剣と魔法の世界でうんことか題材にした童話とショートショート

機械男

勇者の脳髄はピンク色


~~国の端の教会~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「こいつはなかなかうまそうじゃないか」

 勇者の白い頭骨が一周、綺麗に切断されると、その骨の蓋が外されてピンクの脳髄が姿を表した。

「やりましたね。兄貴。まさか教会に潜って狩りを続けて10年。勇者を食える日がくるとは思いませんでした」

「いやいや、きっとこれも神のおぼし召しというものだろう」


 いまや勇者は体をテーブルの下に拘束され、その頭だけをテーブルの真ん中に開けられた穴から表に覗かせていた。

 切られた頭部から滴る血がサッとフキンで拭われると、肌には鮮血が流れた後を示す赤黒いラインが残る。

 彼の意識は魔法でもかけられたのか、深く眠ったように身じろぎ一つしなかったが、もっとも、起きたところで手足はとうの昔に切断されたていたために抵抗することなどはできない。

 彼を囲うのは殺人鬼の兄弟の二人。細めの兄に、小太りの弟。

 彼らは一度も捕まったことはないため、指名手配にもされていなかったが殺した人の数は100人を越えていた。


「しかしまぁ、この勇者も間抜けでしたね。まさかたった一人で旅に出て。金を盗まれたあげく教会に泊まりたいとは」

「おまけに泊まった先には俺達だしな。まぁいい、さっさと飯としよう」

 勇者が泊まりたいといった教会には既に先客がいた上に、神父もシスターもその先客にすっかり骨まで食べられた後だった。

 かわいそうな勇者は一人。「まぁまぁ大変ですね。うちの教会に泊まっていきなさい」と、優しく泊めてくれると言うものだから言葉に甘えて泊まってしまう。もちろん神父は殺人鬼。その後は食人趣味の兄弟に肉から脳までまるごと食べられるハメになってしまった。


 兄貴は勇者の髄膜にナイフで切れ目を入れると、ピンセットでそれを、するするとトマトの皮のように剥いていく。

 そして剥き出しになった肉片を丁寧にナイフで切り取ると、落とさないよう慎重にテーブルの上のボウルに入ったレモン水へとつけていった。

 弟は十分に肉がレモン汁に浸ったのを確認するとその肉片を拾い上げ、テーブルの上の熱された鉄板の上に並べていくのだった。

「うひょーじゅうじゅうしてるよこれ!うまそうな匂いですよ兄貴!さすが勇者ともなると肉質から違いますね」

「おお、見てみろ弟。この肉についてる霜降り魔力を。勇者はさすがに魔力量も違うな」

 そう言いながら兄貴がナイフでさらに勇者の脳を切り取ると、金属と神経が反応したのか勇者の目がぐるぐると動き出す。

 意識が戻ったわけではない。ただの電気信号の誤動作だ。

 右を左を狂ったように見渡す勇者の眼球。

 殺人鬼の兄弟はそれをみて「ぎゃはは」と一笑をすると、先に切り分けておいた太股などの美味な部位も鉄板の上に敷いていく。

 ぱくぱく、もぐもぐ、じゅーじゅーと、うまそうな匂いとともに音まで教会の聖堂に広がっていたが、誰も咎める物などいない。

 一通りの部分を食べ終わったころには、すっかりと勇者の脳みそのあったスペースは空となり、兄はそこにワインを注ぐとストローで吸って飲み干した。


「ところで兄貴。こいつはこれでも勇者でしょ。魔王を倒さなきゃいけないのにこんなところで殺しちゃっていいんですかい」

「お前は本当に馬鹿だな。まぁみていろ、じきに始まるから」

 兄貴の言葉に弟がクエスチョンマークを頭の上につけていると、それはすぐに始まった。

 大聖堂の神像の前。そこに天から光が降り注がれると、それは徐々に集まり人の形を成し始めた。

 ぽかんと馬鹿口を開けた弟が、次の呼吸をする前にはその光は凝縮をして、勇者がそこに寝そべる形で現れた。目の前には頭部を開封されて目まで食われた穴あきの勇者、床には無傷で冒険の装備まで備えた綺麗な勇者。さすがの殺人鬼にも君の悪い光景だった。

「勇者ってのはな、死んでも一番近くの神の像の前で復活できるんだ。神の愛って言う奴だよ」

「ほえ~。便利なもんですねぇ。そりゃあ魔王も殺したい放題ってもんだ」

 兄貴の方は弟の言葉を背後に、教会の床に寝そべる勇者に近づくと再び何やら呪文を唱える。おそらく催眠魔法の類だろう術式がすっかり終わったころには弟がノコギリを持って近づいてきた。

「こいつはいいですね。無限ループで肉が手に入るとは・・・」

「ああ。勇者が来た瞬間に俺は神様に愛されたのは勇者じゃなくて俺だと確信したもんだ」

「さすが兄貴!博識だ!」

 肉を切断するぎーこぎーこという音が響くと、一本二本と足が落とされ、一本二本と腕も落ちる。


「さてもう一度、飯にするか」




 そんなやりとりを何度も繰り返すと、聖堂はおびただしい血と複数の勇者の残骸でいっぱいになってきた。

 おまけにいい加減お腹も膨れ、兄弟は次はどうしようかと考えた。

 とりあえず初めの数日のうちは、特別に案もでないものだから、腹が減っては勇者をばらして食べる生活を単純に送ることにした。勇者を食べないときは手足を切り落とされたスタイルで催眠魔法をかけられたまま別室のベッドの上に寝かせておくだけでよかったので単純で助かった。

 しかし、毎日毎日、朝昼晩と勇者飯ではさすがの兄弟も飽きるというものである。

 

 焼肉、ハンバーグ、ステーキ、鍋、蒸し料理に刺身とやれそうな料理をあらかたやり終えたが、さすがに同じ肉となるとつらいものだ。

 既に保存用の干し肉にするための勇者肉も剥ぎ取ってある。

 が、彼らが食べたいのは勇者以外の食品だった。

 勇者の魔力と経験値を吸収して能力値がカンストしたころには、もはや勇者という言葉を聞くだけでもお腹がいっぱいになるほどだった。


「どうしますよ兄貴。そろそろ勇者を食いたくないんですが」

「うーむ。しょうがない。少し遠回りになるが真面目に働いて他の食材を買えるように金を稼ぐとするか」

「は、働くんですかい?俺たちが?」

「そうだ。なあに俺に任せとけばすべてうまく行く。任せときな」

 次の日から殺人鬼の兄弟は真面目に働き出した。彼らは自分たちの店を教会の場所に構えることに決めたのだ。

 持っている全財産と街金融で借りてきた資金で建築資材を買ってくると、自分たちの手で教会の改装工事を行った。

 朝昼晩と暗くなるまで働いて、夜は勇者を殺して肉を喰らい、生活を何とかつなぐ。

 これまで人を殺して持金を奪っていた殺人鬼の二人からは考えつかないほどの真面目ぶりだった。

 

 そして工事を初めて一月がたつころ、ついには教会の聖堂の前半分を取り壊して店を開くことができた。

 店の名前は『魔法の肉屋』。

 新種の魔法で作った肉を食べれば魔法が使えるようになるという売り込みだった。

────────新しい肉屋がすごいぞ!魔法が誰でも使えるんだって!────────

────────うちの子も魔法が使えるようにしたいわ────────

────────最近、魔王軍も暴れて治安悪いからな。1Kgくれよ!────────

 そのうちに老若男女、誰でも魔法が使えるようになるという噂はあっという間に街中、国中に広まって爆発的な人気を呼ぶこととなった。店を中心として魔法を使える人間が次々と増えていき、店には毎日1000人以上の客がくるほどの大繁盛。さすがに客をさばくことが難しくなったため、現在では従業員を5人雇っている。

「はいよ、ブレンズを500gですね。ああ、はい。そうですブレンズが一番能力上昇に効果がありますよ」

「レバーですか?ちゃんと血抜きをして臭みをとってから鍋にするのがおすすめですかね」


 大きくなった噂はいよいよ国軍の耳にも止まることとなり、魔王軍に対抗するための兵力強化のドーピング用として毎月決められた量の肉を国軍キャンプに送ることになった。その量なんと1月に1.5トン。さすがにその量を加工して発想することはできなかったため、骨付きで納入することが許可されたのは幸いである。


 そして兄弟が店をオープンしてから10年後、ついに国中の全住民が魔法を使える大魔法時代がやってきた。もちろん全国民に肉を普及するのは不可能である。しかしながら魔法が使える人間が増えるにつれて、民間の魔法学校の開設や簡易魔導書スクロールの開発の促進、軍が魔法の研究機関を設置するなど、この国に魔法を発展させる仕組みができはじめたことが魔法の普及を促進した。

 このころには教会があった場所には肉を出荷するためだけの肉の加工センターが存在するのみとなり、販売は契約代理店を通した流通によって国中の肉屋にまかされることとなった。

 そしてさらに10年後、魔導国家としての繁栄を極めたこの国は魔王軍を打ち負かし、世界に永遠の平和が訪れることとなった。

 魔王との戦いは10日に及び、100人以上の魔術師が交代しながら魔法を撃ちつづける総力戦が可能であったことが勝因だった。そのため、「魔導を極める弛まない努力の歴史が平和を導いた」として今後100年の間、国は魔導帝国としての魔法の発展を軸とした国家運営をすることが政治方針として皇王より正式に決定された。


 そして200年の時を経た現在、兄弟が建てた肉屋は有形世界文化財に指定された。

 今この瞬間も、国の端でひっそりと当時と変わらぬ製法で伝統の魔法肉を作りつづけているとか。

 



 

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