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煮物お魚

現代

人類の保護区

 生物は当然のようにこの星で生活している。人間という種もまた同様である。食物連鎖の頂点に立つ彼らは、生命居住可能領域ハビタブルゾーンにあるこの星を自分達だけのものであると錯覚していた。彼らは領土を奪い合う形で縄張り争いを種の誕生以来続けてきたが、その争いは彼らの心身に深い傷をつけるだけでなく、他種の生物にも悪影響を与えていった。その結果、海水面や平均気温の上昇、大気汚染などが進んだ。


 これまで自然に取り返しのつかないほど悪影響を与えた人類にはもう慈悲は与えられることはなかった。致死率が非常に高い感染症を引き起こす新種の細菌が次々と産声を上げ始めたのだ。まだネットワークの無い時代、科学技術の乏しかった時代に起きた感染症は、医療の発達が不十分であったため、発生するたびに人類を蹂躙してきた。近年では戦争での化学兵器の使用や視認性の低い害虫が媒介となるウイルスなどの対策のため、医療の発達は他の技術よりも進歩が早かった。しかし不運にも、この時の世界は他分野の技術の発達に歩調を合わせるためそちらに人材や資金を片寄せていた故に、対処の大幅な遅れを及ぼすことになった。新種の細菌は絶えず増え続けたものの、既存のワクチンへの対抗力が弱かったため、感染症による死者はごくわずかに抑えられた。


 細菌の発生源は虫や魚の外来種と現地の生物が接触したことによって起きたと結論づけられたが、先の大戦で使用された動物細胞を壊死させる兵器の影響だ、緩やかにも確実に絶滅していく動植物の中にその細菌の拡散を抑えていたものがあったのでは、などと唱える学者もいた。情報の少なさから真相にたどり着くことは不可能だとも言われるほど、長い歴史や生物学の常識を覆すだった。


 事態の収拾後、当時ずば抜けて経済力のあった【名無しの国Unnamed Country】なる国家を中心として、先進国らは人類の保護区として【スペースProxemics】を各国の領土に建設し始めた。種の保存を最優先に考えられたこの施設は一部の発展途上国でも建設された。資金の潤沢な先進国は首都だけに留まらず、各地に存在する人口の密集する都市にもPZを建設した。


 この保護地域を名乗るには名無しの国が定めた条件ルールに則る必要がある。


 1. 区域の保護。その区域を厚く強固な外壁で囲うこと。


 2. 空気清浄機及び空気浄化機の設置。区画内の空気を正常に保つこと及び外気を浄化し取り入れる施設を設置すること。


 3. 区画内の保護。原則としてドーム状かキューブ状の保護壁で空間を覆うこと。また、海水面の上昇により浸水する可能性がある場に建設する場合、区画保護のため排水処理のできる施設を設置すること。


 4. 食生活の維持。その区画内部にある食物生産量で、内部の生物が生存できる環境を構築しなければならない。


 5. 電力の生産維持。発電施設を設置しなければならない。又は外部からの電線を通す空間を外壁に設置すること。


 6. 水の管理。浄水、下水処理施設を設置しなければならない。又は外部からの水を供給、排出する空間を外壁に設置することが義務付けられる。有害な水が発生しないよう務めること。


 7. 行政を動かす者たちの保護。高さ150m以上のタワーを建設し、その上層部に政治を進める者らの住まう区画を形成すること。


 8. 居住条件。収入の無い者及び、自身の収入で最低限度の生活が出来ない者、過去殺人又は重篤な症状を被害者に遺した者、その他危険分子と思われる者は居住させてはならない。以上を除く居住規制は各々に委任されるが、度の過ぎた内容は避けること。尚、上記の者をPZHへ不法に侵入させた者がいた場合には招いた側にも侵入者同様死刑とする。


 9. 以上以外には特別、条件は設けない。独自の展開を構成して良い。しかし、あまりにも非人道的な内容は避けること。


 一部建設に疑問を持つ国もあったが、そのような国も首都にはPZMを建設した。


 スペース建設はまず土地の購入から始まる。外壁を建造するには外壁の建設予定地とその内側の土地を持つ地主から、国がその土地を購入しなければならない。この取引は半強制的なもので、かなり格安の値段で地主側は売り飛ばさなくてはならない。土地と一緒に家を購入した者も同様であるが、彼らはさらにその家から立ち退きを強いられる。家族構成に応じた住居が丁寧に手配されるが、地主同様反感を抱くことになった。会社や工場、学校や商業施設等に限り撤去は行わないが、従業員が立ち退きされることに関して口を出すことはできない。実際には会社や工場の撤去は行われていた。


 この取引の全行程は政府関係者によって記録されており、文句を言えばその映像を証拠に訴訟され、非常に重い刑罰が言い渡される。この非道な行為は世界各地で行われており、どの国も何もこの件に関して口を出すことはない。ひと昔前にあったような民主的な政治を行えるような時間の余裕はなかった。


 次に外壁の底面積内の建造物を取壊し、いよいよ外壁を建設していく。建設予定地を通っていた道路は外壁を最後に寸断される。しかし、国道及び高速道路(高架橋の場合、その道路は寸断される)は通行できるよう建設され、高速道路の料金所のようなゲートが設けられる。このゲートは入念な消毒、出入りの理由等を確認するための場のため、外壁からさらに外へ出っ張る構造になっている。また、線路や空路は地下鉄を除き使用できなくなる。


 このようにして外壁は建設された。あとは上部を覆うだけとなるが、外壁上部の建設は求められる技術力やコストの高さから、首都以外で完成したPZMは数少ない。着工して完成まで至らないものがほとんどである。


 急ピッチで進められたスペース建設は世界各国の経済が不安定になり、各国では首都のスペース化を機に徐々に行われなくなっていった。


 そして現代では、世界中で巨大な壁だけが佇む光景が広がっている。日常にただ巨大な壁が加わっただけで、ほとんどの国民の生活は何一つ変わらなかった。

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