第六章三節後半

 半漁人のひとりがジャンプした。さすがはカエルみたいな足をしているだけあって、高い。三メートルは跳躍したと思う。もっとも、羽ばたいて飛べるわけでもないのに飛ぶのは愚の骨頂だ。落下地点で拳をにぎりこみながらかまえたら、突然ものすごい衝撃を食って俺はひっくり返された。

「佐山!」

 華麗羅の声を聞くよりも早く気づいた。飛んだ奴は囮で、そっちに目をむけた隙に、もう一匹にタックルを食らったのである。あおむけにひっくり返った俺の上に馬乗りになった魚面が威嚇する。口には牙が生えていた。ピラニアってのは淡水だと思っていたんだが。

 顔面をガードする俺の右腕を魚面がつかんだ。力まかせに俺の右腕を持ちあげられ、同時に魚面が口を開く。その口が俺の右腕に噛みつくより早く、俺は左腕を振った。魚面が横むきに吹っ飛ぶ。力まかせにマウントポジションを跳ねのけ、俺は起きあがった。その背後から、もうひとりの半漁人が飛びついてくる。俺はぬるついた半漁人の腕をつかんだ。背負い投げ――のはずが、ヌルついてすっぽ抜ける。くそ、柔道技で地面に叩きつけるのは無理っぽいな。

 ギギギとか妙な声をあげ、半漁人が俺の延髄に噛みついてきた。首筋を噛み砕けば動けなくなることを知っているとは、地上の狩りも熟知してやがるな、こいつ。

 だが、相手が悪かった。

 全身の筋肉を硬直させた俺は身体をぶん回した。背中の半漁人が振り飛ばされる。振りむくと、半漁人は痛がりもせずに起きあがっていた。表情は変わらなかったが、ギョッとしていた――と思う。半漁人の牙は、俺の筋肉に突き立たなかったのだ。

「寝てな」

 べつの奴が俺の背中に飛びかかってきたが、俺は無視して目の前の奴に駆け寄った。思い切り廻し蹴りを入れてやる。ジャストミートした半漁人が五、六メートルくらい吹き飛んで、岩場に激突して動かなくなった。つづけて背後の半漁人につかみかかろうとするが、やっぱりヌルついてうまくいかない。面倒臭いから背中の半漁人をおんぶするみたいにして、俺はジャンプした。五メートルくらいの高みから、柔道の受身みたいに背中から落下してやる。俺と地面に挟まれた衝撃で半漁人が変な悲鳴をあげ、動かなくなった。起きあがって三人目――三匹目かな――を探す。

「お、そっちも片づけたか」

 華麗羅が立っていた。その足元に半漁人がひっくり返っている。こっちはこっちでうまくいったらしい。

「おまえのおかげで、不意打ちに失敗したぞ。次からは気をつけろ」

 華麗羅が剣を収めながら言う。二匹眠らせたのは俺だってのに。

「おわったみたいね」

 これは柚香だった。顔をあげると、強利も一緒に岩場から顔をだし、こっちまで歩いてくる。

「想定外のトラブルがあったようだが、なんとかなったようだな。安心してくれ。塔の内部にはもう見張りはいない」

 強利が塔をながめながらつぶやいた。あぶなかったな。

「じゃ、行きましょうか。強利様、お願いします」

 強利の呪文で塔の扉の錠を外し、俺たちは内部に親友した。螺旋階段をあがり、上へ上へと昇りつづける。塔の内部は塩水で腐食されまくっていた。たぶん石を漆喰で固めたものだと思うが、軽く指で突っつくだけでボロボロと崩れる。嵐でもきたら一発で倒壊だな。海軍も破棄するはずだぜ。

「ここが最上階だ」

 階段を昇りきり、強利が鉄製の扉を前にしてつぶやいた。印を切りながら小さく呪文を唱える。

「これであくはずだ」

 言い、強利が扉に手をかけた。ぎしぎしときしみをあげながら扉が開く。

「『M&M』――と名乗ってはいないと思いますが、海の王はいらっしゃるか?」

 強利が訊いた。

「どなた、かな?」

 か細いが、返事があった。強利が呪文を唱えると同時に光が生まれる。

 部屋の奥にベッドがあった。衰弱した男女――人間の姿だった――が寝ている。

 静流の伯父さんと、その奥さんだった。

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