第十三話 至福の一日


  今朝ニュースを見た限りでは今日も清々しい晴れ模様が続くと出ていた。

その予報通り、雲一つない真っ青な空から降り注ぐ太陽に当てられて服は微熱を帯びており、じんわりとした温かさを感じる。このくらいの気温がちょうどいい。


「ふふ」


 今はGⅯ(ゴールデンウィーク)だからなのか人の姿が多く見受けられる。俺自身あまり外に出ないのもあってか人の数が水増しされている感覚だ。この時期は家族やカップルで出掛ける者で大半を占めるからとくにそう感じる。

車道を走っている車や足音、それに人の声は右往左往に交じり合い雑音にしか聞こえない。その人波の中に自分も混ざってると思うと酔ってしまいそうだ。

しかし、周りを見ても子供連れの家族や楽しそうに歩く二組の男女が多いな。一人身の者には辛いイベントの一つと言えるだろう。

俺だって本来ならGⅯに予定など皆無。いつも毎年は家にいるだけで過ぎていくであろう、言わばヒマスギールウィーク。になるはずだった。だけど今年は一味も百味も違う。


「ふふふふ」


 芽森さんと約束してから次の日、ホームルームに担任からGⅯになることを言い渡されてから何事もなく二日目が経ち、約束の日になった今日この頃。

待ちに待った、といっても日は僅かしか経っていない。でも俺にとってはその僅かな日にちは長いように感じていたこともあってか、昨日は緊張して寝るに寝れなかった。あいにくと未だに緊張はほぐれてはいない。なぜなら今、俺の横には......


「ふふ、あっははは――」


 芽森さんがいるからだ。その彼女は何がおかしいのか、今は周りにも人が歩いている為か抑え込んではいるものの、我慢出来ずに口を開いてしまっている。無邪気に笑っている様子は可愛いんだけど。


「あ、あのう。そんなにおかしかった、かな......」


「ふふ、ははは。だって料金と両替の入れる場所を間違えるなんてね、なかなか見ないから」


 返事に答えながら、まだ少し笑いを殺してる。

そんなにはっきり言われるとこっちにしても恥ずかしい気持ちになる......


 今朝がた、バス停近くで待ち合わせをしていた俺と芽森さん。緊張で眠れなかったおかげか、遅刻することなく時間通りに彼女と合流することが出来た。

親にどこいくか聞かれはしたが、今日は本屋さんに長居してくるという理由で出てきた。普段家に籠っている俺に行先を聞くのは当然だろう。それほどに珍しいことだ。


そしてバスに乗ったはいいものの。あろうことか降りる時に料金と両替場所を間違えてしまった。

他にも人が乗っていた中でそんな失態を犯したのは俺だけだろう。傍から見ればまるで初めて都会に出てきたみたいな感丸出しだったと思う。

一応、何度も芽森さんに聞いてはみた。彼女は『そんなに心配しなくても大丈夫だから』と言ってくれていたが結果は......


だって仕方ないじゃないか。普段バスになんか乗らないし、時たま家族旅行で出かけても任せっぱなしだったから...... などと心の中で考え、失態したことををごまかしながら歩く。

そもそもバスの支払いシステムがややこしいんだ。もっと分かりやすく――


「それにしても」


 途端、後ろから疑問の声が投げかけられたのが聞こえた。

思想していたせいか少し先を歩いていたことに気づいた俺は、彼女に歩幅を合わせながら聞く体制に入る。

どうやら笑いは収まったみたいだ。


「ど、どうかしたの」


「さっきから思っていたんだけどね。黒沼君のその服、ジャージって...... そのセンスはどうかと思うな」


「えっ......」


 こちらに顔を向いて指摘してきたかと思うと視線はそのまま下がり、伺うように眉も八の字に変わる。


「しかも上下とも緑だしね、ジャケットも...... せめてジャケットは別の色にした方が良いと思うよ。これだと黄色を含んだ色が合うんじゃないかな」


 そんなにジロジロと見られるとその、心拍数が......

自分ではそんなに気にしてなかったけど、伺うような表情をされると気にはなる。それよりも上がっていく高揚感を抑えるように首を下に引いて確認してみる。

指摘されるのは当然だった。今着ている服はジャージにジャケットを一枚羽織っているだけで、ファッションセンスも糞もない。


「く、黒か緑しかなかったんだよ。黒だとほら、今日はあれだし。だから......」


 それに緑は良いんだよ、グリーンだよ。

本来なら黒が好ましいけど、今日は人目がつくと思ったから緑色を選んだ。

なにぶん普段外にでないから服に気を遣うことはない。家にも無難なジャージと服しかないし。


「そうだね、黒沼君にしてはオシャレしてる方だと思うよ。君のことは良く知らないけどね」


 褒めているのかバカにしているのかは分からないけど、和らげな笑みを見せられると悪い気はしない。

むしろプラマイプラスだ。けど、俺の声は聞こえていたはず。ほのめかしているのか、今日は俗に言うデ、デー......


「まぁでも少し安心はするかな。その恰好じゃまさか私と黒沼君が一緒にいるなんて思われないよね。仮にデート...だとしてもジャージだとね」


 ぐ、ここ何日かで知ったけど芽森さんは結構毒を吐く。

俺がチビだからか、男...と思われてないのか。遠慮なしにズケズケと言い放ってくる。

それに、やっぱり聞こえていたんじゃないか。これは確実にからかわれてる。

して俺の服をどうとか言ってるけどかくいう芽森さんだって。


「そ、そういう芽森さんこそ、全身ドクロってどうなんじゃないかとお、思うよ」


 何だか言われっぱなしは悔しいので、俺も負けじと指摘してみる。

前々から気になってはいたんだ。というのも俺のジャージもそうだけど、芽森さんの着ている服も十分おかしい。GⅯ前に見た服に似ているような黒、紫寄りの服装に色物の帽子と眼鏡。

別にドクロが変とかそういうのじゃない。人の趣味、嗜好はそれぞれ違う。ロックバンドやゴスロリ、(ゴシックロリータ)が系統が好きな人の中にはドクロ模様のファッションを好んで着ている人だっている。しかし明らかに芽森さんにそういう趣味があるとは思えない。あくまで憶測だけど。


「わ、私は敢えてこういう恰好をしているの。着飾ってるとほら、目立っちゃうじゃない?」


 胸に片手を添え虚勢を張ってみせてはいるものの、俺の指摘が的を得ていたのか声が上擦ってる。


「ああ、それでなんだ」


 納得しながらも視線を芽森さんから周りに移してみた。

目が合うと不快に思われてしまう可能性もある為、さりげなく目を凝らす。

行き交う女性は白いニット帽や、胸を強調させた服や太もも意識させてる短めのスカートなどオシャレに見える服装をしている。なるほど、確かに。

芽森さんの異端的なファッションはそういう理由があったのか。

でも別の意味で目立つんじゃないかなとも思うけど。

それにやっぱりというか、自分が可愛いという自覚はあるんだ。

じゃないと着飾る、つまりオシャレすると目立ってしまう、なんてことは口にしない。控えめに言っているけどニュアンス的には道行く男にナンパされてしまうから、など色々な意味が含まれているんだろう。

最後の語尾にも『私可愛いから』と心の中で付け足しているに違いない。

そう思うとなぜか某漫画のヒロインである、照〇心美さんを連想してしまうな。


「私だって友達と出掛ける時は、あ、女の子のね。ちゃんとした服を着てるよ。そ・れ・に・黒沼君も見たことあるよね? 一度家を訪ねた時に」


 一瞬、友達という言葉の背後に男がよぎったものの女の子と強調され安堵する。

あれだけテトリスのブロックを消すみたいな感じで男を振ってるんだ。嘘は言ってないはず。

もっとも芽森さんにしてみれば辛いんだろうけど。


「言われてみれば、え? でもあの時は何でドクロじゃなかったの」


 芽森さんが家に来た時のことを思い返してみる。

確かあの時は、黒いレース服にチェック柄のスカートだった。


「人のお宅を訪問する時はなるべくちゃんとした格好をするようにしてるの、恥ずかしくないようにね。もちろん細心の注意を払いながら」


「色々考えてるんだね」


 そんなこと考えたこともなかった。

 女性は皆そうなのかな。俺は別に服なんか何でもいいけど、特に気にならないし。気にしたって意味ない、けどこんなことになるんだったら少しまともな服を買っておけば良かった。

浮かれていたせいでファッションのことなんか二の次状態だったんだよな。もう遅いけど。


「あ、なんだか今日は人多いよね。やっぱりGWだからかな」


「あ、そそうだね......」


 俺が頷いたところでさっきまで続いていた会話が途切れ、お互い無言になる。

乱雑している人の声だけが飛び交い耳になだれ込んでくる。

周りの雑音に取り残されたようなこの感じ。この気まずい空気は苦手だ。

お互いファッションの有無について喋っていたから成り立っていた会話も区切りが付けば、次の話題が見つからなければ僅かながらでも間が空いてしまう。

それはリア充と呼ばれてる人でも非リアでも、誰であったって同じだ。だからこそ人と話すコミュニケーション力が必要になってくる。会話を繋ぐ術が。

しかし楽しませる話題が俺にはない。隣を歩いてる芽森さんを見ると下を向きどこか気まずそうにしている。

憧れの人といるのになにやってんだろう。何か言わないと。何か言わなきゃ、何か...... そうだ! 週刊少年ジャップ、これなら万国共通だ。読んでる人も多い。よ、よし。


「あ、芽森さんは今週のジャップって、見た?」


 多分読んでるはず。


「え、あ。ジャップ? ってワ〇ピースとかが載ってる雑誌だよね。私ジャップじゃなくてマンガンジ読んでるから」


「あ、そっか」


 失敗したマンガンジ派だったなのか......

でも思わぬ所で情報をゲッㇳ出来たのは利点だ。

マンガンジか、今は恋愛ものが多いから女性も読みやすいのかな。

でも俺はバトルが好みでジャップしか読んでないから何が載ってるかもわからない。となるとラノベル、は言わずもがなか。深夜アニメも当然ダメに決まってる。ってか俺の頭はこんなのしか出てこないのか...... 考えろ。何か他に、他に―― 

あ、仮〇ライダ――




そうして考えかねた上、何も出ては来なかった。

結局、俺と芽森さんは気まずい状態が続いたまま目的の場所に着くことになった。

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