「そして俺は悟った。やはり王道が一番であると」

兄:

「最近会社近くの定食屋が、一斉にプリペイドのカード決済を導入したわけよ。みんな支払いの時に尋ねてくんの。カード持ってますかって」


私:

「事前にチャージしていれば、ワンタッチで料金が引き落とされるアレですね。最寄りのスーパーにも実装されましたね」


兄:

「そうそう。で、最近な。小銭どころか紙幣を持ち歩く機会がとんと減ったわけ。とはいえうっかりチャージが切れてるとマズイから、常に現金も持ち歩いてて」


私:

「隙がありませんのね、お兄様」


兄:

「まぁな。でも今日の昼間、偶然使い分けてるカードがまとめて残高不足になったわけよ」


私:

「なるほど。けどお金を余分に持っていたから大丈夫だったのでは?」


兄:

「それがな、面倒だから一枚目のカードに持ってた分を全額チャージでぶっこんだのだ。ガチャの癖でな。そいで二枚目もチャージ不足に陥って、俺はあわてて近くのATMコーナーに駆け込んだ。全力疾走でだ。時間も微妙でコーナーが閉じようとしていた。本当に危ういところだった」


兄:

「――だが、本当の危機はこの後だった」


兄:

「迫る快速線の刻限――俺はどうにか高速のブラインドタッチで券売機から指定席を一枚受け取り、音速もかくやという勢いで改札口を飛び超えた。ベルが鳴る。俺は疾風の如く階段を二段飛ばしで駆けあがり、かろうじて車内に飛び込んだ」


私:

「駆け込み乗車はおやめください」


兄:

「ま、間に合った…。一息つく。車内を歩き、指定席に座し、タイを緩め、夕日にうつろいゆく窓の景色を見ながらこう思う…」


兄:

「っ! 最初から紙幣で支払いをしていたら、こんな事にはならなかった…っ!」


兄:

「俺は悟った。やはり王道こそが正道であると。多少の時間と引き換えであったとしても、やはり紙幣と小銭を持っていた方が賢明であると。歴史は正しかった。みんな早く目を覚ました方がいい。俺たちは時代を一歩先取りしてるつもりで、実は多大なリスクを背負っているだけなのだと。つまり俺が言いたいのは、」


私:

「お兄様、わたしはこの辺りで失礼しますね。おやすみなさい」


兄:

「ふーっ、最近の若者は話を最後まで聞かんのう……やれやれ」




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