第27話 リンメイの覚悟

 リンメイは歯噛みした。薩満シャーマンとして国家の重要部署に配属され、会得している秘術呪術を駆使し尽くしてきた。


 情報部将校であるベクの下に就く今回の任務は、最初から嫌な予感がしていたのだ。


 ベクは明晰な頭脳と非情さを売り物にのし上がってきた男だが、悪い噂が常に囁かれていることを知っている。仲間、同志でさえ保身のためには平気で裏切るという。


 エリート軍人であるはずのベクは小便を漏らし、腰が抜けているのか呆けたようにしゃがみこんだままだ。リンメイはきつく目をつむった。このまま国へ帰ることは決して許されない。任務が失敗となれば、待っているのは粛清しゅくせいだ。


 ベクとて今回の敗北は許されないだろう。上層部は眉をしかめてそのままベクの肩章かたがきをはぎとる。


 銃殺刑ならまだしも、餓えた大型犬十数頭の放たれた巨大な檻の中へ、素っ裸で入れられるかもしれない。


 リンメイはカッと両目を開いた。オレンジ色に光る瞳はもうベクを見てはいない。


 日本のわけの解らない老婆やオカマのレスラーもどきに馬鹿にされた、薩満のプライドに火が点いたのだ。


 本来疫鬼は甦らせた者をあるじと認め、その命ずるまま他の生物を攻撃する。その吐く毒気は相手を腐らせ、火器のたぐいでは致命傷を負わすことはできない。尻尾を鞭のように使い、岩をも砕くという。


 ところが深い大地の底から長き眠りより目覚めた疫鬼は、主であるはずのリンメイを無視した。しかも人間を飲み込んで、分身まで作っている。そんな芸当ができるとは伝えられていなかった。


 それに薩満を前にすれば、当然服従するはずであった。しかし疫鬼はリンメイに見向きもせず、ささくれ立った意識をぶつけてきたのだ。


(腹が減った、腹が減った、おまえを喰らいたい、喰らいたい)


 リンメイはその意味を認識し、額に一筋の汗をにじませた。物の怪もののけを操る呪法を次々と疫鬼に投げた。残念ながらどれも弾き返されてしまう。


 どこかで蘇生させる方法を間違えたか! リンメイは襲ってきた疫鬼の尾をかわした。


 思い出した。やっと思い出したのだ。肝心なことをすっかり失念していたのだ。痛恨のミスを犯してしまったことに気づいた時は、すでに手遅れであった。


 いや、まだいけるかもしれない。


 リンメイは扇子せんすを広げたまま走りだした。


つづく

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