「おーよしよし、いい子ですね~。でも仲間を噛んではいけませんね~」


 ヴィクトルはヴィクトリアの腕の中で暴れ回るが、ヴィクトリアのパワーの前には無意味である。

 やがてヴィクトルは悟ったような目になり、おとなしくなった。


「そんな……」


 マリーは驚きを隠せない。


「そうそう、部隊章を渡そう。ヴィクトルには部隊章付き専用首輪だ」


「わかった……」

 

 ヴィクトリアの噛まれた傷はすぐに治ってしまった。

 どういう仕組なのかは不明である!


 その後の訓練で、ヴィクトルはヴィクトリアはもちろん、ルッツたちの命令も聞くようになった。

 恐るべし超古代のアンドロイド!

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