第十四話 最強の口実

 芽森さんと出掛けるに伴い、俺は今日が来るまで頭の中で試行錯誤していた。


どう過ごすか。何を話すか。楽しませることか出来るのか。明日は晴れると良いなぁとか。

何よりも、彼氏のフリをしっかり出来るのか。

当たり前のことだけど自分なりに色々プランを練っていた。なんせ女の子と出掛けるなんてことは小さい頃を覗けば、経験上ないに等しい。

しかも二人っきりで、さらには憧れの人であり男子達にも一目置かれている女子。これは失敗なんて許されるはずがない。

そう、思っていた。さっきまでは......


多分、もう失敗した。まだ入園すらしていないっていうのに。

上を見上げてみる。晴れだ。今日一番の晴れ。

てるてる坊主なんて作ったのは何年ぶりだろ。おかげでこの天気だ。

見上げたのもつかの間、照り付ける日差しは眩しくすぐさま顔を定位置に戻す。

喜ばしいことに晴れはした。だけど考えていたプランで成功したのは天気だけ。といっても実質はゼロ。天候なんて運だ。

会話は続かず無言状態。こんなの楽しいわけがない。どう過ごすかも糞もあったもんじゃない。

でも俺は男だ。男なんだ、俺がしっかりリードしないと――


「お待たせ。早く中に入ろう」


「あ、うん」


 彼女をリードしないと。

そんな大それた思いは返事をしながら彼女からチケットを手渡された瞬間泡のように消え失せた。



――――


 気まずい雰囲気のまま会場に着いた俺と芽森さんはまずチケット売り場を探した。

基本、遊園地などのテーマパークは来場者の目につきやすい場所になるように置かれている。

その為チケット売り場は早くも見つかった。並んでる人も多く、当然並んだ。

それから何分か経ち、俺達の順番になったが、情けないことに俺はチケットの払う手順が分からなかったので彼女に任すことになった。だからなのか、心なしか周りの客に笑われてるように感じ胸が痛まれた。

入場料を女の子に払わさせてるんだ。男が受けるには当然の報いだ。


ダサすぎる。こんなんじゃリードなんて出来る筈ないか。

リードする、なんて俺にしてはおこがましい考えだ。初めから無理だったんだ。

浮かれすぎて少し調子に乗っていたかもしれない。自重しないと。


「あー、やっぱり人が多いね。これ、どのアトラクションも並ぶのキツそうだね」


「う、うん。そだね」


 入園すると軽く驚いてる芽森さんを尻目に前を見渡す。

色々な形のモニュメントが置かれており、周囲には花壇や小さい建造物が色とりどり並び置かれている。

そこを歩いてる人。外よりもたくさんの客が来てる。GWで家族連れや友達、カップルで来る人が多いんだろう。観覧車に乗ったら思わずあの言葉を言ってしまいかねないな。

でも、これだけ人がいるんじゃあ迷ってしまうんじゃないか。はぐれたら大変だな。

まっ今の時代携帯やスマホがあるから関係な...... あ。

よく考えるまでもなく、俺は芽森さんの番号知らない。はぐれたらやばくないか。いや、待て。

そこまで考え深めに唾を飲み込む......


考えてみたらこれはもしかしたら、番号を知りえるチャンスなんじゃないか?

迷ってしまわないように。というれっきとした理由もある...... イケる!


「あ、これだと迷ったらた、大変そうだね」


 俺は不自然のないように言う。下心が含まれていたら終わりだ。


「へ、 あー、だね。じゃあどうする?」


 確信した。これはもう絶対に断られないと。

俺が不意に出した言葉に驚いて見せたはものの、彼女は知ってか知らずか言葉に秘められた意味を理解したようで、こちらを向いて問いかけてきた声は異様に鋭く聞こえた。

俺を試しているのか...... どうする。という言葉には『聞けばいいよ』というニュアンスに聞こえなくもない。

しかし、よく考えれば彼氏のフリなんだ。遠慮なんかいらないはずだ。


「え、っと。あ、迷ったらいけないし、その。番号交換...... とかどうかな、って」


 言った...... 言ってやった。

緊張のあまり出た声は弱弱しかったが、彼女の耳にはしかと入ったはず。

だが返答に困っているのか答えはすぐに返ってこない。少しの間に緊張が高まる。


「あのね。少し言い訳してもいいかな」


「え?」


 見当違いの返答に思わず声が漏れる。


「黒沼君の言いたいことは分かるよ。人多いしね。迷ったら大変だよね。でも私はあまり親しくない人には番号を教えないことにしてるの」


「あ......」


  親しくない人.....には。

その言葉を聞いた瞬間、何も言えなくなった。

憧れてる異性に言われてしまった。というショックがあまりにも大きく、俺の頭の中で何度もこだまし。何度も繰り返される。

驕り、思い上がりという名の悪魔が暗闇の底にいざなう、深く深く沈んでいくように——

所詮は他人。そうだよな、彼女にとっては俺なんか変わりの男子A。いや、Cか。さらに例えるとテトリスのブロック。何を期待していたのか。勘違いも甚だしい......


途端―― 目の前に手が差し出された。


この世の終わりと言っては大げさだけど、そう思ってしまうほどに暗く沈んでいる俺にはその動作が何なのか分からない。


「だ、だからね。手を繋げば、はぐれないんじゃないかなって。彼氏のフリだし、そういう口実じゃだめかな」


「口実......」


 深い井戸から引き上げられたかのように暗い気持ちが一気に吹き飛ぶ。

卑怯だ。そんなこと言われたら断れないに決まってる。

番号を教えない為の彼女なりの言い分、だけどこれは最強の口実......だ。

俺を傷つけず、彼女にしてももっともな理由になってる。

その手を差し出してる彼女は恥ずかしいのか、顔を下に向けてる。

俺はまた情けない姿をさらしてしまった。そして言わしてしまった、まがりなりにも彼氏の役なのに。


そうだ、拭えないなら気恥ずかしさなんていくらだってくれてやればいい。

そう思っていてもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいので、おすおずと彼女の手に向け自分の手を伸ばす。本当は勢いのまま行きたい所だけど無理だ。


「あ、こ、これなら迷わないね......」


「う、うん」


 彼女は俺の手の感触を感じたのか、微弱な声をこぼす。

同時に俺も彼女の手に触れた瞬間、恥ずかしさが今日一番と言ってもいいくらい心臓が高鳴りだす。

手を繋ぐっていう行為は番号を交換するよりも遥かに凄いことだ。

そっと重なり合う手はどこかぎこちない。おそらく彼女も異性と手を繋ぐのは恥ずかしいんだろう、目に見て分かるようにドギマギしてる。だけど俺はそれ以上に顔が熱くなってる。


それ以上に言葉を発せず、どちらからともなく歩き出す。

今俺達二人の姿はどう見えているのか。兄弟(兄妹、姉弟)友達、それとも恋人......

どちらにせよ、今この手に感じる温もりは幻でも夢でもじゃない。本物なんだ。

だから失敗したっていいじゃないか。彼女の力になれるなら。


「あ、あのさ。どこから回ろうか」


 俺はまだどこか恥ずかしそうに俯いてる芽森さんに声をかけた。

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