幕間劇~私はセキになりたい~


「ははははは! よくやったぞシャルティア!」

 ナザリック地下大墳墓の最高支配者アインズ・ウール・ゴウンはその執務室で上機嫌な笑い声を上げていた。


「お褒めに預かり光栄に存じんす。アインズ様」

 対面の銀髪の吸血姫は会心の笑みだ。


「……」

 それに反して隣のサキュバスの美女の顔はどこか苦々しい。


「まさか漆黒聖典を捕らえた上に世界級ワールドアイテムまで持ち帰るとは。お前は最強にして最高の守護者だ!」


 アインズは深く考えずに発した言葉だったが、その場の二人に驚きを齎し、次にそれぞれ正と負の強い感情を引き起こした。


「ありがとうございます! お役に立てて本当に嬉しいです!」

 喜びと興奮でインチキ廓言葉を忘れてしまうシャルティア。


 ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ

 世界級の歯ぎしりを鳴らすアルベド。


 歯ぎしりの方は無視しつつ、アインズはシャルティアを見ながら思う。 

(最初はどうなることやらと思ったけれど……ここまでできる子だったなんて。運が良かっただけとも言えるけど、それでも世界級ワールドアイテムを警戒してエインヘリヤルを突貫させるなんて、戦術的にも素晴らしいじゃないか)


 脳がほがらか系評価だったシャルティアに、今では頼もしささえ感じるのだった。


「それでシャルティア、今回のお前の働きに相応しい褒美を与えようと思うのだが……なにか望みはあるか?」

 アインズのその言葉を待ち焦がれていたのを必死で隠しつつシャルティアは口を開く。

「わたしどもは至高の御方に尽くしんす事そのものが無上の喜びでありんす。それ以上何かを戴くのは僭越にもあたりんしょうが……そ、それでもお許しいただけるなら……その……」


 顔が紅潮しだし、更に息遣いが荒くなっていき、しまいには目も潤みだしたシャルティア。


吸血鬼ヴァンパイアってアンデッドだから心臓動いてないよな……なんで顔赤くなるんだろう……呼吸も必要ないし、涙も流れないのに不思議だなー)

 なんか嫌な予感がしたアインズは、しょうもない事を考えて気を紛らわせた。


「ひ、一晩だけ! 一晩だけでいいので、しとねをご一緒に――」

「ちょっと待ちなさいシャルティアアアッ!!」

 アルベドの雄叫び。いや、女だから雌叫び?


「あら、居たでありんすか?アルベド」

 シャルティアは勝者の笑みを崩さない。

 

「最初から居たわよ! ……じゃなくて、少し勲功を立てたからと言って、それにかこつけてアインズ様に関係を迫るなんて! なんたる不敬! 恥を知りなさい!!」

 それは悪魔の形相だった。というか元から悪魔だった。


 お前が言うんかい。

 本気でそう言いたかったけれども、なんとかそれを飲み込むアインズ。

 そのうち例の顔芸対決が始まりそうなので、差し水の意を込めて一言。

「良い」

 

「ア、アインズ様!?」

「ア、アインズ様ぁ!」

 ハモった声は絶望と歓喜とに音色が別れていた。


「で、で、ですが、さ、流石にそれは過剰な褒美――」

 顔面蒼白で必死に食い下がるアルベドを手を挙げる事で制する。

 サキュバスの女の顔はいよいよ絶望一色になってしまった。


「シャルティア」

「はい!」 

「お前たち守護者は私の仲間たちが遺したかわいい子供のようなもの。だからこそ、そういう関係を結ぶべきではない。少なくとも今はな。故にお前のその願いは聞けないのだ。よいな?」


「はっ!」

 畏まるシャルティアに不服そうな素振りは全く無かった。


 横でほっと胸を撫でおろすアルベド。


「まぁ、何か他の願いならいいぞ。何かあるか?」

 

「で、でしたら、あの……」

 

 再び顔が紅潮しだし、更に息遣いが荒くなっていき、しまいには目も潤みだしたシャルティア。


吸血鬼ヴァンパイアってアンデッドだから心臓動いてないよな……なんで顔赤くなるんだろう……呼吸も必要ないし、涙も流れないのに不思議だなー)

 再びなんか嫌な予感がしたアインズは、再びしょうもない事を考えて気を紛らわせた。


「い、一日だけ! 一日だけでいいので、わたしを椅子にしておくんなまし!」


「……え?」



―――


 それから紆余曲折あり、捕らえた人間に目を通しておこうと思ったアインズはシャルティアに連れてくるように言いつけ、しばらくしてドアがノックされた。


「入れ」

 

 アインズがそう言うとゆっくりとドアが開かれてゆき、入ってきたシャルティアが婉麗えんれいな所作で礼をする。


「失礼します。アインズ様、シモベにした元人間たちでありんす」


 シャルティアの後からまず入ってきたのは長い黒髪の青年。

(ほぅ、なかなか強そうだな……もしかしてこの世界で今まで会った人間の中でも一番じゃないか? ところでそもそもこいつ男なの?)

 

 次に入ってきたのは鎖を左手に巻き付けた男。

(なんか大昔のロックバンドみたいな格好だな)

 その男に関する感想はたったそれだけであった。


 次に入ってきたのは青い髪をした剣士風の男。

(髪が青いな)

 その男に関する感想もたったそれだけであった。


 次に入ってきたのは短めの金髪の女。

(ほぅ、クレマンティーヌか……え?)


「あ」

「あ」


 目と目が合う二人。時よ止まれ、この想いが――


 どさっ。


 女は白目を剥いて後ろにぶっ倒れた。

 アンデッドなのに恐怖がリミットブレイクしてしまった稀有な例であった。

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