オムツが大ヒットする話

 「新商品魔導小道具アーティファクト 吸水パンツの販売開始!無限に水を吸い込みます!」

 俺がこう書かれた看板を店の前に掲げると、朝から既に20人がこの吸水パンツを買っていった。

 今までうだつの上がらない魔導小道具アーティファクト屋として細々と10年間も店を構えてきたが、今回の新商品には確かな手応えを感じている。

 

 なんたってどれだけの量を漏らそうが絶対にはみ出ないばかりか、臭いもしなけりゃかぶれもしない、完全吸収をする吸水パンツだ。

 構想から5年、水神マルドゥクの駕篭を受けることで、ようやく開発に成功したこのパンツ。クロッチ部分に収めたマルドゥク神の胃袋の分裂体が、吸収した水を魔力に変換して蓄積する。

 トイレに5回連続で間に合わなかった結果、従来の魔法を用いない吸水パンツから小便が漏れ出してしまったという自分自身の経験をヒントにした商品だ。

 とにかくトイレが近くてしょうがない、この水の都の住人には絶対売れると確信している。

 

「吸水パンツってまだありますか?」

「吸水パンツはサイズは大人用もあるんですか?」

「吸水パンツはどれだけの水を吸収できるんですか?」


 俺の予想どうりに、その後は買いものに訪れる客は途切れなかった。

 販売を始めて早くも半年、既に1000を越えるパンツが売れたが今度は在庫が足りなくなった。 

 なんせ神の駕篭を受けなければ作れない商品である。

 10のパンツを作るためには祈祷と礼拝を1000回こなす必要があるのだ。

 一度の祈祷はマルドゥク神を頭に思い浮かべて祈るだけで済むが、礼拝は聖水を口にしながら五体を地に投げ出す土下座を敢行しなけりゃならない。1000回祈り終わったころには体は痛んで動けなかった。

 しかしお客が欲しいと言うからには、売ってみせるのが商売人だ。

 くる日もくる日も礼拝を続けて、マルドゥク神から分裂体をいただいた。


「このパンツのおかげでおじいちゃんの下の世話をしなくて済むようになりました!」

「彼女の前で漏らす心配がなくなって、今では結婚できて幸せです!」

「これのおかげでプレゼンの最中も安心できます!おかげで次は部長になれそうです!」


 パンツを褒め称える声は日増しに増え、いまではこのようなファンレターが毎日のように届くようになった。

 街中で吸水パンツの話題が絶えず、棒有名人が愛用を公言するなど社会現象になるとは俺自身も露にも思わなかった。

 老若男女、様々な境遇の人たちがパンツを求めて店を訪れ、巷ではトイレが将来いらなくなるのではないかと噂がされた。

 魔導小道具アーティファクト屋として続けてきてよかった、俺は確かにそう思っていた。


 商品の種類も増やすことにした。

 無味乾燥な白の無地の初代吸水パンツではださすぎる。

 次の商品は若者へのヒットを狙った、ボクサーパンツの吸水パンツにした。

 その後も女性用のレースパンツタイプやブーメランパンツタイプ、はたまたズボンと一体化のパンツいらずの吸水パンツも作ってみた。

 どの商品も入荷したその日に売り切れた。




 しかしそんなある日のこと。「たのもう」と尋ねてきたお客はいつもの人たちとは身なりが違った。上から下まで銀に光る鎧を身につけ、腰には軍刀を携えていた。

 5人ほどの部隊からなる彼らはこの古い店のドアを少し乱暴ぎみに開けて入ってくると、木の床を踏み抜かんばかりの勢いでカウンターへ近づいてくる。


「店長を出して貰おうか」

 

 部隊長と思われる一際立派な鎧の男は俺に向かってそう言った。

 ふてぶてしい態度でいらっとくる。


「私が店主であるが」

「ほほぅ、店主であったか。それは失礼申し上げた。こちらの商品はまだあるかな?」


 男の手には吸水パンツが握られていた。

 成人男性用の大型タイプだ。


「今はないですね、先ほど売れたのが最後です。次の入荷は2日後ですかね」

「そうか。ならば商品の予約と発注をお願いしたい。」

「構いませんよ。いくついりますか?」

「これからそちらで生産する吸水パンツは全て買い取ろう」


 男はそう言うと、一枚の紙切れを下っ端に見える隊員から受け取る。

 そこには「吸水パンツ 専属買い取り契約書」と書かれていた。


「ぜ、全部ですか?これから先の商品を全部ですか?」

「そうだ。我々はそちらのパンツを全部買い取る用意があるし、必要もある」


 さらに男はもう一枚、下っ端に見える隊員から受けとると、そちらはカウンターの上に載せずに指し示す。

 そこには「吸水パンツ 一般販売禁止勧告」と書かれていた。


「先日、議会の承認を経て、吸水パンツは正式に一般人の所持禁止が決定された。これから先は軍が流通を全て管理する。拒否はできないぞ」

「そ、そんな・・・。いくら何でも横暴では・・・」

「横暴であっても拒否はできない。恨むなら国を恨むのだな」


 そう言うと男たちは踵を返して去って行った。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 

 国の中央都市から200km南、人間軍キャンプ場。

 そこには魔王軍との戦争の最前線に指示を出す、軍の統制部があった。

 軍の部隊が吸水パンツの買い取りを勧告に来てから3年がたつ。その間にもどうしても納得のできない俺は役所と軍に抗議の手紙を根気よく送りつづけた。さすがに3年も立てば半ば諦めかけていたが、ついに先日、販売独占の必要性を説明したいという軍の中枢部から呼び出しがあり、俺はこうしてはるばる軍キャンプまで着たのである。


 どの人間達も鎧をつけ、中には怪我をしている人間達も多い。

 だが、俺の目の前にいる男だけは別だった。魔導士ならではの古ローブを着たその初老の男は、軍属の魔導小道具アーティファクト使いである証の軍用精霊の腕輪をつけていた。


「やぁやぁ、ようこそおいでくださいました。まさかあの名高い天才魔導小道具アーティファクト使いに来ていただけるとは光栄です」

 

 そこから男はひたすらに俺を褒めちぎり、握手を求めてきた。そしてその後は都中の魔導小道具アーティファクト使いが吸水パンツの発明を天がもたらした神の啓示とまでに評価していることを教えてくれた。

 だが、俺にとっては評価なんてものはどうでもいい。いや本音を言えばちょっと嬉しいが、それよりもお客に販売できたほうが嬉しいというものだ。それを男に伝えると、男は苦々しい表情をしてみせる。


「販売中止の件は誠に申し訳ないと思っています。ですが、あなたの発明は天才的過ぎるが故に販売中止にせざるを得なかったのです」


 こちらを見ていただければ分かりますと言うと、男は席を立つとテントを出ていく。

 俺もそれの後に続いて歩いていくと、やがて平野を一望できる小高い丘に辿り着いた。

 男の手から差し出された双眼鏡を使ってみると、平野の上には陣形を成して待ち構える人間軍と、それに襲いかかろうと平野を走る魔王軍の様子が見えた。

 魔王軍はゴブリン、オークにスライムにランドドラゴンと多くの魔物の混成部隊で構成されていて、投石機などの兵器は持っているとはいえど人間軍の10倍の規模はありそうな大規模戦力である。このまま正面から戦いになれば間違いなく人間軍は敗北をするであろう圧倒的な戦力差だった。

 徐々に魔王軍と人間軍の間が縮まっていく。


「これは・・・。まずいんじゃないですか?我々の方が兵力で劣るように見えますが」

「そうですね。まずい状況です。人間軍はこのまま行けば確実に負けてしまうでしょう。あそこにいいる人間軍は規模こそ大きなものではないですが、国の精鋭を集めた中心部隊ですからね。もし彼らが負けてしまえば国はその後の存続も危ぶまれます。まぁしかし大丈夫ですよ。見ててください」


 すると、その時。人間軍の大型投石機からなにやら一つの砲弾が投げられた。

 それは俺たちの立っている丘よりもさらに高く上空まで打ち上げられ、その後放物線を描きながら緩やかに魔王軍の中央に向かって落ちていく。

 吸水パンツだ。

 俺がそう思う数瞬後に、落下する吸水パンツは弾け飛び、その炸裂した中心から《空を覆い尽くすほどの大量の水》が出現した。太陽の光すらも遮るその山のように大きな水の塊によって、その下にいる魔王軍たちに影が落ちる。

 万を当然越えるであろう魔王軍の上空に、突如として現れたその水はそのまま落下していくと、魔物達を一斉に飲み込む津波となって流れ出した。落ちた当初こそ軍の中心の少しばかりを水圧で潰しただけに見えたが、後から後から続々と広がる大量の水に押し流されて魔王軍はたちまち水の中に姿を消して行った。そして人間軍の中央より大法螺貝おおぼらがいの大きな音が響き渡ると、投石機から第2、第3の吸水パンツが被害の薄そうな方向を狙って放たれる。貝の音がなるごとにその凶悪な爆弾が放たれて、平野はたちまち海と化す。

 それから人間軍からはまた音色の違う退却用の貝の音が響き渡ると、押し寄せる津波に巻き込まれないようにが高台に向かって避難して行く様子が見て取れた。

 俺は阿鼻叫喚の地獄絵図と化して今や水の底に沈みゆく平野に開いた口がふさがらなかった。


「一週間、吸水パンツを海の中に漬け込みました。あの爆弾一つで街の3つ、4つぐらいなら余裕を持って飲み込みます」


 未だに俺は信じられなかった。俺の吸水パンツが水を魔力に変換して蓄積していたのは知っていたが、それの逆プロセスを辿ることができるとは知らなかったのだ。


「これだけじゃありませんよ。あなたのパンツは今や都市を動かす動力元としても機能しています。あなたのパンツを海の中につけておけば、無尽蔵の魔力が手に入るのです。それは魔力伝達用の導線を伝って各家庭に配られると、魔導小道具アーティファクトを動かすための動力になるのですよ。今では都市中の人間達が今までは魔導士しか使えなかった強力な魔力駆動の魔導小道具アーティファクトも使えるようになりました。冬などは薪を燃やさずとも暖が取れて非常に重宝しております」


 そういうと男は俺に向かって深々と頭を下げる。


「そんなことになってるとは・・・。引きこもってばかりであるから知らなかった・・・。」

「あなたを仲間に引き入れようと、今や水の都中の研究所があなたをスカウトしようと躍起になっています。しかしあなたは吸水パンツの一般販売を認めてくれない限りは軍の誰とも会おうとしてくださらなかった。そのため今回のこの場を催すことが決定されたわけですよ」


 俺の頭にはそれ以上男の言葉は入ってこなかった。

 視界の先では未だに魔物達が水面に顔を出しては流れる水に引き込まれるように消えていき。中にはもはや動かなくなった魔物がぷかんとその背を浮かべている。身動きの取れない魔物達に向けて、高台に避難した人間軍は弓矢や魔法で遠隔攻撃を加えて追い討ちをかける。


 俺が作り出した吸水パンツは人類には早すぎる品物だった。今は魔王軍との戦いに使われたとしても、いずれは人間同士での戦いにでも用いられるだろう。都市を一瞬にして破壊し、数十万の人間の命を奪うことのできる戦術兵器だ。

 俺はその後、気分が悪くなると意識を失ってたおれてしまった。














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