第8話 エピローグ~桜咲く季節に~


「良いですか!? セブンティ!!

 これは、一種の降格処分なんですよ!?

 そこら辺の自覚をしっかり持って新しい場所では、是非、謙虚な行動を心がけてくださいね!」


「武蔵川、ウザ!」


「う……ウザって、あなた、一体どこから、そんな言葉を……!」


 不機嫌な声に、頬杖をついたまま見上げれば、見慣れた教育係りの武蔵川が、目を三角にして、怒ってた。


 あ~~あ。


 世の中は、春だってゆ~~のに。


 不機嫌で、イラついた人間は、花粉症を患っているミナサマだけにして欲しいよなぁ。


 オイラは、長々とため息をつくと、言った。


「武蔵川みたいに、体格に縦横幅があってさぁ~~。

 今の状況みてぇに、新しい実習現場に向かうヘリの狭めぇ、搭乗スペースを減らした挙げ句。

 クソ細けぇ事ばかり、ガミガミ言うヤツのことを『ウザい』って言うんじゃなかったっけ?」


「セブンティ!」


「そ~~怒鳴らなくても、新しい場所では、ちゃんとやるってぇ~~」


「本当ですか? 今度こそ、ウソじゃないですよね?」


 完っ璧に、オイラは、武蔵川の信用を無くしているらしい。


 ど~~やら、初めて街で自由行動を許されたその日に、髪をオレンジ色に染め、耳や鼻ピアスをつけて来たのが気に食わなかったらしい。


 けどなぁ~~ 黒髪っていかにも、イケてない上、キラキラのピアスが、すっげーキレイだったんだぜ?


 コレは、身に付けなきゃ、ウソっしょ?


 ……って色々やって、ほくほくと、前の実習場所の寮に帰ったら自衛隊、諜報部の服装規定に、反するんだそ~~な。


 前から、オイラのことを『男性型』アンドロイドだと認識しねえ、セクハラ教官に、お気に入りの鼻ピを取られかけ。


 日頃の恨みを込めて反撃したら、ナゼかオイラだけが、悪いコトになったんだ。


 なに、諜報実習で写したのをばらまいただけだぜ。


 ……ちょっと恥ずかしい教官の写真だったけどな。


  あははは♪


 ど~~やら、実習練習ってゆ~~のは。


 職業の適性検査ってぇヤツも、兼ねているみてぇでさ。


 上手く行けば、そのまま、将来の就職場所も決定しちまうらしい。


 オイラに、一っ番~~高けぇ値段をつけた『自衛隊、諜報部』に身売りが出来ずに、武蔵川だの、久谷だの、研究所でエラいヤツらは、研究費が削減されるってぇ、かんかんに怒ってたけど。


 一人、オイラのMama(ママ)だけが、ころころ笑って、今度の実習場所を選んでくれたんだ。


 ………



「次には、厳しい教官がいて、服装規定もあるのに!

 どうして、髪もピアスもそのままなんですか!?」


「ん~~ポリシー?」


「誰も、アンドロイドに、そんなモノ求めてませんよっ!

 良いですか!?

 今度、実習先でトラブったら、解体処分なんですからね!」


「アタマがオレンジなだけで大げさだなぁ。

 別に、オイラの就職先なんてさぁ。

 そんな堅ってえ~~トコじゃなく、コンビニのバイトでもいいじゃん」


「セブンティ!」


 やっぱ、武蔵川って、超~~ウゼぇ。


 そんなこんなで到着した、新しい実習場所に特に思い入れは、ちっとも、ねぇけどさ。


 辺りに一杯花が咲いている分だけ、武蔵川のツラを拝んでいるよりだいぶマシだ。


 外で俺達のヘリを迎える準備に、バタバタしている作業員たちをぼ~~っと眺めていたトキだった。


 突然『ソレ』が来た。


 今まで感じたことのない、何かがせり上がって来る感覚に口元を押さえて、その場にうずくまる。


「うぁ……っ!」


 思わずうめいたオイラに、武蔵川がぎょっとして声をかけた。


「セブンティ! どうしたんですかっ!?」


「アタマが、ぐらぐらする~~

 胸がつまってぎも゛ぢわ゛る゛い゛~~

 なんか、二日酔いでも起こしたみてぇな……」


「あなたアンドロイドのクセに、また、面白がって変なのを摂取したんでしょう?」


「小言をゆ~~な~~アタマに響くだろ~~

 吐く~~トイレ、どこ~~?」


「この、お莫迦アンドロイド!」


 到着したとたん、まだ羽の回ってるヘリから、オイラは、トイレに駆け込んだ。


 その後を、呆れ果てた顔の武蔵川が、追いかける。


 絶~~対っ、武蔵川は、オイラが食あたりでも、起こしたと思うだろ~~な。


 でも、これは。


 この感じは……!



「セブンティ! いい加減にしろ!

 どこの世界に、トイレに籠もって出て来ないアンドロイドが居るんだ!!」


「るせぇ! ここに居るんだよ!

 黙って待っとけ、武蔵川!」


 トイレの大の方で頑張る個室では無く、シンクのある出入り口の手前で、カギを掛けた。


 だから、武蔵川はトイレの中に一歩も入れず、扉をがんがん叩くしかねぇ。


 妙に焦った、完っ璧に無視して、そのまま、十分ほどで手っ取り早く用を足し、トイレから出れば。


 僕は、応援を呼びに行きかけたらしい武蔵川の背中にぶつかった。


 そして、武蔵川は振り返って、僕を見るなり、目を見開いた。


「セブンティ! お前、髪が!

 ……黒い。

 ピアスが!

 ……無い」


 以前の姿に、あっさり戻った僕に、武蔵川は、ポリシーは、どうしたんだ!?


 やっぱり、食べ合わせが悪かったのか!? と、武蔵川は素っ頓狂な質問をして来る。


 そんな彼に、僕は、ひらひらと、手を振り、言った。


「服装規定があるって言ったのは、あんただろ?

 それに……知り合いを見かけて、思いだしたんだ」


「……は? また、一体今度は……何を言い出すんだ!?

 お前がここに来たのは、初めてのはずだろう?

 諜報部のヤツらが引き継ぎにでも、来ているのか?」


 なんて、クビを傾げる、武蔵川の手を、僕は、引っ張った。


「早く行こう! 先方を待たせたら、マズいんだろ?

 武蔵川さん!」


「武蔵川『さん』だと!?

 セブンティ!

 お前、一体、どんな風の吹き回しで……?

 それとも、また、諜報部に復讐するために何か企んでいるんじゃ……?」


 放っておくと、ロクなコトを考えない武蔵川の手を引いて走る。


 僕は、とっととこの施設で一番偉いヒトの居室に案内して貰うと、中にいるヒトを確認して、自然と笑顔になった。


 眉間に皺が寄る寸前まで眉を寄せ、いかにも冷たく、厳しそうな表情が似合うヒトだったけれど、そんなの関係ないし。


 だって、ほら。


 僕の顔を見た途端、驚いたように目を見開いた。


 がたん、と椅子を鳴らして、立ちあがる。


「……それで……それで。

 このアンドロイドの個体名は、なんと言うんでしたっけ?」


 その、震える声に、武蔵川は気付かずに、僕の紹介をした。


「彼の名前はR-2-D-70。

 有機アンドロイドの試作品プロトタイプで、まだ一般には発表、販売はされていません。

 政府が発表を決めるまで、あなたの他には、彼がアンドロイドだというコトを伏せてこの施設で実習をお願いしたいのです。

 それに伴い、彼の適当な呼び名である、名前と名字を決めていただきたいのですが……」


「あ、タンマ!

 名字は、どうでもいいですが、名前だけ、僕自身に決めさせてもらいたいです」


「セブンティ! お前は、また!」


 人間同士の話に割り込めば、武蔵川が不機嫌そうに、僕の言葉を遮った。


 でも、そんなの完全無視で、僕は笑って主張する。


「Rから始まる名前だと、長すぎるし、人間ぽくないので。

 セブンティの前と後ろの文字を取って、セイと呼んでもらえれば、良いです」


「……!」


 僕の言葉に、そのヒトは、まるで叫ぶのをこらえるように自分の口を手で押さえた。


「……なんで、そんなコト……九谷さんだって、忘れてるのに……」


 ようやく言った、まるで、かすれるほどの小さな声に、僕は返事をする。


「それは、もちろん。

 僕の頭脳のウチの大半、特に記憶メモリーに関する部分が、前機種69オリジナルのモノをそのまま、引き継いでいるから、じゃないですか?」


「ウソ……! なんて、こと!」


 とうとう叫んだ彼女に、僕は、ほほ笑んだ。


「カラダは、救難信号と引きかえに失われ。

 あなたと出会った時の、それ。ではないですが。

 僕の記憶は……ココロは、あの時のままですよ。

 ヘリポートで、あなたの姿を見たとき、今までの生活では、凍結していた記憶が一気に戻って来ました。

 仕事で来たので、チョコレートケーキは、持参してませんが……」


「シン……! シックス・ナイン!」

 彼女の厳しかった表情は、涙に溶けて、今は、仕事中であるコトや、側に武蔵川がいるコトをすっかり忘れて、彼女は僕の胸に、飛び込み、泣き崩れた。


 九谷は、あのときの約束を違えず、彼女の命をつないでくれたのだろう。


 だけども、アイツが好きなのは、オリヱしかいないから、彼女は、手ひどく振られたに違いない。


 それは、判っていたこと。


 だけども今度からは、本物の僕が、彼女の側に正式に居れる。


 本当に、守ってやれる。


 ココロも、カラダも……!


 僕も半分、泣きそうになりながら、彼女を一度、ぎゅっと抱きしめ、そのカラダを放すと。


 所在無げに、呆然と立ち尽くしている武蔵川に、にこっと笑って、事前に教えられた敬礼をする。



「僕の名前は『セイ』。

 本日付を持って、この部隊に実習生として着任します。

 今後とも、よろしくお願いします」


 そんな僕に、彼女も涙を払うと、敬礼を返した。


「私は、レスキュー部隊、山岳警備部部長、兼、教官を務めている、新庄 桜だ。

 あなたの入隊を歓迎する……!」


 ………



 そのとき。


 山小屋に閉じ込められた日々の間、ずっと吹き荒れてたような風が一瞬。


 深山のふもとにある、山岳警備部の本営上空を通り過ぎて行ったようだった。


 けれども、今は、新年度の始まり、春の盛り。


 山々には、雪のような桜が咲き乱れているだけで、とても暖かかった。


 窓の外で桜吹雪が舞い散るのを見ながら、二人の影が、そっと、寄り添った。





         〈了〉





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69 【完結】 愛染ほこら @knightofnight

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