第15話

家に帰り、フィーリアの飯を食い、風呂に入る。

慣れ始めてきたこの流れが心地良い。

眩しい風呂場の中で目を閉じ、今日のことを振り返る。


…聞きたいことがあった。

自分のことを主人公だと言うあいつは、周りの仲間のことをどう思っているのだろうか、と。


彼らは主役でない、と…そう言っているのではないか?



翌日


「マスター、マスター。起きてください、もう朝ですよ」


そっと枕元に寄り、フィーリアが仁へ小さく声をかける。


…そして、彼はゆっくりと目を覚ました。

仁がまず感じたのは、重い頭の感覚。

そして、その中身を締め付けられているかのような…最悪な気分だった。


「っ…ぁ…?」


「マスター…?大丈夫ですか?」


顔色を伺うように覗き込んできたフィーリアをぼんやりと眺める。

紅潮した頬と、眠そうな目、痛みに皺を寄らせた彼の様子で、フィーリアは察したらしい。部屋を出て行き、数秒で帰ってくると、彼女は体温計を持って来た。


……ビンゴだった。どうやら、風邪をひいたらしい。

しかし…風邪を引く理由、原因が無い。いや、もしかしたら、理由なんて無くても引っかかるのが病気なのかもしれないが…はて。


まず考えたのは、例えばそういう能力。病気を起こさせる能力によって、昨日学校でやられていたとか。


可能性は無限であり、キリがない。なら、考えるだけ無駄だろう。

…兎にも角にも。


「今日は学校を休んでください。私が看病しますから」


「ああ…。ちりょうのまほうは常に使っておいてくれっ…。移すわけにはいかない」


治療には病気を治す力はない。

しかし予防はできる。

目では解らないほどの小さな光が、彼女を包み込んだ。



ーーそれから少し経ち、裏神からSNSでのメッセージが来た。

既に、ホームルームが始まっている時間である。


『おはようございます。…起きていますか?まさか寝坊ですか?』

『いや。んで、例の奴は来てるのか?』

『いえ…今日も休みみたいです。決行はできれば学校に来た時が良いのですが…もしかしたら、夜に行うことになるかもしれませんね』

『なんで夜?』

『夜しか出歩いてないかもしれませんから』

『成る程。あと、今日は体調が悪いから休む』

『…まさか、夜に出て怪我をしたとか…』

『いや、単なる風邪だ。…誰かの能力かとも考えたが、流石にそんなとこまで疑ってたらキリがない』

『解りました。…足りない物とかあれば持って行きましょうか?』

『移すわけにもいかないし困ってないから良い。…というかもう授業だろ、俺ももう寝る』

『あ、はい。お休みの所すみません。お大事に』

『ああ』


一通り連絡を終え、スマホを枕元に置いた。

もしかしたら…この体も無理をさせすぎたのかもしれない。


今日は大人しく休むことにしよう。


「マスター、おかゆを作りました」


開けっ放しの扉から、フィーリアが御盆におかゆとスプーンを乗せて来た。


「ああ…っと」


重い頭をなんとか上げて、上半身を起こす。

御盆を部屋の机に置き、スプーンを右手、おかゆの椀を左手で持つ。

彼女はベッドの近くに置いておいた椅子に座り…


「はい、口を開けて下さい。マスター」


スプーンで一口分、おかゆを掬い、彼の口元に差し出してきた。

…仁は言われるがままに口を開けて…その中におかゆが流し込まれた。


最初こそ、彼が体調不良だということに慌てふためいていた彼女だったが…今の行為を素直に受け入れた彼の思いがけない様が、不思議と少し嬉しかった。


再び粥を掬い、フィーリアが口元に差し出そうとしたところで…彼は自分の右頬を右手で可能な限りの力で叩いた。

そして目をパチクリとさせ、大きく見開き…意識を強引に叩き起こす。


…俺は今、何をしてた…?


突然のことに疑問符を浮かべるフィーリアへ、熱を帯びた脳でも、なんとか焦点をしっかりと向ける。

今まで、エリクサーの言う通り、目を真には合わせていなかったことがある。

それはやはり…苦手だったから。真っ直ぐ…心を見ることが。


「…自分でクえる」


「そうですか?じゃあ、はい」


差し出された容器とスプーンをしっかりと掴む。食欲は全く湧いていないが…食わなければなるまい。

のんびりゆっくり、仁はそれを完食した。


一通りやるべきことを終えたらしい、彼が食べ終え少し経った頃、フィーリアが容器を回収した。

そして代わりに持って来てくれた薬と水を体に流す。そしてまたすぐ、彼女は部屋に戻ってきた。


「マスター、湿布変えますか?」

「いやさっき貼ったばっかだし…」

「氷枕は…」

「それも平気だ」

「お布団はそれで足りてますか?」

「さっき調整したばかりだろ」

「あぅ…」


余程心配してくれているんだろう、ちらちらと何度も様子を見に来てくれたが…お陰で眠れずにいた。


「…眠りますか?」


「…いや、いい」


まじまじと見つめてくる彼女へ、赤くなった頬のまま、身体を横向きにして顔を向ける。

虚ろな意識が、彼にそれを可能にさせた。

そして…思ったことをそのまま、冷静さというか、遠慮というか、それらを忘れてただ、なんとなく、口が動いた。


「…そのメイドふくって、どうなってるんだ」


椅子に座って思考を巡らせていた彼女が首を傾げる。

立ち上がるとその場で一回転し、何処かおかしい所がありますか?と尋ねてきた。

因みに彼女が着ているメイド服は純のメイドが着るようなロングスカート、黒基調の、所謂普通の物だ。


…夢心地?というか…なんだろう、今なら何をしても許されるような気がした。


「いや…ただ、凄いなって思っただけだ。…ゆめみたいだ」


「…???着てみますか?」


「いやそれはいい」


自分でも何を言ってるのか解らない。それなのに彼女が解る訳もなく、可笑しなことを言われてしまった。


天井へ視線を戻し、瞳を閉じる。

そうしているのが…一番楽だと感じたからだ。


「…マスター。」


「……?」


声が聞こえたと思うと、目元が誰かの手で覆われた。

その手は氷のように冷たく、柔らかく…気持ちが良かった。

意識が覚めて、仁はようやく状況を理解する。

どうやら、フィーリアが氷の魔力を帯びた手で触れてくれているらしい。

閉ざされた視界のまま…その心地に誘われるように、彼の意識は夢の中へと落ちていった。



ベッドで静かに眠れる主人の髪に触れる。

白が大部分を占めるその髪の内の端、僅かに残った黒髪に。

…どうか、これ以上…色を失いませんように。

滅多にこんな機会は無いと思うから。

彼女は彼が起きる時まで、ただ側にいることにした。



ただ隣で佇むこと数時間、余程疲れていたのか彼はいまだ眠り続けている。

時刻は4時…まだ夕日が出るには少し早い。

その時、来客を告げる鐘が鳴った。

…初めて聞くその音に驚きながらも、ああ、とすぐにフィーリアは思い出した。


『来客が来ても絶対に開けるな。まず来ないだろうが、それでも来るようなのは絶対碌な奴じゃない』


…そう言われていたのを思い出す。

ぐっすりと寝ている彼は顔色も良くなってきていて、とても気持ち良さそうであった。

…起こすのも忍びない程に。

立ち上がろうとして、枕元に置いてあるスマホの画面から、突然暗黒が消えた。

彼女が覗き込むようにして画面を見ると…『今、起きてますか?』というメッセージが届いていた。



…結果今、フィーリアは気配を消しつつ玄関へ向かい、相手の気配を辿る。…1人、子供サイズ。


「…寝ているんでしょうか」


彼女の耳は扉越しの声も聞き逃さない。

扉の奥から聞こえてきた声は明らかに子供のものだった。

先程のメッセージのこともある。知り合いだと考えるのは、極自然なことだった。


…じゃあ、出たほうがいい…?


『お前は超一流メイドだよ』


言われた言葉は連鎖的に思い出され、結果彼女は、他称一流らしくすることを選んだ。


こういうのは臨機応変、ですよね!


靴を履き、ドアノブに手をかける。

そしてそれを捻り、特に何かするわけでもなく、ナチュラルに扉を開けた。


また…彼女はドジをやらかした。

彼女は何もせずただ…ただ、扉を開けたのだ。


フィーリアが扉を開けた先にいたのは、制服に身を包んだ、齢一桁か二桁ぐらいの少女だった。

当然、お互いのことは知らない。


「どちら様でしょうか?」


「は、はいっ。私、北神さんと同じクラスの…あ、えっと…友達の、裏神と言います。えっと、北神さんは…」


クラスメイト…?と少し疑問を持ったようだが、敢えて尋ねるのを止めた。人見知り気味なフィーリアでも、子供に対してなら問題無いらしい。


「マスターなら今は寝ていらっしゃいます。えっと…起こしてきましょうか?」


「あ、いえ!大丈夫ですっ!あとこれ、差し入れですっ」


渡されたのはレジ袋に入った、少し高めに見えるプリンだった。

個数は何故か2つ。


「あ、ありがとうございます!マスターもきっと喜ぶと思います!」


そ、そうですか…と照れたようにしながらも、裏神はキョロキョロと視線を泳がせて、慌てふためいたままだった。


「あ、あの…ひとつ聞きたいんですけど…」


「あ、はい。なんでしょう?」


意を決したように真っ直ぐとフィーリアを見据えた裏神。その様子に純粋に疑問を抱きながらも、フィーリアは彼女の次の言葉を待った。


そして…。


「あ、あの…その、耳は…それにその、尻尾も…」


…それが何か?と、自然な動作で自分の耳に触れる。

ピクピクと動くそれの様にポカンとしている裏神の顔を見て…ようやくハッと気付いた。


…自分はまた、ドジを踏んだのだと。

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