第14話
「何をしておる。さっさと、行くぞ」
「ちょっと、待て。ゆん」
ゆんは、僕の呼び掛けに応じる様子も無く、そのまま校舎へと向かって行った。仕方なく、僕も校門をよじ登り、ゆんを追い掛けることにした。鍵の掛かった校舎を目の当たりにすれば諦めが付くだろうと思ったからだ。
しかし、それは逆効果だった。
「えっ……」
「何を立ち尽くしておる」
予想外の事態に、僕の思考は追い付いていなかった。
校舎の鍵が開いていたのだ。正確には、学生用の出入り口では無く、教員用の電子ロックの掛けられた出入り口の方が開いていた。その扉の前ではゆんがスタンガンをバチバチと唸らせながら手を拱いている。
ゆんが開けたわけじゃないよな。
その時、突然窓ガラスが割れる音が聞こえて来た。
確かあそこは、ゆんが指していた辺りの場所だ。それと同時に、窓際に誰かが居るのが僕の目にも映り込んで来た。恐らく、ゆんはこの人影を偶然それを目撃していたのだろう。
つまり、あの校舎の中に今現在居る人物は、警備員なんかでは無い。
僕の脳裏にあることが過る。
荒らされた花壇。破壊された校長の銅像。割られた校舎の窓ガラス。頻発していた悪質な悪戯。もしかすると――いや、間違いなく校舎に侵入しているのは、これまでの一連の犯人なんじゃないだろうか。
だとすれば、強くもなんともない僕なんかが、校舎に入ったところで、十中八九、犯人に返り討ちに遭うに決まっている。そんな無謀で、馬鹿下駄真似は出来ない。ここは、大人しく警察に連絡を入れ、冷静に対処することの方が重要だ。
僕は、ズボンのポケットへ手を入れる。
しかし、いつも入れているはずの携帯電話は、そこには無かった。
直ぐに帰るものと思い、家に忘れて来たのだろう。本当に必要な時に限って電池が切れていたり、忘れてきたり――最早、携帯電話と言う物自体に、そういう機能が付いているんじゃないか、とさえ疑う程だ。
と、なると。
「何をしておるコータ。行くぞ」
こうなる他無かった。
「あ、ああ……」
もう、なるようになれだ。
僕は、小走りで校舎の中へと入って行く。
幽霊を信じていないなんて天羽の前では言ったが、いざ夜の学校に来てみると、今にも幽霊が出て来ても可笑しくない佇まいだ。一度でも夜の学校に来たことがある者なら、怪談の一つや二つがあったとして、何ら疑問に思えないだろう。
「あ、そうじゃ。邪魔じゃから、先にこれを渡しておく」
ゆんは、どこからか見覚えのあるノートを取り出した。
「……え?」
天羽のノートだった。
「何で、お前がこれを持ってるんだよッ!」
「そんなの決まっとろう。わっちがコータの鞄から抜き取ったんじゃ」
「何、してくれてんだよッ!」
ゆんはクネクネと体を動かしながら、
「じゃって、じゃって、じゃって。そうでもしないと、わっちをこんな夜遅くに外へ連れて行ってくれなさそうじゃったからのう。どうじゃ、どうじゃ、なかなかの気さくな奇策じゃろ」
カカカと一笑い。
呆れた。
飽きれた。
厭きれた。
「はあ……」
怒る気にもなれん。
それなら、もう学校に用事は無くなったわけだが、このままじゃあ帰るか、とゆんに声を掛けて、すんなりと一緒に帰ってくれるはずが無い。そもそもの目的は、このノートであったのだが、いつの間にか目的が犯人の方にすり替わっているし。
「確か、窓ガラスが割れたのは三階だったな。ほら、行くぞ」
「ほう、分かるようになってきたのう、コータも」
ここまで来たら、行くしかないだろ。
階を増すごとに、妙な音は廊下の静けさを伝ってより強く響き渡って来た。一つは、雄叫びにも似た荒げた声。もう一つは、何か固い物で辺りを叩き回っている様な鈍い音だった。
そして、三階に到着した。
三階の奥の廊下に誰かが居るのが見える。この距離では、さすがにどんな人物がいるのかまでは分からないが、誰かが居ると言うことは、確実に言い切ることが出来る。今、目の前にいる人物こそが犯人に違いない。
月明かりの悪戯、とでも言うべきなのだろうか。
少し前まで、月に掛かっていた雲が風で流れ、次第に明かりが校舎内まで差し込んで来た。それは、まるで――目の前にいる、犯人に覆い被さっている闇の鍍金を剥がすかの様に振り注ぐ。
そして、
「嘘だろ……」
僕はその光景に自分の目を疑った。
その姿を見たのは、一体いつ以来だっただろうか。
学校に登校しては、暴れ回り、停学になっては、また暴れ回り、そして停学になる。成績だけは悪くなかった為、二度と学校へ登校し無いことで、特別に授業を受けずとも進級は勿論、卒業まで既に確約されている――夏目陽景が、そこに居るのだから。
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