第11話

 高さ四、五階はあろうかと思われる、洒落た洋風の建物が見えてきた。


「ここがうちよ」


 蓉姐は白い顎でその建物を示すと、小言で告げた。


「本当ですか!」


 こんな御殿に住んでるなら、やっぱりお金持ちには違いない。


「住んでるのはお上品な連中が多いから、あんたも気を付けて。」


 蓉姐は他人事じみた口調で続けた。


「この公寓(アパート)であたしの面子(めんつ)を潰す真似したら、即追ん出すわよ。」


 どうやら、この建物全体の女主人ではなく、間借りしてるだけの様だ。


 私は最初の驚きを修正する。


 それでも、住めるだけ金持ちには違いない。


「あいた!」


 建物の中に入るなり、私は尻餅をついた。


「言ってる側から、また」


 蓉姐は眉根に皺を寄せると、すぐに前を向き直ってカツカツと靴音高く歩いていく。


「転んだくらいで、大声出すんじゃないの」


 あんな踵の高い靴でよくこんな氷の上みたいなツルツルした床を歩けるものだ。


 私は再び滑らない様に細心の注意を払って立ち上がる。


 この床、木でも石でもないみたいだけど、何で出来てるんだろう?


 蓉姐はぴったり閉じた扉の前で不意に立ち止まると、扉脇の壁に備え付けられたボタンを押す。


 しかし、扉は閉じたまま、うんともすんとも言わない。


 叩いて門番を呼び出さなければ、開けてもらえないのではないか?


 そう思った瞬間、扉が両側にパッと開いて、中から洋服に帽子を被った男が姿を現した。

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