そんなこんなでそれから一ヶ月の間、谷崎と進は、まとめると分厚い電話帳数冊分になりそうな仇討ちの申請書類作成のために、忙しく働いた。谷崎はその仕事にかかりっきりだが、進は学校もあるから何十倍も大変だったろう。この書類をかき集めることが、仇討ちの中で結構手間なのである。

 そんな面倒ごとを処理するために、探偵が雇われているといっても過言ではないだろう。正直、谷崎はあまりの作業の煩雑さに音を上げる寸前だったのだが、桁外れに優秀な助手、進の御陰で何とか音を上げずにすんだ。

 これほどまでに忙しく、しかも面倒で気疲れする作業をこなしながらも、進は生活半無能力な谷崎に変わり家事をこなし、その上毎晩素振りをしているのだからすごい。表向き『若いうちはそんくらい楽なもんだろう?』といいながらも、実は内心舌を巻いていた。

 必死の思いで提出した仇討ち申請から一ヶ月、数回に及ぶ資格審査の後に、ようやく法務省から許可が降りた。

 進が谷崎探偵事務所に住みついてから、早二ヶ月が経過していた。


「よかったな」

 忙しい日々を乗り越えてようやく手に入ったこの許可証を手に、感慨深げな顔をしている進に、谷崎はそう声をかけた。

「ええ」

 だが少年は、かなりの枚数が束になった許可証を、じっと眺めながら考え込んでいた。きっと感慨深いのだろうと、深く考えず次の段階の話に持っていく。

「そんじゃ、探し始めようや。お前の両親を殺した犯人をさ」

 そう、ここからの人捜しが探偵の本領発揮なのだ。張り切る谷崎に進は、申し訳なさそうに告げた。

「いいです」

「はぁ?」

「探さなくていいです」

 思わぬ言葉に谷崎はあんぐりと口を開けた。ようやく閉じた口から言葉をひねり出す。

「……やめんのか、仇討ち」

「そうじゃないです」

「じゃあなんで……」

 わけが分からず腹立たしい口調で詰め寄った谷崎に、進は許可証を手渡した。

「なんだ?」

「ここ見てください」

 進が示した指の先には、犯人の名前と現住所、そしてなんと犯人から示してきた、仇討ちを受けて立つ場所と日時が書かれていたのだ。

「……こいつ、アホか? 何で逃げようとおもわねぇんだ……」

 困惑する谷崎に、進はため息を付きながら答えた。

「多分、僕が弱いから、絶対に殺されない自信があるんでしょうね。だって仇討ちのチャンスは一度だけですから」

「そうか一人に一度だもんなぁ……」

 これが、仇討ち制度の抜け穴だ。もし犯人がこの仇討ちを上手く切り抜け、死なずにすんだ場合、今後永遠に罪を問われないのだ。仇討ちできるか、失敗して犯罪者を野に放ってしまうか結果は二つにひとつ。確率は半分(フィフティー)だ。だから失敗を恐れて仇討ちをせず、涙を呑んで通常の刑を選択する遺族も少なくない。

 一応助っ人を二人まで頼んでいいことになっているが、それは親族限定だ。相手が人を殺すのに慣れていた場合、仇討ちする側は歯が立たないということも、これまで幾度かあった。 

「お前、助っ人頼んだのか?」

 心配になって尋ねると、進はゆっくりと首を横に振った。

「前に言ったじゃないですか。僕は天涯孤独だって」

 つまり、両親二人を殺害した凶悪な犯人と、この十五歳になったばかりの少年は一対一で対峙しなければならないのだ。

「そんなお前……」

 谷崎の脳裏に、返り討ちにあって血まみれで地に倒れ伏す進の姿がよぎった。頭をブルブルと振って、嫌な考えを振り落とす。

「……作戦はあります。向こうが指定してきた仇討ちの日まであと十日、僕は絶対に負けませんから」

 自信ありげに気合いを入れ直す進に、谷崎は納得いかないながらも頷くしかなかった。いったい作戦はなんなのか、どうして自信ありげなのか進は全く教えてはくれなかった。それでは谷崎に推測のしようもない。

「いいから当日のお楽しみです」

 進は自分の部屋に入り、扉を閉めた。部屋の中には戸惑ったままの谷崎と、進の静かな決意とが取り残されていた。

 谷崎は一人、ソファーに寝そべって煙草のヤニで汚れまくった天井を見上げた。ポケットから煙草をとりだして火を付け、その天井へと吹き付ける。

 探偵稼業はこうも気を使う、忙しい仕事だったのだと初めて知ったと、ぼんやり考えながら。


 仇討ち当日。空はどんよりと曇り、風が強い。これで雷が鳴り出しでもしたら、まるで映画のようなシチュエーション。本当に仇討ち日和だ。

 谷崎と進は二人で待ち合わせの場所へやって来た。仇討ちに関して服装に決まりはないから、谷崎は普段のままくたびれた皮コートにジーンズ、進は鞄と、布に包んバットを持ったジャージ姿だった。

「なんじゃこりゃ……」

 仇討ちに指定された場所へやって来た、谷崎の第一声がこれだった。

 仇討ちの指定場所は、都会の喧噪から一時間ほど離れた郊外の街。進の仇討ち相手は、人目につかないところで、進を返り討ちにしてしまおうと考えていたに違いない。

 確かにそこは、普段あまり人がいないであろう田んぼのど真ん中の、やたらと広い十字路だった。多分、小原慎一郎に駆逐された道路の好きな方々が作った、無駄な道路なのだろうと簡単に推測がつく。

 いや、谷崎が驚いたのはそんなことではない。その場所が思わぬ事になっていたのである。

「ふふふ、驚いたでしょう、谷崎さん。僕も予想以上で驚きましたけどね」

「……祭りでも始まりそうだな」

 谷崎がいったとおり、その場所は人であふれかえっていた。しかも人々は皆、マスコミの方々だったのだ。

「あいつが呼んだのか?」

 不快感を隠さずにいった谷崎に、進はイタズラを見つかった子供のように困った顔で答えた。

「いえ、僕が呼んだんです」

「お前が?」

 あまり目立つことはしたくないはずの進が、マスコミを大量に集めた意味が分からず、谷崎は押し黙った。

 そんな谷崎を察したのだろう、進ははにかんだように微笑みながら谷崎にいった。

「こうすれば、あいつも僕を返り討ちにしづらいですよね。僕に勝機があるのは、こっちのペースに相手を巻き込むことだと思うんです。それに、僕には考えがあるから……」

 押し黙ったまま聞いていた谷崎は、やがて頭をボリボリと掻くとため息とも深呼吸とも分からない息をついた。

 こうなっているのだから仕方ない。彼は立会人として立派に仕事をこなすしかないのだ。中継を見ていた教育委員会に押しかけられようと、人権保護団体に押しかけられようと覚悟を決めるしかない。どうせ乗りかかった船だ。

 それに……。

 そうだ、夢が現実になる……?

「もしかしてうちの探偵事務所は、有名になるってことか……?」

 頭の中で人気の探偵になっている自分が、大きな革張りの椅子に足を組み、ふんぞり返ってパイプを吹かした。詰めかけてくる客に一言。『この私、谷崎にお任せを。必ず解決して見せます。わっはっは』と自信に溢れた満足げな顔で……。

「いいっ、それはいい!」

「谷崎さん」

 夢見心地でそう呟いた谷崎は、進の一言で我に返った。

「谷崎さん、顔、緩んでますよ」

「おっと、そりゃあまずい」

 ここはひとつ、ニヒルで格好いい探偵を演ずるのだ。締まらない顔ではマスコミに良く書いて貰えないではないか。谷崎は顔を引き締めた。

 駆け寄ってくるマスコミを押さえるために、警備員が派遣されている。これも進が手配したのだろうか。しかも規制線が張られて、仇討ちを行うところはこの二人と犯人以外が入れないようになっていた。

 すごい。大勢いる日本人のマスコミ、目も眩むばかりに瞬く沢山のフラッシュ、そして三人しかいない道……。この田舎の道路がまるで、東京国際映画祭のレッドカーペットのようだ。谷崎は緊張しながらまわりを見渡した。

 ついに四つ辻の中央に、二人は立った。目の前には想像もしていなかった光景に困惑し、動揺を隠し得ない様子の男が一人立っていた。

 男は中肉中背、体格だけを見ると別にどうって事のない普通の男だったが、目つきだけは普通ではなかった。

 これが人を殺した男の目かと谷崎は正直、恐怖を感じた。仇討ちの資料を集めたり、事件のことを調べているうちに知ったのだが、この男が殺したのは進の両親だけではない。他にも数人この男によって殺された人々がいる。

 男の鋭い目がふと谷崎の上で留まる。その瞳には狂気に似た冷たくて暗い闇がある。

 今までの迷子のペット探しや、旦那さんの不貞を調査するなんて仕事とは、レベルが違う。

 ――違いすぎるじゃねぇか! 大丈夫か俺!

 そんな谷崎の心の叫びが、誰にも分かろうはずもない。

「谷崎さん、谷崎さんってば!」

 動揺のあまり少々ぼうっとしてしまった谷崎は、再び進の声で我に返った。

「いかんいかん、茫然自失になっちまった」

「しっかりしてくださいよぉ……」

 小声で呟くと、進も小声で答えた。今やマスコミのマイクとカメラが一斉にこちらを向いているのだ、下手な失言は出来ない。

「お願いしますよ谷崎さん。ビシッと格好良く決めちゃって下さい」

 小声だがその進の言葉は、谷崎の心にジャストヒットした。ビシッと格好良く……。

「任せとけ、決めちゃうからな」

 ようやく気合いが入った谷崎は、鞄から書類を取りだした。

 そんな彼の背中の方から、一斉に声が上がる。各社のレポーターが一斉に生中継を開始したのだ。

 谷崎は緊張のあまりに震える手で、書類をめくる。

「長田(おさだ)威(たけし)だな?」

 ちょっと声が震えてしまったかもしれない。だが谷崎は必死だった。とにかく失敗しないようにこれを読み上げなければとだけ考えている。

 何故なら仇討ち相手の氏名生年月日を読み上げること、相手を確認すること、仇討ちに関しての決まり事を伝えること……これだけが今日この場で行う彼の仕事だからだ。

「そうだ」 

 ボロボロのジーンズにくたびれたスカジャンの男はぼそりと答える。

「生年月日は一九六六年六月七日、本籍埼玉県。これも間違いないな?」

「ああ」

 男……長田の目がギロリと谷崎を見て光る。緊張と同時に汗がどっと吹き出した。

「本日行われる仇討ちは、宮前進の両親の殺害、及び金銭の強奪である。それはいいか?」

「ああ、俺が殺してやった」

 まるでお前もそうしてやろうかといっているような長田に、冷や汗が流れた。もしも進がマスコミを呼んでいなければ、本当にそうなったかもしれない。危ないところだった。進の機転に感謝だ。小さく息をつくと、書類の続きに戻る。

 それからいくつかの確認事項が、意外なほどすんなりとすんだ。

「それでは仇討ち人はこちらへ」

 谷崎の言葉に、進はジャージを脱ぎ捨てた。その姿はなんと……黒のズボンに、白シャツ黒ベスト、そして蝶ネクタイといういでたちであったのだ。

 これには谷崎は言葉を失った。一体何考えてやがると怒鳴りそうになったが、ここはグッと堪える。

 すると後からワイドショーの女性レポーターの興奮した声が聞こえてきた。

「なんてことでしょう、宮前くんが来ているのは、両親のお店の制服です!」

 そうか、進は両親が死んだ時に着ていたのと同じ服装でこの仇討ちに臨もうというのだ。ちょっと感動してしまった。

 そしてバットだと谷崎が信じていた物の布をパッと取って放り投げる。そこから出てきたのは、長さ一メートル程の太い木の棒だった。

 何を持っているのかさっぱり分からない谷崎に、再び女性リポーターが真実を教えてくれる。

「あ、あれはめん棒です。蕎麦打ちが趣味だったというお父さんが愛用していためん棒でしょうか?」

 やはりワイドショー、無駄に詳しい。

 だが谷崎は不安になった。殺人鬼相手にめん棒とは……。進はどういうつもりなのだろう?

 撲殺は大変だ。しかもテレビカメラがたんまり来ているところで、ボッコボコにするのは問題があるだろう。

 だが進は落ち着いたものだった。相手の長田にその得物を嘲笑されても全く動じない。

「進、本当にそれでいいのか?」

 小声で尋ねた谷崎に、自信たっぷりに進は頷く。

「ええ。いいんです」

 心配してもここまで来たら仕方ない。あとは進を信じるしかないのだ。一応仇討ちを受ける側に決まりがあり、身を守る物しか持っては行けないことになっているのだ、それにマスコミがいる。返り討ちで殺されることはなかろう。

 ……ない……だろうか?

 だがもうどうすることも出来ない。

「それでは、仇討ちを始める。両者いいか?」

 谷崎は自分の口から吐き出される言葉を、どこか遠くから聞こえてくる言葉のように聞いた。

「はい!」

「いつでも……」

 元気な進と陰気な長田が同時に答えた。もう本当に立ち止まれない。

「それでは……始め!」


 ――結論から言うと、もの凄く簡単に勝負がついてしまった。 

 谷崎は今、救急車を携帯で呼びそれを待っているところだ。

 勝負は勿論……進の圧倒的な勝利だった。あれを作戦勝ちというのだろう。

 仇討ちが始まった瞬間、長田が出した身を守る道具は、ナイフだった。折りたたみ式のナイフである。ニヤリと嫌な笑いを浮かべると、余裕の表情でナイフを手にする。

 まるで進を脅すかのようにゆっくりと構えた後、長田は顔を上げて進を睨みつけた……いや睨みつけようとした瞬間にはもう遅かった。

 長田は油断していたのだ。十五歳の少年が彼に何かできるはずがない、自分が勝つに違いない、と。しかも得物はめん棒だ。

 だがそれは大きな油断で、そして取り返しのつかない油断であった。

 長田が進を見た時、すでに進は大声を上げながら、長田の目の前に迫っていたのだ。真っ直ぐにめん棒を構えて、長田に向かって真っ直ぐに突っ込む。

 長田の腹に強烈な突きの一撃が決まった。『ぐぅ』とも『げぇ』ともつかない声をあげ、長田は体を二つに折った。ちょうど胃か鳩尾辺りにジャストヒットしたのだろう。

 それから進は、少々下がって間合いを取り、野球のバッターの姿勢を取ってめん棒を構えた。

「喰らえ!」

 叫びながら進は、そのめん棒を強烈なスイングで横から長田の首へと叩き込んだのだ。

 ……ゴキッと嫌な音がした。

 多分首の骨が折れている。首が横へとずれたから確実だ。

 そこまですると、進は肩で息をしながら後ろに下がった。一瞬のことに、マスコミは呆けたように黙りこくっていたが、進がめん棒を落とすと同時に、我に返ったようにぎゃいぎゃいと一斉にレポートを再開した。

 谷崎はあまりの早業に何がどうなったやら思考がついて行かず、口を開けたままポカンと長田と進を見ていた。

「谷崎さん、救急車呼んでください」

 冷静な進にいわれてようやく我に返り、谷崎は大急ぎで救急車を呼んだ。

 ――そんな感じだったのだ。

 めん棒は少々折れて、中から鉄がはみ出ている。どうやら進はこのめん棒の真ん中をくりぬき、鉄を鋳込んでいたらしい。

 これでは流石の殺人鬼もたまらんだろう。

 あの毎晩の素振り……あの鬼気迫る表情の素振りは、この為だったのだ。それなら好きな球団も、野球のポジションも必要ない。

 素振りの時、進に必要だったのは、憎き犯人・長田威(たけし)の顔を思い出すことだけだったのだから。きっと進は谷崎が見ていないのを確認した上で、めん棒に持ち替えて素振りをしていたに違いない。

 救急車が来る前に、谷崎は長田を覗き込んだ。口から泡を吹いている。意識はあるのだろうか? こわごわとつつく谷崎に、進が近寄ってきた。

「死んでないですよね? 死んじゃったら困るんだけど……」

「へ?」

 思いがけない進の言葉に、間抜けな声が出てしまった。

「死んだら困る?」

「はい。困ります、こんなに簡単に死なれたら」

 穏やかな進の口調は、今までと変わらなかったが、そこに感じられる冷静な調子に、谷崎は驚いた。全く動揺していない。これが仇討ちした者の強さか……。

 感心したと同時に、少々悲しくなった。今まで進はどれだけの感情を堪えてきたのだろうと思うと、言葉にならない。

 やがて静まりかえった群衆が、次の進の行動を見守る前で、進は長田の元にかがみ込んだ。そっとその耳元に語りかける。囁きにも似た小さな声……だがその声は、静まりかえった中によく響いた。

「長田さん、あなた多分下半身不随になるでしょうね」

 長田は何の反応もしない。だが進は言葉を続けた。

「あなたを殺したいと思っている被害者遺族はまだ数人いますよね。仇討ち申請も出ているって聞いてます」

 一体何を言い出すのかと、谷崎を含めマスコミまでもが息を呑み、進の一言一言に耳を凝らした。冷静で堅く冷たい表情で進は静かに言葉を紡ぐ。

「あなたは座ったまま……何も出来ないまま彼らに殺されるんです。どうです、その気持ち?」

 誰も口を開く者はいない。谷崎でさえ何も言えなかった。

「僕の両親を椅子に縛ったまま殺しましたね。逃げることも出来ないで、両親はそのまま死にました。次はその恐怖をあなたが味わってください」

 これが進の仇討ちであり、考え抜いた復讐なのだ。

 長田と、無理矢理付き添いとして選んだ警備員を乗せた救急車が去っていくと、呪縛から解き放たれたようにマスコミが進を一斉に取り囲んだ。

 勿論谷崎も幾重にも取り巻かれ、インタビューを受ける。

 明日はきっとこのことで持ちきりだろう。とにもかくにも進の仇討ちは終わったのだ。

「終わったんだ……」

 谷崎の元に届いた進の小さな呟きは、妙に沈んで聞こえた。


 仇討ちが終わってから二週間、超大物有名人の離婚が浮上するまで、とにかくマスコミに追い回された谷崎と進は、探偵事務所に籠もりきりになっていた。食べ物などは野次馬根性丸出しで大家を訪ねてくる、親切なアパートの住人たちが毎日のように差し入れてくれたおかげで不自由せずにすんだ。 

 そんな騒がしい日々の中で進は、茫然自失の状態に陥っていた。彼には今、自分が生きるための目標が見つからないようだった。両親の仇討ちだけを胸に描いて必死で生きてきたのだから、仕方あるまい。

 そんなわけで、谷崎は進の面倒を見ながら過ごした。飯を喰えと怒鳴らないと喰わないし、寝ろといっても寝られないらしい。抜け殻になってしまった進が痛々しかったが、人生経験の貧しい谷崎には、何をしてやったらいいか皆目見当もつかず、ただただ見ているだけしかなかった。

 そんな進に隠れて、谷崎はこっそり自分と進の載っている新聞・週刊誌を全て集めて、片っ端からスクラップしていた。

 記事の内容は賛否両論、五分五分といったところだった。あからさまに谷崎を『子供を仇討ちに行かせるなど常識のない立会人だ』と非難している記事があれば『勇気を持って正統な権利を持つ者のために立ち上がった探偵』と書いてくれているものもある。

 だがどっちの記事にも谷崎は満足だった。希望だった『有名な探偵になる』というのは果たされたのだから。

 これで進が立ち直ってくれたなら、もう彼にはいうことはない。

 そんな彼の願いを知ってか、進がようやく立ち直ったのは、それから更に一ヶ月が経った日のことだった。

 唐突に進は寝転がっていたソファーからむくりと立ち上がって、真摯な顔で谷崎に尋ねたのだ。

「谷崎さん、僕、本当に探偵になろうと思うんです。ここに置いてくれませんか?」

「あ?」  

 あまりの急な言葉に、谷崎は間抜けな返事をしてしまった。

「駄目ですかね、谷崎さんの助手っていうのでいいんだけど……」

「駄目とはいわないがさ……。お前高校どうすんだ? 進学しないのか?」

 しばし考え込んでいた進は、顔を上げた。

「ここから通信制の高校に行こうと思うんです。勿論バイトして家賃は払います。学費はあります。両親が残してくれたので。駄目ですかね?」

 谷崎は大きくため息を付くと、頭をボリボリと掻きむしった。乗りかかった船も船、もうここまで来たら最後まで行くしかない。

「これから忙しくなるかもしれないからな。家賃のかわりに、ここで助手として働くってのはどうだ? 悪い話じゃないぞ」

「じゃあ……」

 進は目を輝かせて谷崎を見た。ため息を付きつつ、谷崎は頷く。

「その代わり、アパートの掃除もお前な」

「はい!」


 ――やれやれ、俺って結構世話好きかもな。

 谷崎はため息を付いて、ソファーに座り込んだ。同時に扉が叩かれる。

 テレビの効果でお客がやって来たのだ。いい助手も出来たし。これから忙しくなるだろう。

 ふと谷崎は思う。助手を得て、有名になった。これって万々歳だよなと。

 彼が理想の探偵になる日は近い――かもしれない。 

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仇、一名様、ご案内。 さかもと希夢 @nonkiya-honpo

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