第14話

「そういえばきたっきー、食べ物は創れるの?」

リーストのその言葉で、フィーリアに言われたことを思い出す。

彼女曰く、『例えば自分が一番覚えている料理なら再現できるかもしれませんが…あまり期待しないほうがいいと思います。味、というのはとても曖昧で…食材ひとつひとつを完璧に想像するのは、あの世界の仁様でも出来ませんでした』とのこと。

下手に作ろう物なら、100%体に害の無い安全な物だとは言い切れないらしい。

あの仁が作れた唯一の投影料理が紅生姜だと言われた時は思わず吹き出した。


「出来ない。そのうちできるようになるかも知らんが…」

「残念。アイス食べたい気分だったんだけどな〜…あ、そこのコンビニ寄っていこうよ!」

とのことで、リーストは返事も聞かずコンビニへ。

だが入る前に一度振り返るあたり、自己中とも違うのだろう。


三人で揃ってコンビニへ。

中には他の客もおらず、店員が2名いるだけだった。

「…そういえば、肉まんの約束はどうしたんだ?」

「…?……あ。奴が自然に走って帰ったから忘れていた」

ふっはは…これも俺の運命力か。などと言いながら店内を物色している神谷もまた、何か買うつもりらしい。


「急いでいたようだが、どうかしたのか?」

買う物を物色しようと左右に動き回っていた神谷の目線がピタリと止まる。その質問に言うべきか逡巡していたが、やがて口を開いた。

「彼奴には小学生の妹がいる。両親は共働きで…兄妹揃って人とのコミュニケーションが苦手だから、妹が寂しがらないように〜という訳だ」

へぇ…あの男に妹…。

…なんとも言えないが、きっと良い子供なのだろう。

「あのバンダナ、似合ってないだろ?あれは昔に怪我をして、その傷を隠すため、と妹より授かったらしい」

以来ずっと着けてて…余程嬉しかったんだろうな、と懐かしげに語っていた。

2人は1歳差だが…恐らく長い付き合いなのだろう、見ていれば解った。

だから、似合ってないとは思うが、本人にはそう言わないでやってくれ。と…親友を想う言葉は、口に出さずとも彼に伝わっていた。

「…それなら、生徒会には入らない方が良かったんじゃ…」

「なんでも当時は人手が本当に無く…奴は当時の会長に誘われて断れなかった。良い奴が、結局損をする…それが世界ここだ」

損…まぁ、損なのだろう。

ならお前もまたなんで入ったんだ。その質問は読まれたらしい。

「俺は千に頼まれてな。…確かに損だが、実際千が有能だから大してきつくは無い。片手間で作業できる。あいつはすごいやつだ」

はぁ…と、そんな曖昧な声で返事をするしかできない。

並んで歩きながら語り合っていた為、気がつくと店内を無意味に一周していた。

「…仕方あるまい」

神谷がぽつりと呟くと同時に、買うアイスを決めたらしいリーストが、容器に入った典型的なソフトクリームを手に持ってこちらに来た。

「二人は何か買わないの?」

「俺は別に良い」

「俺は…其処ので何か買おう。リースト、俺がついでに会計してやるから渡すがいい」

レジの横についている、唐揚げやら何やらが入ったケースを神谷が指指した。

「解った〜、面倒くさいから100円でいい?」

二人のやり取りを横目で見ながら、彼は一足先に店の外に出た。


神谷を置いて出てきたエリクサーが横に立ち、ジッとこちらを見上げていた。

…気づかないふりもできず向き直る。

「なんだ」

そう尋ねるも、う〜ん、と唸ったまま暫く考え、

「…思ったんだけどさ。…人と目を合わせるの、苦手?」

そんなことを言われてしまった。

「偶に目を合わせても、目の焦点ずらしてるでしょ」

…事実だった。その事実を悟られるのは初めてで…瞬時に言葉は出なかった。

といっても…あの世界ではそれをしないように、一応なるべくは気をつけていたが。

睨まれた時に睨み返すことはできるのだが…話している時に自然と目を見る、ということは苦手だった。見透かされてるようで…心が落ち着かない。

顔に出さないように成れるのなら、いっそ心が慌てないように成りたかった。

もしかしたら…ただ、照れくさいだけかもしれないが。

「ああ…良く分かったな」

「やっぱりか〜。…少し意外だなぁ。今もだけど、もっと、他人なんて知るか!みたいな感じだと思ってたし」

ふ〜ん、へ〜、とマジマジとこちらを見つめてくる彼女は、現実リアルとはかけ離れた、風変わりすぎる少女だった。

「別に、普通だ。嫌いな奴は無視するし、普通な奴には普通に接する」

「好きな人には?」

「さぁな」

へぇ〜…なんてからかいだそうとしていた彼女を、会計を済ませたらしい神谷の声が遮った。

「ふっふっふ…待たせたな」

ほらアイス、と袋からアイスを差し出され、礼を言いながら彼女は受け取り袋を開けた。

「そして北神よ、これは…俺からの餞別だ」

少し大きめな袋の中から、紙で包まれた肉まんらしきものを取り出し、それを差し出してきた。

「…??」

「あいつの元へ届けに行こうと思ってな、ついでに買った」

それはまた…何故?

「後でぐちぐち言われたらたまらんからな。…大分長く学校に居たから、腹も減っているだろう?…帰り際の買い食いの肉まんは絶品だぞ」

差し出された…というか半ば押し付けられたそれを受け取る。

断るのはできないだろう。自分が相手の立場なら、それをされたら一番困る。

「まぁ…なら、ありがたくもらう」

「そうするがいい。では、俺はあやつの元へ行くのでな」

互いに軽く手を挙げて別れ、自分用にも買ったらしい肉まんを頬張りながら、神谷はのんびりと去っていった。


「そういえば、好感度がどうとか言ってたが…」

「あ、何々、気になる?」

半分程食べた肉まんは熱々で、体が中から暖かくなっていく心地は悪くなかった。

対するエリクサーは逆に、体が冷えていくのが堪らないらしいが。

「それはそうだろ…他の奴らにはそのことは言ってないのか」

「うん、流石にぺらぺら言い過ぎたら、破綻しちゃうからね」

「…じゃあ、なんで俺に」

腑に落ちないのはそこだった。会ったばかりの、それも灰と化した奴に、重要そうなそれを言う理由が全く分からなかった。

「だってさ〜、きたっきーも主人公属性高そうだからさ。言うならそうだな〜…ゲームで言うなら私編と君編があるんじゃないかなって思って」

…私が主人公、だなんて思うのは当たり前なんだと思う。

自分以外の人間が本当に生きているのか。もしかしたら視界を外れた瞬間には“いなくなってる”んじゃないか。自分の後ろに世界はあるのか。相手に本当に心はあるのか。ゲームで言うところの選択肢のような、そんな条件会話をしているんじゃないか。

何度もそんなことを考えた覚えがある。

人間一人一人に物語がある。それを彼女は知らないのか、もしくはそれでも“全人類の為の主人公ヒロイン”であろうとしているのか…。


そんな少女が君も主人公なのでは、というぐらいには…俺の人生も、そうであるらしい。

「…そうか。…お前が知り合った人同士の好感度が見れるってことでいいのか?」

「うん!そうだよ〜。友情度というか愛情度というか…その違いが良く分からないんだけど、とにかく好感度、だね!」

いまいち勝手が解っていないらしい。だが…自分の能力を100%理解している人間などいるのだろうか。いや、いない。

「大体で言うと、他人、知り合いの平均値は0。でも見た目が良かったりしたら最初から少し高い。因みにマイナスもあるよ。念願叶って付き合いたてのカップルは大体平均70〜80ぐらい。なんとなく付き合ってみた、っていうのだと30無いぐらいかな。友達は30。親友は60、って感じ。あ、でも、好感度が低いからって親友じゃないわけじゃないっていうか…逆に好感度が40あっても友達と言えるかというと…」

ん〜…ん〜…?と唸りながら良い例が無いか脳を回転させる。

彼に説明しながら自分にも改めて説明をしているようだった。

「ん〜例えば、瞬間的になら70から一気に0にだってなる。それでも寝て起きたら元に戻ってたり…」

ぴょーんと伸びたかと思うと、急にその場で縮こまった。

彼女的には、上がった!下がった!という様子を解りやすく表しているのだろうが…何事かと彼は目を丸くしていた。

「結構複雑なんだよね〜、心というか愛というか」

ひょこりと何事もなげに立ち上がり、再びリーストは歩き出す。

「はぁ…成る程?」

ゲームのようには上手くいかないのだろう。いっそ攻略本も持ってたりしないのだろうか。

いやそれは主人公とはまた違うのか…?

「ならとりあえず…一通り聞こうか」

おっけ〜、ということで彼女は口頭でスラスラと列挙していった。


自分から裏神:裏神から自分= 31: 33

to 十柏 : from 十柏 = 26:27

近木 26:22

神谷 28:31

巡 2:−24

廻 7:9

「こんな感じ〜、どう?参考になった?」

あの中だったら裏神が一番お互いに高いのか…。

まぁ…別に嫌いな部分も無い。

十柏他男組とのto.fromの好感はそこそこ。普通これぐらいだろう、会話して初日なんだし…いや、寧ろ少し高いような気さえする。


加えて、姉の方への自分の好感度が2もあることに驚いた。

絶対に−だと思っていたのだが…いや、ああ、成る程。

……良くも悪くも、奴は普通なのか。自分にとっての一般人と。だが少し頭が良いというか道理は解っているから2はある、ということだろう。


謝る妹を止めさせたのは、仁からしたら正しい行動だったらしい。彼は突きつけられた数値達に凹むわけでもなく、ただ頬を2.3回爪で掻いた。


自分では解らない力や気持ちを数値として表す。エリクサー=リーストの能力は、喜べる力なのか、忌むべき力なのか…それは、彼女が決めることだろう。


「まぁ好感度なんてコロコロ上下するからっ、コンビニ入ってから別れるまでで、ちかっき〜からの好感度も10ぐらいあがってたよ」

こういうのは最初こそ上下激しいが、時間が経てばある程度落ち着くものだ。…人間関係は割とそういうものだと、彼は考えている。

「…お前からの好感度はどうなんだ?」

「おっ、それ聞いちゃう?しょうがないな〜」

待ってました!とでも言うような、期待通りで嬉しそうな顔をした後、う〜ん、と少し唸り…やがてキリッと大きく目を開けた。

「パンパパーン!エリクサーから君への好感度は〜41!逆に君からの好感度は〜…」

飛び出すような勢いでくるくる一度回った後、そう数値を伝える。そしてそこで急に動きを止めた。

「さぁいくつ!」

止まったと思った次にはまた一回転。そして手をマイクのようにして、こちらに差し出して尋ねてきた。ここまで陽気で動き回る女しかいしゃを見たことはない。

「0」

「おおっ!ちょっとたか…あれ?」

あれ…?と点数を言われ間抜けに目と口を開いていた。まるで言葉が解らないというように。

「え〜!なんで、なんで〜?」

…自分に対しての好感度は見れないのだろうか。それとも、ただ敢えて言わせたいのか…その真偽はまだ、解らない。

「どうせ見えてるならわざわざ言う必要もないだろ、ここで100とか言って実際は10だったらどう考える」

む〜そっか…と、エリクサーは渋々だが納得してくれたらしい。

引き際を解っている彼女に好感度が1上がった…ような気がする。

「じゃあ…自分に対しての好感度だけ見れないって言ったら?」

湧いていた疑問を口に出され、1刹那止まりかけたが、灰と化したお陰か止まることはなかった。

「そんな主人公がいるか。…ん?いや、主人公は逆に好感度なんてものを認識できないような…」


んん…???と疑問符がどんどんと溢れていく彼を横目で見て、エリクサーは夜空を見上げる。

カメラがあるならここら辺だろうな…なんて考えて、手を天に突き出し、グーで星を掴んだ。

「んじゃ、私こっちだから!また明日ね!!」

「ん?ああ、おう」

別れて帰路を走り出す。手に持ったあの剣の感触は、まだ残っていた。

エリクサーが思い出した裁判の光景、廻を除く6人はそれを、リアルタイムで見ていた。

…あの人が今、近くにいる。言葉を交わしたんだ。


夢だけでは、世界の変化の実感が薄かった。

外に出て、この世の終わりを見た気がした。その中で自分はちっぽけすぎて…もしかしたら、もうこの世界はバッドエンドなんじゃないか。こう変わってしまうのを阻止することが、できたんじゃないか。

…そんなifを想う心は怖気づいていた。だが…違った。ありえないことが起きたのだ。

北神 仁もう1人の主人公が仲間になった。

これは…きっと、そう、始まりだった。手遅れなんかじゃない。今から…始まるんだ。

不安は途端にわくわくへ。

『主人公は主人公と出会って、それが物語の幕開けになるんだよね!』


…それに、面白いんだよね。

だって肉まんもらった時、好感度が一瞬10ぐらい上がったのに、ずく勝手に落ちたんだもん。

まだまだ知らないことばかり。でもこれから沢山知ることができる…そんな気がした。

見えない暗闇を一直線に並んで走る。もしかしたら、後一歩進んだら穴に落ちるかもしれない。気がついたら隣の人がいなくなってるかもしれない。

それでも前に、進むんだ。

「よ〜し!明日からまた頑張ろー!!」

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