第六話 決戦

 支配者であることの秘訣は、自分は決して誤りを犯さないという信念と、過去の過ちから学ぶ力を兼ね備えることだからである。

               ――――ジョージ・オーウェル『一九八四年』


    *


 首都を解放した西方同盟軍はさらに東に向けて進軍を続けた。リヒトニア全土を解放する――それが彼らの当面の目標だ。亡霊部隊もまた戦い続けていた。


「な、ななななんかいいいい異常にさささ寒くなななないか?」


 ルッツが問う。


「そ、そうでござるな」


「マイナス十五度ですね」


 便利なヴィクトリアは教えてくれる。

 リヒトニアの国土は全体的に気温が低い。しかし、さすがにこれは異常だった。


「ままままずい、とととと凍死すすする」


 さすがにこの寒さに耐えれる装備ではない。

 気がつくと周囲の空間がキラキラと輝くものが舞っていた。


「わぁ、綺麗ですね、マイスター」


「ダイアモンドダストですね。大気中の水蒸気が凍ることで発生する現象です」


 ハンスが解説する。

 それしてもさすがは超人、厳しい環境にも耐性があるらしい。


「さぁマイスター、私に抱きついてください」


 言われるがままヴィクトリアに抱きつくルッツ。


「おお、暖い。情けない格好になっていいるが任務遂行のためだ、仕方ない」


 以前にも説明した通り、ヴィクトリアは自分の体温をある程度操作できるのだ。

 なかなかマヌケな絵だが、本人たちは必至だ。

 寒さでヴィクトリアが壊れるのでは――という不安がルッツの頭をよぎったが、今考えてもどうしようもないので一旦置いておくことにした。


「しかしこの状態ではいろいろとやりにくいな」


「文句が多いマイスターですねー」


「私がなんとかしましょう」


 ハンスが輝き始め、周囲の寒さが緩和された。

 ルッツはヴィクトリアから離れると、


「すげぇ! 【チー】って万能すぎるだろ!」


「いえ、あまり長い時間は持ちません。早くここを離れましょう」


「わかった。とりあえず、師団の野営地に戻る」


 亡霊部隊は独立性が高く、師団に属しているわけではないが、作戦の都合上などで野営地を間借りすることがある。


 そうして、しばらく進む(戻る)と、ルッツたちは見慣れた野戦服の人々を見つけた。


「ん? 友軍か?」


 それに対してハンスは、


「いえ、あれは……人間ではありません」


 近づいてわかった。

 その人たちは透明な結晶に閉じ込められて動かない。

 つまり――氷漬けになっているのだ!


「どうなっているんだ……? いくら寒いからと言ってこれは不自然だ!」


 そして、突然吹雪になる。


「どうなっているんだ⁉」


「クレム隊長、ものすごい【チー】を感じます。近いです」


「マイスター、私もオートドールの音を感知しましたよ」


 白い世界の向こうから現れたのは、またしても、お伽噺の魔女のような格好をした女だった。


〈最重要目標――オートドールを含む敵特殊部隊――を発見、殲滅する〉


「また出た」


 ルッツはウンザリしたように言う。


 『魔女』は右手を上げると、その上空に無数の『氷柱つらら』が生まれた。流石は亡霊部隊、それを見て全員が瞬時に理解する。


「『氷柱つらら』が飛んで来るぞ、集まれ! ヴィクトリア、ラルフ、任せたぞ!」


 ハンスには寒さを緩和する役割があるからだ。

 ルッツ、ハンス、マリーはしゃがんで小さくなり、邪魔にならないようにする。


「炎の次は氷かよ。俺は暑いのと寒いのは苦手なんだ」


 そして、『氷柱つらら』はやって来る。ヴィクトリアとラルフが各々の武器で迎撃する。近くでダリア軍の兵士たちは次々と粉砕されていく。


「散ってください!」


 次の攻撃をいち早く察知したハンスが叫ぶ。

 今度は地面を伝って氷塊が地面を伝ってどんどん生成されていく! ハンスの叫びに応えるように、散って回避するルッツたち。あれに巻き込まれたら氷漬けにされてしまっていただろう。


 さらに、『魔女』は『氷の剣』を生成する。

 ルッツとマリーが小銃ライフルで攻撃するが、『氷の剣』で阻まれる。『魔女』は一気に近づいてマリーを両断しようとする。


「させません」


 ヴィクトリアが大剣で受け止める。その瞬間に大剣は折れてしまうが、素早く『魔女』を蹴り飛ばす。


「あれー、剣が折れてしまいましたー。意外と貧弱だったんですねー」


 バランスを崩した『魔女』にラルフが突撃する。


「接近戦なら負けぬでござるよ!」


 素早く持ち直した『魔女』は『氷の剣』で応戦する。


「おいおい、ラルフがちょっと押されてないか? それ以前に、あの氷の剣、頑丈すぎないか?」


「あれほどの強い【チー】の力があれば可能でしょう」


「このままじゃジリ貧だ。ハンス、こっちはいいから、あっちを手伝ってこい!」


「わかりました!」


 ハンスが飛び出す。


「ぜぜぜたたたいかかかててて(絶対勝て!)」


 再びヴィクトリアに抱きつくルッツとマリー。


「一気にいきますよ!」


 ハンスが紅い光に包まれる。例の鬼神法だ。

 さすがの『魔女』も超人二人を同時に相手にするのは無理があったのか、徐々に押されだす。


「いいいいいいぞ! おおしかええしはじめたたたた!」


 そしてハンスの拳がクリーンヒット。


「あたたたたたたたた!」


 さらに連続して拳を叩き込む。


「奥義・鳳凰天舞!」


 ハンスは渾身の力をこめて『魔女』を蹴り上げる。『魔女』は炎に包まれながら盛大に吹っ飛んでいき、空中で爆散した。

 たちまち吹雪は止み、気温は元に戻った。


「何とか勝ったな……。よし、進むぞ!」


 歩きだしてしばらくして、


「隊長、私……機械人形を倒すのにあまり役に立ってない気がする」


 突然、マリーがそんなことを言った。


「心配するな、マリー。あんなの滅多にいない。敵の主力はあくまで人間だ」


「だいたい、マイスターが一番弱っちいですよねー」


「うるせぇ」


    *


 西方同盟は元の国境線まで戦線を押し返したが、まだ戦争は終わってはいなかった。

 アルテニアも道楽で戦争を始めたわけだはないのだ。


 西方同盟はそのまま勢いに乗ってアルテニア領内に進撃したが、やがてその勢いも衰え、戦線は停滞しはじめた。

 アルテニアは簡単に言えば全体的にとても寒い。


 西方同盟軍にはアルテニア軍だけでなく、冬のとてつもない厳しさも襲いかかり、兵士の消耗はもちろん、兵器も動作不良を起こしはじめた。

 寒さに慣れているアルテニア軍に対して、ダリア軍は不利なのだ。

 さらに春になると雪が溶けて地面がぬかるみ、進軍が困難になった。

 そして何より――。


「こいつを見てくれ、これをどう思う?」


 ケーニッヒ大佐が指差しているのは世界地図のアルテニア帝国の部分だ。


「すごく……大きいです」


 そう――ルッツが答えた通り、アルテニア帝国はものすご~く広いのである。

 広いというのはそれだけで縦深防御力がある。

 そして、それは気候が厳しければなおのことだ。


「そ・れ・で・だ。クレム大尉、士官学校で『勝利の限界点』については習ったな?」


「はい。あんまり追い詰めると敵は本気を出して反撃してくるという話ですね」


 ルッツはモスターマンをはじめとする、レジスタンスの人々を思い出す。

 他国へ侵略すれば、正規の軍人だけでなく、現地住民も潜在的な敵になるのだ。

 ちなみに『攻撃の限界点』という言葉も存在する。

 簡単に言えば、進軍すればするほど兵站の負担などから戦闘力が減衰するということである。


「まぁ、ものすご~く簡単に言えばそうだな……。ということで総合的に考えてアルテニア帝国に対する『完全勝利』は無理だ」


「では、どうするのですか? とりあえず、リヒトニアからは追い出したので、このあたりで停戦できればいいのですが」


「それについては上層部でひとつの結論に達した」


「なるほど、そこでそちらの方が関係してくると」


 ルッツの視線の先には一人の男がいた。

 身長は一八五センチメートル程度。年齢は五十歳前後。強烈な意志を感じさせる鋭い眼光が印象的な男だ。


「うむ……。紹介しよう、クリメント・サイートフ氏だ」


 名前からするとアルテニア人のようだ。


「はじめまして、ご紹介にあずかりましたクリメント・サイートフです」


「リヒトニア軍、亡霊部隊の現場指揮官、ルッツ・クレム大尉です」


「サイートフ氏はアルテニア共産党の党首として労働者プロレタリアートによる統治のために精力的に活動された結果、当然のようにアルテニア当局に目をつけられて国外逃亡中とのことだ」


「……えっ、アカですか⁉」


 『アカ』――社会主義や共産主義がシンボルとして紅い旗を用いることから付いた蔑称である。


「クレム大尉……でしたね。長引く戦争で産業は停滞、食料価格の高騰。パンの価格なんて開戦前の五倍ですからね。儲かるのは『戦争屋』ばかり。いい加減、アルテニア国民も嫌気が差しているのです」


「あなたは……まさか……」


「そうだ、彼らは近いうちに蜂起して現政権を打倒するために蜂起する。リーダーであるサイートフ氏はそのためにアルテニアに戻る必要があるのだ」


「つまり、サイートフ氏の護衛が今回の任務だと?」


「護衛どころか革命もお手伝いして差し上げなさい。西方同盟上層部とアルテニア共産党で停戦条件の合意はできている。革命が成功すればとりあえず戦争は終わる。この任務は公にはできないが……やってくれるね?」


「敵の敵は味方ということですか?」


「まぁ、そういうことだな」


「はぁ……。しょうがないですね。どうなっても知らないですよ……」


 ルッツは半ば呆れ気味だ。


「やれやれ、随分と信用がないですね……」


「ダリア革命直後に恐怖政治が行われていた時期がありましたが、より極端な思想なら推して知るべきですね。そもそもあなたみたいなのは自分が支配者になりたいだけだ――と勝手に思っています」


 ルッツがあくまで断定はしないようにエクスキューズを忘れなかったのは、他者が本当に思っていることを確認することは難しいからだ。

 ただ、ルッツにはそういう確信があった。だから、そう本音を話した。


「まぁ、内心に関しては証明しようがないですからね。とりあえず偉い人たちと合意は取れていますから、ここで無理に議論するは必要ないでしょう」


「そうですね。俺たち軍人はただ命令を遂行するのみ」


 それに対してケーニッヒ大佐は笑顔でルッツの肩を叩きながら、


「さすがクレム大尉。わかっているじゃないか」


「……お褒めに与り光栄です」


「とりあえず亡霊部隊にはさらにレベルの高いアルテニア語の勉強をしてもらおうか。せっかくだからサイートフ氏に講師をお願いしましょうか」


「承りました。では共にがんばりましょう、クレム」


「……冗談でも『同志』はやめてください」


「クレム隊長はアルテニア内陸部の気候のように冷たいですなぁ……」


    *


 一九四三年十月十二日、亡霊部隊はアルテニア帝国の首都であるソフィーグラードに潜入した。


 ここは、ソフィーグラードに五つあるターミナル駅の一つ。

 汽車から降りた男――クリメント・サイートフ――は、


〈うーん、久しぶりのアルテニア、久しぶりのソフィーグラートだ〉


 と感慨深げに呟いた。

 そこに二人の男が近づいてきた。

 アルテニアの秘密警察かとルッツは警戒したが、サイートフの様子を見てそうではないことをすぐに理解した。


〈おかえりなさい、同志サイートフ〉


〈いよいよ、そのときが来たのですね〉


〈久しぶりだな、同志クライネフ、同志ロゴフスキー。また会えて嬉しいぞ〉


 クライネフはルッツたちを見て、


〈そちらの方々は護衛でしょうか?〉


〈うむ、リヒトニア軍だ〉


〈なるほど、そういうことですか〉


〈それでは、司令部までご案内します〉


 二人はサイートフと亡霊部隊を近くの貴族学園まで案内した。


 そしておよそ一ヶ月後――。


〈作戦通り、ソフィーグラード中の郵便局、電信書、印刷所、銀行、橋、駅といった要所を占拠せよ! この戦いにアルテニアの――いや、世界の運命がかかっている! 世界の変革は今より始まる!〉


 サイートフは決起の号令を出す。

 それを聞いたルッツは、


〈さて、我々もお手伝いしますかね……あくまで自分の国のために!〉


 なお、亡霊部隊はアルテニアに潜入するにあたって、なるべくアルテニア語を使用するようにしている。


 首都守備隊は大した戦力も持っておらず、十一月十五日までにはサイートフ指示通り、ソフィーグラードの要所はほとんど革命軍が制圧していた。残るは皇帝と宰相のいる宮殿だけだ。


 そして十一月十六日――。


〈マイスター、宮殿の中にオートドールがいます〉


 おそらく、例の独特の作動音とやらで感知したのだろう。


〈なんだと……〉


〈サイートフさん、我々に最初に宮殿に乗り込むことを許可してもらえませんか? もちろん、公にはすべてあなた方の功績です〉


〈なぜ、その必要があるのですか?〉


〈相手が宮殿内に強力な戦力を隠し持っているからです〉


〈無駄な抵抗を……わかりました、許可します。ただし、皇族と宰相は殺さないようにしてください〉


〈どうせ殺すのにですか……?〉


〈手順が大事なのです〉


 もちろん、ルッツはそんなことは知っている。ただの皮肉だ。


〈わかりました、殺さないように努力します〉


 そしてルッツたちは宮殿に向かった。


 亡霊部隊が宮殿に近づいたその時、


〈危ない!〉

 マリーが叫ぶ!

 ヴィクトリアが素早く動いた。

 手を開くと、そこには弾丸があった。


〈狙撃です〉


 一旦、建物の陰に隠れる。


〈マリー、カウンタースナイプで援護しろ。その間に行くぞ〉


〈……わかった〉


 マリーとヴィクトルを残して、ルッツたちは走りはじめた。

 さらにもう一発、敵の弾丸が飛んできた。


「痛い」


 ヴィクトリアに命中したのだ。


〈さすが頑丈だな〉


 ルッツは感心する。

 よく思い出してみれば、亡霊部隊が被弾するのはこれがはじめてだ。


 突入支援のために残ったマリーは、素早く物陰で射撃体勢に入る。

 先程の発砲音とヴィクトリアが弾丸を掴んだ位置からおよその方角は見当が付く。


 視界で何かが反射した。狙撃用スコープだ。

 敵は次の攻撃を仕掛けてくるつもりだ。

 マリーは素早くその狙撃兵を狙って引き金を引いた。

 発射された弾丸は正確に敵の頭部を射抜く!


 次の瞬間、マリーの頬を超高速で何かがかすめた。

 マリーは素早く身を隠す。

 今度はマリーが狙われているのだ――。


「大丈夫、問題ない……」


    *


〈今度はマリーさんが狙われ始めましたよ〉


〈まぁ、あいつなら大丈夫だろう〉


 そうして、ルッツたちは宮殿の中に入った。

 そこには十人以上の敵が待ち構えていた。


〈一応、言っておく。おまえたちは完全に包囲されている。ただちに武装解除し投降しろ!〉


 ルッツの発言は強気だが、敵の攻撃を警戒して壁越しに叫んでいるのだ。


〈我ら皇室親衛隊、最後まで皇帝陛下を守り通す!〉


〈なんか精神的に暑苦しいのが出てきましたよ……〉


 ヴィクトリアは呆れ気味だ。


〈その覚悟見事! いくぞ!〉


 皇室親衛隊は精鋭だったが、亡霊部隊にかかってはほとんど一瞬で壊滅させられた。

 残ったのは隊長と副隊長と思われる人物のみだ。

 隊長はラルフと同じような刀を持っている。

 副隊長は何も武器を持っていないように見える。

 ラルフが厳しい表情で、


〈残ったあの二人――おそらくは隊長と副隊長――は別格でござる……〉


〈そうですね〉


 ハンスが同意する。ラルフとハンスはお互い目を合わせて、


〈ここは拙者たちに任せて〉


〈クレム隊長とヴィクトリアさんは先に進んでください!〉


〈わかった――絶対勝てよ!〉


〈もちろんでござる!〉


〈当然です!〉


〈うぁ、本当に暑苦しい……〉


 ラルフとハンスが敵を牽制している間に、ルッツとヴィクトリアは先に進んだ。

 

〈相手はちょうど二人。あの刀を持っている方は拙者が相手をするでござる。もう一人はハンス殿がお相手してくだされ〉


〈わかりました〉


    *


〈こっちです〉


 ヴィクトリアが人造人間の反応を頼りに案内する。

 少し進むとまた開けた場所に出た。


〈さすが皇帝の宮殿、場所に余裕があるな〉


 そこにはアリスタルフ・ソロヴィヤノフと女がいた。


〈あの女がオートドールです〉


〈宰相のアリスタルフ・ソロヴィヤノフか?〉


 ルッツが問う。


〈そうだ……そして君は革命軍――ではなく噂の亡霊部隊の隊長だな?〉


〈何のことだ? 俺は革命の志士だ〉


 ルッツは正直に答えることはできない。秘密任務だからだ。


〈無理に嘘をつかなくてもいいのにな〉


〈なぜ、逃げずに残っている?〉


〈どこへ逃げるというのだね?〉


〈東でも外国でも〉


〈今の戦争は国家の総力戦だ。国民の協力なくしてはできない。その国民が敵になった時点で私の負けなのだ〉


 そう、ルッツの言う『逃げる』とソロヴィヤノフの言う『逃げる』では意味が違うのだ。


〈……一応言っておく、無駄な抵抗はやめて投降しろ〉


〈いやだね〉


〈ならば……〉


〈クラーラ……久々におまえの戦う姿を見せておくれ〉


〈わかりました。それでは閣下は下がっていてください〉


〈ああ、わかった〉


 ソロヴィヤノフ宰相が後ろに下がると同時にクラーラは前に出る。


〈ヴィクトリア、任せたぞ〉


〈しょうがないですねー〉


 相手と同じようにヴィクトリアが前に出る。


〈私が閣下より頂いた名前はクラーラ・ナイジョノワ。あなたのお名前は?〉


 クラーラがヴィクトリアに尋ねる。


〈ヴィクトリア・リースフェルト〉


〈そう、素敵なお名前ね〉


〈それはどうも〉


〈でも、リヒトニア人みたいな名前じゃない?〉


〈えーっ、リヒトニア系アルテニア人です!〉


 完全にアルテニア人になりきることは難しいので、リヒトニア系アルテニア人という設定で乗り切るつもりだったのだ。


「ヴィクトリア、もういいぞ。どうせ建前を見せるための観客はいない」


 ルッツはアルテニア語をやめた。


はーいヤー


 人造人間二体がお互いが武器を構える。

 ヴィクトリアが持っているのはおなじみの大剣――ではなく、もっと細く短く明端皇国の短刀に近いものである。

 この短刀もまた玩具おもちゃ屋謹製であり、斬鉄剣には遠く及ばないが、圧倒的な切れ味と耐久性を見せる。

 アルテニアに潜入するにあたって荷物の小型化が求められた結果、ヴィクトリアは大剣の代わりにこれを二本携行することになった。

 そしてしくも、クラーラが取り出したのも同じような二本の短刀である。


「てやっ!」


 まずはヴィクトリアが疾風のごとく接近し、斬りかかる。それをクラーラは上手に受け流す。

 クラーラはヴィクトリアの眼をじっと見つめ、


〈その瞳の色は『攻撃色』……あなた、戦闘用ではありませんね?〉


 実は目の色が変わるのは、警告のためなのだ。戦闘用のクラーラにはその特性はない。


「よくご存知で……愛玩用ですが何か?」


〈ふふふ……あはははは!〉


「何がおかしいんですか?」


 お互いが自分の所有者の母語で話している。

 普通の人間同士ではあまりないだろう異常な光景だ。


〈愛玩用の分際で戦闘用の私に挑もうなんて! いいえ、愛玩用を戦わせるあなたの主人がおかしいんですね!〉


「私以外がマイスターを馬鹿にするのは許しません!」


 ヴィクトリアは積極的に攻撃を続け、クラーラは受け流し続ける。

 クラーラも反撃を行うことがヴィクトリアも巧みに避ける。


〈愛玩用にしてはかなりの功夫クンフーを積んでいるようですね……〉


「今頃気がついてももう遅いですよー」


 ヴィクトリアの武器が短刀になったのは単に隠密性の問題だけでなく、ヴィクトリア自身の技量が上がり、ただ腕力に頼る以上の戦い方ができるようになったからである。


〈生来必戦たる私に勝てると思っているのですか?〉


「愚問ですね。私もマイスターも戦う理由は異なりますが、勝てるから戦っているわけではありません。それでもあなたには勝って見せますが!」


 そしてヴィクトリアの右刃による上段からの一撃をクラーラは右刃を上げて受け止める、直後にヴィクトリアが左刃で払い首を狙うががクラーラも左刃で受け止める。


「……」


〈……〉


 刹那の静寂が訪れ、四本の短刀は砕け散った――。


「やっぱり、こうなりましたかー」


〈やはり私達の戦いにはこの文明の武器では耐えられなかったようですね……ならば……〉


「最後はこの拳で戦うのみ!」


「結局、おまえも暑苦しい台詞言ってるじゃん」


 お互い、格闘の構えを取りながら摺足で接近する。

 まずは、ヴィクトリアが頭部を狙って右拳を放つが、クラーラはそれを紙一重に躱す。

 足払いでヴィクトリアを転ばせると、ここぞとばかりに頭上から拳を打ち込む!

 しかし、ヴィクトリアは転がって間一髪回避。対象に逃げられた拳は地面にひびをを作る。

 素早く立ち上がったヴィクトリアは、


「惜しかったですねー」


〈……〉


 今度はクラーラから仕掛ける。

 クラーラの拳をヴィクトリアは素早くしゃがんで回避、そこからアッパーカットを繰り出す。

 吹っ飛ぶクラーラ。しかし、すでに空中で体勢を立て直し、綺麗に着地。


 互いに疲れも痛みも知らない、故に痛々しい。

 この二体はなぜ戦わなくてはならないのか?

 それはそれぞれの主人が敵対しているからだ。

 ではなぜルッツ・クレムとアリスタルフ・ソロヴィヤノフは戦わねばならないのか?

 リヒトニアとアルテニアは戦わなくてはならないのか?

 それが人間のカルマなのか?


 人形同士のこわし合い。

 クラーラの強烈な拳がヴィクトリアに命中した。

 ヴィクトリアは壁に叩きつけられて動かなくなる。


「ヴィクトリア!」


〈さすが、私のクラーラだ!〉


 ソロヴィヤノフは歓喜の声を上げる。

 彼が自分で言った通り、どちらにしろ彼はすでに終わっているのだ。

 ただ純粋に自分の人形が勝つのが嬉しい。

 今の彼にあるのはそれだけである。


〈さて、それでは主人の方を片付けましょうか〉


 クラーラはルッツの方を向く。

 ルッツは突撃小銃で攻撃するが弾丸は全て受け止められてしまう。

 宮殿突入前に、狙撃されても何ともなかったヴィクトリアを思い出した。


「やはり、駄目なのか……」


 さすがのルッツも死を覚悟した――。


 しかし――クラーラは突然、何かに吹っ飛ばされた。


〈何っ⁉〉


 クラーラは素早く起き上がり、ヴィクトリアを見る。

 ヴィクトリアは相変わらず動いてはいない。しかし――。


「何だこれは?」


〈こ、これはどういうことなの?〉


 ヴィクトリアは動いてはいないが、その体は輝きを放ちはじめた。

 ルッツはそれを見てすぐにその正体を悟った。

 これは【チー】だ。

 それは、ヴィクトリアになかったはずのものだった。


 倒れたクラーラは無表情でムクリと起き上がると、


〈……魔導回路を搭載していたというのですか……⁉〉


「魔導回路……? たしかに【チー】を感じ取れるようになりました。使い方もわかります」


〈愛玩用というあなたの自己申告が事実なら、作製を意図した者は――変態ですね〉


 何の戦術的優位性タクティカルアドバンテージもない彫刻エングレーブを持つ観賞用の実銃も存在する。

 武器というのは人を惹き付けることが多いのだ。


「その魔導回路、あなたは持ってないんですかー? あなたからは【チー】を感じません。この期に及んで隠しているのですかー?」


 クラーラはその問に答えず、攻撃を仕掛けた!


〈はああああ!〉


「やああああ!」


 ついに本当の決着が訪れた――。

 ヴィクトリアの輝く手刀がクラーラを頭部と胴体を分けたのである。その頭部は偶然にもソロヴィヤノフ宰相の足元へ飛んでいった。


〈まさか……こんなことが……申し訳ありません……閣下……〉


 そう言って完全に停止した――。


〈いや、いいんだ。こちらこそありがとう、クラーラ〉


「戦闘用もピンきりですねー。どうしてもっと強いのを側に置いておかなかったのでしょうか」


「さぁ、暑いのや寒いのが嫌だったんじゃないか?」


「はえー」


「ところで、どうして突然、【チー】を使えるようになったんだ?」


「決まってるじゃないですか。マイスターの愛の力ですよ!」


「やはり俺の愛国心は天に届いたか!」


「もうっ!」

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