第9話 新しい戦力

 マルを宿屋に連れて帰って洗ってやると、桶の中の水は真っ黒に濁った。てっきり黒いドラゴンなのだと思っていたが、汚れを洗い流すと、鮮やかなディープブルーの肌が覗いたのだった。まるで、私の胸当てやディレミーンのマントのようだ。

「運命的だな」

「何がだ?」

 私が不思議に思って訊くと、マルをバスタオルで拭いてやりながら、ディレミーンが笑った。

「蒼いドラゴンなのがだ。まるで俺たちのイメージカラーみたいじゃないか」

 それに近い事を、私も今思ったばかりだった。運命とまでは思わなかったけど。

 マルが長い耳をぶるぶると振って水分を飛ばす。私はそれを避けて顔の前に腕を翳し、声を上げた。

「こら……マル!」

「ははは。気持ちいいんだよな」

 ディレミーンが楽しげに破顔する。ほう……ディレミーン、動物が好きなのか。久しぶりに見る、会心の笑顔だな。思わず見入っていると、目の前でディレミーンがマルの鼻先にキスをした。

「マル~」

「おい、動物好きも程々にしろ。ちゃんと寝る前に手を洗うんだぞ」

「今洗ったばっかりだから、マルは汚くないよな~」

 よくペットに対し赤ん坊言葉になる動物好きが居るというが、かろうじてディレミーンは踏みとどまっているようだ。まあ、こまめにマルを洗えば済む事か……。早速私は妥協した。

 ベッドにマルを放すと、ディープブルーの皮の張った翼で浮かび上がり、部屋の中を縦横無尽に飛び回った。

「キュー!」

「こら、マル。もう寝る時間だ。大人しくしてくれ」

 値段の兼ね合いで、ツインを一部屋取っているから、マルが騒いでは眠れなかった。出来るだけ穏やかに、と気を付けながらも、はしゃぐマルを窘める。

「仕方ないな。俺が抱いて寝てやるから、もうベッドに入ろうな」

 そう言うとディレミーンは、上着を脱ぎ捨てた。まるで模様のように、大小の古傷がその厚い胸板を飾っている。確かにそれは、冒険者の勲章のようなものに見えた。

 だけどディレミーン……同じ部屋で寝るっていうのに、そのセクシー過ぎる格好は何だ。私なんか、女扱いしてないって事だな。

 私もディレミーンを男とは意識していなかったが、その奔放な振る舞いに、若干凹んだような気分になった。


 私たちは、新天地を目指し南へと向かう事にした。

 街道を歩く私とディレミーンの頭上を、マルが飽く事なく「キュー!」と八の字に舞っている。そんなに動いて、よく疲れないな。そう言ったら、マルは特に小さいから、まだ子供なのだろうとディレミーンは言った。

「仔犬とか仔猫とか、いつまでも遊んでると思ったら、急にコテッと眠るだろう。多分、あんな感じなんだろうと思う」

 私の革袋にしがみついたまま、眠ってしまったマルをそっと覗き込んで、ディレミーンは優しく微笑む。身長差から、まるで私の顔を覗き込んで微笑んだみたいで、私は思わず周囲に「違うから!」と弁解したくなった。実際にはしなかったけど。

 南に二つ下った村には、そこそこの大きさの冒険者ギルドがあったので、念の為受けられそうな依頼があるか覗いてみる。

 あった。畑を荒らす熊の討伐が。依頼をよく読むと、体長はやっと仔熊を脱したばかりのような若い熊で、ディレムの実力なら一人でも充分過ぎるほどの内容だった。


『あ……あの。それってまさか、熊じゃ……』

 依頼場所に行くと、畑を少し外れた原っぱで、火を起こしている茶色の全身鎧を着たドワーフと出くわした。一見すると小柄で毛深い人間にも見えるが、エピテの村でドワーフとも交渉していた経験から、一目でドワーフと知れたのだった。私はドワーフ語で話しかける。

『ん? そうじゃが、どうした? ……お前らも食うか?』

 そう言って、骨付きの肉を差し出す。私はヒクッと頬を引き攣らせて、丁重にお断りした。

『いや、腹が空いてる訳じゃないんだ。ただその……仕事で、その熊を討伐しにきたんだが』

『ああ! じゃあ、お前らが倒した事にすればええ』

『えっ? 良いのか?』

 ドワーフは、ニヤリと笑って見事な灰色の顎髭を撫で付けた。

『無論、タダって訳にゃいかんけどな』

『……幾ら欲しい?』

 ドワーフは、多少強欲な所がある。私はミスリルの取り引きの事を思い出して、注意深く言葉を選んだ。下手な事を言ったら、たかられてしまう。

『金じゃあない。人間語を教えてくれんかの? 人間たちは、ドワーフ語を知らなさ過ぎる……せっかく故郷を出てきたのに、冒険の一つも出来やしないときたもんだ』

 冒険者志望のドワーフか。珍しいな。エルフが森にこもって暮らすように、ドワーフは地下に潜って暮らすものだ。

「何て言ってる?」

 ディレミーンが、後ろから訊いてきた。私は手短かに、事情を説明した。

「おお、また星五つが貰えるんじゃないか? 願ったり叶ったりだ」

 ドワーフの偏屈さを知らないディレミーンは、純粋に喜んでいる。どうしたものか……。星五つは欲しいが、目先の欲に釣られてはいけない。

『大きい方の人間は、喜んでいるじゃあないか。お前は、何が不満なんだ?』

 唇を引き結んで考え込んでいると、そう話しかけられた。私は思いきって、常に被っているフードを取った。

 ドワーフがハッとしたように、精緻な細工の入った蒼い戦斧せんぷに手を伸ばす。私はそれを遮るように、強い声音を出した。

『私は、ダークエルフではない! ハーフエルフだ。これでも、私に教えを請いたいと思うのか?』

 ドワーフは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、やがて、表情筋をくしゃっとたわめた。笑ったのだ。

『ブォッホッホ……。こりゃ、威勢の良いハーフエルフじゃの。わしらドワーフは、エルフほどダークエルフを憎んではおらんよ。身は守るが、近親憎悪を持ってはおらんという事じゃ。……わしの名は、プラミスという』

『ゴーストだ。仲間になるという事か?』

『ああ。よろしく頼む、ゴースト』

『よろしく、プラミス』

 私と握手を交わしたプラミスは、ディレミーンにも手を伸ばした。

『プラミスじゃ』

「プラミス? 俺は、ディレミーンだ」

 言葉は通じないが、互いに名乗って手を握り合う。強者同士、それだけで分かり合うものがあるようだった。

「当分の仲間になるなら、依頼金は三等分にしよう」

「……分かった」

 プラミスにそう伝えると、彼は喜んで再びディレミーンの手を握った。

 偶然にも、プラミスの戦斧もディープブルーだった。まさしく、イメージカラーなのかもしれない。

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