中層商店街

「仕事はねぇのか」

「今日明日と休みだ。人の心配してる暇があるならテメェも働け」

天井裏から響いてくる聞き慣れた文句を聞きながら、ミナバはトラップの掃除をしていた。木製の古臭いブラシはニカイドウがどこからか探してきたものだ。

「だから掃除してんだろ! これで水捌けもいくらかマシになになんじゃねえのか」

「そうだな、こっちの配管の補修終わったぜ。ダクトテープ切れちまったからまた買ってこねえと」


二人は買い出しのために中層に来た。雑多な中層商店街は人通りも多い。がなる内線、呼び込みの声、乾燥機の低い唸り。人波を縫って歩けば、着ていたものは徐々にその湿り気を手放してゆく。

ふと人足が途切れ、低い唸りだけが残った。どこへ行っても耳に届くそれは乾燥機の駆動音だ。人が多く生活する場には、それだけ多くの乾燥機が存在する。それらが個々に出す音が奇妙な調和を伴って、街中を埋めている。

乾燥機は濡れることを嫌う一般市民の生活必需品だ。湿度は常に一定へ保たれる。病的なまでの乾燥信仰は地下街に暮らす人々の心に根付き、疑問を感じさせることももはやない。ニカイドウは服の襟をあげた。

「ダクトテープと、何がいるんだったか」

「ライターガスとカンソーキ。買うから持って帰るの手伝え。ここが良いか、ちょっと待ってろ」

店に入り、値段の交渉をする。値段は大して変わらなかったが商品入れ替え時の型落ち品がオマケでもらえることになった。運用次第ではそれなりのカネになるだろう。そうでなくてもまだまだ使える。店を出たニカイドウは二つ持った袋の片方をミナバに押し付けた。

「今月分の家賃入ったんだろ、ポップコーン食わねえか」

「お前ホントしょうがねェ奴だな……」

ニカイドウは呆れ顔で相方を一瞥し、スーパーに寄った。袋入りのポップコーンとサンドイッチを買い求め、買い物袋に突っ込む。店を出ると、路地裏へつながる階段からは湿った風が吹いてきた。天井は曇った鏡、所狭しと壁を埋めるネオンは空の色を変える。この先はうらぶれたホテル街だ。商店街に響く時刻を知らせる放送を聞いてか聞かずか、男は無意識のまま舌打ちした。

「帰るぞ、じきに夜が来る」

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