サルミアッキの野望

鶏の照焼

第1話

 そのサルミアッキ星人の一団は、地球を征服するために遠い故郷の星から遙々やってきた先遣隊であった。彼らは月の裏側に隠れ、銀色に光る母船から無人の偵察機を飛ばし、侵略対象である青い星を昼も夜も見つめていた。

 この日の観測担当はムヒョイ一等兵であった。彼は人員不足を理由に、一週間前から同じ仕事を続けていた。もちろん不満もあった。しかし最初の頃は、彼も色々妥協して仕事をしていた。

 しかし一週間も代わり映えのしない星の観察作業を続けていると、やがて彼の不満も理性で抑えきれないほどに膨れ上がっていった。自分はなんでこんな仕事をしているのか? 何のためにここにいるのか? 他にもっと、やりがいのある仕事はあるのではないか? ムヒョイはずっと昔に唱えた愛国心に唾を吐きながら、そんな事を考えるようになっていた。

「俺は戦うために軍に入ったんだ。敵から故郷を守るために、宇宙軍に入ったんだ。こんな所で毎日毎日、でっかい球っころをコンピュータ越しに観察するために志願したんじゃない」

 やがてムヒョイは、己の不満を外に漏らすようになっていった。この日も彼は、同僚に自身の不満をぶつけていた。

 今は短い食事休憩の時間であった。今日の献立は栄養素を凝縮した無味無臭のデジタルキューブが四個。全く食べた気がしなかった。

「そうだな。おまえの言う通りだ。俺だってちゃんと目的があって軍に入った。敵と戦って、祖国を守るために軍人になったんだ。それなのに、今のこの扱いはなんだ」

 そんなキューブを口に放り込みながら、そのムヒョイの向かい側に座っていたもう一人の男も、彼の意見に同調した。この男、エムキ一等兵はムヒョイの同期であり、訓練学校で知り合った無二の親友であった。

 そして彼もまた、今の状況に不満を持っていた。何故攻撃しないのか? 彼は正直言って、偵察以上の指示を出してこない上層部に苛立ちを覚えていた。

「俺なんか毎日、船内の雑巾掛けだぜ。せっかく軍人になったって言うのに、やってる事は雑巾掛けだ! 銃じゃなくて雑巾だ! こんな馬鹿みたいな事があるかよ」

「ああ、まったくだ。それにこれまで観察した限りじゃ、あの地球の連中は俺達よりずっと科学力が低い。我々は既に永久機関を手に入れたと言うのに、連中は未だに原子力とか言う不安定なパワーに依存してる! 低レベルもいいところだ、俺達に勝てっこない」

「それにあいつら、有人宇宙船すら満足に飛ばせてないんだろ? おまけに地球人共は、今も火薬仕掛けの武器を使ってる。俺達みたいにビーム兵器の生産化なんて夢のまた夢らしいじゃないか」

 二人の新兵は、そうやって今の境遇に対する不平と、地球人の未熟さについて議論を続けた。やがて彼らの会話は周囲にいた他の隊員達にも飛び火し、彼らを巻き込んでさらにヒートアップした。

「そうだ。俺達は負けない。これだけ技術力に優れているのに、負けるはずが無いんだ」

「正面から戦っても十分勝てる。そのことを上層部はわかっちゃいねえんだ」

「あの腰抜け共は、自分で戦場に行ったことが無いから余計臆病になってるのさ。戦争で負った被害の責任を取るのが嫌で、開戦したくないんだ」

「あの意気地無し共め。やる前から終わった後の心配をして何になるっていうんだ」

 この先遣隊の兵士達の意志は、一つに纏まっていた。前線にいながら戦う事の出来ないもどかしさと、いつまでたっても積極攻勢に出ようとしない本国上層部への不信感が、彼らの心を等しく支配していた。

 そうして同調した意識は互いに相乗効果をもたらし、彼らをより強気にさせていった。思いを同じくする同志が大量にいたことも、彼らを勇気づけた。今の自分達に怖いものはない。これだけ仲間がいれば何でも出来る。

 だから本来ならば絶対服従の対象である先遣隊長へ直談判をするという、普通なら考えられないような事に彼らが踏み切ったのも、これまでの流れを見ればごく当然の帰結であった。





「何故攻撃してはいけないのです? 前に説明したとおり、我々の戦力は地球人のそれを凌駕しています。正面から戦っても、まず負けはありえません」

 先遣隊隊長への直訴は、ムヒョイとエムキが行うことになった。本当は全員で乗り込むつもりだったのだが、この言い出しっぺの二人が「下手に騒ぐのは得策でない」と気の逸る皆を抑え込んだのである。

「こちらが負ける可能性は、万に一つもありません。我々だけでも十分対処可能です。どうか攻撃命令を!」

「隊長!」

 二人の若い隊員は、そう言って隊長に詰め寄った。しかし彼らより二回りほど歳を食っていたその初老の隊長は、自身のデスク越しに立つ二人の部下に対して鋭い眼差しを向けたまま何も言わなかった。何か言おうと立ち上がる素振りも、腕組みを解いて立ち上がることもしなかった。

 それが部下二人には歯がゆかった。彼らは何が何でも隊長から許可を得ようと、その初老の男に再び問いかけた。

「隊長、このまま黙っていても、何も変わりません。先手を取って叩き潰すべきです」

「力がありながら何もしないのは臆病者のやることです。どうか隊長、ご決断を!」

「お前達」

 そんな彼らの威勢を抑えるかのように、唐突に初老の隊長が口を開く。いきなり問われた二人は驚いて口をつぐみ、隊長はそんな二人を細目で睨みながら問い返した。

「今この船にどのような武装が積まれているか、把握しているか?」

「は、はっ! もちろんであります!」

「白兵戦用の装備もか?」

「そちらも抜かりはありません! 全て確認済みであります!」

「そうか」

 部下二人の淀みない返答を受け、隊長は満足げに頷いた。それから隊長はムヒョイの方を向き、彼に向かって尋ねた。

「では貴様、これらの武器について知っている事を全て説明せよ。出来るな?」

「はっ!」

 ムヒョイはハキハキと応答した。そして彼は両手を背中に回し、腹をやや前に突き出し、よく通る声でこの船に搭載されている全ての装備に言及し始めた。

 彼の「暗誦」は完璧だった。彼はここにある全ての武器装備を完全に把握しており、その仕様や効果についても百パーセント理解していた。時にはエムキや、隊長ですら知らなかった裏ワザ的利用法にすら言及し、傍聴していた彼らを少なからず驚かせたりもした。

「……以上になります。これでよろしいでしょうか?」

 そうしてたっぷり十分間時間を費やした後、ムヒョイはそう言って隊長を見つめた。その顔には「やりきった」という充実感と優越感が浮かんでいた。

「うむ、よろしい。完璧な説明であったぞ」

 そして隊長も、そんなムヒョイに対して素直に賞賛を述べた。それを聞いたムヒョイとエムキは、揃って心の中でガッツポーズをした。

 自分達はこの隊長の心を動かしたのだ。彼らはこの時点で勝利を確信していた。

「では、ムヒョイよ。それらの武器がいったいどこで作られているのか、貴様は知っているか?」

 しかし隊長は敗北宣言の代わりに、そんな事を聞いてきた。予想外の事を言われてムヒョイは少しつまらない気分になったが、それでも彼はそんな感情は表に出さず、言われるままにそれに答えた。

「はっ! これらは全て、母星で作られた物ではありません! 全てニッポン、アメリカ等と呼ばれている外惑星から我々が購入し、そのまま利用しているのであります!」

 サルミアッキ星人の保有する軍事力の八割が、いわゆる「外」からもたらされた物であることは、ムヒョイも承知していた。サルミアッキ達は何十年も前から、武力を外部に依存していたのだ。

 ムヒョイはそれを問題視していなかった。大切なのは武器そのものではなく、武器を扱う者の技量なのだ。

「ですがこれは重要ではありません。大切なのはその武器をどう使うかであって、武器そのものが重要ではありません」

 そんな持論を、ムヒョイは臆面もなく隊長に披露した。隊長はまたも納得したように頷き、彼を見ながら口を開いた。

「そうだな。確かに武器の扱いに長けていた方が、脅威ではあるな。そしてその武器に近しければ近しいほど、自然と技量も上がるものだ」

「その通りです。そして我々は、この船に搭載されている装備の全てに習熟しております。この隊に配属が決まってからの一週間、我々はみっちりと戦闘訓練を積みましたからね」

「お前達は一週間か」

「そうです。ばっちりです」

 ムヒョイはどこまでも自信満々だった。エムキもそんな有人の説明を聞いて得意満面であった。これなら隊長も心を入れ替えてくれる。二人はそう思っていた。

 そんな二人の想いを察してか、隊長はやがてゆっくりと重い腰を持ち上げた。ムヒョイとエムキは揃って希望に顔を輝かせた。

「それだから駄目なのだ」

 しかしそんな二人に、老いた隊長は容赦のない言葉を浴びせた。突然の言葉に二人は唖然とし、隊長はそんな二人の横を悠然と通り過ぎていった。

 彼らの背後でドアが開く。外へ出て行く足音が聞こえ、またドアが閉まる。

「どうして駄目なんだ」

 侵略先の地理を知らない二人は、そこに立ち尽くしたまま苦い顔を浮かべるだけだった。

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