「ニカイドウサン、晩御飯だよ。食べて」

イリヤは粥の入った鍋を持って、床に臥せるニカイドウの部屋を訪れた。ニカイドウはイリヤを見ると顔をしかめた。

「お前、そうまでしてなんで俺の世話を焼く? 俺がいなくなればビルはお前とミナバのもんだろ……そうなりゃ家賃だって必要ねえ。生かしておく理由がないはずだ」

ぽたぽたと水滴の垂れる部屋の中、ニカイドウは訝しげな表情を崩さぬまま大儀そうに体を起こした。ベッドサイドに座ったイリヤは果物の皮を剥いた。

「アー、だっておれ、壊れた水道管直せないし……ニカイドウサンいなくなったらまた元の木阿弥だろ? 水コワイんだ、生きてけねぇぜ」

嘘だろうと、ニカイドウは思った。水が怖い人間は、わざわざ配水管の合間を通ってまで下層へ下ったりなどしない。

「そのためだけにお前は毎月たっけぇ家賃払ってその上俺の看病までするのか? ミナバの面倒を見て? 薬代だってお前持ちなんだろ。俺かミナバのどっちか放ったっていいはずだ。あいつだって職こそないが排水管の取り換えくらいできる。体力がある分俺より能率が良いくらいだ」

見捨てちまえと言われているのだと解釈したイリヤは軽薄な笑顔のまま表情を歪め、違う、それを肯定しちゃ嘘だろう、と呟いた。無意識だったのだろう、イリヤは自分の発した言葉に気付かなかった。何か企んでいるんじゃないかと言おうとしていたニカイドウは発言の機会を逃し口を閉じた。顔を歪めたままのイリヤは再び笑顔の形に表情を作り、言った。

「やだなァ、そういうんじゃない。そういうんじゃないんだって。わかってくれよ……アンタは俺を助けてくれた、いや、救ってくれたっていうのか? あの水の中で死んじまうところだった俺を。アレさ、何ていうのかな……ホント、嬉しかったんだ……」

あのままニカイドウが来なければ、イリヤは死を選んでいたことだろう。

「そういうもんか」

「そうさ……アンタには感謝してんだ。きっと、ニカイドウサンが思ってる以上にさ」



「ところでさぁ、ニカイドウサン」

「なんだ」

「ミナバサンとどこで出会ったの? やっぱ中層?」

すっと顔を寄せ、イリヤはニカイドウの目を覗きこむ。ニカイドウは嫌そうに身を引いた。

「アア? 下層だよ。幼馴染ってやつだ。出会ったころには二人で働いてたんだぜ」

イリヤは意外そうに眉をあげた。

「へぇ、全然そうは見えなかったぜ。スゲェな、エリートじゃん。エリートって使い方これであってたっけ?」

軽薄な笑みを見せるイリヤの言葉には答えずに、ニカイドウはため息をひとつ零した。

「あいつあれでフォークも箸も使えなかったんだぜ。ほんと世話が焼けた」

「そっかァ」

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