第9話
「そこ、違うよ」
僕と天羽は、五月の中間試験を前に、互いの試験対策の為に勉強をしよう、と言うことになったのだが、天羽が勉強をするが必要ないのは周知の事実であり、どう考えても僕だけの、僕の為だけの試験勉強だった。
「宇宙人ちゃんは元気?」
「ああ。今も僕の家で、どうすれば地球を侵略出来るか考えているよ」
僕の家で、二千時間遊べる地球侵略タクティクスシミュレーションゲームをしているのだから、一応嘘は言っていない。
別に、宇宙侵略タクティクスシミュレーションゲームもあったのだが、当然と言うべきか、地球侵略の方を手に取り、あっと言う間もなく地球など侵略してくれるわ――そんな物騒な発言をし、カカカと高笑いをしていた。
今頃、テレビ画面に食い付くようにやっているだろう。と言うより、そうでなければ困る。僕の家から、宇宙人を無闇に外出させないようにする為だけに、わざわざ買って来たゲームなのだから。
「それは、頼もしいこと」
天羽は、あははと笑う。
宇宙人が、本当に地球侵略を謀っているのなら、それは笑いごとでは無いはずだが、もしも本当にそうなったら、笑うしかないのかもしれないな。きっと、侵略しに来た宇宙船を前に、馬鹿みたいに携帯電話で写真を取って、SNSに登校したりするに違いない。
その姿は、宇宙人からしてみれば、さぞ滑稽に映るだろう。
「頼もしいねえ……」
僕は、天羽にだけ全てを伝えていた。
この間話した宇宙人が、僕の家に居ると言うこと。
その宇宙人の名前が、ゆんと言う名前であること。
宇宙人ゆんの目的が地球観光だったこと。
天羽は、この話を聞いても、特に驚いた様子は見せなかった。見せないどころか、そんなところだと思った――と、そう言い笑顔を見せた。もしかすると、天羽には僕の知らない先のことまで見えていたのかもしれない。
さすがに考え過ぎ、か。
「そう言えば、宇宙人で思い出したんだけど、学校で出るらしいよ」
「出るって何が?」
「学校で出るって言ったら、大概相場が決まってるじゃない。幽霊よ、幽霊」
幽霊。
成仏することが出来なかった魂。
この世には存在し無い見せかけの姿。
学校の怪談話なんてものは、どこの学校にも七不思議の七つを満たす位の数はあるだろう。独りでに鳴り出すピアノであったり、動き出す人体模型であったり、日本各地のトイレに現れる女の子の幽霊であったり――僕から言わせれば、階段で会談する程度の快談に過ぎないだろう。
やはり、宇宙人で思い出すと言うことは、碌なことではないだろうと思ってはいたが、碌でも無いことには違い無かったようだ。けれど、天羽の口からこんな話題を持ち出すのは極めて珍しい。
「幽霊なんて、学校の怪談話の定番だろ。どうせ、話半分だろ――と、言いたいところだが、天羽がわざわざそんな曖昧模糊な話題を持ち出すなんて、何かあったと考えても良いんだよな?」
いつだったかの天羽さながらに聞き返す。
「あら、御門君の割には察しが良いわね」
「割に、は余計だ」
天羽の中での僕の地位は低いらしい。
それも、相当。
「最近、学校で不可解なことが頻繁しているじゃない。高校生にもなれば、幽霊がいるいない何てことは置いておいても、話半分冗談半分でするなら分かるけど、それが本気で幽霊の仕業だって、噂になっていてね――」
確かに、ここ最近学校では可笑しなことが起きていた。
花壇が荒らされていたり、校長の銅像の頭が破壊されていたり、窓ガラスが割られていたり――そう言えば、一年位前にも、魔法陣の様な模様が、校庭に描かれる、と言う奇妙な事件もあった。
ただ、そのどれもが、悪質な悪戯の範疇を出るものでは無かったが、それでもそんな日々がこれだけ頻繁に続くようならば、皆が幽霊の仕業だあらぬ噂を立てて、不安がるのも無理は無いのだろう。
「それで、先生達は私にどうすれば良いかって、聞くのよ。それって、可笑しいと思わない? 私は、ここの学校の生徒であって、先生じゃない。女の子であって、男の子じゃない。守られる側であって、守る側では無いのよ」
天羽は、何一つ間違っていない正論を僕に叩き付けながら、僕の眉間にぶつからんばかりの距離まで、人差し指が迫って来ていた。その指を見ていた僕の目も思わず寄り目になっていた。
「まあ、それが可笑しな話であるのは分かるが、先生達の気持ちも分からないでも無いんだよな。僕も、困ったらまず天羽に相談することを第一に考えるしな」
宇宙人の一件が正にそれだ。
「御門君まで」
天羽は、仏頂面を見せた。
「私はね、頼られるのが嫌なわけじゃないの。むしろ、頼られることはとても嬉しい。だけどね、私は頼ることしか考えていない人が嫌いなの。自分で何もしようとしないで、答えだけを求めようとする人が。それでいて、その答えが違っていると、私を責める様な――そんな人が嫌いなだけ……」
天羽のその様子は、いつもとどこか違っていた。
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