第18話

「はあ……。おかげで肩肘張るどころか、緊張感まで無くなっただろ」

「何を言う。それ位が丁度良いのじゃ。いつもと違うことをいつもと違う様にやって成功出来る者はそう数多くは居ないじゃろう。じゃが、いつもと違うことでも、いつもと同じようにすることで結果を残して来た者は、少なからず居るじゃろう。じゃから、いつも通りが一番良いのじゃ」

「珍しく、まともな事を言うな」

「ぬしのその返事がわっちをどう見ていたのか良く分かりんす」


 結局、いつも巫山戯ていたり、揶揄っていたり、そういう風に見えているだけで、僕なんかよりもずっと物事を冷静に、沈着に、観察しているのは、いつもゆんの方だ。こういう肝心な場面で、頼りに見えてしまうのだから、人は見掛けによらないものだ。


 深呼吸。


「よし、行くか」


 意気揚々と校門を乗り越え、教員用の出入り口まで行く。扉を引いてもビクともしない。さすがに今日は閉まっているようだ。そもそも、昨日開いていたこと自体が可笑しかったのだ。


 すると、ゆんはスタンガンをすっと取り出し、パスワードを打ち込む為のテンキーへスタンガンをバチバチと当てる。


「おい、馬鹿。壊れるだろ」


 そして、ガチャリと開錠される音がするではないか。


「まさか、昨日もこうやって開けたのか?」

「便利じゃろ」


 宇宙人って、最早何でもありなのかよ。


「さあ、行くぞ。コータ」


 僕は、ゆんに付いて行くようにして校舎へと入って行く。

 校舎内へ入ると、既に戦闘が行われているのか、その音が響いているのが聞こえて来る。この音は、上の方から聞こえて来る。とにかく、階段で急いで音のする方へと向かう。


 そして、ゆんに喰らったスタンガンの効果がまだ持続しているようで、昨日と同じ場所で夏目陽景と陽向が戦っている――いや、一方的に夏目陽景が攻撃を仕掛けている様子が僕の瞳にも映って来た。


 一歩、二歩と二人へ歩み寄る。


「止めいッ!」


 ゆんは声を荒げ、そう言い放つと、夏目陽向へ攻撃を仕掛ける夏目陽景の手をピタリと止めた――と言うより、その手を止められた様に見えた。


「――!?」


 夏目陽景は、一体自分の身に何が起こったのか、と言うことを理解出来ていないような仕草を見せた。事実、僕には全く理解出来ていなかったが。僕達の姿を見るや否や、僕達が何かをしたのだと悟り、夏目陽向への攻撃の手を止めた。


「次、遭うようなことがあれば、容赦はしないと忠告したはずよね」


 木刀の柄を顔の横で持ち、突きを構える独特な型で構え、その矛先を僕達へと向けて来た。その構えを崩さずに、こちらへと加速し、ゆんの頭部を目掛け、空間を切り裂く様に突きが繰り出された。


 それは、まさに薄皮一枚だった。


 寸でのところで、ゆんは突きを交わしたが、夏目陽景は透かさず木刀を真横へと薙ぎ払う。しかし、ゆんは上体を逸らすことで、またも夏目陽景の攻撃をかわし、その薙ぎ払いは空を切った。


 一瞬の静寂。


 ゆんが予想していたよりも手強かったのか、攻撃の態勢を整える為に、夏目陽景は二、三歩ばかし後方へ退き、先程の突きの構えを取り直した。その眼付きには、一切の手加減なんてものが無いことが見て取れた。


 そして、夏目陽景が攻撃を仕掛けようとする瞬間だった。


「伏せいッ!」

「な、何ッ!」


 ゆんの発するその言葉に、夏目陽景は押し付けられる様にして、その場にうつ伏せるような形で平伏した。その光景は、夏目陽向へ攻撃を仕掛けていた夏目陽景が、手をピタリと止めた時のようだった。


「やはりのう」


 そう言い、ゆんは腕を組み夏目陽景の前で仁王立ちして見せた。


「知りたいじゃろう? 聞きたいじゃろう? 自分の身に何が起きたのかを。例え、主がそれを拒んでも、わっちはその全てを聞かせなければならん。わっちが――いや、コータがそう決めたからのう」


 夏目陽景は何も言わず、ただ睨みつけていた。


 どうやら、その様子を見ると、自分の身に何が起きたのかを知りたいようであった。僕も、ゆんからは夏目陽景を少しばかし試す、と聞かされていただけで、何をするのかまでは聞かされていなかった。


 だから、僕も今しがた目の前で起きたことを知らないし、分からない。


「わっちがしたのは、主の思い込みを利用しただけじゃ」


 思い込み。

 真実だと深く信じ込むと言うこと。

 固く心に決めてしまうと言うこと。


「わっちがしたことは、大したことではありんせん。言葉に魂を宿し、発した。ただ、それだけのことじゃ。確か――言霊とか、言ったかの」

「言霊なんて、そんなものが本当に存在するのか?」


 僕は聞く。


「まあのう。言霊の根源には、思い込みと言うのが少なからず関係しているのじゃ。例えば、幽霊は絶対存在すると思う人間は、暗がりを怖がるが、絶対に存在し無いと思う人間は、暗がりを差程怖がることは無い。じゃが、幽霊は信じずとも悪魔の存在を信じている人間は、暗がりで幽霊を怖がることは無くとも、悪魔に対して恐怖を覚えるのじゃ」

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