第20話 疫鬼覚醒

 投光器により、闇に浮かび上がった舞台。重機によって掘られた深さ三メートル、縦横二十五メートルの穴である。


 リンメイの白い顔に驚愕の色が浮かび、じりじりと後ずさりしている。その目に映るのは、先ほど大地の底から自分が覚醒させた疫鬼えききと呼のぶものであった。いやそのはずであった。


 呪術を駆使し、闇に蠢く悪鬼どもの存在を傀儡として意のままに操るすべを会得している薩満シャーマンであったが、口伝くでんで知っている疫鬼と今目の前に現れたそれは違っていた。


 体高は二メートル程度であろうか。全身が淡く発光する緑色の粘液でおおわれた姿は、地獄絵図に描かれる亡者に似ている。


 歪な形に突き出た二本の角を持つ頭部は人間の頭蓋骨のようであり、肋骨の浮き出た細い胸板の下には膨れ上がった腹部がブヨブヨと蠕動せんどう運動をしている。


 だらりと地面に下がる両腕、あぐらをかいた細長い脚。根本的に亡者と異なるのは、尻から生えた十数本の尻尾であった。腹をすかせた蛇を束ねたように、それぞれが勝手に蠢いている。


 先ほど中尾なかおを捉えたのはこの尻尾であるようだ。ではその中尾はどこへ行ったのか。


 シュンッ! 


 一本の尾が群れから抜け出し放たれた矢のようにリンメイを襲った。


 リンメイは助走なしに三メートルの土壁をジャンプし、ぎりぎりにその攻撃を避けた。


 尾はすかさずえききの座る位置までもどる。


「リ、リンメイ! これはどういうことだっ」


 ベクが叫ぶ。リンメイは肩で大きく息をつきながら、視線を疫鬼に向けたまま声を荒げた。


「違う、何かが違う。疫鬼であって疫鬼ではない」


 その言葉にベクは顔をしかめる。


「あれは、我らの先祖がこの国に埋めた疫鬼ではないと言うのか」


「わからない、わからない」


 二人は依然あぐらをかいたままの化け物を見下ろす。直後、十数本の尾が地上に向かって空気を裂いて向かってきた。


 ベクとリンメイはそれを避けるように大地に転がる。尾はリンメイによって眠らされたままの作業員たちの上から襲いかかった。


〜〜♡♡〜〜


「アアッ!」


 ナーティ、珠三郎たまさぶろうそしてぬえの三人は思わず声を上げた。珠三郎の持つタブレットの画面には上空でホバーリングさせているドローンから送られる画像が映し出されていたのだ。


 化け物の尻尾が次々と眠らされた作業員たちに巻きつき、掘られた大きな穴の中へ引きづりこまれていくさまを鮮明な画像として映している。


「何よ、何よっ、あの緑色の化け物は、いったい何よ!」


 ナーティは驚愕の表情で叫ぶ。ぬえが身をのり出して画面を指さした。


「おおっ、あそこに横たわっているのはげんちゃんではないか」


つづく

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